一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
中国某所のレストラン。広い部屋には巨大な円卓が置かれ、白いテーブルクロスで覆われたその上には大量の料理が並べられていた。その大きさに見合わず、いるのは二人だけ。
「申し訳ありません繋がる者。最後の『工場』が襲撃されました」
繋がる者と呼ばれた方の男性は癖のある白髪をうなじ付近で束ねており、その瞳は特異な物だ。淡々と料理を口に運んでいる。
「やはり襲撃者は臥王鵡角のようです。行き先は確認できていません」
「そうか……」
何を考えているのか一切わからず、繋がる者の表情には変化がない。ジョッキに注がれたビールを飲み、テーブルに置く。静かな空間故に小さな音でも大きく聞こえる。
「うん。まずはおかわりだ」
ウェイターが注ぎ直したビールに改めて口をつける。ぐびぐびと音を立て、一気に半分くらい量が減る。
「厭、壊れてしまった物は仕方がない、また作れば良いんだ。元々あそこには『私』はいなかったしな。それに前回の情報で『私』は鵡角と一緒にいるのは確認されているのだろう? であれば大丈夫だ。逆に身の安全は保証されている」
「そうなんスか?」
「ああ。奴にとって『私』は交渉材料になる。生きるためならどんな手でも使う人間だ、よく覚えているよ」
「そう言うならそれで良いっスけど。虎の方はどうしますか?」
料理以上にビールの消費速度が激しい。すでに何杯もおかわりをしていた。
「居場所がわかっているのであれば今は静観で良いだろう。厭も知っての通り虎だけでもダメだからな。二虎に任せておこう。そんなことより、方法の方はどうだ?」
「そんな事ってアンタ……まあいいか。そっちは順調に進んでるみたいスね。レポート見る限り今すぐってわけにはいきませんが」
「なら良い。私達は時間がかかっても構わないから、より確実な方法を探そう」
私は病気で元気になれない事がわかってからは病院に預けられることとなった。きっと良くなるとは思っていたけれど、日に日に症状は悪くなって、気持ち悪いなんて日常茶飯事。バランスを崩して頭を怪我してしまうこともあった。最初はよくお見舞いに来てくれたお母さんも、いつからか仕事が忙しいと言って来てくれる頻度が減った。仕事は大事だ。私の入院費用だってそのお仕事で得たお金から払われている。それに東京で働いているから、ここからは遠いもん。
だから仕方がない。大丈夫、私は愛されている。
……。
私が大好きなのは二人。二人とも辛かった時に支えてくれた恩人。一人は画面の向こうで私に愛を伝えてくれたアイ。貴女に憧れて、貴女のようになりたくて必死で治療を頑張れた。もう一人は、一人寂しかった時に寄り添ってくれたセンセ。アイを生で見ることは途中で体調を悪くしちゃって結局できなかったけれど、センセはそんな私のために一緒にライブ映像を見てくれもした。センセには大好きって言ったけど、ちゃんと伝わっていると良いな。センセはのらりくらりとかわしちゃうから。
一回目の人生は、十六年も生きられなかった。最後の最後まで痛くて辛くて悲しくて、なんで神様は私をこんな運命にしたんだろうと思ってしまう。何か悪いことした?
でも、神様は私を見捨てなかった。大好きなアイの娘として私を転生させたのだから。
娘ということはアイにも相手がいるわけで、その相手と一緒になるためにアイドルを辞めたっていうのは納得ができなかった。画面越しでキラキラと輝いていたアイは常に完璧で、笑顔で、誰にでも愛を伝える存在だったから。
アイの男、つまりは今の私のお父さんになる人なわけだけど、アイは彼といる時、アイドルの時には見せなかった表情をしている。難しいことはわからないけれど、彼といる時はアイ個人としてのものに見えた。きっと本当に好きなんだろう。身長差があるから、キスをする時アイはめいいっぱい背伸びをする。それでも高さが足りないから、彼も背を曲げて合わせる。前世でもしたことなんてなかったから、なんだかロマンチックで良いなって思っちゃうけど、私の中のアイからズレていってなんとも言えない気分になる。
顔は、カッコいいとは思うけど私のタイプじゃない。大きくてゴツゴツした体もちょっと怖い。私はセンセみたいな人が良い。
それに、いくら赤ちゃんだって言っても心はまだまだ乙女だ。彼がお父さんだとしても色々世話をされるのは耐えられない。
前世から言えることだけど、父親という存在はよくわからない。入院した時だってお見舞いに来てくれることはなかったし、私の前世の大半が入院期間だったからかもしれないけど、何かしてもらった記憶もない。愛していると言われたこともない。
だから急に愛しているって言われても、抱え上げられても受け止め方がわからない。アイのこともあって、私の中で色々な感情がぐちゃぐちゃになってつい当たってしまう。
どう応えて良いかわからないまま、どんどん私の体は成長していく。
アクア、今世での私の双子の兄も私同様に転生した存在であることは割と早い段階でわかった。赤子が喋るなんて、それ以外あり得ないもん。アクアもアイ推しみたいだけど、現状を私よりも早く受け入れているみたい。聞いてみれば、どう見たって幸せそうなんだし良いだろって。なんでそんなに早く割り切れるんだろう。
年末も近づいてくると、アイの誕生日がくる。まさか推しの誕生日をお祝いできる日が来るとは思ってもいなかった。大きい蝋燭一本と小さい蝋燭八本が刺さったケーキに、プレゼントを渡されている。私も声を大にしておめでとうって言いたかったけど、アクアが言うにはまだそんなに流暢に喋れる年齢じゃないからって止められる。
年末になれば、アイの事務所の社長さんの家にお邪魔した。どうやらアイの親代わりだったようで、改めてアイが施設育ちだったことを思い出す。私にとっては、この人たちがお爺ちゃんとお婆ちゃんになる。
新年になれば、今度は彼の実家?に行くこととなった。黒くて高そうな車が迎えに来たと思えば、着いた先は見たこともない豪邸が待っていた。どこまでが敷地なのかわからないほどの広さ。もしかして大金持ちの子なのかな。
疑問に思っていると、彼と和服を着たお爺ちゃんが親しげに話している。お爺ちゃんの後ろにはムキムキの怖い顔をした三人が立っている。彼より大きいって二メートルくらいあるから怪獣みたいだ。
「ねえ、あの人ってお金持ちなの?」
アイにはママって呼んで素直に甘えているけど、まだ彼のことはお父さんとかパパとは呼べていない。
誰にもバレないようここそっと話した。幸いにも双子用のベビーカーだからバレにくいはず。
「知らないのか? あの爺さん、大日本銀行の総裁だぞ」
「……つまり?」
難しいことはわかんない。
「……ものすごく偉くて金持ち」
「へえ〜」
「お前興味なさすぎだろ」
「お金持ちなら良いことでしょ。アイに苦労させないなんて当然のことだし」
お金の問題はなさそう。顔は整っていて、当然だけどアイを愛していて、私たちのことも大切にしてくれる。あれ、これって優良物件って言うやつでは?
