一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
翌朝、アクアが言ったように、闘技者と非闘技者の、代表の座を賭けた仕合が行われた。朝食の会場でもその話題がちらほら聞こえる。企業は、割と早期から苺プロが取引をさせてもらっている義伊國屋。バックボーン不明の金田末吉なる男が氷室と対戦。
「それで、どちらが勝ったのでしょうか?」
「結局氷室が勝ったらしいぜ。ただ顎にヒビ入ったみたいだけどな」
「それはそれは。彼も大変そうですね」
「どうせ格下だと思って油断したんだろ、あいつの悪い癖だよ」
「おや、氷室君とはお知り合いで?」
「ウチは大屋会長に懇意にしてもらってるからな。その繋がりで知り合ったんだ」
テーブルには俺とアイ、アクア、ルビーに加えて、セントリー所属闘技者の茂吉ロビンソンとその妹のエレナ嬢が相席していた。牧師とは聞いていたが、仕合以外の時は基本その格好をしているとは思わなかった。
発端はエレナ嬢が何かを探すそぶりをしていたところ、見かねたアクアが英語で話しかけた事だった。エレナ嬢が日本語が堪能だった事もあるが、ルビーとアクアとも比較的年齢が近そうな事もあるだろう。ルビーが積極的にどんどん話しかけてあっという間に友達となり、後で合流した茂吉と一緒に朝食を取る流れになっていた。
「そうでしたか。となると、他の企業も二の舞になる事を避けるために一時的な同盟を結ぶかもしれませんね」
正規登録を済ませるまでの不可侵条約と言ったところか。特に派閥に属していない企業ほど組んでおきたいはずだ。
物騒な話をしながらも食事は進み、茂吉とエレナ嬢は食後に紅茶を嗜んでいる。イギリス出身と言っていたから、偏見になってしまうがコーヒーよりは紅茶派なのだろう。
「しかし、エレナと友達になってくれる歳の近い子がこの島にいて本当に良かった。ありがとうルビーちゃん。それに、アイさんもエレナのために一緒に写真までありがとうございます。……あとアクア君、わかっているかと思いますが、くれぐれも気変わりしないように」
噂では聞いたことはあったがここまでとは。女同士であれば純粋に友達ができた事を喜ぶ良き兄ではあるのだが、相手が男になった途端に目の色変えて殺気を放つ。誤解が解けた今でさえ、アクアに向ける笑顔は目が一切笑っていなかった。
「エレナちゃんのお兄さんって面白いね」
「そう言ってくれると嬉しいけど、アクア君はごめんね? 兄様は普段は紳士なんだけど、なんでか男性には厳しくて」
「いや……俺は別に気にしてないよ」
温度差がすごいことになっていた。盛り上がる女子陣に対して、アクアは親切心が相手の兄から敵意として返ってきたためにどこか遠くを見ている。この世の理不尽に嘆いているのかもしれない。
「そうだ! ねえエレナちゃん、私と一緒にアイドルやらない?」
「ええ!? 私には無理だよ」
「そんな事ないよ! アイドルに詳しい私が言うんだから間違いない。絶対におじさま達から人気が出るよ!」
アイと目が合った。考えは同じで、絶対に無理だ。
容姿は問題ないだろう。だがそれや性格以前の問題で、彼女の隣に座る兄が許すはずがない。アクアに対してでさえあれだったのだ。一見、表向きは煌びやかに見えるアイドルも、裏ではその限りではない。元々仲良しこよしのグループではなく、商業的に組まされたグループは不和を生じやすく、人気差からグループ間内でのいじめや嫌がらせもある。ファンにしたって、大半は良きファンであっても、残りの少数が厄介なファンだったり、良いファンでも反転してストーカーになることも少なくはない。アイだって、何かが違えその身に起こり得ただろう。
「どうしよう……兄様はどう思う?」
本人は満更でもなさそうなのだが。
「ハハハ……困ったな」
アイドルとして表に出てファンに言い寄られるエレナ嬢の姿でも想像したのか、笑顔に対して、カップを持つ茂吉の指先が震えている。
闘技者の力に耐えられるはずもなく、取っ手部分が捥げた。気を落ち着かせようと飲もうとしていたタイミングだったため、カップが落ちる。磁器が割れて中身が溢れる、と言うようなことはなかった。冷静さを欠いていても常勝の闘技者、反応速度が早く、落ちる寸前で素早くそれをキャッチする。
「おっと失礼、カップが古くなっていたようですね。ウェイターの方は……忙しそうですので、交換してきます」
