一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
妊娠等に関して色々調べて書きましたが、間違っていたらすみません
アイの病院での生活が始まった。
面会時間は午後から夜までのため、こちらのスケジュールも組みやすい。将来のためにも免許取得にちょうど良いし、鍛錬の時間も計画的に取れる。
よく愚痴を言っているが、味気なくはあるものの、バランスよく考えられた食事と定期的な軽い運動によってアイの状態も良好だ。
両親学級ではまず妊娠中の身体の変化について学んだ。新しいことだけでなく、自分なりに学んだことの復習にもなり、やはりいくつか抜けてしまっていたことも再確認できた。
その中で個人的にもやって良かったと思うのは、妊婦体験といって専用のジャケットを羽織れたことだろうか。重さ自体はさほど重くはない。せいぜい十キロ程度。ただそれが身体の腹部前方にあるという違和感に戸惑いを少なからず覚えた。実際にはこの中に生命が宿っているのだから、より丁寧に扱わなければならない。これからお腹が大きくなってくれば、靴下を自分で履くことや爪を切ることも難しくなってくるだろう。起きる時だって腹筋を使えず、体を横にしてからゆっくりと起きる必要がある。
妊娠中は体が凝ってしまうようで、マッサージをすると良いらしい。以前から見よう見まねでやっていたが、お尻や腰回り、ふくらはぎや足裏などへのより効果的な方法を学ぶ。最初は力が強すぎると不評だったそれも、程よい力加減を覚えた今となってはすっかり聞かなくなってきた。むしろ流れを読むのは得意分野だ。
入院、とは言っても自由な時間は多い。合間を縫って無理のない範囲で県内観光もできた。特に老夫婦が営んでいるジュエリー店で結婚指輪を作れたことは良い思い出だ。素材からデザインまで自分たちで考え、実際に叩いたり研磨したりして考えた通りの形にする。プロが一から作ったわけではないから少し不恰好だけれど、世界にたった二つだけの指輪。有名ブランド品を身につけるよりも、俺たちにはこの方が合っていた。
作ってすぐに身につけられるわけではなかった。妊娠によってむくみ等がでるため、アイはまだ結婚指輪を付けられていない。無事出産して体型を戻すためのモチベーションにすると意気込んでいた。俺もアイに合わせて、それまではネックレスにしてお互いに首から下げている。
指輪も作り、俺も結婚ができる年齢になった。公的に夫婦となるためにも婚姻届も出してしまいたかったが、署名をまだもらっていないため一通り事が済んだら提出することになっている。タイミング的には出生届と同じになるかもしれない。
宮崎に来て二ヶ月ほど、アイが妊娠二八週を超えた辺りで、帝王切開の可能性を伝えられた。身長が一五一センチしかないアイでは、赤ん坊の頭が大きい場合に骨盤の開きが足りない事が多いらしい。
アイは自分たちの子供はきっと小顔だから自然分娩でいけると断言していた。無痛分娩も先生から提案されていたが、それも断っていた。聞いてみれば無痛と言っても痛みはしっかりと感じるようで、場所によっては初産の場合はそもそも力み方がわからないからと適用できない所もあるようだ。
定期的な検査の中で、双子の性別が男女であることがわかった。
「男の子と女の子かあ、どっちに似るかな?」
「よく男の子は母親に、女の子は父親にって言うけどどうなるんだろうな。どっちに似ても美男美女になるだろけど」
興味があって先生にも聞いてみた事がある。噂や迷信の類だと思っていたが、割と信ぴょう性のある話のようで、XだYだの染色体がどうこうと説明してくれた。申し訳ないことに基礎知識が無さすぎて理解できなかったが、結局はその後の生育環境で色々と変わってくることだけは理解できた。
「おー、自信満々だね」
一八歳にもなれば、自分の容姿がどの程度かわかってくる。一八〇センチを超えて八頭身以上あるからスタイルも悪くない。最高の伴侶を得て自信がより付いたのもあるかもしれない。一人で街に出れば、声をかけられることもある。まあアイ以外の女性なんて微塵も興味ないが。
「正当な評価だろ? ただ女の子ならこの髪質と目つきは似て欲しくはないな」
目つきはあまり良いとは言われないから、きっと威圧感が出てしまう。髪質も癖毛よりはアイのようなストレートの方が良いはずだ。その方が好きようにアレンジもできる。髪色もアイの艶やかな黒髪が良いかもしれない。俺のは霞んだ金というか濁った金と言うか、染めるのに失敗したような色であまり綺麗な色はしてない。