大きいお屋敷の中を案内されると、今度は大きな食堂みたいなところに入る。わざわざ私たちでも食べれるご飯が用意されていて、アイと彼の手によって食べさせられる。普段食べる離乳食よりも美味しかった。こんなに大勢で食事をとったこともなかったから、なんだかお嬢様にでもなったような新鮮な気分。私たちの他には子供と呼べるのは二人くらいしかいなくて、鞘香と呼ばれた可愛い子が私とアクアを物凄く構ってくれた。
食事をとった後は、みんなで談笑しながら時間を過ごしていく。元から計画されていたのか思いつきなのかはわからないけど、どこからともなく音響セットが出てきてカラオケが始まる。アイの番になると盛り上がって、まさか生歌が聞けるとは思わなかったから、思わずオタ芸をしそうになってしまった。
そして、私たちの誕生日になる。
「うちの子きゃわ〜〜〜!!!」
アクアとお揃いの服を着て、私たちは座っている。アイはアイドル時代には見せたことのない嬉しそうな笑顔で私たちの写真を何枚も撮る。
「アイも真ん中に入れば? 三人の写真撮ってやるよ」
アイとのツーショットならぬスリーショット。ファンとしてはたまらない瞬間。アイは彼の言う通りに真ん中に座ると、まずはそれで数枚。その後私とアクアをそれぞれ抱いたツーショット写真も撮る。やばい、私と同じシャンプー使ってるはずなのにアイからはいい匂いする。
「ケイも撮ってあげようか?」
「じゃあお願いするかな。……ルビーはママの方が良いだろうけど、ちょっと我慢してな」
私の頭を優しく撫でてくれる。恥ずかしいけど嫌ではない。今私はどんな表情をしているんだろう。
私の後にアクアとも撮って、最後はタイマー機能を使って四人で撮ることになった。こう言うことは前には無かった気がするし、なんだかポカポカする。
記念撮影が終わると、私たちはベビーチェアに座らされる。アイが冷蔵庫からケーキを持ってきてくれた。
「じゃーん! 二人のために作ってみたの! どう? すごいでしょ?」
朝から二人でイチャイチャしながら作っていたのは知っていた。蝋燭は一の形をしていて、苺も乗っている可愛らしいケーキ。
蝋燭に火が灯り、部屋の明かりが消される。ゆらゆらと揺れる火が、その小さな灯りに反して私の心を温めてくれる。
ハッピーバースデーの歌を歌ってくれて、まだ危ないから代わりに私が消すねと言ってアイが火を消してくれる。暗い中でも、白い煙が登って消えていくのがよく見えた。
再び部屋の電気が付けられる。アクアの方を見ると顔が赤い。目線でお前もなって言ってくるので、私も赤いんだと思う。だって仕方ないでしょ、こうやって家族でお祝いをしてもらったのなんて、本当に何年振りの事かわからないんだから。
「ルビー、アクア、誕生日おめでとう」
彼とアイの声が重なる。
「二人とも私たちの子供として生まれてきてくれてありがとう。ほんとに、ほんとに幸せだよ。だから何度でも言うね、二人とも愛してる」
愛してる。
私がずっとお母さんに言って欲しかった言葉。病室で言ってはくれたけど、それが本当じゃないんだってことは内心で気づいていた。
良いのかな。
お母さんの代わりにしているようでどこか踏み出せなかった一歩を、踏みだしても良いのかな。
パ……彼が隠していたプレゼントを持ってきてくれる。見せてくれたのはかつて画面越しに見ていた大好きなアイの衣装のミニ版。
「これわかるか? 昔アイが来てた衣装のルビー用だよ。あ、ちなみにアクアの分もちゃんとあるぞ」
散々嫌なことしてきたのに、私が呼んで良いのかな。
大きな手でまた撫でてくれる。センセみたいに温かい手。
小さい一歳児の体でこれ以上は無理だった。二人から貰った愛が溜まって、代わりに色々な物が涙となって溢れてしまう。
ごめんなさい。
ちゃんと喋れるようになった時、ちゃんと呼ばせてください。
そんな私の決心などわかるはずもなく、パパは泣き出した私をどうしようかと終始オロオロしていた。