一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
拳願絶命トーナメント当日。
深夜の港では、大勢の人が集まっていた。人数は二千人は超えているだろう。知人を見つけるのも一苦労。事前に集まってから現地に来て良かった。
「うわー、おっきいねー」
アイの目先にはみたこともない巨大なクルーズ客船がその存在感をこれでもかと出している。全長三八〇メートル、重量二五万トンと、世界でも最大級の客船らしい。初めて見たが、どれだけの人数が入るのかも想像がつかないほどの巨体。
「あれに乗れるの!? 映画みたい!」
「金かかってるな」
はしゃぐルビーと、真っ先に金額を想定するアクア。参加費五〇億、参加企業数が一五一社と言うことを考えれば、あれだけの巨大な船を用意するのもわけはない。船ということはここから移動になるのだから、移動先での滞在時の費用等もこの参加費用から当てがわれるのだろう。ここだけ切り取れば、豪華客船によるクルーズ旅になるんだけどな。
「社長もいつまで凹んでんすか」
「いや……しかしだな……」
「この人あれからずっとこうなのよ。いい加減鬱陶しいのよね」
いまだに気落ちしている社長に対して、ミヤコさんはなんと言うか、決めた格好をしていた。今は夜のためかけていないが、ハットに掛けられているサングラスとキャリーバッグが良い味を出している。
「ミヤコさんオシャレだね。女優さんみたい」
「それを貴女が言う? って言うかなんで普通の格好なのよ」
「フツーで良いかなって」
アイの格好はサマーニットにスカート、サンダルと一般的なもの。元が良いから変に着飾らなくても映えるし、なんなら何を着ても似合う。
「しくじったわ。周りの秘書たちもスーツ着てるし、私もそっちにすれば良かったわ」
「良いじゃないですか。ここまで来たら楽しんだ者勝ちですよ」
「良いこと言うわね。これから十日間、もうせっかくだからバカンス気分でいくわ。私が心配しても、貴方の仕合結果は変わらないだろうし」
ウジウジ悩むよりも、本心はわからないが表面的だけでもパッと切り替えてくれるミヤコさんの方が会員には向いてるのかもしれない。社長は普段は割とドライなのに、ある程度親しくなると途端に甘さが出る。
搭乗橋付近に護衛者たちが集まってくる。言葉的に、いよいよ乗船が始まるようだ。拳と書かれた招待状を持っている会員がまずは入れるようだ。
「いい加減シャキッとして下さいよ。うちの社長はアンタなんですから」
気合いを入れるためにも背中を強めに叩く。
せめて拳願号と呼ばれていた船に乗る時には、胸を張ってもらいたいものだ。
「……持ってねえぞ、あんな紙切れ」
そう言っても、一部の会員はそれを提示して乗船を始めている。乃木グループ、義伊國屋、皇桜学院グループ、そして東洋電力。拳願会上位の企業たちばかりだ。
「そう言うことか、会長も相変わらず物好きだな。ルビーちょっと待った。多分なんかあるわ」
苺プロの中で一番意気揚々と乗り込もうとしていたルビーに待ったをかける。
「えー、なんで? みんなあれに乗るんでしょ?」
「招待状を持ってる企業はな。見た感じ上位の企業だけだし、他は違う船かもしれねえ」
俺の勘が当たる。
護衛者がそれを持っていない会員向けの船として、絶命号と呼ばれたオンボロ船を紹介する。廃船や幽霊船と呼ばれても疑わないほどの廃れ具合。拳願号と比べたら月とスッポンも良いところだ。
「うわー、船酔いしちゃいそうだね」
「俺一応酔い止めの薬持ってきたよ」
あー残念、くらいのノリで呟くアイと、相変わらず準備の良いアクア。
社長もミヤコさんも差に愕然としているが、一番はやはりルビーだった。手にしていたキャリーが音を立てて倒れた。
「やだ! あっちが良い!」
「仕方ねえだろ。招待状ないんだから」
「やだ!やだ!やだ!やだ!」
駄々を捏ねるルビーを傍に抱えながら、俺たちは絶命号へと向かっていく。招待状はないものの、乗る前には所属企業の確認がされた。参加する予定のない企業が乗り込まないための措置だ。護衛者も大勢いるため、力技で乗り込むのにも骨が折れる。基本知り合いのため、簡単に挨拶だけすると、ルビーが護衛者を大きな目で見つめた。
