一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 同じ目線に立ったり、ステージを見上げながら見るライブも良いが、こうして上から眺めるのも、遠いことを除けば存外悪くない。

 

 子供たちは可能な限り近寄って見ようとしている一方で、会長たちは、ここからでは遠すぎて見えんとの事で部屋にあるモニターでライブを見ている。加納さんたちも会長の後ろに付いて完全に仕事モードだ。会長が楽にしろと言ってもしないあたり、万が一のことがない様にしているのだろう。せっかくならばオフとして楽しんでもらいたかったが仕方ない。

 

 ライブも終盤に差し掛かる。

 

 始まってしまえばあっという間だ、次々と流れていく曲、ライブの曲数も限られているから自然とあとどれくらいかがわかってしまう。

 

 一つ一つは小さくても、色とりどりの灯りによって彩られた会場は壮観だ。

 

 最後の一曲が始まる。

 

 愛しているのは星野アイ個人ではあるが、アイドルとしてのアイを推していないわけではないし、ステージ上で輝いてる姿を見るのがこれで最後になるかと思うと、柄にもなく名残惜しいなんて思ってしまう。

 

 最後の曲が終わると、アイが引退することを改めて告げ始める。B小町のアイドル、アイからファンへの愛してる。それが本心から出た言葉なのはわかった。やっとアイの口からでたその本音に、思わず口角が上がってしまう。

 

 でも、と二文字で会場の空気が一変した。

 

 アイがこちらをみている気がする。アイドルとしてではなく、星野アイの言葉で俺に対してそれが言われた。

 

「愛してるーーー!!!」

 

 アイが俺を好いてくれている。なんとなくは感じていた事ではあるけれど、言葉で愛していると伝えられるとこうも嬉しいものなのか。いや、嬉しいだけではない。色々な感情が湧き上がって処理しきれなくなりそうになる。

 

 心地よい感情に酔いそうになるも、複数の温かい視線を後ろから感じて現実に返る。子供達の純粋な視線だけで十分だ。後ろを振り返りたくない。

 

「良い女じゃのぅ。甘酸っぱくて十歳は若返った気分だわい」

「うむ。実に天晴れ、さすがはカルラが見込んだ女」

 

 振り返るまでもなく近づいてきた。会長は機嫌が良いときの声色で、恵利央さんは相変わらず。

 

「して、まさかこのまま言わせたまま終わる、なんてことはあるまい?」

「滅堂よ。そんなこと聞かんでもわかっておろう」

 

 顔を見ないでもわかる。爺二人とも完全に楽しんでいる。盛り上がってる二人、うるせえな。

 

「お二人に言われなくたって、ちゃんとプロポーズしますよ」

「聞いたか! プロポーズすると言いおったぞ」

「言いよった言いよった。どうやって言うのか、後学のためにこの老耄に教えてくれんかの」

「言うわけないじゃないですか。……ってか後学のためって、また愛人作る気ですか?」

 

 鞘華嬢と烈堂坊ちゃんの二人の母親は異なる異母姉弟。会長の女好きは有名で、他にも愛人は多くいる。

 

「二人を見ておったらわしもまだ負けておれんと思うての。烈を最後にご無沙汰じゃし、ここらでまた若い娘とーーー」

 

「おい滅堂、貴様ワシの可愛いカルラの前でなんてことを言っとるんじゃ。その舌、黙らんと引き抜くぞ」

「まだひよっこに意味などわかるはずなかろう。主の方こそ、過保護すぎてその子のためにならんじゃろう」

 

 言い合いを始めた二人から逃げるように距離を取った。長年の付き合いだし、どちらも本気ではなく戯れあってる程度なのだろうが、なまじ迫力があるせいで映画のワンシーンを見ているよう。

 

 王森さんと鷹山さんからそれぞれ祝いの言葉を貰う。二人は早々に仲裁に入った。

 

「私からも祝わせてもらおう。祝い品はいずれ」

 

 加納さんからも祝言を貰う。驚いたのは、加納さんが自然に笑っていたことだ。そんな顔もできるんだと失礼ながら思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ライブが終わっても、アーティストは毎回すぐに解散とはならない。ファンは終われば解散となるが、中には出待ちをするような熱心な人たちもいる。意図せず鉢合わせなどしてしまえばトラブルとなる確率は高い。そんな不要なトラブルを避けるためにも、早々に帰ることや、あえて遅らせるなど、タイミングはランダムしてわからなくさせる。メンバーもまとめて移動するのではなく、何組かに分けることに加えてダミーのバンも走らせることで、ずっと張り付いているファンにも誰がどれに乗っているのかわからないように徹底していた。

 

 ただ、今回のファンに関しては問題ないかもしれない。呉一族の長とその長が溺愛してやまない曾孫娘が来ているのだから、来ているのが彼らだけなはずがなかった。元々ドームスタッフの中にも一族の方がいたようで、警備においてはそこに数名の呉一族が追加で加わり一層盤石の体制になっていたらしい。彼らの目を掻い潜って素人が何かをすることは不可能だろう。

 

 時間はすでに夜の十時を回っている。朝から会場入りし、今まで経験したことのない規模のライブということもありメンバー間の打ち上げは後日に行われることとなった。いや、おそらくこれは俺たちに気を遣ってくれたのだと思う。移動からすでに俺とアイしかおらず、運転も社長が務めていた。

 

 周りを確認してから降りる。部屋に帰れば、朝までいたはずの部屋がやけに懐かしく感じた。

 

