一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
アクアが初演技をした後、結局リテイクされる事はなかった。かな嬢はすっかり気落ちして涙を流していた。親子や事務所がどのような方針を取っているのか分からないが、あの性格であれば躓く事はあれど、このまま折れる事はないだろう。
その日の撮影が終わり、翌日になる。
今日はアイの出番もある日。
「そろそろ出番だろ? 最後に台本読んでおかなくて良いのか?」
「面白かったから何度も読んだし、セリフもそんなに長くないから大丈夫」
「そんなに面白かったのか、俺も読んでみればよかったな」
アイの役としては、主人公が整形してなりたかった自分。
武器でもある容姿を使った役所ではあるが、アクアの例を考えれば求められているのは容姿だけではない。以前の役は学生。高校生とはいっても所詮は小中学生の延長だ。まだ基礎はある。ただ今回の役はとくにそういったベースはない。とっかかりがあるとすれば内面だろうか。演技の世界だけに限らず、手探りで探すより何かヒントがある方が何倍も容易だ。
「ねえ、最後のひと押しのために聞いても良い?」
「良いけど俺に演技のことなんてわかんねえぞ」
「そう言うのじゃないよ。今回私の役って主人公になりたかった役でしょ? 私は可愛いから整形したいとか考えたことなくてさ、なんとなくは自分の中でイメージがあるんだけどはっきり形になってなくて」
少し小柄ではあるが、アイの容姿は個人的な好みもあれど抜群。整形して変えるところなどないほど左右の均等も取れている。このレベルになれば、私可愛くないですよ、と謙遜する方が嫌味になる。
「だからもしもの話だけど、もし私が可愛くなかったら好きになってくれた?」
そばに立つアクアの視線と抱えているルビーの視線が刺さる。子供ながらに無言の圧を放っていた。世辞を言うのは簡単だが、求められているのは編集されたものではない。
「正直に言うけど、好きにはなってねえと思う。前にも言ったけど、俺にとってきっかけは容姿だったからな」
他人のことなど知りもしないが、俺にとって相手の外見は重要だ。内面も重要なことに変わりはないが、最初に目に入るのが外見である以上、そこを好きにならなければ内面を知ろうとは思わない。
「そっか、そうだよね……。うん……なるほど。こういう感情ねえ。ありがと、参考になったよ」
俯いてしまったので表情はわからないが、ほんの少しだけ声のトーンが低くなった気がする。
「サイテー」
「最低だな」
アクアとルビーの声が被る。
「一応言っておくけどもしもの話だからな。今はちゃんと愛してるし、もしも急に容姿が変わってもこの思いは変わんねえよ。それに二人がもう少し大きくなったら、俺が言ってることはあながち間違ってないかもなって思うようになるぞ」
どんな将来を歩むかはわからないが、アクアもルビーも異性からモテるだろう。それこそカッコいいから、可愛いからとの理由で好意を寄せられることだって多いはずだ。
そんな自己弁護をしてみるが、どこまで効果があるのやら。冷たい視線に晒されながら、アイの撮影シーンが回ってくる。子供達二人のそれもアイへと移った。
カチンコが鳴り、撮影が始まる。
台本通りのセリフ。アドリブもない。それでも纏う雰囲気や表情、ちょっとした仕草の全てが、この場にいる全員の視線を引きつける。これまでの自分へのコンプレックスや絶望、新しく生まれ変わる自分への渇望、なった後の喜びと自信。そう言った人生を本当に歩んできたと思わせるような演技だった。
アイはアイドルとして疑う余地のない天才だった。そしてその才能はアイドルの枠に留まらず、演技の世界においても発揮される。
「カット! OKだ」
その一言でアイの雰囲気が一変する。軽く息を吐いて、家族の元へと戻ってきた。こちらを見て小さく口角を上げる。
「おかえり。すげえな、思わず引き込まれた」
「ただいまー。でしょ? ケイのおかげで良い演技できたよ」
ルビーがアイの元に行きたがるのでアイに渡す。アイは慣れたものだと言わんばかり抱え、演技を絶賛するルビーにありがとうと返す。アクアに聞いてみても、同じように絶賛する答えが返ってきていた。
「そりゃ良かった。子供たちの評価下げた甲斐があったよ」
つくづく思うのは、我が家の中心はアイだと言うこと。子供は母親が好きだとはよく言われるがとくにその傾向が強い。まるで太陽のようで、俺たちに取ってはなくてはならない存在だ。
「そんなに気にしなくても良いのに。別に下がってないよねー?」
「そうだよ。これ以上、下がーーーいふぁい、いふぁい」
余計なことを言いかけたので、ルビーの柔らかい頬を引っ張りそれを止める。大人のそれと違ってどこまでも伸びそうなほどぷにぷにしている。引っ張る手をペチペチと叩くので離すと、ルビーは自分の頬がちゃんと残っていることでも確かめるようにさすっていた。
一旦休憩になると、アクアとルビーはアイと一緒に空調の効いた休憩室にて休んでいる。ふらっと外を歩いていると、外で煙草を吸っていた監督とばったりと出くわした。
「早熟のパパさんか、あんたも吸うのか?」
「吸わないですよ。興味がないわけじゃないですけど、妻が臭いに敏感だし子供たちもいるんでね」
「時代だな。若えのにしっかりしてるよ」
一昔前は、成人男性は煙草を吸うのが当たり前だった。新幹線や飛行機の中でさえ吸えたというのだから時代は変わるものだ。ちなみに戦場等でもタバコは割と嗜まれるようで、ストレス解消以外にもニコチンによる血管の収縮が止血効果をもたらすためだと聞いたことがある。
「そう言ってもらえると嬉しいですけど、自分じゃ何もかも手探りで割と手一杯ですよ」
