一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
全てが終わった後だった。ずっと追っていたことが終わって、ようやく真相に辿り着いて。やっと子供達のところに帰れる。そう思ってた。
橋の上を歩く。
大粒の雨が降る中、傘を刺している事もあって前から来る人に気がつかなかった。何かがぶつかり、その衝撃で傘が落ちる。
ナイフが深々と刺さる。ただ手で刺しただけじゃない。ちゃんと柄に体が当てられていて、全体重がかかる刺し方。
それが抜かれる。刺されたところから血が止めどなく溢れて出る。
「どう……して?」
刺した相手を見る。カッパ越しだけど、その顔はよく知っている。
「貴女がいけないの。全部、全部! 私が欲しいものを何でも持ってる癖に……。なんで貴女なの、私も……私だって! 」
力の抜けた私の身体はゆらゆらと動き、柵にぶつかってそのまま座り込んでしまう。
犯人が後ずさって、そのまま走って逃げていく。
言葉が出ない。救急車も、手が震えて呼べない。あー、これはダメなやつだ。最後に家族を思い出す。最後に会って、抱きしめて、ちゃんと愛してるって。でも最後はこれ。因果応報ってやつなのかな……。
雨に濡れる中、私の涙は光を失う目からこぼれ落ちた。
「カット!」
カチンコが鳴る。
私は目をぱちぱちと瞬きさせてすっと立ち上がる。ちゃんと雨の中での撮影だから、髪も服もびしょびしょで気持ち悪い。仕方のないことだけれど、下着まで濡れてるのは最悪だ。すぐにミヤコさんのところに行って、すでに構えてくれてる毛布に飛び込む。
「寒い寒い、風邪ひいちゃうよー」
春になるとはいえ、まだ雨の日は冷え込む。
「お疲れ様。お茶飲む?」
「飲む! ……あー温まる〜」
さすがミヤコさん。準備が良いね。
「これで今日の撮影は終わりでしょ。はやくロケバスの中で着替えてきなさい」
苺プロも大きくなって、外での撮影の時には会社保有のロケバス、といっても商用車なんだけど、それに逃げるように入り込んだ。暖房が効いていて暖かい。中ではひと足先に入っていた、私を刺した犯人役のニノがいた。アイドル時代は長かった髪をバッサリ切っていて、なんか大人びた印象になっている。
「あ、私を刺した犯人だ」
「変な事言わないでよ」
カッパを着ていたから髪もそこまで濡れていない。毛布もかけてないからそんなに冷えなかったのだろう。このまま抱きついて道連れにしようかとも思ったけど、ニノはまだシーンがあったことを思い出して自分にストップをかけた。
とりあえずは着替えを済ませて、髪も不快にならない程度には乾かす。ドライヤーの音はうるさいから、止めた後に会話を続けた。
「どうだった、初の犯人役?」
最初は私の同僚役だったのに、まさかこんな大役が任されていたなんて。ギリギリまでニノにしか知らされていなかったようで、私も今日は本当に驚いた。
「アイを刺せてスッキリしたよ」
「あれ、思ってた答えと違う」
「そんなワケないでしょ、冗談よ。けど演技する時には昔の、アイに嫉妬とかしてた時を思い出したからやりやすかったってだけ」
「一五年くらい前でしょ、そんなに覚えてるほど私ってそんなに嫌な子だったかな」
思い出してみても、特に変なことはしてないと思う。ただ嘘でも愛してるって言って、それが本当になればなって思って頑張ってただけだ。けどいつからかイジメみたいな事が始まって、辞めた方が良いんじゃないかって思ったほどだ。
「こっちの勝手な嫉妬だよ。私の方が真面目に頑張ってるのにって。しかも一回日向くん来てたでしょ? こんなにこっちが頑張ってるのに男連れ込んでーって思ってたんだよ」
「あ〜、思い出した。あの時は随分激しく言い合ったもんね」
アイドルやるってことは少なからず自分に自信があるわけで、そんな子が集まる中、明確に自分より上が出てきたら、認められないって言われたんだ。だから私も、いつも明るくてニコニコしてるニノみたいになりたかったって火を注いで、大炎上した。
「みんなで吐き出すだけ吐き出して、解散ってわけにもいかないからギスってね。他のグループはわからないけど、うちは結局それが良かったんだよ。変に神格化する前に、アイドルのアイも所詮は一人の女の子ってわかったから」
「そーだよ。私だって年頃の恋する乙女で、ただみんなよりちょっと可愛いだけの女の子だったんだから」
あのまま仲違いしてずっとギスギスしたままって事もあったんだろう。そこは、天がようやく私の味方をしてくれたって思うようにしてる。
「よく言うよ。ファッションについてあれこれ聞いてきたの忘れたの?」
「うっ……その節はお世話になりました」
