一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
願うだけで叶う望みなどたかが知れている。絶命の先に、真に欲するものがある。
武闘家、喧嘩屋、殺人鬼。闘技者の素性は一切問われず、会長の座を欲する者は各自最強と見込んだ闘技者を用意せよ。
会長がそう説明した後に、こちらを一瞬だけ見た。お主はどうする。そう問われた気がした。
「トーナメント出場してみてー! 先輩唆してみようかな」
「そうだな」
コスモも若槻さんも乗り気だ。コスモは強い奴と戦えること、若槻さんは加納さんへのお礼参りか。
八年前のとある仕合、若槻さんは加納さんと戦って一方的に敗北した。剛を柔で制する、と言うように、誰も及ぶ者がいない怪力が自分に返ってきたのだ。右足を負傷したことでしばらく戦線離脱していたが、牙研ぎ直して再び戦いたいのだろう。
「日向さんはどうするの?」
「社長次第だな。あの人は会長の座が欲しいとは思わねえけど」
「そんな事言わないでさ、折角なんだからトーナメント出てそこで戦おうよ」
「それも面白そうだけどな。まあ社長に聞いてみるさ」
トーナメントで強者と戦える。そのこと自体は魅力的だし、可能であるのならば出場したいとは思う。ただこれは規模はデカくとも、あくまで商人達の代理戦争。俺たち闘技者は雇用主の一存に従わなければならない。
ここにいる企業序列上位のトップ達は、早くもその目をギラつかせている。会長が長年執り続けてた政権を崩し、自分がそこに座る未来を描いているのだろう。
対して苺プロは、俺が巻き込んだこともあるからか社長の経営方針からか、多額の資産を賭けた仕合はほとんど実施せず、拳願会内で見れば細々とやってきた。獲得資産も他の闘技者と比べて勝利数に対して少ないため、序列はそこまで高くはない。加えて社長の性格を考えれば、参戦しないと言うのは強ちズレた考察ではないだろう。
それに、そもそもの話を言ってしまえば、真に欲しいものはもう手に入っている。アイがいて、子供いて家族ができた。会長のあの視線は、こちらの意図を汲んでのものだったのかもしれない。
とりあえず俺は、発起人であろう乃木会長の元に行く。道は勝手にできるから、最短距離で向かえる。
「乃木会長、この間はどうも」
「日向か。どうだったかな、うちの王馬は? 君のご兄弟かと思って紹介したつもりだったのだが」
たぬきジジイめ、よく言いやがる。
「どうもこうも、いきなり喧嘩ふっかけられましたよ」
「それはそれは、災難だったな」
思ってもいないことをよくスラスラ言えるな、とは思いながらも、会話が進まないので求めている答えを言うことにした。
「聞きたがってると思うんで言いますけど、強さだけなら駒田さんより間違いなく強いですけど、精神的にかなり不安定ですね。初見さんと言い、ちゃんとその辺もっと考慮した方が良いんじゃないですか」
初見さんはあの後も遅刻、寝坊、ド忘れ、バックレを繰り返し、計一五敗にもなっていた。その損失は相当なもののはず。王馬の採用は、初見さんからの切り替え目的もあり得る。
「それはそうだが……君が乃木グループの闘技者になってくれれば、それも解決するとは思わないか?」
「わかってて聞いてません? 俺に鞍替えするつもりはないですよ」
「実に残念だよ。それで、君達から見て王馬と初見、どっちが強いと思う?」
達ってことはアイも含んでんのか。格闘技のことはてんで詳しくないのに、随分と頼りにされている。
「王馬も初見さんもどっちも名前覚えてたんで、ポテンシャルに関してはどちらも問題ないかと。肝心の強さに関したら、現時点だと初見さんですかね」
初見さんもしばらくは会っていないから、修行を積んでさらに強くなっているはず。ちゃらんぽらんに見えても、彼の強さへの渇望は本物だ。
「やはりか……。現時点で、とは?」
「色々とちぐはぐなんですよね。俺の時は手を抜いてた可能性も無くはないですが、今日の方が速くなってました。成長っていうのかは微妙なところですけど」