武術であれば、模範とされる正しい型は存在する。より効率的に、より安全に相手にダメージを与えるのが理想だ。けれど夫や父親というのは正解がないように思える。家庭ごとによって理想は異なるから、常に正解を考えながら動かなければならない。他人の人生を預かっているのだから、当然と言えば当然かもしれないが。
「それより、アクアとアイはどうでした? 監督の目から見てこの業界でやっていけそうですかね」
監督は煙を吐くと、ある程度吸い終わったタバコの火を消す。
「アクアの方は賢いな。こっちの意図を正確に読み取って正解を出せる。俺らからすれば演技が上手いよりもよっぽど欲しい役者だ。アイの方はアクアとは違う。こっちの意図を完璧に理解はしていないが、演じるとそれが正しいと思わせる力があるし、何より周りを惹きつける力がある。どっちも売れる可能性はあるが、結局最後はコミュ力だ」
「いくら上手くてもまわりから嫌われたらってやつですか。……ああ、なるほど。かな嬢にはそうならないように灸を据えたってところですか」
天才、秀才、鬼才。色々な呼ばれ方をして天狗となってしまったことで見放され、消えていったタレントはこの業界に星の数ほどいるのだろう。圧倒的な個の力で生き残る人もいないわけではないのだろうが、きっとそれは極少数。
「ないわけじゃないが、そんな大層なもんじゃねえよ。アクアにあの演技ができるのは想定してなかったしな。ガキが一人でやっていくには大人の世界は汚ねえからな、友達にでもなってくれればそれでよかったんだ」
この言い方、やっぱり親にもなんか問題があるんだろうな。売れていくうちに子供を子供としてではなく、売れている子役とでも見るようになってしまったのか。そうであれば、後の時の必死な姿も腑に落ちる。
親が居なくとも周りに良い大人たちがいた俺は、恵まれていた方だったのだろう。
「友達か……。友達だったら、ルビーの方が向いてるかもしれませんよ。同性の方が色々話も合うでしょ。今度機会があったら、うちの娘も一緒に使ってやってください」
「双子の妹の方か。あいつも演者希望なのか?」
「アイみたいなアイドルになりたいって言ってますけど、一緒ならドラマでも映画でもって感じですよ」
「アイドル目指して映画ドラマが先ね……。まあ考えるだけ考えといてやるが、そういうあんたは興味ないのか? あんたも苺プロ所属だろ?」
アイドルが役者をやることは割と珍しくない流れではあるが、その逆は確かに珍しいのかもしれない。
「所属って言っても警備部でね。演技を上手くできる自信もないし、やる気のない奴がしゃしゃりでても周りに迷惑でしょ。俺は妻と子供達が頑張ってる姿見れれば満足ですよ」
外部への身分証明として、俺以外に誰もいない架空の部署に籍を置かせてもらっている。今後はアクアとルビーの幼稚園や学校だって考えなければならない上に、大抵親の仕事を尋ねられるのだ。職業闘技者です、とは口が裂けても言えない。
撮影が滞りなく終わり、クランクアップを迎える。製作陣は編集を行い、カットをつなぎ合わせて映画を作り出す。役者としては追加で撮影はないが、不祥事を起こさないことが仕事だろうか。撮影まで完了したものの、出演者がやらかしたことでお蔵入りになるケースもあるようだ。
タイトルは『それが始まり』。
アイとアクアの初共演作となったこの映画は、低予算映画ゆえに公開される劇場も都内で数カ所と限られていた。完成を楽しみにしていた俺たちは公開日にチケットを押さえ、劇場へと足を運ぶ。
観客は満員、とはいかない。平日というのもあるのだろうが、空席の方が多いくらいだ。
照明が落ち、これから公開予定の映画の予告が始まる。それが終わると、いよいよ本編の開始。
撮影時に見ていたはずなのに、カメラ越しに映った映像は音響効果も相まって全く新しい物を見ている感覚になる。
アクアの出番が来て、アイの出番も来る。アクアは気味の悪い子供というのを十分に演じられていたし、アイはアイで主役を食い潰す勢いの演技。二人が出てからは、買っていたコーラを飲むことも忘れて見入ってしまった。
あっという間に時間が過ぎる。エンドロールが流れ、場内に照明が再び灯された。ルビーは途中でアイの膝の上で寝てしまったようで、退場する際に俺が起こさないようにそっと抱えた。
「アクアすごいね! 本当に気持ち悪くてすごく良い演技だったよ!」
「それが子供にいう褒め言葉……?」
「褒め言葉だよ? 本当に凄かったんだから。アクアはきっと誰よりもすごい役者さんになれるね!」
アクアの演技に心底感動したアイは興奮がまだ冷めていない。言葉のチョイスはあるが、アクアも褒められて満更でもなさそうだ。
「俺も良かったと思うぞ。どうだ、これを機に本格的に目指してみるか?」
「どうだろう。でも……目指してみるのも、悪くはないと思った」
「そう思ったならやってみろよ。もし途中で新しい夢ができたらそっちに行っても良いし、なんなら両立してみても良い。お前の人生だからな、好きにやってみな」
できる限り、子供達には可能性を狭めさせたくない。
「ねえねえ、私は?」
アクアと視線を合わせるためにしゃがんでいたアイは、普段以上に上目遣いでこちらをみる。何かを期待している、そんな目だ。
「アイもすごかったよ。主演以上に目立ってたし、やっぱり絵になるよな。いつも見てるはずなのに見惚れたし、改めて惚れ直した」
「良かったあ。それじゃあご褒美お願いしようかな〜。アクアも一緒に何か買ってもらおうよ」
東京の良いところはちょっと移動すればなんでもあるところだろう。近くの商業ビルに入り、初めての家族四人揃ってのショッピングを堪能した。