一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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感想、誤字修正ありがとうございます。

今回仕合にともない視点を変えてみました。読みにくかったらすみません


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 現闘技者の中で誰が最強か。

 

 よく挙げられるのは、大日本銀行所属の『五代目滅堂の牙』加納アギト、古海製薬所属『猛虎』若槻武士の二名。勝利数もさることながら、より重要視される企業獲得資産が両名ともに兆の大台に乗っている。

 

 一方で、企業獲得資産はまだ低いものの強者とされている闘技者もいる。一人は乃木グループ所属の初見泉。仕合二戦目にして若槻武士を破ったことで一気に注目を集めた猛者。もう一人は苺プロ所属の日向桂。謎多き流派、二虎流を使う闘技者で、かの片原滅堂が後見人を務めると噂される男。

 

 そして今日、新木場にある、とあるスタジオにて一つの仕合が開催される。

 

 苺プロ闘技者日向桂 対 乃木グループ闘技者初見泉。

 

 誰もが予想していなかった好カードに、会場は通常以上に異様な熱気に包まれていた。

 

「斉藤社長、今日はお手柔らかにお願いしますよ」

「ええ……こちらこそ」

 

 乃木グループ代表である乃木英樹がにこやかな笑みを浮かべるのに対し、苺プロ代表の斉藤壱護の顔はどこか強張ったものだ。今回の賭け対象であるオフィスビルの価値は数百億とも言われており、これまで彼が賭けてこなかった巨額。苺プロの新しい事務所にと、企画を進めていたところで天下の乃木グループが横槍を入れてきたため、言ってしまえば黙っていれば手に入れられたのに急に失うリスクを背負った形になっていた。

 

「何弱気になってんですか。勝てば良いんですよ」

 

 桂が社長の背中を叩く。本人は軽く叩いたつもりでも、一般人にはそこそこに威力があったようで社長はぐもった変な声を出していた。

 

「またお前はそうやって……どこからそんな自信出てくるんだよ」

 

 普段とは桁が違う賭けに、慣れてきたと思ってきた社長も胃がキリキリとしてる。

 

「自信っていうか、初めから負けると思ってる奴は闘技者になってないですよ。そもそもの話ですけど、今日は初見さん来るんですか?」

 

 後半の問いかけは乃木会長たちに向けたものだった。初見の仕合成績は現在六勝二敗。負けの内容も遅刻とバックレが各一回ずつというなんとも無責任なもの。下手をしたら、今日も何らかの理由をつけて来ない可能性も捨てきれなかった。

 

「来る、と言いたいが、どうかな秋山君……?」

「先ほどから電話をかけているのですが、繋がりませんね」

 

 乃木会長の側には秘書として一人の若い女性が控えている。

 

「そうか。なに心配ない。初見は、君と話がしたいと言ってたからね」

 

 半分は自分自身に言い聞かせながら、乃木会長はどこか遠くを見ていた。

 

 来ようが来なかろうが、やることは変わりない。桂はひと足先に特設リングに上がることにした。ウォームアップは済んでいるため、冷まさないようにストレッチなどで体を軽く動かしながら来るのを待つ。

 

 リングはボクシングやプロレスよりも広め。総合格闘技用に近く一辺が七メートルある。十分な広さではあるが、四角形故にコーナーに追い込まれる事は避けたい。

 

「あら? 遅れちゃった感じ?」

 

 軽い声と共に一人の男が会場に入ってきた。男性にしては長めの髪を後ろで結い、無精髭を生やした男。軽薄さが滲み出ているものの、胴着の奥には鍛え抜かれた肉体がある。

 

「遅いぞ」

「悪いねオヤッさん。道が混んでたもんでね」

「初見さん、早くリングに上がってください。相手も待ってますから」

「へいへい。そんなことより、やる気出すためにもハグしてくれよ。いいだろ楓〜」

「距離が近いです。早く行ってください」

 

 初見はあくまでマイペースを崩さない。ハグしようとして秋山に突き放されたことで、ようやく、渋々リングへと上がった。少し着崩れた胴着を直す。

 

「全くつれないねぇ。っと、アンタが日向桂か。アンタには仕合前に聞いておきたいことがあったんだ」

 

 初見の表情が一変し、やけに真剣な物へと変わった。

 

「聞きたいこと?」

「女優のアイとアイドル時代から付き合って結婚したって本当か?」

「本当ですけど……それ今聞きます?」

 