ごく短時間で急激に強くなることはまずない。才能や方法によっても差異はあるが、地道に修練を積むことで地に足ついた強さが身につく。怪我の状態を考えれば、回復によって本来の性能を出せるようになったと考える方が自然だが、根拠はないもののどうにも違う気がしていた。
「ふむ、大いに参考になったよ」
まあ好きにしたら良い。どこか他人事のように俺は考えていた。
トーナメント開催宣言がされてから数日後の某所。
「斉藤壱護社長ですね。本日はお忙しい所、わざわざお越しいただきましてありがとうございます。僭越ながら、私が会長のお部屋までご案内させていただきます」
打ち合わせ予定の十五分前に着いたにも関わらず、オーバル型の眼鏡をかけた金髪の青年はすでに待ち構えており、丁寧な所作で壱護を出迎える。
都内の中でも選りすぐりの一等地に建てられたオフィスビル。苺プロと比べることすら烏滸がましいほどの資金力差が、土地や大きさ、内装から、これでもかと言うほど明確に現れていた。
「失礼致しました。申し遅れましたが、会長補佐をしております速水と申します」
速水と名乗った男性は名刺を取り出し、壱護へと渡す。
その名刺には確かに会長補佐と書かれていた。見た目二十代後半あたりだと言うのにすごいな、と考えたところで、壱護はあることに気づいた。
「速水、と言うともしかして」
「ええ、ご想像の通りこの東洋電力の会長、速水勝正の息子です。とは言っても実子ではなく、養子になりますが」
東洋電力。拳願会における序列第二位の大企業だ。電力という現代社会において必須なインフラを有することもあり、速水をトップに据えた完全なるピラミッド組織である『百人会』を従えている。派閥の規模は拳願会随一。個人の力であれば片原滅堂を上回るともされ、次期会長の座は彼の手にという声もすでに多い。
東洋電力の経営は、会長を務める速水の性格を反映しているかのように、行政と結託するなどしてかなり強引な面が目立つ。発電所開発のために土地を奪われた人々もいるほどで、現在も色々と黒い噂が後を絶たない。そんな会長が養子にしてまで囲い入れた眼前の男は、さぞ優秀なのだろうと壱護は思う。
「ちなみに、今日はどのような件か会長からは?」
想像は付いているが、今は少しでも会話をしていたかった。まだ敵の前に立っていないと言うのに喉が渇く。
「いいえ。私も大層な肩書をいただいてますが、所詮はまだ見習い。詳しいことまでは伺っていません」
壱護の問いに速水も頭(かぶり)を振った。
「父の秘密主義には困ったものです。あ、今の事はご内密に。ここで父と呼ぶと会長に怒られてしまいますので」
困ったような顔を浮かべ、人差し指を口元へと持ってきた。少しわざとらしいものの、それが壱護の緊張をほぐすには一役買った。
「では、そろそろ向かいましょうか」
壱護は速水の後ろに続き、エレベータへと乗り込む。最上階に着くまでの時間の長さは苺プロのオフィスと比べて大違いだった。
エレベータを降り、少し歩けば重厚な扉の前に着く。唾を飲見込む壱護を他所に、速水は慣れたものだった。
「大変申し訳ありませんが、本日は極秘の会談となるため、スマートフォン等の電子機器はこちらで預からせていただきます」
ここまで来て従わない選択肢はない。全てを預けると速水は扉を数回叩く。
「会長、苺プロの斉藤社長がお見えになりました」
「入りなさい」
たった一言がやけに重い。
扉が開かれると、言葉の何倍もの重圧が壱護にのしかかってくる。なんとか歩を進めると、扉が閉まり二人だけになった。
「来たか、苺プロダクション。今日、貴様のような木っ端を呼んだ理由は想像が付くだろう?」
壱護の前に座る、顔の左側がケロイド状になった老齢の男こそ、東洋電力会長、速水勝正。
「この前通達があった、拳願絶命トーナメントのことでしょう」
「そうだ。そのトーナメントに貴様も参加して優勝してみせろ」
壱護が想定していた通りの、けれど当たってほしくはなかった内容。