「あっちに乗せて?」
「え、いや……あの、これはルールですので」
「あっちに乗せて?」
壊れた機械のように同じことを言う。
毅然とした態度の護衛者も、見知った子供相手には流石に扱いに困るようで、どうしたものかと困っている。
「本当すみません。責任持って連れていくんで、気にしないで下さい」
「いーやーだー!」
受付も済んだため、そのままルビーは連行していく。最後まで暴れていたが、俺の力に敵うわけもなく問答無用で乗船させた。
外見はボロでも実はまだ中は、と言う淡い希望は見事に打ち砕かれた。ボロいだけならまだしも、ゴミや何かの廃材も至る所に転がっている。
「ルビー、機嫌直したら?」
アイの言葉にも、いじけたルビーは反応しない。拳願号を見て、相当楽しみにしていたのだろう。その分落差が激しく現実を受け止められていないのだ。
「あらら、ご機嫌斜めだね」
ルビーの機嫌が治る前に、闘技者は奥の扉へ、それ以外の乗客は階段を使って上に上がるように告げられる。
闘技者だけ別の部屋と言うことは、十中八九仕合だろう。会長が好きそうなことを考えると、これから始まるのはトーナメントの予選と言ったところか。予選に時間をかけていられないので、バトルロイヤルあたりが妥当。
「アクア、社長が今は頼りになんねえから、俺がいない間は皆を頼むな」
「わかった。父さんも頑張って」
「そういや俺の仕合見せんの初めてか。なら一層頑張らねえとな」
「ケイ、気をつけ……ううん、頑張ってね」
「おう、任せとけ」
アイの頭をくしゃくしゃに撫でた後、指輪を外してアイに託す。指定された扉に向かい、潜り抜けた先にはすでに大勢の闘技者たちが待ち構えていた。数え間違いでなければ、拳願号に乗ったのは二八社。となればここには残りの一二三社がそれぞれ抱える最強の闘技者たちが集うこととなる。
さて、いよいよだ。
「あれ、苺プロの皆さんもいらしたんですね」
「山下社長、ご無沙汰してます。秋山さんは……乃木会長ではなく、山下社長に付かれたんですね」
一夫が甲板に上がると、見知った顔を見て声をかけた。以前大宇宙にて大屋と飲んだ際に、一緒に酒を交わした壱護だ。あの時は参加しないと言っていたのに、と思い出すも、自身と同じく巻き込まれて参加したのだろうと明察した。
壱護は一夫には、ある種のシンパシーを感じていた。似たような立場なのに、普段通りの態度を崩さない一夫を見て、自分も頑張らねばならぬと奮い立てた。
「乃木会長は、私がいなくても問題なさそうですので」
「ちょっと色々あって拗ねちゃったんですよ。こちらは串田凛さん。私のような人に付くことがあるとは思いませんでしたが、秘書になっていただけるそうで」
一夫としても先ほど秘書ですと言われたため、完全に納得しきれているわけではない。ただ、乃木会長にはめられ、トーナメントと会員権争奪戦の参加費、合計五一億円の借金を抱えたことに比べれば、大したことではなかった。
「どうも初めましてー、串田凛と申します。皆様の事は存じておりますよ。社長夫人もお若くて綺麗ですねー。それにあの有名なアイに会えるなんて、テレビで見るより美人ッスねー。ファンなんで、サインいただいても良いですかね」
「ちょっと串田さん、失礼ですよ」
初対面で早々に有名人にサインを求める串田に、秋山は釘を刺す。今はプライベートではなく仕事、公私の分別をつけるべきだと考えていた。
「秋永さん大丈夫ですよー。サインですよね、えっと……栗田さん?」
「秋山です」
「串田ですー」
「ごめんなさい。人の名前覚えるのがどうしても苦手で」
なぜか串田が持っていた色紙とペンを受け取って、アイは慣れた手つきでサインをする。
「お気になさらずに。どんな美人でも苦手な事の一つや二つはありますよ。それにしても、美人の子供は美形なんスね。小耳に挟んだんですけど、アイさんの旦那って王馬さん似てるって本当ですか?」
サインを受け取って礼を述べた串田は、アクアとルビーを見てまじまじと言う。ルビーとアクアマリンなんてズレた名前だと内心は思っていたが、存外宝石に因んだことも納得できてしまいそうな二人の容姿を見て、その考えを改めた。