「あとは男の子だったら、身長が似れば少しはためになるかな」
子供の将来何になりたいかなんてわからないが、身長はあった方が何かと便利だ。フレームがでかい分筋肉を搭載できるから、スポーツをやる時にも有利になる。男の子に限らず、女の子でもモデルになりたい際にも上背があれば有利になるだろう。
「なんだかんだ言っても、容姿って大事だもんね」
内面が大事なのはわかる。それでも、まず出会って最初に入ってくる情報は外見からの情報だ。いくら綺麗事を並べても、外見はけっして無視できない要素。綺麗どころが至る所にいる芸能界などは特にそうだろう。イメージ戦略として本人の性格とは真逆のキャラを演じさせられていることは珍しくないはずだ。
「でも結局私たちの子ならどんな子でも可愛いよ、きっと。子供達にも、ちゃんと愛してるって伝えてあげたいな」
「なら健康でいないとな。それにお腹の中でもちゃんと聞こえてるかもしれないぞ」
「ほんと? じゃあ、アクア、ルビー、愛してるよ。だからちゃんと元気に生まれてきてね」
お腹を優しくさすりながら語りかけるアイは聖母のようにも見えた。
「……ん? アクア? ルビー?」
やっぱり可愛いな、なんて感情に浸りそうになるのを、聞きなれない言葉が俺を現実に引き戻した。
「そ、アクアマリンとルビー。この子たちの名前」
また随分と個性的な名前だ。名前をどうしようかとは過去にも話していたが、どうにもピンとくるものがなくて候補もほとんど出ていなかった。
「一応聞くけど、なんでまたその名前に?」
「なんか今ビビッと来たんだよね! 良いでしょ?」
花言葉があるように、石にも込められた意味がある。以前プレゼントしたルビーには愛や情熱、メンバーから貰ったと言っていたペンダントに付いているアクアマリンには勇敢や聡明、別名で天使の石とも呼ばれ、結婚や出産祝いも使われる。思いついたのは本当のことだろうが、その裏側にはきっとこれらの存在もあるのかもしれない。
「良いんじゃないか。普通じゃないからインパクトもあるし、漢字も当て字にはあるけどちゃんと考えれば変な読み方されないだろ」
桂なんて日本では俺の名前よりもカツラと読む方が多いとは思うのだが、なぜ俺の両親はこの字を使ったのかわからない。
「でしょー! 早く産まれて来ないかなあ」
残りは三ヶ月ほど。きっと長いようであっという間の期間になるだろう。
「ベビー用品も買い始めないとな」
無事出産、退院した後の赤ちゃんたちの寝る場所も決めないといけない。最初から別部屋にするわけにもいかないから、初めは寝室の中のどこにベッドを置くかどうか程度だ。幸いにも新たに契約したのは部屋数の多い物件のため、少し成長した後は余っている部屋を子供達のための部屋にもできる。
「何が必要かな。洋服でしょ、授乳にお風呂グッズに、あとはオムツとか」
あとは双子用のベビーカーも必要だろうか。最初に必要最低限のもの買って、足りないものを買い足していくのが良いかもしれない。
「あ、あと私のブラ買わないと」
「またサイズが合わなくなったか?」
「違うよ、赤ちゃんにおっぱいあげる時期に付けるのがあるんだって。ケイはどんなのが好み? 黒?」
「……自分で好きなの選んで買ってくれ」
入院している間洗濯に関しては基本的に俺が担当している。だいたい週に二回程度、病院のランドリーを使わせてもらっている。一緒にも暮らしていたし、何度も見ていれば見慣れたものだ。ただ、それと買いに行く事や好みを言うのは違う。前回もサイズが合わなくなって頼まれたことがあったが、ミヤコさんがたまたま来てくれなければ俺が買いに行く羽目になるところだった。
扉がノックされる。アイがどうぞーと返事をすると、先生が入ってきた。よく回診に来てくれるため、彼のノックする際の癖はだいたいわかっていた。
「調子はどうだ?」
基本的に回診中は先生も敬語を外して話してくれる。俺もアイも、そのほうが親しみやすくてありがたかった。
「ちょー元気だよ。センセ聞いて、子供達の名前決めたの!」
「この前性別わかったばっかりなのに早いな。なんて名前?」
「えっとね、男の子のはアクアマリンで、女の子はルビーだよ」
「……個性的だけど、ちゃんと考えたなら良いと思うぞ」
先生も基本的には否定することはない。本人の口から直接聞いたことはないが、まあ多分ファンの一人なのだろう。時折完全に頬が緩んでることがある。これくらいであれば文句はないが、以前看護師さんたちが先生のことをロリコンじゃないかと話をしていたのでまだ注意は必要だ。