 桂からすれば肩の力が抜ける内容だった。乃木会長が言っていた事はこのことか、と考えてしまう。

 

 初見は驚愕した表情を浮かべ、がくりと項垂れた。今にも膝から崩れ落ちそうな勢い。

 

「ってことはあんなことやこんな事も……。前世でどんな徳積んだらそうなるんだよ」

「前世なんて知らないですけど、まあ良い男なもんで」

 

 わざわざ馴れ初めを言う必要もない。桂はそう判断して適当にはぐらかす。

 

「言うねぇ。苺プロ所属って事は、他のアイドルの子も知り合いなんだろ? 今度紹介してくれよ」

「ここ来てからのやりとりで紹介すると思います?」

「つれねぇこと言うなよ。俺とアンタの仲じゃねぇか」

 

 肩を組みながらグイグイと距離を詰めてくる。仕合に限らず初めてのタイプだ。

 

「どんな仲だよ。今日が初対面だろ……」

 

 掴みどころのない適当な男。初見への第一印象はそれに尽きる。今まで出会ったことのないタイプの闘技者につい困惑してしまうものの、相手は誰であれ変わらないと桂は意識を切り替えた。

 

 初見の過去六仕合の内、桂が観戦できたのは二仕合。内一仕合は若槻との戦いではあったが、別の仕合と比べると動きのキレに差が大きかった。調子の良し悪しがはっきりと出てしまうタイプか、相手に合わせて力が変動するタイプか。現時点でその答えは持ち合わせていない。

 

 話しすぎたことで審判に促され、ようやく両者が位置についた。

 

「構えてェッ!」

 

 先ほどまでの雰囲気が一変する。両雄が構えを取り戦闘体制に入った。体格はわずかに桂が上回るものの、それが何の有利にも働かないことは当人たちが一番理解していた。

 

「始めッ!!」

 先手は桂。火天ノ型烈火による強襲。瞬発力を活かした高速接近とそれに伴う一突きを、初見は手甲で難なく捌く。

 

 初見の掌底を使った打撃も同様。どちらもまともに攻撃は当たらない。

 

 挨拶代わりの打撃の応酬。手数の多さは、僅かながらに初見が桂を上回っていた。見切れないほどの速度差ではないが、その影響は徐々に広がり桂を捉えつつある。

 

 単純な速さ比べで初見が勝る。その事実を受け止めた桂は戦法を変えた。速さから硬さへ。金剛ノ型不壊にて体を引き締め、カウンターで鉄砕を当てにかかる。

 

 ほぼ同時に腹部に拳が入る。

 

 先に距離を取ったのは初見。想定以上のダメージに、当たった箇所をさすっている。少しでも時間を稼ぎ回復に費やす。

 

「硬ってぇな。なんだよその拳、何か握り込んでんのか?」

 

 初見の仕合を観たことがある桂に対し、初見は桂の仕合を観たことがなかった。

 

「別に何も握り込んでねえっすよ」

 

 殴った方の手を開閉し、何も握ってきない事を示す。仕合前にはボディチェックが入念に行われるため基本的には暗器さえも持ち込むことはできない。初見も本当に疑っていたわけでもなく、まだ本腰を入れていないが故の軽口に近い。

 

「二虎流、か。厄介な武術だねぇ」

 

 だが、俺には関係ないね。初見の表情にはそう浮かんでいた。少しの応酬ではあるが、調子を加味しても勝てない相手ではない。硬い拳は厄介だが、それも若槻と比べれば可愛いもの。気になることとすれば他の二虎流の技だが。

 

「使う流派で勝てんなら苦労しねえだろ」

「そりゃあそうだ。んじゃ第二ラウンドと行きますか」

 

 考えても始まらないとして、思考を切り替える。

 

 先ほどは先手を譲ったが、此度は初見が先に動く。拳を固める技は筋肉を引き締める技と考えれば納得ができた。となれば拳だけに限らないが、他の部位より筋肉が少ない首から上はその限りではないはず。打撃で決めるなら顔面の急所を撃ち抜くか、若槻戦の時のように合気で力を逆に利用するか。兎にも角にも、まずは隙を作るために速さで引っ掻き回す。

 

 ウォームアップも済んだため、初見は更に速度を上げて攻める。少しでも有利を取るため、早々に蹴りの間合いを潰す。速さの関係から逃げようにも逃げられない以上、再び打撃が当たるようになる。

 

 しかし、硬い。

 