アイたちが甲板中央にあるガラス窓から、下に見える会場の中から桂を探して串田に教える。
「さすがにこの距離からだと似てるかはわかりませんね、イケメンの雰囲気は感じますけど。あれ、王馬さんと何か話してるっスね。あんまり仲良くないって聞いてましたけど」
「オーマさん最近は家によく来て、ケイとずっと訓練してたよ?」
「ほほー。男と男の友情って奴っスかね」
そんな事を話している間に、甲板に設置されたスピーカーにノイズが入った。通電した証拠だ。
『只今より、拳願絶命トーナメント予選が開始したことをお知らせいたします』
ノイズ混じりのアナウンスで、予選開始が告げられる。拳願号に乗船した二八社は本線出場確定組。絶命号にいる闘技者たちは、本戦出場できる五枠を争う必要がある。期限は今から日の出まで。仮にタイムリミットまでに五名以上残っていた場合、予選参加者全員が失格になるというルール。一方で、五名以下になった時点で予選は終了となる。
開始宣言がされてから、会場は一気に血の気帯びた。百人を超える闘技者たちのバトルロイヤルは、壮絶の一言。一人に集中すれば他から襲われ、本来は勝てる相手にも負けてしまう可能性を孕んでいる。見知った顔のある闘技者たちは、ひとまず数が減るまで徒党を組んで対処しようとする。しかしながら、この会場にいる闘技者たちは各社最強とは呼ばれるものの、玉石混交。開始早々に、玉に狩られる石の闘技者が多数現れ始めた。
甲板では早々に一夫がそれを見抜き、会場内部でも闘技者たちは、その肌でレベルの差をひしひしと感じていた。
別格なのは六人。一人、また一人と脱落していく中で、ついにその六人の内二人が邂逅する。
「失礼、日向殿とお見受けする。一戦、お相手頂けないだろうか」
桂の前に現れたのはトーブを被り、鼻から口元にかけてストールを巻く男。かつて桂が打ち立てた最短記録を打ち破り、たった二秒で仕合を終わらせたこともある猛者、『アラブの旋風』ハサド。噂ではとある国の王子とされているが、真実を知る者は今この場には彼本人以外をおいて他にいない。
「ハサド……さん、で合ってますよね?」
直接仕合を見た事は一度だけ。当時も素顔を隠していたため、中身が違っていても気づかないため、桂は念のため確認を取ることにした。
「然り。本戦に出場できるのは五名だが、私の見立てでは残る真の闘士は七人。貴殿とは本戦で是非とも戦ってみたかったがーーー」
「高く評価してくれんのは嬉しいけど、喋りに来たんじゃねえだろ」
「感謝する」
普段は企業の威信等が絡むのの、この異例のバトルロイヤルの中では、ただ強さだけが求められる。戦いたいから戦う。純粋に戦士としての本能の発露が許される場でもあった。
ハサドとしても、これはまたとない機会。自身が打ち破ったとは言え、それまでの記録保持者であることに加え、その強さは実際に目にし耳にしていた。桂に限らず、抜きん出た者たちは少なからずいる。拳願号に乗った闘技者とも遜色はないはずだ。何もってして自分たちはこちらなのか。この茶番が終わり次第、発起人に抗議するつもりだった。
ハサドは内に溜まる不満を振り払い、目先の相手に集中する。雑念は不要どころか、足枷にしかならない。琉球王国より伝わりし文献を元に再現し、磨き上げた己の武をぶつける相手として、桂はふさわしい。
少しずつ距離を詰め、間合いに到達する。
いざ行かん。
そう動き出そうとした時、すでにハサドの視界は傾いていた。何が起きたかまるでわからないまま、彼の意識は昏倒する。
「悪いな。家族が見てるんでね、格好悪いところは見せられねえんだ」
見上げれば、こちらを見ている家族の姿が目にはいる。手を振っていたため、それに応えるように振り返した。
桂によってハサドが倒れて間も無く、予選終了の告知がされた。
予選開始からわずか五分程度。余興と呼ぶにしても、あまりにも短いものだった。
山下商事代表、十鬼蛇王馬
マーダーミュージック代表、沢田慶三郎
SH冷凍代表、理人
あじろ水産代表、賀露吉成
苺プロダクション代表、日向桂
以上五名が加わり、本戦出場者三三名が決定した。