妊娠して九ヶ月、十ヶ月と月日が進んでいく。定期的な検査の中で、俺も個別で血液検査をすることがあった。遺伝子検査で子供達の病気のリスク等がわかるようで、子供達のことを思ってお願いすることにした。検査自体は別途専門機関に委託するようで、結果が出るまでには時間がかかるようだ。
そうして、アイの陣痛が始まった。
不幸なことに先生が休日で、連絡を取ったが繋がらない。電話をくれれば駆けつけると行っていたのに、何かあったのだろうか。
陣痛室に入り、陣痛と陣痛の間で、腰や肩、足をマッサージする。膝立ちして首に捕まってもらい、背中を伸ばしながら深呼吸をしてもらう。
俺がここでできることは、アイをリラックスさせて力を抜かせること。不安そうな彼女に、常に大丈夫だからと声をかける。
分娩第一期、子宮口から開き切ったことで分娩室へと移動する。
「ごめんね、思いっきり手を握っちゃうかも」
「気にすんな。俺の手折れたらその辺の奴らよりも強いって誇っていいぞ」
「ふふ、その強さは求めてないなー」
痛みや辛さから汗もすごい。汗を拭い、ストローから水分を定期的に補給させる。
「そばにいてね」
「ああ、ずっとそばにいる」
頑張れとは言わない。ずっと頑張っているのだから、この言葉は変にプレッシャーになりかねない。
俺の手を握る力が、普段では考えられないほど強くなる。呼吸が荒くなる。学んだ通りの呼吸法ができるように、俺も一緒にその呼吸をする。大事なのは普段とは違う呼吸をとることで、意識を少しでも陣痛時の痛みから逸らすことらしい。
少しでも楽になるようにアイが好きな音楽を流す。
分娩第二期。無事一人目の赤ちゃんの頭が出てくる。本来であればアイの大仕事はひと段落。このまま体全てが出てくるために、アイは力を入れずに短い呼吸に切り替える。だが今回は双子、もう一人のためにもう一波乗り越えなければならない。二人もアイのことを考えてくれたのか、二人とも逆子ではない。帝王切開にならずに二人目も生まれてくる。
分娩第三期。赤ちゃんが誕生すれば、臍の緒を切り、胎盤が自然に剥離するのを待つ。胎盤が娩出されるいわゆる後産だ。出血も落ち着くのを待つ。
その間に赤ちゃんは産湯に浸けられ、羊水や血液を洗い落とされる。自然呼吸もできていたし、産声もしっかり聞こえる。問題はなさそうだ。
「よく頑張ったな。お疲れ様」
まだ痛みもあるだろう中、アイは笑顔でピースをする。
アクアとルビーがバスタオルに巻かれた状態で連れて来られる。アイは二人を慈しむように受け取り、胸に抱いた。アイの目にはゆっくりと涙が浮かぶ。約半日に及ぶ長丁場を小さな体で乗り切った。不安から安堵へ、産まれてきた子どもへの愛情と感謝が一気に溢れ出てきたのだろう。
母子ともに無事なことにただただ感謝しかない。
星野アイの陣痛が始まったのと同時刻。雨宮吾郎と思われる男はどこかに電話をかけていた。その様子を、一羽の鴉がじっと見つめている。
「以前送った血液と毛髪サンプルの解析結果は?」
星野アイのものではなく、日向桂のものだ。
「そうですか。そこは解析班に任せますよ。いやー大変でしたよ、スポットとはいえその辺のリーマンならまだしも医者ですからね。ある程度の必要な知識詰め込むのにも苦労しました」
背乗り、と言われる成り変わりと違って、ある時点のみ成りすますスポットは長期的に情報を取るのに向いている。
「でも本当に良かったんですか? 本人がいるならそのまま確保したほうが良かったんじゃ」
電話の向こうで何か言っている。
「いやー、まあ確保って言いましたけどあれは無理ですね。武器使ってもまず勝てないっす
なりすまし元の本人? ちょっと最後の最後に本人に見つかったので殺しておきました。今頃その辺の森の中で熊の餌になってるんじゃないですかね」
運のない男だった。休みだったのだから患者を気にせず休んでいればよかったのに。病院近くで待機していたせいで、思わずバッタリ鉢合わせてしまった。
「え、九州には熊がいない……? うん、まあ大丈夫ですよ。バラしてはいないですけど、ちゃんと殺してますって。身寄りもいないし、しばらくは捜索願も出ないんじゃないですかね。
そうですね。長居するとバレかねないので、俺もこのまま雲隠れしようと思います」
メガネをとり、邪魔な前髪をかきあげる。白衣も邪魔だから脱ぎさり、ネクタイを緩める。
わずかに見える男の首元には独特のタトゥーがあった。
「勿論。全ては、繋がる者のために」