一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「よう、アンタがヒュウガケイかい」
アイは桂と来訪者である王馬の顔を何度も見返してる。とにかく似ているのだ。髪の毛の色や長さで雰囲気は異なるが、顔立ちは兄弟と言うよりも双子と言われた方がしっくりくるほどに。
「そうですよ。十鬼蛇王馬さんに山下一夫さん、ですよね。乃木会長から話だけは伺ってますけど、本日はどんな要件で?」
桂は乃木から要件があるとだけ聞いてはいたが、内容に関してはお楽しみとの事で明かしては貰えなかった。まさか似ている人間を引き合わせるためだけに、わざわざ連絡してきたことはないだろうと桂は考える。
「あの、それがですね……その、なんと申し上げたら良いか……」
一夫は非常におどおどしている。ぱっと見は眼鏡をかけた、退職も視野に入り始める年頃の普通のサラリーマンにしか見えない。ただ王馬を引き連れて来たと言うことは、裏を知ると言うことに他ならない。人は見かけによらないことを知っている桂は、乃木の懐刀なのではないかと当たりをつけた。
「こっちで二虎流モドキを使ってる奴がいるって聞いて、ツラ拝みに来たんだよ」
王馬の態度は大柄で、初対面だからといって取り繕うこともない。それが挑発である事は、桂としてもよく理解していた。
「ちょ、ちょっと王馬さん! 言い方!」
「なるほど、そういう感じね。モドキかどうか確かめてみるか?」
「良いね、話が早くて助かるぜ」
一夫は一触即発に思われる空気にたじろいでしまう。予定ではこんなはずではなかった。年長者として、どうしたらこの場を収められるかを必死に考える。その思考は庭へと移動する間も続き、桂の妻に助けを求めるような視線を流すも、当の本人はどこ吹く風で渦中の中に入り込んでいた。自身も入るのは躊躇われる中すごいなと思いながらも、そういえばどこかで見たことある気がすると今更ながらに気付き、記憶を辿る。
「ねえ、二人は兄弟なの?」
「俺に兄弟はいねえよ。他人の空似とか、そういうのだろ」
「俺も聞いた事ねえ」
答えはどちらも同じ。桂が記憶している限り兄弟がいるなんて事はないと断言できたし、王馬も不確かな部分はあるものの、歳の近い、それも自分と似た男がいるなんて記憶は欠片も存在しなかった。
「ふーん。実は生き別れの兄弟だったりしてね」
桂も王馬も、これに対して明確に否定できる根拠はなかった。
庭につけば、双方軽くストレッチを始めた。小さく跳び体を温める。
「ちょっ……王馬さんマズイですよ! 話をするだけだって言ってたじゃないですか。この事が会長に知れたら……。それに、この前の仕合から日にちもそんなに経ってませんし」
王馬が拳願仕合に参戦したのはごく最近。初戦で『超人』理人を、二戦目では隠し武器を使う『呪術師』蕪木浩二を圧倒した。その際に負った手傷は些細なものであれど、まだ全快と呼ぶには無理がある。特に初戦で削られた腕はまだ完治せず、包帯を巻いた状態のままだった。
「問題ねえよ、ヤマシタカズオ。ちょっと運動するだけだ」
怪我をしているから戦わない。そんな生ぬるい考えは王馬には存在しない。
「ちょっとって……王馬さんも日向さんも落ち着いて! まずは一旦話をしましょうよ」
「こういうのは話すより軽くでもやった方が早いんで。それに怪我なんてしませんし、そちらにもさせませんから大丈夫ですよ」
「……言うじゃねえか」
俺の方が上だという桂の物言いに、王馬の目が細まる。
アイは二人の邪魔になるからと窓際まで移動していた。それに気づいたアクアとルビーも様子を見に来る。
「母さん、あの人たちは?」
「乃木グループの人たちだって。あっちの眼鏡のオジさんが山下さんで、あっちのケイに似てる人がオーマさん」
アクアはアイの答えを聞いて固まる。乃木グループと言えば乃木商事を核とし、出版や運送業を手掛ける巨大企業グループ。その会社の人がなぜここに来て、なんで戦おうとしているのか。かつて仕合について聞いたことを思い出す。まさかこれがその仕合というやつか、と当たらずも遠からずの答えに行き着く。
「王馬さんって人、そんなにパパに似てるかな? というかそもそもの話だけど、なんで二人とも喧嘩しそうな感じなの?」
