一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 夏には一七歳を迎えたことで、後一年で一八歳になる。成人年齢は二十歳だが一八であればできることも増える。今後のことを考えれば、色々準備を始めても良い頃だろう。

 

 身近なニュースで言えば、アイが以前世話になった劇団ララライにて心中事件が起こったことか。数日間は夫婦のことや、二人の間にいた子供は奇跡的に被害に合わなかったことが取り上げられていたが、他の話題に徐々に塗り替えられ一週間もすれば見ることはなくなっていた。B小町のメンバーほとんどがワークショップに参加していたそうだからメンタル面への影響が心配ではあったが、社長から聞く分には問題はなさそうだ。

 

 他は取り立てて大きなイベントはなかった。

 

 数ヶ月経てまた始まった仕合も順調で、アイとの関係も良好。武道館ライブの成功、ドームライブも決まったことで一層有名になり、仕事は相変わらず忙しいようだ。ドラマの話もあるにはあったようだが、今年は撮影期間を確保できるほどの余裕もないとのことで頓挫しており、出てみたかったなあと愚痴っていた姿は記憶に新しい。

 

 ドームライブといえば、一般告知される段階で同時にアイの引退ライブであることも告げられており、アイドルとしてのアイの最後を見るべくチケットの売れ行きは問題ないとのことだ。全員が全員アイのファンというわけではもちろんないのだが、それでも多くのファンに愛されていることには変わりない。人気絶頂期に脱退宣言をした事でさまざまな憶測が飛び交っており、インタビュー等もされたようだが、アイはライブの最後に言うね、と言って非常に上手くかわしていた。

 

 季節は巡り冬となる。

 

 いよいよドームライブ当日。本番は夕方から行われるが、リハーサルもあるため関係者は午前中から会場入りをしている。

 

 今回はドーム専門のスタッフがいるため俺が手伝うことはほとんどなく、メンバーの荷物持ち程度と非売席、もといライブでは使われないVIP席に来る要客の案内だろうか。まあ要客と言っても会長たちなのだが。見に行くと言ってくれたのは嬉しかったが、自分の立場をもっと考えて欲しい。社長と護衛者の人たちと一緒になって説得してなんとかVIP席で納得してくれた。

 

 VIP席も限られているため、来る人数は最低限。会長と、それぞれ愛人との間にできた小学生の烈堂坊ちゃんと鞘香嬢ちゃん。烈堂坊ちゃんに関しては鞘香嬢が来るから来た、と言った感じでライブにはそこまで興味がないようだが、箱推しの彼女に振り回されながらなんだかんだ楽しそうにしている。護衛は加納さん含む鷹山さんと王森さんの三羽烏の三人。皆が楽しそうにしている中で、黒服のガタイの良い男衆が一切表情を崩さないのは狂気でしかなかった。

 

 他には、会長のご友人として呉一族の長である恵利央さんと、曾孫の迦楼羅嬢ちゃんが来ている。裏では有名な暗殺集団の一族のようで、その歴史は千年を超えているようだ。恵利央さんはわざわざこの日のために京都から来たようで、なんでも今月の十三日に三歳の誕生日を迎えたカルラ嬢に、誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも要らないからライブに行きたいとせがまれたようだ。だが言われた時にはチケットは完売済み。冗談だとは思うが、持ってる人から暗殺して奪おうかと物騒な案まで考えたところで、会長から話を貰ったらしい。無事に用意できたことで曾孫に大喜びされたと、涙ながらに頭を下げられた時はどう反応して良いかわからなかった。ただ、初代滅堂の牙であり今も一族の長ということもあり、老人とは思えない圧を感じる。諸々の事実を知った社長とミヤコさんは胃がキリキリと痛んでいるようだが、ライブ本番には支障はない。

 

 ちびっ子たちは、リハーサルを近くで見て楽しんでいる。アイたちはまだ衣装を着ていない上に、歌も踊りも全てやるわけではない。ライトや各場所で聞こえる音量の調整など、現地でしかできないことをメインにやっている。ただ、ここは五万人は収容できる広い会場だ。全てではないが軽く歌ったりもするため、自分たちのためだけに設けられたような感覚になっているのだろう。

 

 リハーサルも終われば、休憩を挟んでいよいよ本番。メンバーは控え室に戻って、衣装に着替えて自分たちなりのルーティンをこなして本番に備えるのだが、アイ含め何人かは戻る前に子供達三人とワイワイやっていた。

 

「見て! アイみたいに髪伸ばしてるの!」

 

 カルラ嬢はアイ推しらしく、目の前にアイがいることが嬉しいようで嬉々として話をしている。

 

「じゃあ私とお揃いだね。カルラちゃんも将来はアイドルになるの?」

「私もアイみたいになれる!?」

「なれるよ。カルラちゃんも可愛いもん」

「ほんと! じーちゃま、私アイドルになれるって!」

 