当時の私はファッションも化粧にも興味がなかったから知識もなくて、でもケイに愛してるって言われた日からちょっとずつ見た目も気にするようになって、どうして良いかわからなくて最初にニノに相談したんだった。最初は渋々と言った感じだったけど、だんだん周りのみんなも協力してくれて、あれは面白がってたのかもだけど、みんなで買い物に行って着せ替え人形にもされた。
「おかげで早々に結婚して子供もいるんだから、感謝してよね」
「はーい、感謝してまーす!」
「本当に羨ましい……。はあ、それに引き換え、私は彼氏もいないなんて……理不尽だ。誰か旦那の知り合いとかで良い人いない?」
私は早々にしちゃったけど、私たちの年齢は世間的に見たらそろそろ結婚を考える年だ。ニノも以前付き合ってたバンドマンの彼と別れてから、なかなか長続きしてる様子はない。
「ケイの周り……マッチョな人たちならたくさんいるけど、タイプじゃないんでしょ?」
歴代の彼氏を思い出すと、細身のすらっとした人が好みなんだろうけど、ケイの周りってみんなガッツリ鍛えててすごい人しかいないからなあ。
「むしろなんでそんなに集まってるのか謎なんだけど……。もう少し細身なら許容範囲に入るんだけどなー、細マッチョ的な」
面白い人だったけど、前に護身術教えに来てくれた初見さんもそうだもんなあ。闘う人たちだから、どうしても筋肉はある程度必要なんだろうね。
「じゃあ、あの人は? ほら、最近ウチに入った被り物被った筋トレ系ユーチューバーの」
「ぴえヨン? すでにデカいし、これからどんどん大きくしていく感じじゃん」
「そうそう、ぴえヨンだ! ぴえヨンもダメかー」
事務所でもひよこの被り物してて、そういえば素顔を見た事ないんだよね。裏声使ってて地声もわからないし。闘技者の人かと思ってケイにこっそり聞いてみたけど、知らないって言うし。まあ、中身が誰でも良いか。
「んー、そしたらタレントとか? この前デート行くって言ってなかった?」
「言ってたけど、女癖悪そうだったから無し」
ニノは可愛いのに、男運がない気がする。そんなことを言うとほんとに刺されそうだから、口が裂けても言わないけど。
「あーどこかに良い男いないかなー」
切実なぼやきが、車内に広がった。
少しおいて、入りますよって可愛い声と共に、車の扉が開いた。小柄な可愛らしい子が顔を覗かせる。
「え、なんですかこの空気?」
「ニノが彼氏欲しいってどんよりしてるの。かなちゃんもガールズトークする?」
有馬かな。十年くらい前に私とアクアが共演した映画に出ていた子役の子。一生懸命な子だったし、私も一目見て覚えられた。天才子役って言われていて演技も上手だったけど、監督曰くコミュ力、のせいか徐々に見る頻度が減っていった気がする。ピーマン体操とか可愛らしい歌も歌っていてヒットして、当時ルビーとも一緒に歌ったりもしたっけ。結局は歌もそのあとヒットは続かず、ついに見ることはなくなった。
「遠慮しておきます。作ってる暇もないですし、興味もないので」
「えー、中学生なんだから興味あるでしょ? それに誰かと付き合ってみたら、演技の幅も広がると思うよ」
私の言葉にかなちゃんの肩がぴくりと揺れた。
私がかなちゃんと会ったのは数ヶ月前。撮影があった局で別のオーディションがあって、そこにいた彼女をたまたま見かけた。お互いに覚えていたからちょっとだけ話すことになって、彼女の現状を聞いた。
高飛車な態度によって愛想を尽かされ仕事が減ってきたこと。あれこれ手を出してみたけど上手くいかなかったこと。在籍している事務所は子役専門で、年齢もあって居場所がなくなっていたこと。そして一番センシティブな家族のこと。
私の母親としての包容力が出ちゃったのかな、なんて冗談は置いておいて、かなちゃんも誰かに吐き出したかったんだと思う。一人で色々抱えて、それでも一生懸命芸能界にしがみついて。ちょっと他人事には思えなくて、その時の私は後先考えずに突拍子もないことを言った。
それなら苺プロに来ちゃえば?
苺プロは事務所を移転して、規模も大きくなっている。タレントに性別や年齢制限もなかったはずで、善は急げと、半ば拉致するようにかなちゃんを連れていった。社長にお願いして、ささっと手続きを済ませてもらった。苺プロはみんなの頑張りもあって、大手だぞって言っても否定はされないレベルになっていたから、かなちゃんの所属事務所も強くは出られず、移籍金を払う契約でとんとん拍子で移籍が決まった。
この作品には出ていないけど、改めて周りを見る事も大事だって社長に言われて、雨の中大変なのについてきてくれている。
「でもそう言うのってイメージとかが……」
「私たちアイドルやってた時から彼氏いたよ? ねえ?」
ニノに同意を求める。ファンには決していえないけど、結局何人が彼氏いたんだっけ?
