一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
ドームライブの開催権利を勝ち取ってから、しばらくは仕合がないことを告げられた。苺プロの当面の目標がドームだったため、今後の方針を改めてしっかりと考える時間が欲しいとのことだ。仕合で勝ち星を上げて企業名も売れてきたことで、規模を大きくしても良いかもしれないと嬉しそうに語っていた。まだB小町しかない小さな企業だが、これから多くのタレントを抱えるのも夢ではないだろう。アンダーマウント社が設立されてからITの成長速度が目覚ましいため、ネット関係でも何か考えるような事は話していたように記憶している。企業方針に関しては完全に専門外だし、そもそも俺が口を出す権利もない。好きなようにやってくれれば良い。
仕合がない期間はひたすら鍛錬をして肉体を練り上げる。自分なりの技を試してみては何かが違うと思って案を捨てる。新技はまだ時間がかかりそうだ。
奥義の憑神に関しては手を入れていない。心臓の稼働を加速させるという性質上、おいそれと使えないからだ。一部二虎流の技が使えなくなるのもいただけないし、下手に使いすぎて心臓の限界が来る事は避けたい。
加納さんとの訓練はできたとしても月に一回。二虎の話を会長にも伝えたところ、それに大きく反応したのが加納さんだった。詳しくは話してくれなかったが何やら因縁があるようで、たまに予定があった時に組手をしてくれる。格上との訓練、それも実践形式のため非常にためになった。俺が強くなったのか、加納さんの手加減が上手くなったのか、最初以降頭から流血した事はない。
B小町に関しても、実に順調だ。社長が上手く営業をかけて行ったこともあり、アイドル業だけでなくラジオやファッションなど他方面での仕事も入ってきている。一人一人がB小町の誰か、から個人へと昇華しようとしている過渡期。もしこれからも芸能界でやっていくのであれば、彼女たちが自分自身で自分だけの武器を身につけてやっていくしかない。
「疲れたー。もう何もしたくなーい!」
アイはどうかと言われれば、駄々をこねる子供のように、いつのまにか部屋に持ち込まれていたモコモコの部屋着を着て人のベッドで寝転がっている。仕事とレッスンが続いてアイの中のストレスゲージや気力ゲージが既定値を超えると、こうして人の家に来てはだらけて過ごしている。
「アイス食べたい」
「味は?」
「ストロベリーで。なかったらバニラー」
普段アイスは食べないが、こういった時のために好みのアイスをまとめ買いして置いてある。アイの分でストロベリーを、自分用にではあるが、それも食べたいと言われるのが想像つくのでバニラを取り出す。
「ほら、食べる時は流石に起き上がって食べろよ」
「起きれないから起こしてー」
手だけがキョンシーのように上げられている。こうなった時のアイは満足するまで自堕落を極めており、ほとんど自分で何もしない。
アイスとスプーンをテーブルに置いてから、アイの手を引いて起こす。起こしてもまた倒れていくから、そのままベッドの上で抱える。
「ふふ、ケイの匂いがする」
「汗臭いか?」
「ううん、良い匂いだよ? なんか落ち着くんだよねえ」
初めは服に顔押し付けていたが、より密着したハグになる。
「俺は全然落ち着かねえんだけど」
良い匂いと言われて悪い気はしないが、それ以上に自分の本能と理性がせめぎ合っていてそれどころではない。良い匂いがするのはアイの方だ。女性特有の柔らかさとフルーツみたいな甘い匂いがして、それがまた理性を揺さぶる。
「ドキドキする?」
「ドキドキっていうか、すげえバクバクしてる」
自分の部屋で二人きり、と言うのが殊更よくない。激しくなった鼓動は、流石に憑神ほどではないがかなり早くなっている。
「あはは! 良かったあ。でもオオカミさんに襲われる前に離れよーっと」
ケラケラ笑ってアイは俺から離れていく。クッションの上に触って、アイスの蓋を開けて食べ始める。少し時間が経って自然解凍されたから、おそらくは食べごろのはずだ。俺も自分の分を食べ始める。
「やっぱりこれ美味しいよねー。一口あげるからそっちも一口ちょうだい?」
「はいはい」
掬ったアイスをアイに向ける。開けられた口に放り込めば美味しそうに味わっている。
「こっちも美味しいね。はい、あーんして」
アイは自分のアイスを掬うと、代わりに差し出してくる。それを食べれば、凍らせて砕いた果肉も入っていたため口の中に思っていた以上にちゃんとした苺味が広がっていく。
「美味しい?」
「甘い。……ストロベリーの方が好みなんだけど交換しようぜ」
「やだよ。ほとんど残ってないじゃん。食べるの早すぎ」
まだ半分より多く残っているアイの分に対して、俺のは四分の一程度。体格が違うのだから食べる量や速度も違うだろう。身長は三〇センチ差はあるし、体重は聞いたことないけれど、二倍近く差はありそうだ。
本当に取り替えたいと思っていたわけでもないため、諦めて残りをささっと食べてしまう。
アイも食べ終えて一息ついた所で、さらっと驚くべき発言をした。
「あ、そだ。どうせ告知する時に知っちゃうと思うから言うけど、私年末のドームでアイドル辞めるね」
「またいきなりだな。社長とかには話してんのか?」
「ずっと考えてたことだからいきなりじゃないよ。みんなにはもう話してて、今はもう納得してもらってる」
今は、の部分にスムーズではなかったことが想像できる。特にメンバーは良くも悪くもアイに振り回されたようなものだから、それは仕方のないことなのかもしれない。その原因の半分は俺にあるようなものだから、何か言われたら謹んで受け入れるしかない。