トーナメントの通達は宣言後即日行われた。企業序列に関わらず、希望すれば参加できる。ただし、参加するためには五〇億もの参加費用が必要となる。苺プロは桂によって勝ち星は多くあるものの、賭けてきた資産額はそこまで高くはない。序列も百番台で、壱護自身も会長の座に興味は露ほどもないため、参加するつもりなど毛頭なかった。
「申し訳ないですけど、俺は参加するつもりはありませんね。貴方の派閥でもありませんし、指示に従う道理もない」
闘技者である桂が片原滅堂の養子であっても、苺プロ自体は会長派と言うわけでも、発起人の乃木派でも、もちろん速水派でもない。誰かの下につくのが嫌だからこそ社長だって始めたようなものだ。
「小蝿が粋がるな。誰が依頼だと言った、これは命令だ」
「だから、俺は貴方の百人会に入ってーーー」
「最近、弱小なりに業績は良いようだな。所属するタレントの仕事は好調、新たな事業にも着実に展開している。実に結構なことだ」
嫌な汗が壱護の背を伝った。
「だが、貴様も仮にも社長。商いが一人でできないことは承知の事。……幸いなことに、私の百人会は多くの企業が在籍している。属さぬ企業にも、こう見えて顔が広いものでね」
「おい、あんたまさか……圧力かけて止めるつもりか」
取ってつけた敬語は剥がれていた。
「何のことだか。だがせっかく大きくした企業だ、潰したくはあるまい?」
百人会には、広告やアミューズメント、芸能を始めとした数多くの企業が所属している。その数ゆえに、そこから葉脈のように広がる企業の数は計りれない。当然今取引している企業のどこかも、辿ってみれば関係している事がわかるだろう。
もしもそれらが一斉に取引を中断したらどうなる。
速水と言う通り、ビジネスは一人ではできず、客がいて初めて成立する。売り場を失った商人に生きる術などなく、待っているのは商人としての死のみ。つまりは倒産だ。自分だけならまだ良い。けれど速水の言う通り、在籍しているタレントやスタッフも多くなってきた所なのだ。彼らの、彼らの家族も含めた全員の生活を人質されて断れるほど、壱護は冷徹になれない。
歯を強く噛み締める。
「……わかった。あんたの言う通りトーナメントには参加する」
五〇億の出費もかなりの痛手ではあるが、捻出できない事はない。
「よろしい。優勝した暁には、私を会長へと指名してもらうぞ」
「わかってる」
歯噛みする壱護を、速水は満足そうに眺める。圧倒的強者の位置からの眺め、これの何と甘美なことか。
「ああ、それと。貴様の所の闘技者には家族がいたな。せっかくの父親の晴れ姿、家族にも見てもらいたいだろう。是非とも家族も参加させてあげると良い」
頭に血が昇る。握りしめた拳で、目の前の老獪を殴り飛ばしてやりたい気持ちになる。実際に一歩踏みだした所で、理性が何とか体を抑えた。
企業のトップが他社の人間を殴る。それがどのように波及していくかなど、考えるまでもない。
「……わかった。家族も参加させる。話はもうないだろ……」
「ああ。期待しているよ、斉藤社長」
壱護が大きな足取りで扉から出ていく。外で待っていた彼から、預けていた物をひったくるように受け取り、エレベーターのボタンを連打して降りていく。
その様子を見た青年は、ゆっくりと会長室に入った。
「父さん、ありがとうございます」
「これで良かったのか? 苺プロのような小虫、あえて参加させるほどの価値はないだろう」
「個人的な事情もありますが、ちょっとした余興ですよ。父さんもお好きでしょ?」
「フッ、余興か。確かに余興は祭りの前には必要だな」
速水の脳裏には、自身が作り出す新しい拳願会の姿があった。
青年は床に落ちている名刺を拾う。先の対談時に、怒った壱護が落としていった物だ。
「お前は実に優秀だ。明晰さは元より、その狡猾さを買って私はお前を養子にしたのだ。トーナメントでも私に着いて学びなさい。今後も期待しているぞ、ヒカル」
その名刺は本物。ゆえに、養子縁組によって苗字こそ変わったものの、記載された名前に嘘偽りはない。
速水輝。
旧姓、神木輝。二つの黒星が彼の目には宿っていた。
原作162話まで原作見ましたが、本作ではカミキ君は前に書いたような感じで進めます