一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
この章からケンガンキャラが多く出てきますのでご容赦ください
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バー「大宇宙」。大屋会長が統べる義伊國屋グループが出資しているオーセンティックなバーにて、俺は珍しくウイスキーを嗜んでいた。客は少ない。閑古鳥が鳴いているわけではなく、今日は貸切。隣には社長と大屋会長もいて、酔いながらも談笑や仕事の話をしていた。会社が大きくなったこともあり徐々に取引額もでかくなっているようだ。
「あの話聞いたか?」
バーテンダーである銀髪褐色の男、氷室涼が尋ねてくる。
「乃木会長の話だろ? この前聞いたよ、随分と力入ってるらしいな」
五年前くらいから下準備を始めていたらしく、今も一定数の会員の同意を集めるべく奮闘しているようだ。
求めているのは、拳願会会長職争奪戦の開催について。
必要賛同数は五十。所属企業数が四一七と言うことを考えるとそこまで難しくはないように思えるが、会長の政権は半世紀近く続いているので、その牙城を崩しにかかるのは骨が折れそうだ。
「もし可決されたら、次の会長を決めるでかいトーナメントが開かれるって噂だぜ。アンタも出るんだろ?」
「さあ、どうだろうな。全社が出るってなら出るだろうけど、任意ならそこは社長の意思次第だな」
「なんだよ、意外と消極的だな」
「うちの社長、会長の座にはあんまり興味なさそうなんでね」
「なるほど。大屋会長はどうするんだか」
グラスを拭く姿も実に様になっている。氷室は義伊國屋に所属する闘技者で、昨年度デビューして四戦全勝。短いキャリアながらに、早くも強豪と並び称される実力者だ。一度だけ仕合を見たことがあるが、相手とのレベル差もあって未だ底は見えていない。ジークンドー使いの彼は、受即攻の最速最短の連打を武器とするが、もっと根本的なところで言えば戦うことに対する経験の多さが武器でもある。
最初に話しかけてきたのは氷室の方で、二虎流を使う俺に同郷かどうかを聞いてきた。つまりは『中』出身かどうかと言うこと。氷室も高校生になるくらいの時に身分を買って外へと出てきたようだ。『中』では十鬼蛇二虎の伝説は有名だったようで、当の本人は死亡説が流れていたので、外に来て失伝したと思っていた二虎流使いの話を聞いて興味を持ったらしい。
氷室だけでなく、最近は若く強い闘技者が増えてきた気がする。『超人』理人、『暗黒鳥』沢田慶三郎、『絞殺王』今井コスモ。特にコスモは俺の最年少記録を抜き、一四才で公式戦デビューしている。
「俺ら闘技者はやることは変わらねえさ。とりあえず相手をぶちのめして自分が強いことを示す、簡単だろ?」
「違いないーーーお、いらっしゃい」
扉が開き一人の客が入ってくる。天下の大女優様、もといアイのご来店。
「お疲れ。何か飲むか?」
「疲れたよー。何にしようかなあ……甘いのある?」
アイが仕事を終えてバーへとやってきた。帰りは社長含めてタクシーで帰るから、酒を飲んでも問題ない。
アイは相変わらず忙しい。画面映えするためこぞって起用されるようになっており、未だに売れっ子女優の地位をキープしている。年齢も上がってきたことで、役柄も変わってきた。以前は学園もののヒロインなどが多かったが、最近では役に幅がでてきていて色々やらせてもらっている。
人前に出る仕事だからと、努力を重ねて他の同世代よりは遥かに若々しいが、昔のまま若さをキープということはない。少しずつ変わってきているし、個人的には人としての深みがでて良いと思っている。俺の推しが他の誰かに変わることはない。
「もちろんあるよ。アイちゃんは甘いの以外にリクエストある? ロングとかショートとか、ベースはこれが良いとか。あとはご飯食べてきたとかでも合う合わないが変わるけど」
「ご飯は食べたよ。お酒はよくわかんないから、ヒムロさんスペシャルで」
アイの方が氷室より年上ではあるが、呼ぶ時は一定の距離を保つために基本敬語になる。氷室の方は年齢を一切気にせずアイちゃんと呼んでいるが、本人が嫌がっていないので特に言うことはない。
「りょーかい」
褒め言葉だが、一挙手一投足、なんなら声までキザだ。顔も良くて強いから、拳願会でも女性会員のファンが多く女性に困ることはないだろう。
慣れた的でグラスに注ぎ、そっとカウンターの上を滑らせる。
「お待たせいたしました。アレキサンダーです」
カクテルグラスに入れられた、ブランデーベースのカクテル。カカオと生クリームも使われていて、度数は高いものの甘くて飲みやすいカクテルだ。宝石にも意味があるように、カクテルにもそれぞれに意味があるらしい。アレキサンダーも何かしら意味はあるのだろうが、きっと氷室のことだからその辺も気にしているはずだ。