 俺の隣で喜びながら、恵利央さんはアイドルになった姿を想像したのか涙を流しす一方で、ゴミ虫共が、と殺気の混じった小声で呟いていたので男性ファンでも想像していたのだろう。会長からは曾孫馬鹿だとは聞いていたが、失礼ながら納得せざるを得ない。

 

「アイ、一緒に写真とろ?」

「いいよー。あ、スマホ持ってるんだね。これで良い?」

 

 スマートフォンが新しい携帯として最近は人気が出ている。技術の進歩も凄まじいものがあり、いよいよ物理ボタンがほぼ廃止され、基本的に画面に触れて操作するようになった。アンダーマウント社が次々とアプリやサービスを開発しており、今後はさまざまな機能が集約され、これ一台でだいたい賄えるようになるのではないかとも言われている。

 

「ケイ、写真撮ってくれる?」

「わかった。……なるほど、ここ押せば良いのか」

 

 所謂ガラケーしか持っていない俺にとっては未知のものではあったが、直感的に操作できて使いやすい。

 

 せっかくだからとアイはカルラ嬢を抱き抱えたので、何枚かをカメラに収める。確認にて貰えばオッケーが出た。

 

「今日で辞めちゃうんでしょ? どうして?」

「ほんとはライブの締めで言うつもりだけど、カルラちゃんには特別に教えてあげるね」

 

 みんなには内緒だよと言って耳元で何かを話し始める。俺には何を話しているのかはわからないが、ふとカルラ嬢と目が合った。

 

 何か言い出しそうになったところで、アイが口に人差し指を当てて、しーっと秘密にするように促せば、慌てて自分の口を塞いだ。

 

 スタッフがそろそろ移動を、と時間を伝えてくれる。

 

「じゃあカルラちゃん、本番も楽しみにしててね」

「うん! アイも頑張って!」

 

 恵利央さんの元に戻ると、嬉しそうに、話せた写真一緒に撮れたと語っている。

 

「悪いな、本番前なのに」

「全然。やることは全部覚えてるし、あとは着替えたりメイクしたりするだけだから大丈夫」

「そうか。……いよいよだな。ちょっと目の前では見れないけど、ちゃんと見てるから」

「うん! ケイも応援よろしくね!」

 

 あまり引き留めても悪いため、手短に会話をすませる。本来であれば最前列で最後を見届けたかったが、会長たちを案内、お世話をする必要があるため俺も上から見ることになっている。

 

 一般の人たちに見つかれば騒ぎになることはまず間違いないため、全員をVIP席に誘導した。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、さっきいた片原ってお爺ちゃんって確か銀行の偉い人でしょ。どんな関係なの?」

 

 控え室に戻って、衣装に着替えながらメンバー同士でたわいのない会話をする。

 

「ケイの義理のお父さんみたいな人だよ。言ってなかったっけ?」

「初耳なんだけど……。それにあのスーツの三人もおかしいでしょ、何あの体格、怖いんだけど」

 

 たかみーの質問に答えるけど、たかみーの興味は周りの護衛者さんたちに移ってしまった。

 

「筋肉ある方がカッコよく見えない?」

「アイは日向くんに毒されすぎ。普通の人はあんなにゴツくないから」

「そうなの? ニノの彼氏も?」

 

 ニノも彼氏ができたことは知っている。多分、私だけじゃなくてメンバーほとんどが知っているのではないだろうか。私が最初に暴露してから、できたらメンバーには言うというのがルールのようなものになっていた。全員じゃないけど、他にも彼氏がいるメンバーはいる。

 

「バンドやってるけど、あんなに太くないよー。あとごめん、正直私も怖かった」

「そんなに怖いかなあ、ちょっと大きいだけで普通だと思うけど」

 

 そりゃあケイより身長も高いなーとは思ったけど、別に怖い感じはしなかった。話してみたらきっと気さく話してくれたりすると思うんだけどな。

 

「え、あれがちょっと? 嘘でしょ」

「感覚バグってんのよ」

「アイちゃん末期だもんね」

「みんなでそんな言う!?」

 

 どうやらみんなとか違うらしい。流石に解せない。でも、こういう同性とのやりとりが楽しかったりする。学校ではなかったからわからないけど、友達って思って良いのかな。

 

 そんな私の思いを知らず、でも一緒に来た子供たちは可愛かったね、なんて話をみんなはしていた。

 

 着替えると衣装を改めてチェックして、メイクとかヘアアレンジをする。アイドルとイメージ的にそんなにがっつりメイクをするわけじゃないけど、そこにも七人の個性が出てくるのは面白い。普段は意識していなかったところに目がいく。やっぱり、今日が最後だからかな。

 

 櫛で髪を解かして、動物のバレッタをつける。社長がそれぞれのメンバーに選んだもので、私はウサギ。どんな意図で選んだかはわからないけど、私は気に入っていた。

 

 なんかソワソワして落ち着かない。

 

 普段こんなことってなかったんだけどな。控え室をうろちょろしてしまう。

 

「鬱陶しいんだけど、何してんのよ……」

「ごめんって、なんか落ち着かなくてさ」

「アイちゃんが緊張?」

「珍しいねー」

 

