一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「トーナメントに参加するって、どう言う事ですか?」
苺プロ社長室。どう言う訳か家族全員呼ばれたと思えば、前日までは参加しないと言っていた社長が今日は一転して参加を表明した。
「東洋電力が圧力をかけてきた。今後俺たちの仕事を無くされたくなければ、絶命トーナメントに参加して優勝しろってな」
社長の顔は酷いもので、ミヤコさんによれば昨日は酒の勢いが止まらなかったとのことだが、やけ酒だったのだろう。手に巻いた包帯は、その際に怪我でもしたのだと想像がつく。苺プロの首根っこを押さえられてしまったのであれば、社長が断れないことは仕方がないように思えた。
東洋電力というと、あまり良いイメージはない。どこからともなく悪い噂が聞こえてくる企業という認識だった。百人会に属する企業はまだしも、東洋電力とは直接戦ったことはないはず。使えそうな駒は使おうという魂胆か。
今回のトーナメントは、優勝者が会長になるのではなく、優勝者が会長指名権を得るトーナメント。基本的には優勝して負けた誰かを指名することはないが、派閥を作ってしまえば変わってくる。参加企業の中で派閥を増やせば、単純にそれだけ会長になれる確率が上がる。苺プロ以外にも、東洋電力は他の企業にもあの手この手を使って圧力をかけ、戦力を集めているはずだ。昔からあの二人には因縁めいたもの物はあるようだが、そうまでして会長の座が欲しい理由はわからない。
「……悪い」
「別に謝る必要はないでしょ。それよりなんでアイと子供達まで? 仕合のことはアクアとルビーにも話しましたけど、多分まだ信じてないですよ」
そこが解せない。参加するのであれば俺にだけ伝えれば良いはずだ。
「速水のやつが、お前が戦うんだからお前の家族も呼んで来いってよ」
社長は苦虫を噛み潰したかのように言う。
「圧力だけじゃなくて嫌がらせまでしてくんのか。そこまで東洋電力に損失を与えてきたつもりは……多分ないんですけどね」
あれだけの企業規模であれば、損失分などすぐに回収できるはずだ。会長になりたいのであれば、戦力面で見ればこちらに余計な精神的負荷をかけない方がパフォーマスは良い状態を保てるというのに。この矛盾は一体なんなのか。
「冗談だよね? 日本の大企業がこぞって賭け仕合なんて明らかに馬鹿げてるよ」
聡い子だからこそ、そう思うのも無理はない。
「アクア、覚えているかわからないけど、前にもパパが言ったことは嘘じゃなくてほんとの事なんだよ。一五歳の時から今日までずっと、苺プロの闘技者として仕合をしてきたの」
アイがアクアの目をしっかりと見て伝える。小学六年生にもなれば背も大きくなり、アイとアクアの背丈は変わらなくなっていた。ルビーも同じだ。本当に大きくなって、気づけば出会った時のアイの年齢を当に超えている。まだ仕合に関しては見せるつもりはなかったし、興味もなくしていたようだから別にこのまま、とも思っていたが、とうとう年貢の納め時なのかもしれない。
アクアの返事はなかった。一度二人で話したこともあったが、どこかで現実のこととは思えなかったのだろう。それが改めて現実だと突きつけられて飲み込むまで時間がかかっているようだ。
「トーナメントに出たら死んじゃうってこと?」
ストレートな聞き方は実にルビーらしい。
「普段の仕合もリスクはあるけど、今回はどの企業のトップも最強だって思う奴らを連れてくるだろうから可能性はなくはないだろうな」
会長の言い方からして、おそらくどこかの企業が呉一族を雇い入れることは容易に想像ができる。他の暗殺家たちも雇われて出てくるはず。
「じゃあみんなで逃げちゃおうよ。圧力だって本当にやるって決まった訳じゃないんだし……」
「いや、その可能性は低い。あの男はやると言ったらやる奴だ。本当に各所の取引止められて苺プロは終わる」