二人で乾杯をして、アイは小さな口をグラスにつけた。飲む姿も、その時に長い髪を耳にかける仕草も妙に色っぽくて絵になる。味は良かったようで、二口目も早々に進んだ。
子供たちを放っておいて楽しんでいるが、小学六年生になった二人はたいていのことが一人でできるようになった。今日も遅くなることは伝えてあるので、出前で好きなものでも食べているかもしれない。
「今日の仕事はどうだったんだ?」
「この前クランクアップしたドラマの番宣のためにバラエティの収録だね」
「へえ、アイちゃんまたドラマ出るんだ」
毎クール出ているわけではないが、高頻度に変わり無い。ドラマに出ない時も映画の撮影が入っていたりするため、本当にすごい人気だ。
「そだよー。まあ最期にニノに刺されちゃって死んじゃう役なんだけどね」
「盛大にネタバレしたな……。これオフレコで頼むよ」
アイは子供の存在を隠しながら働く女性の役を演じることになっている。以前ドラマの内容を聞いた際はコメディ色の強そうな内容だったと記憶しているが、どこかで路線変更でもあったのだろうか。
B小町は解散したが、結成当時の初期メンバーは芸能界に残っている。アイとも色々とあったメンバーではあったが、今でもアイとは定期的に女子会等をして交友が続いている。
「一応プロなんでね、守秘義務は守るさ」
グラスが空いたため、今度はブルーラベルを頼む。普段あまり来ないところだから、高い物を頼んでしまう。合う飲み方で出して欲しいと依頼してあって、今回はストレートで出てくる。
下手なブレンドは味がぶつかって不味いと感じるが、これは見事にバランスが取れていて余韻が長い。
美味そうに飲んでいたからか、横から手が伸びてきてアイが一口試飲した。
「にしても闘技者がバーテンか、珍しいよな」
闘技者は会社に雇われているため自分の職を持たないことが多いが、職持ちはプロレスラーだったりキックボクサーだったり、表格闘技会でも戦う人や、驚くべきことに警察官などもいる。
「アンタだけには言われたくねえよ。妻帯者なんてほとんどいないだろ」
「あんまり聞かねえかもな。まあアイに会わなきゃ俺も独身だっただろうよ」
他の女性と世帯を持つというのはイメージができない。思えば、出会った順番もあるかもしれないが、アイ以外に良いなと思った女性はいないかもしれない。
「へえ、羨ましい限りだな」
「モテんだから結婚しようと思えばできんだろ」
「そういうのじゃねえよ。そりゃあ俺はモテるけど、そうまでしたい相手には出会ってないって話だ」
「ふふ、私は良い女だからね! 中々いないよー」
おかわり頂戴ーとの言葉に、気づけばカクテルグラスは空になっていた。甘くても度数高いため、本来は一気飲みする酒ではない。人の酒も飲んだし、今日は割とペースが早めだ。
「実際、拳願会でもファン多いみたいだしな。それに雇用主側からしたら、アイちゃんの人を見る目は頼りにしたいみたいだぜ」
「見る目?」
「前に人の名前覚えるの苦手だけど、才能ある人は別って言ってたろ。それの事だよ」
何度も会ったりすればさすがに覚えられるから、重宝されるのは一目見た時のことだろう。
「あー、それねー。あれ、私何かしたっけ?」
「覚えてる闘技者の名前言ってみ」
「ケイでしょ。カノーさんに若槻さん、初見さん、関林さんに……あ、後ヒムロさん」
「……ついでにあげてくれてどうも」
「あげてくれた闘技者はみんな上澄みだからな。いつ誰が言い出したかはわかんねえけど、採用側からしたら仕合で損失出す前に見て欲しいんだろうよ」
全試合見ているわけではないから、当然まだ会った事もない闘技者もいる。それこそ最近加納さんをあと一歩のところまで追い詰めた、小説家の片手間に闘技者をしている特異な経歴を持つ徳尾さんは、間違いなく覚えられるだろう。本業の方はイマイチのようではあるが。俺は読書をそんなにしないから、アクアにでも読んでもらって感想でも聞いてみるかな。
「でも何となくそう感じるだけで、これだ!ってなる根拠があるわけじゃないよ?」
「アイのそれが第六感なのか、別の何なのかはわからねえけど、企業のトップは割と信心深い人が多いんだろうよ」
実際、成功している経営者たちは、その成功を自分の力だけではなく運や縁があっての物、と考える人は多いようだ。拳願会しか知らないが、強い闘技者を見つけるのも運や縁が大きく関わってくるだろうから、あながち間違いでも無いのだろう。
「へえ〜」
アイ本人はまるで興味がなさそうだ。とくにそれで何かをしようとも思っていないから、勝手に周りで盛り上がってるんだな、くらいにしか思っていないかもしれない。
俺とアイのスマホに同時に着信音が入った。
今や我が家でも一人一台スマホを持つようになって、家族のグループチャットができていた。そこにルビーから連続でチャットが投稿される。
アクアとご飯作って食べたよー
そっちはまだかかる?