 呆れたような、面白いものを見たような反応。

 

「アイドルとしては完璧だから、本番前ににソワソワしてるの新鮮だよね」

「アイドルとしても、じゃなくて?」

「どこがよ。アイドルしてない時のアイなんてただの色惚けでしょ」

「色惚け……」

「もしかして自覚なかったの」

「やばっ、あれだけ惚気てたのに」

 

 まさかの事実に恥ずかしさが込み上げてきて顔が熱くなってくる。近くにいたニノに抱きついて赤くなった顔を隠した。

 

「あーあ、高峯ちゃんが言うから気づいちゃった」

「絶対私のせいじゃないでしょ! もー、アイもいつまでニノにくっついてんの」

 

 ニノから引き剥がされる。まだ顔は赤いだろうか。良くも悪くも緊張は解れたけど、別の意味で心臓の鼓動が早い。

 

「ほらっ、もうすぐ本番なんだから気合い入れて。そんなんじゃちゃんと伝えられないでしょ」

 

 そう言いながらも、乱れた髪や衣装を直してくれる。なんだかんだ優しいなんて思っていると、終わったあと背中を叩かれた。ちょっと痛い。

 

 スタッフさんも、そろそろ本番だと教えてくれる。

 

 みんなで輪を作った。男の子たちみたいに円陣組んでワーって叫ぶわけじゃないけど、いつからか本番前はみんなで気合いを入れるようになっていた。

 

「本番前にみんなに言っておくことがあるんだけど、良い?」

「時間ないんだから手短にね」

 

 いっぱい話しちゃいそうだから、釘を刺してくれるのはありがたい。一旦大きく深呼吸をした。

 

「ありがと。じゃあ手短かに……。こんな私と一緒にアイドルやってくれてほんとにありがと! 私の事みんながどう思ってるかわからないけど、私はみんなの事大好き! 愛してる!」

 

 やっと言えた、一つ目の愛してる。

 

 扉を出れば、そこからはメンバーもファンも、誰もが望む完璧で究極のアイドルを演じる。アイドルとしての引退ライブは絶対に成功させる。

 

 気合い十分で、ステージに上がる。満員のドーム。大きな歓声に圧倒され、照明と七色のメンバーカラーのサイリウムがキラキラと輝いて、綺麗だと思った。

 

 最初はB小町の中でも人気なサインはB。私も好きな曲だ。

 一曲目が終わり、二曲目に。

 二曲目も終わり、どんどんカウントダウンが進んでいく。

 

 最後の曲が終わる。

 

 時間にして二時間程度だけれど、この時間がずっと続いても良いな、なんて思ってしまった。規模も熱量もすごい。みんながドームドーム言う理由もわかった気がする。

 

「みんな、今日は来てくれてありがとー!」

 

 普段はそのまま退場していくけど、今日は引退ライブだから最後にちゃんと伝えないと。用意してくれた台本はあるけれど、これは嘘だ。最後くらいちゃんと本当を伝える。社長とミヤコさんには後で謝らないと。メンバーは知ってるから、同罪でよろしくね。

 

「事前に告知があったから知ってると思うけど、私は今日でアイドルを引退します。あ、別に病気とかそういう事じゃないよ。ちょー元気だし、朝ごはんもちゃんと食べてきたよ。辞めるのは、なんで言うのかな、私なりのけじめって言うのが良いのかな。………。私ね、みんなも知ってる通り施設の子でね、愛してるってどんなだろうって、答えを知りたくて、そんな理由でアイドルも成り行きで始めたところがあったんだあ。みんなからしたら失礼な話だよね。最初はとにかく手探りで、でも続けていくうちに、みんなが私を、B小町を推してくれてなんとなくわかってきた気がするの。ファンのみんなはどうかな、愛してくれてる?」

 

 問いかけてみれば、愛してるって返答が返ってくる。

 

「ありがとー! 私もアイドルとして、ファンのみんなのことほんとに愛してるよー!」

 

 これが二つ目の愛してる。メンバーみんなへのが友愛とかなら、ファンにはなんて言うのが良いのかな。難しい言葉はわかんないけど、とにかくアイドルとして愛してるのは本当。

 

 また愛してるって反応が返ってきた。我ながら人気者だなあ。

 

「でもごめんなさい。そんな大好きなファンを裏切っちゃうから、アイドルとしての私は今日でおしまい」

 

 ざわめきと共に動揺が伝わってくる。そりゃあ察する人もいるよね。ウサギの髪留めを取って、また深呼吸をした。

 

「ここからは、アイドルじゃくて私個人からある人に伝えます。アイドルを始める前から、ずっと支えてくれて、味方でいてくれて、愛してくれてありがとう。色々もらってばかりで、ずっと言えなかったけど、やっと……やっと今なら言える」

 

 視線をケイがいる場所に向けた。遠すぎて顔はわからないけど、いるのはわかる。ちゃんと私の本当が伝わると良いな。

 

「愛してるーーー!!!」

 

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