それを有言実行できる力を持っているからこそ、タチが悪い。いっそ東洋電力の代表闘技者として出場しろと言われることの方が、どれだけマシだったか。
「俺らだけじゃなくて、在籍してる全員の生活がかかってるしな。アクアだってこれから俳優としてどんどん活躍してくんだし、ルビーはアイみたいなアイドルになるって夢があるだろ。その邪魔はさせねえよ。向こうがぐちゃぐちゃ言ってようが関係ねえ。ようは出場して勝てばいいんだ、何も問題ねえよ」
悪巧みだろうが、裏工作だろうが好きにしたらいい。徹頭徹尾、俺のやることはこの世界に入り込んだ時から変わらない。
「だから社長もそんな辛気臭い顔してないで、せっかくの機会なんですからまた新しい取引先でも見つけてきて仕事に繋いでくださいよ。アイもルビーとアクアも深く考えずに、どこに行くかはわかんねえけど、ちょっと物騒な旅行に行く程度に思っとけ」
トーナメントの会場は公表されていない。パスポートが不要なので国内、大企業が集まるとなれば拳願会か、もしくは会長が個人的に所有する土地になるだろう。
「いや……けどよ」
「ずっと前に巻き込んでから今まで散々世話になったんで、そろそろ恩返しさせてください。大丈夫、大船に乗ったつもりでいてください。俺は誰にも負けません」
最多勝利者である『猛虎』若槻武士だろうと、当代最強とされる『滅堂の牙』加納アギトだろうと、まだ見ぬ強者だろうと関係ない。相手が誰であれ戦って勝つだけだ。
最強は俺だ。
その日中に、会社を出て片原邸へと向かった。言ったところで会長から速水会長へとクレームが入って圧力の件などが撤回されるわけではないが、立場上敵対することになってしまうので筋を通す必要がある。
何度も訪れていることもあり、厳重な警備ももはや顔パスに近い形で入れるようになっていた。
門を抜ければ、見知った後ろ姿があった。アクアとルビーもそうだが、彼女もまた随分と大きくなったものだ。声をかければ振り返る。
「日向さんだ。久しぶりだね〜」
「この前はルビーと遊びに行ってくれたんだってな、ありがとよ」
鞘香嬢は小さかった時から大人になった今でも、相変わらず誰とでも分け隔てなく話す。ルビーも似たようなものだから波長が合うのか、少し歳の離れた姉妹のように定期的に遊んでくれている。いや、アイともたまに遊んだりするようだから、接点が少ないのはアクアくらいか。さすがに年齢的には大丈夫だとは思うが、シスコンの烈堂坊ちゃんからすればアクアも警戒対象に入るかもしれない。もしもアクアが鞘香嬢に惚れるようなことがあれば、険しい道のりになるだろう。
「ルビーちゃんアイさんに似て可愛いし、私も楽しかったから気にしないで。今日は父に会いに?」
「まあな。アポ取ってないから会えるかはわかんねえけど」
「私もこの後会う予定だから大丈夫だと思うよ、仕合のこと?」
「よくわかったな。ちょっと東洋電力サイドで出ることになったからそれを話にな」
「へえ〜。なんだか大変そうだね」
行き先は同じようで、自然と会話を続けながら進んでいく。
「俺は別に良いさ。やることはいつもと変わらねえしな。ただアイもアクアもルビーも行くことになっちまったから、そっちが心配なんだよ」
「アイさんはたまに見に来てるの知っているけど、ルビーちゃんとアクアくんは仕合見たことなかったんだっけ?」
「まだ小さかったからな。社長がポカして一応話だけはしてたけど、どっちも信じてなかったよ」
「あー、いきなりトーナメントで仕合見るのは大変そうだね。トーナメントには私も行くからできるだけフォローするよ」
「それは助かるわ。サポートで行くのか?」
「内緒〜。きっと驚くから楽しみにしててね」
話をしているうちに目的地まで着く。会長とも長い付き合いになるが、何度来て見ても壮観だ。
扉を開けて屋敷の中を進んでいく。会長がいる部屋のそばまで行くと、元から予定のある鞘香嬢が先に入っていく。俺のことも伝えてくれるとのことで、しばらく待つことにした。