茂吉が一旦席を立つ。
「闘技者にまともな奴いないのかよ」
ぼそっと呟いたアクアに、つい同情してしまった。
茂吉のいない間にルビーはさらに攻め、いかにアイドルが楽しいか素晴らしいかを語るが、さすがにアイのストップが入る。デメリットも付け加えた上で、最終的には自己判断で決める方が良いと勧めた。
家族で昼食を取り、映画を見て、公園でゆっくりする。決戦の地に向かっているとは思えない、穏やかな時間が過ぎていく。アイ達も、ぱっと見はクルーズ旅行を楽しんでいるように見えた。子供達としてはもっとアクティブに遊びたいかもしれないが、存外大人の身からすればただ何もしない時間というのも悪くない。
広さ故か意外にも知り合いには思っていた程出会わず、時折周囲が話す内容に耳を傾けても新たにどこかの企業が戦った、闘技者が変わった、と言う声は聞かない。昨夜に動いた金田が早いだけで、おそらくは本命は今夜。昼間よりは人目も減り、暗がりにも乗じることができる。
カジノも試しに行ってみたが、そもそも裏社会であるため年齢制限など設けられておらず、子供たちもまさかの入場可。俺もやったことはなかったが、やってみるとゲーム感覚で中々に面白い。初心者でもわかりやすい物をいくつかやってみた際に、ルーレットにてアイが適当に選んだ色と数字がビギナーズラックで的中。ちょっとした小遣い稼ぎになっていた。ただ、場所が場所ということもあり、カジノ内の女性の衣装は露出度が高く、どんどん勝手に俺の周りに集まってくるそれを見てアイの機嫌が下がり始めたため、滞在時間は一時間もなかった。
さらに時間が進み、夕暮れ時。何も障害物がない場所から見る日の入りは、実に綺麗だった。橙に染まっていた空が徐々に黒くなり始め、水面を黄金に輝かせていた太陽は、その身を海に投じていく。代わりに月が徐々に光度を上げていき、空が夜の顔へと変わった。
「人にぶつかるから、ちゃんと前見て歩けよ」
それは親である俺とアイからではなく、アクアからルビーに向けたものだった。ちょうど良い時間のため、夕飯のために再び中央ロビーに向かってきた最中。
「大丈夫、大丈夫!」
角を曲がったところで、ちょうど出てきた人とぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「僕は大丈夫だよ。君の方こそ、ケガはしてない? ーーーおや?」
小綺麗な身なりをした、男にしては長い髪。その男がこちらを見る。顔立ちは整っているはずなのに、どこか不気味さが拭えない。
「良かった。やっと会えたね。キミとは一度話をしておきたかったんだ」
「娘が悪かったな。話をしたいって何の話だ?」
「可愛らしい娘さんだね。気にしていないから大丈夫だよ。そう警戒しないで、キミのことは紫音さんやあの人から聞いていたんだ」
「……あの人?」
奏流院さんのところの闘技者か。てっきり代表は教師兼闘技者の小津さんかと思っていた。
「あの人はキミのことを、僕の神に成れるか、神を驕る悪魔かもしれないと言っていた。だから、直接見て確かめたかったんだ」
なんて言うか、話すのが好きなのか。目の前の男の名前も、あの人とやらの名前もわからない。こいつが言う神とやらも、何の事かさっぱりだ。
「確かに姿は似ている……でも、それだけだ。キミは僕の神じゃない。僕は騙されない。可哀想に、同情するよ。キミは外見が王馬君に似ているがために、十鬼蛇二虎に僕を欺くために利用されてしまったんだね。……十鬼蛇二虎、神を堕落させただけでなく、死んでも尚僕の邪魔をするのか……」
ひょっとして、物凄くやばい奴なのか。こいつの中でどんどん訳のわかないストーリーが出来上がっている。ただ支離滅裂ながらにも、わかってきた部分もある。王馬や二虎の名前が出てきた以上、こいつも『中』関係の人間。王馬も随分と面倒な奴に絡まれているものだ。
やばさを感じ取ったのか、家族全員俺の後ろに控えてしまった。
「……あ、安心して。だからってキミを今すぐどうこうするつもりはないんだ。僕に揺さぶりは効かない。僕はね、ただ神の手によって裁かれたいだけなんだ。似ているだけの人間が、神に成れるはずがないだろ? 僕の邪魔をしないなら、キミには手を出さないよ」
今まで色々なタイプの人間に出会って来たが、このタイプは初めてだ。
「それにーーー、キミは彼の奥さんかな?」
アイに視線が移る。不気味ではあるが、敵意は感じない。
