一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 まずは一勝。優勝まではあと四仕合と長い道のりになるが、それでも大きな一勝だ。未完成であっても、実戦で試せたのは大きい。集中力も他の操流に比べて格段に使うが、これを物にできればさらに上へと行ける実感がある。王馬から習った二虎流四系統の極に関しては上々。仕合を決める強力な一手というよりも、どれだけ負傷していても使える奥の手のため扱いやすい。俺では思い至らなかった発想だ。

 

 普段の何倍もの歓声を全身に浴びながらゲートに戻ると、入場する時と同様にアイと社長が待っていた。

 

「大丈夫か?」

「問題ないですよ。放っておいても止まるんで、次の仕合までには全快します」

 

 大きな怪我らしい怪我もない。鼻血や口の中を切って血は出ているし、殴り蹴られたところに痛みもあるが、骨折等はしていない。次の仕合でパフォーマンスが落ちることはないと断言できる。茂吉が弱いわけではなく、戦闘スタイルの問題。最後の技は貫手に近かったが、それ以外の時は殺しではなく格闘技の範疇に収まっている技が大半だったからだ。金剛ノ型や水天ノ型を適時使用すれば、こちらのダメージは最小限に抑えられる。もっとも、室淵さんを力技のタックルで吹っ飛ばしたユリウスや、澤田を殴り飛ばした若槻さんレベルの打撃となれば、話はまた変わってくる。

 

「お疲れ様!」

 

 アイが笑顔でタオルを渡してくれる。その笑顔を見るだけで疲れも吹き飛びそうだ。

 

「サンキュー。腹も減ったし、アクアの様子見るついでに飯食って行こうぜ」

「ミヤコさんから連絡あって、仕合始まる前には目を覚ましてたって。医務室で仕合見てたんじゃないかな」

「お、そりゃあ良かった。昼飯も食ってねえだろうし、何か持って行ってやるか」

「いきなりガッツリしたのはダメだよ?」

「それくらいわかるわ」

 

 コンビニでもあれば楽で良いのだが、いかんせんトップの企業や各国の重鎮たちが集まるためか、何もかもが高級。手軽に食べれるものがあると良いが。

 

 医務室に向かおうと進んでいると、前方から次仕合のために控え室へと向かう御雷と倉吉さんと出くわす。

 

「良い仕合だった。二回戦、当たるのを楽しみにしている」

 

 まだ仕合前だというのに、既に勝ち上がる前提での話。自信家ではなく、自分が勝つと確信している目だった。御雷の相手は義武不動産の千葉貴之、と俺も聞いたことがない初参戦の闘技者。以前までは理人を採用していたが、王馬戦で負けたことを機に解雇していたので、どこからか新しく見つけてきたのだろう。

 

「俺もお前と戦えんの楽しみにしてるぜ」

 

 以前見た洪との仕合とはまるで違う。しっかりと仕上げてきたことが、纏っている覇気から伝わってくるような気がした。

 

 強い。流派はわからないが、とにかく強い。初出場ゆえに千葉さんの強さはわからないが、義武さんには悪いが抜けてくるのは御雷だろう。一回戦で終わるレベルじゃない。

 

「それじゃあ失礼しますね」

 

 倉吉さんが一礼だけすると、二人は早々に去っていく。

 

 御雷との会話もなかった。仕合直前直後の闘技者だから、これが正解。

 

「アイ、悪いんだけどさーーー」

「仕合見てから行こう、でしょ? 良いよ。二人にも連絡入れておくから」

「よくわかったな」

「ケイの事だしね。ほら行こ? せっかく見るなら良い席探さないと」

 

 敵わねえな。

 

 シャワーを浴びている時間まではなかったので、汗を拭って着替えるだけ着替えて観客席へと戻る。相変わらず大量に観客がいるが、空いている席はちらほらあった。

 

 人数分が確保できる、かつ一番近い場所へと座る。それでも少し遠いが、モニター越しに見るよりも生で得られる情報は多い。同列に語るものではないかもしれないが、ライブを直に見るようなものだろうか。臨場感や迫力が段違いになる。

 

『ゴールドプレジャーグループ所属、『雷神』御雷零!!』

 

 コールされ、ちょうど御雷が入場してくる。

 

『続きまして、義武不動産が満を持して送り出すのは、初参戦の謎の男! 義武不動産所属、『顔のない男』千葉貴之!!』

 

 そのコールによって出てきたのは、ローブを頭からすっぽり被った腰の曲がった老人だった。杖をつき、細かく震える足はまさに老人のそれ。

 

「流石にあの爺さんが闘技者な訳ねえよな」

 

 千葉さんとは明らかに姿形が異なる。島に到着時に闘技者変更もされていなかったはずだから、まあ別人だろう。

 

「あらら、間違えて入ってきちゃったのかな」

 

 社長とアイが言っている間に、老人は一歩進むごとに大きくなっていくように見えた。

 

 杖を捨て、ローブも脱ぎ去ると、その姿は確かに千葉さんの物。

 

「ジジイがマッチョになりやがった!?」

「うわー、すごいね! 演技でそう見せたんだ」

「演技で?」

 

 まだマジックだと言われた方がしっくりくる。自分の目で見た物のはずなのに、俺は自分の目が信じられなかった。

 

