一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 四月。今年の桜は早期開花によって既に散ってしまっているが、まだほんの少し残ってはいる頃。ルビーとアクアはついに幼稚園へと入園するまでに成長した。

 

 今日は入園式で、朝から我が家はバタついている。

 

「アクアもルビーもハンカチは持った? 忘れ物もない?」

「大丈夫だよ」

「私もバッチリ!」

「うん、それならよし! 二人ともほんとに可愛いねー!」

 

 入園式だからアクアもルビーも制服をバッチリと着込んでいる。可愛らしく帽子まで被っていて、着こなすよりも着せられている感が強いのがまた可愛らしい。

 

「ママも可愛いよ、スーツ姿も似合ってる!」

「ありがとー。パパの方は?」

 

 家族揃っての参加のため、アイもフォーマルな格好をしている。特徴的な綺麗な黒髪も後頭部で纏めており、首元にはこの前の誕生日でプレゼントしたパールネックレスが控えめながらもその存在を主張していた。普段とはまた違って、可愛さよりも美しさが前面に出ている。

 

「こっちもオッケーだけど、スーツってどうにも堅苦しいんだよな。ネクタイ変じゃねえか?」

 

 俺も俺で、普段一切着ることのないスーツを着ている。成人祝いに貰ったもので生地はとにかく上等なのだが、それ故に俺もまだ着こなす、という段階にはない。首元なんて特に違和感が強く、なんともいえない圧迫感がひたすらに窮屈に感じさせた。

 

 髪型だって普段は雑にかきあげているのに対し、今は七三になるように整えている。癖毛のせいでところどころ跳ねているが、そこは直しようがない。

 

「ちょっと曲がってるから直してあげるね」

 

 アイにネクタイを直してもらう。普段はもっとくっついたりしているのに、新鮮だからか少し恥ずかしい。

 

「これでよし! ……って、顔背けてどしたの?」

「父さん照れてんだよ」

 

 目ざとく見ていたアクアがすかさずアイの疑問に答える。

 

「ほんとだ顔赤いね。ふふ、私の新妻力が出ちゃったかあ。こういうのが好きなの?」

「好きってことはないけど」

「じゃあ嫌いなの?」

 

 今度はルビーの横からの口撃。この子供達はアイには従順なのに、どうして俺にはこうも刺してくるのか。

 

「いや、好き嫌いかで言ったら好き……って俺で遊んでねえで行こうぜ」

 

 三人はにやにやと笑みを浮かべている。わかったからそれ止めてくれ。嫌いな奴なんていないだろう。

 

 普段そう呼ばないくせにアイも悪ノリしてアナタなんて呼んでくる。妙に艶やかな声で言うものだから耳がこそばゆい。このイジリは運転中も、目的地に着くまで続いた。

 

 駐車場に車を停め、受付を済ませる。

 

 式が始まるまでは時間があるため、ひと足先に幼稚園の正門前で、入園式と書かれた看板の前で記念撮影を行う。もはや恒例行事となっており、すでに何組も撮影待ちの家族が並んでいた。園の先生たちも準備で忙しいから、前後の親同士が協力して撮影をしている。

 

 特に変装もしていなかったから、俺達を撮ってくれたご家族はおそらく気づいていただろう。何せ俺を除いて芸能一家だ。カメラを貸した時と返してもらう時の態度が明らかに異なっていた。

 

 撮影が終われば良い時間で、いよいよ入園式が始まる。親との入場になるので、アイとルビー、アクアと俺の組み合わせで入場する。座る位置は子供達が前で、保護者は離れた位置にある保護者席へと座る。親と離れて泣いてしまう子もいる中、アクアとルビーはしっかりと椅子に座っていて実に大人びて見えた。

 

「やっぱり目立つな」

 

 金色の髪は二人以外にいない。顔立ちだって頭抜けている。

 

「良いことでしょ。やっぱうちの子可愛すぎー!」

 

 撮影自体は許可されていたので、ビデオカメラを式が始まってからひたすら回す。式自体はまだ主役の子供たちが幼いこともあって一時間もかからない。園長からの祝辞や先生たちの紹介、今後の流れをサラッと説明して終わる流れ。子供達もまだ幼いから、椅子から何度も立って座ることもない。こちらから手を振ればルビーは大きく、アクアは気恥ずかしそうに振り返してくれた。

 