「私? そう、ですけど」
「良かった。キミは救われたんだね。羨ましいよ」
その笑みは嘘には見えなかった。心底そう思っている、とでも言わんばかり。目の前の男が、益々わからなくなる。
「えっと……ありがとう?」
話が見えな過ぎて、さすがにアイも困惑している。
「どういたしまして。……そうだ、まだ名乗っていなかったね。僕は桐生刹那。以後、お見知りおきを」
怖がらせてごめんね、と子供達にも挨拶をして、桐生は俺たちから離れていく。
「え、何あれ? 顔は良いのにヤバい系? こっわ……」
姿が見えなくなったところで、俺の後ろに隠れていたルビーが率直な感想を述べた。
「オーマさんも大変だね」
それは本当に。正直何があったかはわからないが、王馬には同情する。
気を取り直して中央ホールへと向かった。
夕食を摂っていると、こちらへと少女が駆けてくる。さっきの桐生とは違って覚えのある相手だ。かつての面影がある。
「アイ! 久しぶりだな、覚えてるか!?」
「カルラちゃんだ! 久しぶり、大きくなったねー」
最後に会ってから十年以上は経っている。まだまだ小さかったのに、アイの言う通りずいぶん大きくなったものだ。
ルビーとアクアは面識がないから、簡単に二人には説明しておく。
「聞いてくれ、さっき好きな人ができたんだ。王馬って言うんだけどな、すごく強いんだ!」
「カルラちゃんもすっかり恋する乙女だね、オーマさんライバル多そうだよ?」
一人すでにとんでもない奴はいたな。あれは除外したとしても、俺に似てるんだからそこそこモテるだろう。
「だからな、アイみたいにプロポーズしようと思ってすぐに言ったんだ。お前の子を産みたい、私の夫になれって」
「……え、私みたいに?」
「前ライブの後に桂に愛してるって言ってたのを覚えてるから、私なりに王馬には愛を伝えてみたんだけど、返事ないまま逃げられた……」
おそらく王馬とカルラ嬢は初対面。見ず知らずの子供にプロポーズされたら思考停止はするだろう。返事もせずに逃げ出すのもどうかと思うが、気持ちはわからなくもない。
遠くで恵利央さんが叫んでいる声が聞こえた気がした。あの人も相当な曾孫バカだから、この情報を知ったとして正確に捉えるとは限らない。願わくば、こちらに飛び火しないように祈るばかりだ。
「えーっと、私はいきなり伝えた訳じゃなくてね、デートとか重ねた上であの場で伝えたんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。だからまずはデートに誘ってみれば良いんじゃないかな?」
至極真っ当な意見だった。あの時ライブ映像は残っていて子供達も見ているが、何となく二人への弁明の意図も含まれている気がした。
「デートって何すれば良いんだろう」
「オーマさんお肉好きだから、食べに行こうって言ったらきっと一緒に行ってくれるよ」
「そうか! アイありがとう!」
嵐のように去っていく。
アクアもルビーも怒涛の展開に完全に付いて来れていない。
「二人には念の為に言っておくけど、私はあんな直接的に言ってないからね」
穏やかな一日だったはずが、最後に怒涛の展開が待っていてどっと疲れた。
時間はさらに経ち、いよいよ決戦の地に到着する。
島の名は願流島。
物騒な闘技場が待っているわけでもなく、待っていたのはまさかのリゾート地という他ない美しい島だった。会長の数ある私有地の一つで、トーナメントも明日から開始されるため、今日一日は長旅の疲れを取るために使えとの事。ホテルにビーチにBBQ場に、バカンスを楽しむための物は何でも揃っているようだ。
「せっかくだし、水着貰ってみんなで泳ごうか」
わざわざ買うまでもなく貰えるようで、ここまで来たならと水着を貰って海水浴を堪能することにした。
すでに正規登録は済んだため、ここから私闘が行われる可能性は限りなく低い。万が一の襲撃に備えつつも、それ以上に水着になったアイに群がる男共を散らす方に注力した。
そして今夜、ついに明日から始まる絶命トーナメント、三三組の組み合わせが決定、公表される。
刹那の思考の補足させて頂くと
彼は王馬を自分も罰してくれる神だと捉えています。外見に関してはそこまで興味がなく、似ているだけの理由で襲う事はないです。
ただ憑神を刹那の前で使ったり、王馬とずっと特訓していることを知られたり、家族がいなかったらスイッチ入ります。