「喧嘩じゃなくて、なんて言えば良いかなー……実践的護身術、みたいな?」
前に桂が言っていた仕合だよ、とも言いづらい現状に、アイはパッと思いついた嘘を付く。自分自身でも無理があるなとは思ったが、他に良い案も思いつかなかった。
「へえ〜」
ルビーはさほど興味もないのか、クッションを持ってきてそのまま床に座り観戦モードに入る。護身術の講習内で何度か組み手のようなものは見たことがあったため、それと同じ程度に考えていた。
アイもルビーもアクアも、現状を心配しているそぶりがない。
一夫は王馬と出会ってから、生まれて半世紀以上培ってきた常識が通用しない世界を連日目の当たりにした。当初は驚愕の連続で、最近になってようやく、少しずつではあるが動じなくなりつつある。だというのになぜこの家族は平気なのか、もしかして自分がおかしいのかと思いつつも、良識のある大人として奔走する。
「あなた達も止めてくださいよ! もし怪我でもしたら」
「大丈夫だよ」
「大丈夫って貴女……王馬さんは」
「うちの夫は強いからね!」
ああ、これはもうダメだ。
味方が一切いない状況に、一夫は後で乃木に怒られることを想像して、一層気落ちする。
そんな一夫の気持ちは、この場の誰も知る由はない。
「女とガキの前で良いのかい?」
体が温まった王馬は上着を脱ぐ。包帯は怪我の大きさを物語っているものの、その鍛え抜かれた肉体はある種の美しさを表している。『中』を生き抜いてきた王馬にとって、相手の力量を見誤ることはそのま死を意味していた。幼少期より鍛えられた洞察力は正確にそれを推し量ることができる。
「気使ってくれんのは嬉しいけど、まあ問題ないだろ」
だからこそ、気に入らないのだ。
開始の合図はなかった。
十鬼蛇が駆け出し、一気に距離を詰める。
火天ノ型烈火。桂もよく使う技であり、強襲や緊急離脱時に使えるが、直線的な動き故に動きが読みやすいのが欠点。金剛ノ型との複合技である瞬鉄も同様。腕に包帯を巻いてあるから万全ではないため瞬鉄を選択しなかったのだろうと桂は考えるが、いずれにしても、どちらの技でも使い所を考えなければーーー
「ほらな、こうやって簡単にカウンターを合わせられる」
実際に当たることはない。左手で王馬の右手首を掴み押さえ込み、右アッパーを放って顎スレスレで止めた。
「体を抑えられた状態じゃ水天の脱力も不十分。不壊をやっても顎に喰らえば脳は揺れる。仕合ならこれでダメージもらって、下手したらそのまま決められるぞ」
この体勢から切り替えるためには、桂が知る二虎流の技の中で一つしかない。
王馬がニヤリと笑った。
「ゴコーセツどーも」
腕が引かれると同時に足払いによって、桂の体は宙に放り出され回転する。操流ノ型柳による完璧な崩し。桂は頭から落ちる前に腕を入れ込みクッション代わりにし、回転の勢いを利用して蹴りを放った。頭部へと当たりはせず、咄嗟に挟んだ腕に阻まれる。追撃が来る前に体勢をすぐに直した。
たった二手の中で、桂は王馬に違和感を抱いていた。
「烈火はなんか遅えしタイミングも悪い。でもその割に操流、って言うか柳は完璧だな。ほら、他の技どんどん使ってこいよ。そっちはモドキじゃなくて本物なんだろ?」
四系統全てを使いこなしてこその二虎流。
桂の煽りに反応した王馬は、果敢に攻める。ストレート、フック、アッパー、キック。それら全てが躱され、往なされ、防がれ、時には事前に出だしを潰される。その間、一切攻撃をしてこないことに、王馬はさらに苛立ちが募る。攻撃する暇がないのではなく、敢えてしてこないことを理解していた。
王馬の攻撃を四系統全て使いながら捌きつつ、桂は抱いていた違和感の正体を突き止め始めていた。身長差、体重差は多少あるものの、肉体的なスペックはそう変わらない。それにも関わらず、自分と比べて王馬の出力が低いのだ。遅く、軽く。縛りをしているかのように使う技は限られ、単発で終わる。加えてその技もまるで借り物を使っているかのように精度も低い。けれど、操流に関しては高レベル。そこに生まれるちぐはぐさが違和感の正体だった。
ラッシュが終わり、王馬は肩で息をする。途切れることなく繰り返していたため、いくら王馬と言えども疲労は溜まっていた。