帰りにこのアイスコンビニで買ってきて
最後に画像まで添付されている。テレビで使われて気になったのだろう。太るぞとは言いたいが、これくらいなら帰りに買って帰るのも良い。
社長たちの方を見る。仕事の話……はしてねえな。もはやただの飲み会のようになっている。流石に場の雰囲気を壊さないように馬鹿騒ぎをすることはないが、だいぶ二人とも出来上がっている様子。そろそろ引き上げ時だ。
自分たちで作ったことを褒めて、もう少しでアイと一緒にアイスを買って帰ることを返す。アイもほとんど同じタイミングで返答して行ったから、似たような内容が交互に投稿されていた。既読は三となるから、アクアも見てはいるのだろう。
「氷室、会計で頼むわ」
「はいよ。あっちはどうする?」
「あっちも会計で。どうせ後は潰れるだけだから連れて帰るわ」
仕事とはいえ、ここまで酔ってミヤコさんに怒られないのだろうか。酔ってる時に社長に聞いても大丈夫しか答えないから正解はわからないが、いつ堪忍袋の尾が切れてもおかしくはなさそうだ。
「社長、帰りますよ」
「おーう! お前も飲んでるか?」
めんどくせえな、この酔っ払い。
「飲んでるか、じゃなくて帰るんですよ。何杯飲んだんだよ、あんた。大屋会長、すみません。この酔っ払い連れて帰ります」
「お、イッちゃん帰るの? 二人も気をつけて帰んなよ、ここの分はこっちで持っとくからさ」
大屋会長は普段通り。そういえばこの人が素面の時を知らないかもしれない。
「さすがケンさん! 太っ腹!」
随分と仲良くなったものだ。
また話し始めたので、とりあえず担いで無理やり引き離す。改めて大屋会長と氷室に挨拶して、呼んでもらったタクシーの助手席に乗せた。後部座席には俺とアイが乗って、とりあえず酔っ払いの家まで送ってもらう。移動する間社長は寝ていたが、アイは起きていた。顔は少し赤くなっているが、潰れるのは見たことがない。割と強い部類なのだろう。
社長を下ろしたあと、コンビニに寄ってもらって我が家のお嬢様がご所望のアイスを手に入れる。自宅までは歩いて帰れる距離だったから、酔い覚ましも兼ねて歩いて帰ることにした。
ほろ酔いのアイはB小町の歌を口遊みながら、手を握っているので人の腕ごと腕を大きく振りながら歩いている。
都会ではあるが、閑静な住宅街ゆえに騒がしさはなく、人通りもほとんどない。昨年末にようやく完成した新居は、俺とアイの貯蓄を合わせて購入した。せっかくだからとあれこれ希望を詰めていったので、想定していた予算を超えてしまったが文句はない。強いて文句があるとすれば、土地代の高さだろう。上物よりも遥かに高かった。
門扉を抜けて、玄関に着く。
ただいまと言っても反応がなく、リビングへと向かうとアクアとルビーが肩を寄せってソファで寝ていた。
起そうかと思ったが、アイが人差し指を口元に当ててそれを止める。アイはそっと自分のスマホのカメラを起動させて、子供達の寝顔をカメラに収めた。アイがそれを先ほどのチャットグループに貼り付ける。起きた時の反応が楽しみだ。