 桂が防戦一方に見えるが、受けることに専念したことで大半を捌いている。当たる打撃に対しても不壊がダメージを最小限に抑えていた。

 

 丁寧な受けだからこそ、初見は己の推測が正しいことを理解した。捌ききれずに顔に当たった一撃、口内を切って口から血が出ていることと一瞬のぐらつきから、首から上なら打撃が通る。

 

 中々に打ち崩せないのであれば、それを支える要を取り除く。

 

 合気における肘固め。

 

 本来は相手が攻めてきた際に手首を取り肘や肩関節を押さえ込む技ではあるが、初見レベルになれば攻撃を待つ必要はない。掌底による打撃も、掴みに移行する際に拳よりもスムーズに動くがゆえの選択。

 

 左手首を取った。桂の腕を引き寄せながら、肘を押さえて回り込む。

 

 桂は倒されまいと右足を大きく踏み込んだ。初見の目論見通りに。ちょうど良い高さに頭が来る。

 

 顔面への膝蹴り。

 

 右足に体重を乗った瞬間、初見の体が大きく傾く。

 

 操流ノ型柳による力の流れの制御。初見の合気同様に、桂もまたそれは得意とする所であった。桂はそのまま空いていた右手を使って、顎を捉えるためにアッパー気味の打撃を放つ。

 

 当たらない、が防ぐために初見の左手が離れた。小手返しを考慮し初見の手首を掴む。崩れた体勢を支えるために片膝をついているため、すでに初見の機動力を封じてある。一足先に動き出した桂の硬い膝蹴りが、意趣返しに側頭部を狙った。

 

 手応えは今ひとつ。

 

 今のも防ぐのか、と口にせずとも桂は驚嘆した。一見した際の適当さの奥には、磨き抜かれた技術がある。人を見た目で判断するなという良い例だろう。疑う余地もなくひたすらに強い。

 

 片足立のため不安定さを狙われることを防ぐため、膝蹴りが入らなかった時点で桂は金剛ノ型鉄指で初見の左手首を強く握る。

 

 骨を砕かん威力の握力に初めて初見の表情が歪んだ。振り払おうと立ち上がり右手も使うも、強力な力で握られたそれは離れない。

 

 もがく初見に、喰らいつく桂。ほんの数秒硬直が起こる。

 

 苦悶の表情を受けべていた初見のそれが変わる。ちょっとした動作、力の流れを操る者にしかわからない緻密な操作が、桂の体幹を崩す。

 

 肘固めからここまでの全てが想定通り。

 

 それは、顔面の急所である烏兎(眉間)、人中(鼻の下)、下昆(下顎の前面)を一本拳にて連続で撃ち抜く技。

 

 初見流合気道、叢雲三連

 

 初見にとって狙っていた局面、であるはずだった。一撃目を当て、続く二、三撃目で勝利するはずだったからこそ、理解できない。なぜ、自分が絞められているのか。

 

 二虎流水天・操流ノ型、章魚

 

 水天の脱力と操流の身体操作によって、軟体生物のような柔軟さでその時々で形を変え相手を絞め落とす、桂が編み出したオリジナルの一つ。

 

 初見が何かを狙っていたことは、表情からわかっていた。鉄指に対してもがくそれも、多少大袈裟に振る舞っていたことはわかる。才能ある者の嘘をこれまで何度も間近で見てきたからこそいち早くそれに気づき、初めて見る技にも対応できるよう待ち受けることができた。初撃こそ受けてしまったが、今回に限ってはかえってそれが有利に働くこととなった。

 

 操流も合気も、いつどこでも使える魔法ではない。完全に極まった三角絞めの体勢から逃れる術はない。必死の抵抗も虚しく、ついに初見から力が抜け落ちる。

 

 それを確認し、桂も技を外してそのまま寝転がる。アドレナリンで認識してきなかった疲労や痛みが、じわじわと全身に広がっていく。

 

「勝負ありッ!!」

 

 顔面への一撃は水天でも散らしきることは叶わなかった。受ける位置を多少変えられたが、激痛であることに変わりない。

 

「次やる時は、調子完全に上げといて下さいよ」

 

 若槻戦を振り返れば、今回の調子は明らかにそれより下。 

 

 勝敗を分けたのは、真の狙いにどのタイミングで気づけたかどうか。少しでも気づくのが遅れていれば、絶好調の時に戦っていれば、結果はまた変わっていただろう。

 

 聞こえるかわからない初見に言いたい事を伝えてから、歓声の中リングを降りた。

 

 

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