「そうそう。アイドルだって一人の人間なんだから恋愛だって当然の権利だよ。うちは禁止してないし。ほら、恥ずかしがらずにお姉さんたちに話してみなよ」
これで二対一。かなちゃんも車内に引き込んで、扉を閉めて退路を塞いだ。
良いではないかーってやつかな。大人二人に敵うはずもなく、かなちゃんは可愛い顔を真っ赤にしていた。
どんな人がタイプとか、アクアはどう、とか随分と突っ込んで聞いた。最初は抵抗していても押しに弱いかなちゃんは結局全部暴露し、ニノのマネージャーさんが呼びにくるまでそれが続いた。
その日から、少しの間、私とニノはかなちゃんから少し距離を取られた。
ヒムロさんのところで飲んでから少し経ったある日のこと。
「ルビー、朝ごはん運んでー」
「これ全部持っていって良いの?」
「うん、お願い」
「はいはーい」
焼けたパンが良い香りだ。今日は洋食の日で、パンのほかにオムレツとサラダ、フルーツも用意してある。
良い天気だから庭に出て食べるつもりで、ケイとアクアはその準備のために庭でテーブルとか椅子を用意してくれてる。プライベートはある程度確保できるといっても外には変わりないから、最低限見られても恥ずかしくない格好はしておく。
キッチンと庭の往復で面倒だろうけど、ルビーは嫌な顔せずにやってくれた。
パンが冷めちゃう前に食べ始める。
今日は私は休みだけれど、アクアとルビーは午後からレッスンのために事務所に顔を出す予定だ。それに合わせてケイも一応行くって言ってたから、午後に何をするかは考えないとな。
我が家の話題は、学校がどうとかに加えて、芸能人らしく仕事の話もする。このプロデューサーは良かったとか、この前の仕事はここが上手くいった上手くいかなかったとか、こんな仕事の話しがきたとか。
ルビーに関しては一貫してアイドルやりたいって言ってくれている。ママみたいに、って言われると嬉しいけれど、まだデビューは先。アイドル業界は今戦国時代みたいに勢いがすごくて、ちゃんと地力付けてからデビューさせないとすぐ他に埋もれちゃうって社長は言ってた。だからしばらくはまだレッスンが続く。
アクアに関しては、ちょっと演技で悩んでいるみたい。やれるだけやってみるよって言っていたけど、相談してくれても良いのに。思春期に入って親に相談が恥ずかしいとか、そう言う感じかな。
ケイはいつも通り。まだ髪をセットしてないから、前髪が全部降りている。基本家族の前でしか見せない髪型だから、私は結構気に入っている。
ご飯を食べ終えると、いったん食器を片付けてからお茶を楽しむ。今日はケイとアクアがコーヒーで、私とルビーが紅茶。砂糖もミルクも入れずにコーヒーを飲むアクアに、どこかの誰かは中々砂糖が手放せなかったから、なんか大人だなあ、なんて思っちゃう。
玄関のチャイムが鳴った。
特に宅配便の予定はないけど、誰だろう。お隣さんかな。無視するのもあれなので、応えにいく。
モニターには二人の男性が映っている。一人は白髪混じりの細身の男性。もう一人はガッチリしている癖毛の男性。モニターだと解像度が悪くてよくわからないけれど、なんとなく似ている気がした。
ボタンを押して、どちら様ですか、と聞いてみる。
「突然申し訳ありません。私、山下一夫と申します。乃木会長からご連絡があったかと存じますが、旦那様はご在宅でしょうか?」
「乃木会長から? ちょっと待っててください」
一旦通話ボタンから手を離し、ケイに聞いてみる。
「そういや、山下さんって人がその内訪ねて来るかもって言ってたな。悪い、明確な日付言ってなかったし、てっきり事務所の方だと思ってたから伝えてなかったわ」
「オッケー。それなら通しちゃうね」
とりあえず乃木会長の知り合いなら、怪しい人たちじゃないね。
「お待たせしましたー。今開けますね」
アクアとルビーには普段通りに過ごしてもらって、私とケイで迎えに行く。今度は門扉じゃなくて玄関のチャイムが鳴ったので、短く返事をして扉を開けた。
メガネをかけたおじさんの方が山下さん。そしてもう一人はーーー。
「よう、アンタがヒュウガケイかい」
髪も黒くてケイよりも長いけど、その顔は、確かにケイによく似ていた。