「そうか。自分の中で答えが出てみんなが納得しているなら俺は止めねえよ。とりあえずお疲れ様、って言えば良いのか? アイドル辞めた後はどうするか決めてんの?」
愛を知りたくてアイドルを始めたアイが辞めると決めたと言うことは、アイの中で答えが出たからだろう。アイが答えに満足しているのであれば、それがどんな答えであっても尊重すべきこと。
中学生を卒業した後、アイもアイドルに専念するために高校へは通っていない。特に入学する際に年齢制限等はなかったはずだし、芸能人しか通えない高校もあるのだからそこへ通うとかでもありだろう。普通、とは行かないけれどそういった生活をしてみるのも良いはずだ。
「ありがと。すぐにではないけど、芸能界では仕事続けていこうかなーって。ほら、演技も勉強したし女優とか」
「良いんじゃね。でもララライだったか? のワークショップって数回だけだったろ、それで足りんの?」
あれこれして楽しかったよーとしか話は聞いていないが、流石に演技の世界はそれだけでは不十分だろう。
「もちろん足りないけどさ、演じるって点で言えばアイドルも女優も変わらないでしょ? アイドルはファンに囲まれるからどの角度からでも可愛く見てもらわないとだけど、テレビとかだったらカメラに可愛いって思って貰えば良いわけだからMV感覚でいけるかなって。それでダメなら調整かな」
「たまにサラッとすげえこと言うよな」
「そうかな?」
「ああ。なんかそう言われると確かになって思わせられるし、きっと成功するんだろうなって気がしてくる」
自分の好みもあるのだろうが、テレビや映画に出ている人たちの中で、アイよりも可愛いと思った人は見たことがない。演技という要素が加わるから可愛さだけではだめなのだろうが、アイがその世界で活躍する姿は容易に想像できる。アイドルとしてのキャラクターだけでなく、色々な役を演じるのであればそれはそれで見てみたい。
「まあ、それは才能だけじゃなくて、ちゃんと目標のために普段から努力してるのを知ってるからかもしれないけどさ」
「そう言われるとなんか照れちゃうな」
疲れたや面倒だとは言っても、レッスンなどはサボらずしっかりとやっていたことは知っている。努力すること自体が目的にはならず、しっかりと結果を意識してやる姿勢はかっこいいと思っている。きっとどの分野においても一流と呼ばれる人たちは、こういうことが自然とできる人たちなのだろう。
「私だってちゃんとケイが毎日頑張ってるの知ってるよ。えっと、二虎流だよね。二虎ってお師匠さんの名前なんだっけ? 改めて聞くと、なんか女の子の名前みたいな名前だね」
「たぶんイントネーション違うから一緒にしてやるなよ。漢字で書くとそうでもないんだけどな……」
俺の知る二人の二虎はどちらも良い年したムキムキのおじさんだ。可愛いイメージとは大きくかけ離れた存在。
「やっぱり難しい?」
「他の武術をちゃんと習ってないからなんとも言えないけど、難しい方だとは思うな。興味あんの?」
自分で言うのもアレだが、二虎流は誰でも覚えられる武術ではない気はする。特に操流は難しい。合気に近いこともあり、基礎の段階でまずは力の流れをある程度理解する必要がある。他の三系統も決して簡単なわけではない。複合ゆえに、極端なことを言えば異なる四つの流派を身につけるようなものだ。
色々と二虎流はいわくつき、とでもいうべきか、作られた場所が場所なだけに厄介ごとが多い。仮にアイに才能があったとしても、今は教えるつもりはない。
「護身用に習っておこうかなーって。ほら、私って人気者だからストーカーとか気をつけないとでしょ? いざって時に何か使えたら便利じゃん」
「何かあってもその時は逃げるを選んだ方が良いぞ」
「え、そうなの?」
「例えばだけど、軽く鍛えてナイフ持った男に勝てるか? 変に刺激して大事になる前にさっさと逃げたほうが良いんだよ」
どれだけ鍛えていても、万が一ということはある。ナイフや包丁は誰でも手軽に買える一方で、それさえあれば非力な子供でも大の大人を殺すことができる。
「確かに……コケツに入らずんばなんとやらってやつだっけ」
「危険に飛び込んでどうすんだ。それ言うなら君子危うきに近寄らずじゃねえの。……話逸れたけど基本は予防と見つけても近づかない。すでに近くにあったら即逃げるか助けを求める。どうしてもって時の対処法くらいは教えるけど」
危ないところには行かない。一人でなるべく行動しない。信頼できる移動手段を使う。自衛手段はいくらでもあるが、それらを全て駆使したとしても偶発的に事件は起こったりするものだ。もっとも、意識しすぎて何もできなくなっても本末転倒な気はするが。
「どうしようかなあ」
「気が向いたらで良いんじゃね。そもそも一緒にいる時なら守ってやれるし、今日明日でどうこうなるもんでもないだろ」
「ほんと? いざってときは守ってくれる?」
「当たり前だろ。こう見えて現役の無敗闘技者だぞ、好きな子くらいずっと守ってみせるさ」
はっきり言って、その辺の輩では相手にならない自負はある。
闘技者の登録者は千人近い。全ての試合を見たわけではないが、まだ明確に格上と言える闘技者は二人しかいない。一人は滅堂の牙、加納アギト。もう一人は猛虎、若槻武士。若槻さんは加納さん以上に勝利数を稼いでいる現時点での最多勝利者で、この前の年初めの仕合で初めて見たが常識はずれなパワーだった。あのパワーの前では、技を力技で破られてもおかしくはない。なかなか業界柄仕合が組まれる事はないが、いつかは戦ってみたいものだ。
アイはなんとも締まりのない表情になっていた。
「ずっとかあ。うん、じゃあお婆ちゃんになるまでずっと守ってもらおうかな」