 拳願会の事を話してから何かが変わったかと言われれば、大きく変わったことはない。アクアはある程度理解できていそうではあるが、それでも全てではない。やはり直に見ないことにはわからないこともあるのだが、当面見せるつもりもないし、ルビー含めて仕合を見てみたいとは口にすることはなかった。

 

 見せるとしても、少なくとも当時のアイと同じくらいかそれよりも上になった時だろう。この辺りはアイと相談しながら決めていく予定だ。

 

 ただ、まだ本当に二人とも闘技者の事を信じていない可能性も正直捨てきれない。無職、ではなく、名もなき家事含めてやっているのだからせめて専業主夫と思っていて欲しいところだ。

 

 あまり必死になって弁明したとしても、それはそれで嘘っぽくなってしまう。アイやミヤコさんがあの時特に言及してこなかったのはそう言った理由もあるだろう。アクアとルビーが元気に育ってくれればそれで良いので、もう二人の思うように解釈すれば良いと考えていた。

 

 そんな事を考えていると、あっという間に閉園の言葉まで式の進行が進んだ。式の後はクラス写真を撮って終わり。

 

 子供達の新しい生活が始まった。

 

 ルビーは早くから幼稚園生活を満喫しているようだが、アクアは少し退屈そうだ。早熟と呼ばれたように、他の子と比べてみても随分と大人びていて、ルビー曰く園でも本を読んでいることが多いそうだ。もう少し友達でも作った方が良いのではと思ってしまうが、当の本人は現状で満足している様子。家にある本棚は、月日が経つごとに埋まっていった。

 

 幼稚園には送り迎えがあるものの、園にいる時間は割と自由な時間になる。家事も今は文明の利器があるため一昔前に比べてだいぶ楽になったから、それを差し引いても十分な修行時間を確保できた。子育てや家事も割と楽しんでいたが、やはりこちらの方が性に合っている。

 

 アイも連日仕事で家を空けることもないため、高頻度ではないもののデートに行くこともできている。街にふらっと出て買い物をしたり、映画をみたり、カフェでゆったりとした時間を過ごしたり。

 

 今日も新作ドリンクを飲みにアイと二人でカフェに来ていた。

 

 注文を済ませて出てきたのは、トッピングたっぷりの飲むのか食べるのかわからないドリンク。アイはそれを嬉々として堪能していた。

 

「ケイも飲んでみる? 美味しいよ?」

「じゃあ一口もらうわ」

 

 こうした時間は、付き合っていた時を思い出す。ホイップクリームも混ざったことで重厚感のある液体がストローから口内へと移る。

 

「うん、これは美味いな」

 

 想定していたよりも甘さが控えめで、これであれば途中で飽きることもなさそうだ。

 

「でしょ? ケイもこっちにすれば良かったのに」

「待ち合わせ前に軽く食べたからな。俺はコーヒーだけで十分だよ」

 

 家から一緒に出たわけではなく、アイの仕事が午前で終わるため昼過ぎからの集合だった。昼飯は各々済ませるようにしていたので、ボスバーガーでそこそこの量を食べていたこともあり、コーヒーだけで十分だった。道中でアイが広告しているシャンプーがでかでかと掲載されているのを見かけたが、改めてアイの人気さを実感する。

 

「どうしたの?」

「そういや、いつからかブラックで飲めるようになってたなって。俺も大人になったもんだ」

「ちょっとドヤ顔で何子供みたいな事言ってるの?」

「ドヤってはねえけど、事実だからな。気づいたら二人して二十歳超えて、子供達も幼稚園通ってんだ」

 

 たまに夜まったりとした時間を過ごす時などは、二人してお酒を飲むこともある。アイは俺とは違って、苦さを感じるビールよりは甘めの味を好んでおり、この前見つけた貴腐ワインは割と気に入っていた。

 

「ドヤってたけどね。そっかー、早いなあ。出会った時から十年くらい経つんだね。アクアとルビーもこのままあっという間に大きくなっていくのかな」

「成長は早いって言うしな。できるだけ色んな思い出作ってやれれば良いが」

 

 自分がそうではなかったから、家族との思い出は良い物にしたい。

 

「早くもダメな父親認定されてる気はするけどな」

 

 自分で撒いた種だから仕方ない。表格闘技界に籍を置いていれば違っただろうが、所詮考えるだけ後の祭り。乾いた笑いしか出ない。

 