思っていたよりも早く終わり、入れ替わるように中へと入る。会長だけなんてことはなく、いつもの如く三羽烏が後ろに控えていた。
「突然尋ねてすみません」
「構わん構わん。して、何か用かの」
一通りのことを会長に話す。
それを聞いた会長は、椅子の上で大笑いをした。
「早速動きよったか。速水君は相変わらず活気があって良いのう」
「会長はこうなることを想定していたんですか?」
「主は悪く思うかもしれんがの。準備のためもあるが、そいった裏工作のためにトーナメントまで期間をおいたんじゃよ。会長の座について数十年、近頃はワシの座を狙う者は少なくなってきた。飽いておったよ。じゃが、そんところに乃木君が遊び相手に名乗りを上げてきた。速水君もその気になった。実に良い。この片原を滾らせ、震え上がらせる挑戦者になることを、二人には期待しておるよ」
以前聞いたことがある。会長が拳願会に加入したのは戦後、まだ闇市があった時代だ。恵利央さんと今回と同じようにトーナメントを開き優勝し、今の地位を手に入れた。圧倒的な強者ゆえの孤独とでも言うのだろうか。久しぶりに遊び相手ができたことに、心底楽しそうに見える。
「アギトも良かったのう。ようやく主にも遊び相手ができたぞい」
遊び相手は俺のことだろう。模擬戦や訓練はしたことはあっても、いまだに公式戦で本気で戦ったことはない。
視線が合う。火花が散る。
社長には申し訳ないが、この点においてはチャンスをくれた速水会長に礼を言っても良い。
「日向、頂点で待っているぞ」
「上等。首洗って待っててください。最強の座は俺がもらいますんで」
以前から俺は戦えるその日を待ち望んでいたが、加納さんはどうだろうか。
「そういえば桂ちゃんや、乃木君が雇っている十鬼蛇王馬、奴とはどんな関係かの?」
戦える時が楽しみだと思っていると、不意に会長がこちらの意識を割いた。
「俺が知りたいですね。『中』から出てきたみたいですけど、何で同じ顔してんだか」
「ほう……ひょっとしたら、誰かのクローンだったりしての」
サイエンスフィクションの話ではクローンなんてよくあるが、それはあくまでフィクションの中だけ。
「あり得ないですよ。それなら何で俺は外に、王馬は『中』にいたんですか。第一、俺には両親もいましたよ」
まともな両親ではなかったし、顔もほとんど覚えてないが、過ごしてきたことは覚えている。
「考えすぎかの〜。どうやら久しぶりに興奮して、つまらん妄想しまったようじゃ」
仮に俺と王馬がクローンだった場合、誰が何のために作ったと言うのか。製造コストだって馬鹿にならないだろう。
会長との話も済めば、俺は家へと帰った。一応とはいえ、因縁のある敵対する派閥に付いたのだから長居することはできない。追加で何か面倒な条件をつけられのも癪だった。
家に帰れば、家族はいつも通り、のように振る舞ってはいたがどこか違和感は拭えない。当然のことだ。
夕食を済ませ、子供達は今日は疲れたから寝ると言って普段よりも早く自分たちの部屋へと戻った。
俺もアイも普段より早めに寝室に入る。あまり眠くもないため、漠然と天井を見ていた。
ギュッとシャツの裾を掴まれる。
「どうした?」
「ほんとに大丈夫だよね……死んじゃわないよね?」
子供達の前では普通に見えたが、二人の時だ。こちらが本心だろう。
「別に普段の仕合と変わらねえさ。殺し合いをするわけじゃねえよ。……不安か?」
「うん、正直。でもやるしか無いこともわかってる」
「悪いな。いつもいつも自分勝手でよ」
「そうだよ。って言っても、私も大概だけど。……あの時の約束覚えてる?」
プロポーズ時の事だ。あの日から一時も忘れたことはない。
「勿論忘れない。アイや子供達を残して死ぬ気なんて毛頭ねえよ。気楽に、とはさすがにいかねえとは思うけど、応援はしてくれるか? 事務所でも言ったけど、アイが応援してくれるなら俺は誰にも負けねえよ」