「あー楽しかった! 言いたいことも言えたし満足満足」

 

 アイはベッドに飛び込み、体を回して天井を向く。

 

 本当は時期とか場所とか正解がわからないなりに色々考えてはいた。何一つその通りにはならないが、まあ結局のところタイミングだ。キッチンの吊り下げ戸棚を開ける。手前にあるコップを取り出すついでに、奥に置いていたある物も取り出した。身長の関係でアイは手前にあるカップを取るのもやっとなので、何かを隠しておくにはこの狭い部屋ではちょうどよかった。

 

「水で良いか?」

「ありがとー。いっぱい歌って踊ったから喉からからだよ」

 

 パーカーのマフポケットにそれを入れる。冷蔵庫から出した冷えた水をコップに注ぎ、アイのいる方へと持っていく。

 

 アイが上体だけ起こしたのでコップを渡す。ある程度飲んだコップを受け取ると、テーブルにそれを置いた。

 

 俺も一旦床に腰を下ろして胡坐をかく。

 

「あのさ、ライブの最後のことなんだけど」

 

 綺麗な星を宿した吸い込まれそうになる瞳が、しっかりと俺を見ていた。

 

「うん。愛してるよ。これは正真正銘のほんと」

「さらっと言うなよ」

「ふふ、あの時とは逆だね。今度はケイの方が顔が赤いや。言った時に嘘だってなるのが怖くてこれまでなかなか言えなかったんだけど、今日やっと伝えられた……。星野アイは、日向ケイのことを愛しています」

「ありがとう。愛してるって言われるの、こんなに嬉しいことだったんだな」

 

 最後に言われたのはいつだったか。少なくとも、十年以上は言われてないな。

 

「そうだよー。胸がポカポカするでしょ?」

「その表現が的確かもな。俺もさ、アイから今日愛してるって言われて決心がついたよ」

 

 胡座を解き、片膝立ちになる。

 

 ポケットにしまっていたそれを取り出し、開けて中身を見せた。

 

「アイに出会えたことは、人生で最高の贈り物だ。俺があげられるものは限られているけど、想いだけはあの時から何も変わらない、俺はアイの全てを愛してる。

 だからーーー結婚しよう」

 

 入り口は確かに容姿だった。内面を知ってさらに好きになった。これは確信だ。もし急にしわくちゃの老婆になったとしても、俺のことを忘れてしまったとしても、俺の想いは変わらない。

 

 返事の代わりに、アイは俺の胸に飛び込んできた。

 

 互いに水を飲んで冷たく湿った唇を重ねる。数度キスをすれば、徐々に吐息が熱いものへと変わってく。数を重ねるうちに激しくなっていっていくそれは、やがて舌を絡め始める。

 

 理性を保てていたのは、そこまでだった。

 

 

 

 

 

 

 ふと目が覚めれば、カーテンの隙間から灯りが入り込んでいる。どうやらすっかり朝になってしまったようだ。狭いベッドの中でアイと二人、互いに一矢纏わぬ姿のまま密着して寝てしまったようだ。床を見れば昨夜着ていたはずの衣類が散乱している。

 

 熱を帯びた星の瞳。

 傷のない綺麗な肌。

 華奢ながらも、抱きしめれば伝わる柔らかい女性的な感触。

 普段聞かない甘い声。

 

 本能に支配されていた間のことも、しっかりと残っている。

 

「ん、ケイ……?」

「起こしちゃったか。ってか本当にごめん。その、大丈夫だったか?」

 

 初めて、は言い訳にならない。散々格好つけといて、速攻で本能に負けた理性に情けなさを感じる。もし傷つけていたらと思うと、気が気でない。

 

「うん。ちょっとヒリヒリするけど大丈夫」

 

 どこをとは言及しなかったが言わなくともわかる。

 

「あとは……シーツは洗わないとだね」

 

 主に汗ではあるが、そのままにはできないのはアイの言った通り。脚が扇状的に絡められ、より密着度が上がるように腕が背に回された。

 

 しばらくまた愛し合いあうと、流石にさっぱりしたくなってシャワーを浴びる。俺はすぐに終わるが、アイは髪が長い分時間もかかる。シーツはその間に洗濯機で洗い始めた。

 

 俺の家にあるドライヤーではパワーが足りないのか、アイの髪がなかなか乾かずヘルプを呼ばれる。自分の髪質とは異なる、柔らかく艶やかな髪を乾かす大役。毎日これを乾かすのは大変だと素直に思った。

 

 髪も乾かし終える頃には、シーツも洗い終えた。とりあえずは外に干す。冬とはいえ、朝から干していれば乾くだろう。

 

「ねえ、指輪つけてくれる?」

 

 あの時指輪がどこか飛んでいっていないことに安堵しながら、細い手を取って薬指に指輪を通した。手を繋いだ時とかからおおよそのサイズは分かっていたが、合っているようで内心安堵する。

 

「きれい……。そだ、ちゃんと返事しないと。えっと、不束者ですが、これからもよろしくお願いします」

 

 姿勢を正して、アイは俺のプロポーズに応えてくれる。ただ、今すぐに正式には夫婦にならない。俺が一八になるまで、半年以上は待たなければならない。

 

「一つだけ約束して」

 

 真剣な声色でアイは条件を出す。

 

「私より先に死なないでね。もし先に死んじゃったら、私にはそんな世界耐えられないから」




次からやっと推しの子本編に入ります。
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