「私も直で見てなきゃ絶対信じられなかったと思うよ。でもうちの子は二人とも賢いから、口ではああ言ってるけどちゃんとわかってくれるよ」

「その辺は考えても仕方ねえか。いざとなったらちゃんとフォローよろしくな」

「もちろん。私だって自分の夫がニートなんて呼ばれるの嫌だもん。ちゃんとカッコいいんだよーって言ってあげる」

 

 アイに出会えたことに関しては、もはや顔も覚えてない父親に感謝しても良いとさえ思える。アクアとルビーの成長を見ながら一緒に歳をとって、闘技者もタレントも引退した後、ゆっくりと余生を過ごしてみたいものだ。

 

「そりゃあ頼もしいな。ふと思い出したけど、ルビーの練習は順調なのか?」

「ばっちりだよ。なんて言ったって、人気アイドルの元センターが教えてるんだしね」

 

 迎えに行った際、普段は楽しそうなルビーが気落ちしている時があった。聞けばお遊戯会でダンスを披露する場があるらしく、なぜか苦手意識があるため気が乗らなかったようだ。

 

 運動神経に関しては、自画自賛になるが俺は言わずもがな、アイも悪くはない。二人の子であるルビーとアクアも運動神経が悪いと言うことはないはずなので、技術的なことは置いておいてメンタルの問題だと考えていた。アイドルになりたいと言ってきたから、自分で密かにやってみて上手くいかなかったのかもしれない。

 

 アイはルビーの苦手意識克服のために、一緒に簡単なダンスから始めてB小町の振り付けもやっているようだった。

 

 ルビーも大好きな母親に手取り足取り教えてもらえるのは楽しいようで、苦手意識の克服だけでなく、ダンスの技量も順当に伸ばしている。伊達に生まれながらのファンなのであれば、推しに教えてもらえると言うのは贅沢この上ない時間なのだろう。

 

「じゃあ本番も大丈夫そうだな」

 

 お遊戯会なので、簡単な踊りのはずだ。B小町の振り付けができるのであれば、簡単に覚えられるだろう。

 

「……あ、本番の練習するのすっかり忘れてた」

「やってなかったのかよ」

「いやー、ルビーと踊るの楽しくてつい……てへっ!」

 

 可愛いけどてへ、じゃない。

 

「本番今週末だろ。今からでも大丈夫なのか?」

「んー、大丈夫でしょ。ルビー才能あるし。とにかく今夜から猛特訓だね!」

 

 すでに水曜日。今日含めて明日の計二日間しかない。正直時間はほとんどないだろう。

 

「……ほどほどにしてやれよ」

 

 本番前に力尽きては意味がない。子供だから夜だって起きられる時間には限度がある。

 

「私そんなにスパルタじゃないよー」

 

 アイは口を尖らせながら否定する。

 

「あ、そろそろお迎えに行かないとじゃない? たまには二人で行って喜ばせてあげようよ」

 

 確かに良い時間だった。たまには四人で歩いて帰るのも良いかもしれない。

 

「もうそんな時間か。じゃあ行くとするか」

 

 ゴミを片付けてグラスを下げる。

 

 店を出れば、自然と腕を組んだ。時折人の手を触っては、相変わらずゴツゴツしてるねなんて言ってくる。冷たいドリンクだったからアイの手は少しひんやりしていた。

 

 迎えに行き、担当の先生と簡単に話をしてアクアとルビーを引き取り、四人で歩いて帰る。歩道で余裕がある時は真ん中に二人を入れて手を繋いだりした。身長差から万歳するような格好ではあったが。

 

 ちなみに、当然と言えば当然だが、同じクラスのためルビーだけでなくアクアもお遊戯はやる。当の本人が自分でやると言ってきたので、アイの手解きは受けていない。たまに隠れてやっているのを見たこともあるし、たまに見ているのがバレた時は姿勢とか重心とかのアドバイスはしたが、それがどこまで役立っているかは不明だ。ルビーが猛特訓を受けている間に聞いてみても、大丈夫とだけ返ってきた。

 

 そして本番当日。

 

 アクアは大丈夫と言っていた通り卒なくこなし、ルビーは頑張っていた甲斐もあって、キラキラと輝きながら小さいステージで脚光を浴びていた。

 

 

 

 

 その日の夜、一通の連絡が届く。仕合の連絡だ。

 

 時期は一ヶ月後。

 

 対戦企業は乃木グループ。

 

 闘技者の名は、初見泉。

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