まだ二戦、最初の出会いを含めれば三戦ではあるが、一夫にとって王馬は、雄として最上位の敬意を払うほどに絶対的な強者だった。格闘技観戦が趣味ということもあり、この場で両雄以外に唯一現状を正確に把握できているからこそ、一夫は目の前の光景が信じられなかった。
「これでわかったろ。どうする、まだ続けんのか?」
王馬のそれは異質だった。積み上げきた物が所々抜け落ちていて、下手をすれば、王馬本人もそのことに気づいていないのではないか。そんな状態でまともな戦いになるはずもない。拳願仕合でも勝てるのは一定層まで。上澄みには到底届かないというが、桂の下した判断だった。
「上等だよ……ッ!」
最初に異変に気づいたのは人一倍聴覚に敏感なアイだった。エンジン音のような音が王馬から放たれ始め、血管の膨張とそれに伴い体表も赤く染まっていく。
王馬の変貌した姿を見て、桂は舌打ちをした。
「憑神まで使うかよ。長生きしねえぞ」
二虎流奥義憑神。心臓を通常時の何倍にも稼働させ運動能力を底上げするその技は、諸刃の剣。速度が上がることで攻撃力も上がる一方で、代償が大きい。
一般的に心臓の鼓動回数は三〇億回程度が上限だとされており、上限の決まった物に対して心拍を加速させるその技は文字通り自殺行為となる。
桂も憑神を師匠より受け継いでいるが、仕合でそれを使ったことはない。寿命を縮める技である事に加え、金剛ノ型を初めとした一部の技が使用不可になる。桂はそれをデメリットの方が多いと考え、四系統を磨くことを選択していた。
そもそも、本来奥義というのであれば四系統全てを活かした技か、それぞれの系統を極めた物になるはずだ。敢えて制限をかけるような技がなぜ奥義に位置しているのか、桂も疑問に感じるところではある。
「ツキガミ? 訳のわからねえ事をぐだぐだ言ってんじゃねえッ!」
加えて、身体中に張り巡らされている血管は、何倍にも加速された際の負荷に耐えられる作りを、個人差はあれどしていない。使い続ければ全身の血管が損傷し、やがて至る所から出血が発生。脳内出血が生じた場合、それが原因で記憶の混濁や喪失、幻覚や幻聴など、重篤な症状に見舞われる事になる。
「いや聞けよ。それ使ったのはお前だからな、怪我しても文句言うなよ」
早々に終わらせるために、桂もようやく構えをとった。より深く、より鋭く読む。
王馬が動き出そうと膝を少し曲げたところで、手を叩く大きな音がしてそちらに注意が向く。
「ストーップ! 二人ともストップ!」
剣呑な雰囲気を断ち切ったのは、アイの言葉だった。
「これ以上はダメ。二人ともお終い!」
桂が構えを、王馬は憑神を、アイの言葉に素直に従うようにそれぞれ解いた。
「すみません山下さん。うちの主人すぐにブレーキ壊れちゃって。ほら、ケイも謝って」
「はあ? 先に本気になったのはそっちのーーー」
「謝って」
有無を言わさぬ言葉。桂はさらに抗おうとするも、無理だと悟りすぐに折れた。
「……すみません、でした」
項垂れるように頭を下げる。
謝った。一夫は驚愕する。先程まで大きく見えていた存在が途端に萎んで見えた。
「オーマさんもごめんね」
「……。別に……気にしてねえよ」
王馬の反応に一夫は再び驚く。
最初に出会ってから今日まで、嫌だとは思っていないがとにかく振り回され続けた一夫は、普段の王馬に対してでさえ、考えを改めさせることができていなかった。そんな中、あそこまで頭に血が昇っていた王馬を止めることは、当然自分には無理だと考えていた。そんな王馬を言葉だけで止めたアイに、畏敬の念を抱く。
改めてその顔を見て、一夫はつい大きな声を上げてしまった。
「突然声上げてどうした、ヤマシタカズオ」
「この人、元アイドルで今女優で有名なアイですよ!」
普段一夫はドラマや映画などをそこまで見ないため気付くのが遅れたが、ニュース等でちょくちょく見たことがあることを思い出す。ようやく合点が言ったことに、喉に閊えていた骨が取れたようにすっきりとしていた。
「ヤマシタカズオ、アイドルってなんだ?」
一夫は王馬に伝えようとするも、何か説明をすればまたそれが引っかかる。王馬は一夫が必死に伝えようとしていることはわかるが、育ってきた環境ゆえにいまいちその内容が理解ができなかった。