「うん。なりきり型っていうんだっけ? 細かいところまで役になりきる役者さんいるけど、たまにほんとにそうとしか見えない時があるんだよ。だから千葉さんもそれじゃないかな」

「憑依型とはまた違うのか?」

 

 役者のタイプにも色々ある。なんとなく近そうなタイプを挙げてみる。

 

「んー、なんて言えば良いかなあ。社長、なんて言えばいい?」

「俺に振るのかよ。そうだな……内面を寄せるのが憑依型、外面を寄せるのがなりきり型って思っておけば良いんじゃねえか。厳密には違うが、お前にはそれで良いだろ」

「なんとなく理解できました。さすがは飛ぶ鳥落とす勢いの芸能会社の社長」

 

 エントリーしたところは数あれど、本戦にまで出てきたのは苺プロだけ。この大会が終われば、表はともかく裏では最大手と呼ばれるようになるだろう。

 

「茶化すなよ。俺は仕事取ってくるだけの裏方だ」

 

 言ってしまえば物真似。ただ完成度が桁違いなのだろう。現に千葉さんはガオランや大久保になりきるパフォーマンスをしている。あの完成度ならば本人たちと同じ技も使えるかもしれないが、ただ強い技を持っているだけでは限界が来る。

 

 演じることがどう仕合に影響するのかお手並み拝見だな、と思っていると、両者が位置についた。いよいよ始まる。

 

 開始が告げられる。

 

 勝負は一瞬。

 

 開始と同時に千葉さんがその場に崩れ落ちた。ハサドが打ち立てた二秒の最短決着記録を大幅に破っての記録は、測定不能。おそらくは今後破られることのない大記録。

 

「雷神、か。すげえ武があるもんだな」

「何にも見えなかったけど、何が起こったの?」

「言っちまえばただ走って顎に一撃入れただけだが、速さが段違いだな」

 

 走る際、トップスピードに乗るまでには時間がどうしてもかかる。陸上選手が一〇〇メートル走を走る時、前半よりも後半五〇メートルの方が速いのがまさにそれだ。だが先ほどの御雷は初速からトップスピード、なおかつその最高速度そのものも他の闘技者の比ではない。憑神を使ってようやく並べるかどうかだろう。

 

 雷神と呼ばれるのも納得の技。あれほどになるまでに、一体どんな修行を積んだのか。

 

「勝てそう?」

「勝つさ。相手が誰でもな」

 

 あれだけ速い闘技者は初めて見た。二回戦が楽しみだ。それに、別の理由でも負けられねえしな。

 

 想定よりもだいぶ早く終わってしまったため、次の仕合も見ておこうと思ったが、まずはアクアの様子を見に行くことにした。道中に軽食があったのはありがたかった。行儀は良くないがホットドッグを摘みながら、アクアたち用にとサンドイッチを受け取り、医務室へと向かう。

 

 扉をノックしてから入ると、医務室は割と賑やかだった。

 

「やあ、よく来たね。解剖をお望みかな?」

「解剖はダメですよ、先生」

 

 入って早々に解剖を打診され、医者の隣にいる看護師に止められている。

 

「いや、望まねえよ。息子の様子見に来ただけだ。って言うか、あんた仕合に出てたのに医者と兼業してんのかよ」

 

 首も折られていたはずだが。思っていたより大したことではなかったのか、もしくは俺と王馬のようにそっくりな人間か。

 

「安心したまえ。私が医者なのは本当だよ。最も、ここに正規で手配された訳ではないから、所謂ボランティアだけれどね。こちらの先生のご厚意に甘えて、こうして治療をさせてもらっているのさ」

 

 英先生の指先には別の先生が端の方におり、何やら整理をしている。話を聞いていたのか、ボソリと英先生の方が腕が良いからね、とどこか悲しそうに呟いていた。患者側からすればより良い腕を持つ先生に診てもらうに越したことはないが、命を救う医者の世界も割と実力主義なのかと思うと少し寂しい気持ちにもなった。

 

 奥に進めば、アクアの姿はすぐに見つかった。

 

「アクア、気分はどう? 大丈夫?」

「ありがとう母さん、もう大丈夫だよ。とりあえず安静にしてるだけで、今日中には退院できるから」

 

 アイがアクアの額に手を当てて熱を確認している。周りの目があるからか、ほんのりアクアの顔が赤くなるが、顔色も悪くはなそうで何よりだ。

 

「一応軽めの物は買ってきたから、食欲あったら食えよ」

「父さんもありがとう。あとで貰うよ」

 

 ベッドの側にあるサイドテーブルに置いておく。そういえばルビーとミヤコさんの姿が見当たらない。

 

「ルビーならエレナさんと気分転換にって出かけたよ。ミヤコさんも一緒だからすぐに戻ってくるとは思うけど」

 

 アクアの言葉に、そういえば茂吉もここに運ばれたことを思い出す。仕切りがされてるから、そこにいるのかもしれない。

 

「先生の話を横で聞いてたけど、直に目を覚ますだろうって。闘技者だから生命力すごいんだって言ってた」

 

 思いっきり頭を蹴り飛ばしたからな。死ぬことは無いとは思っていたが、すぐに目が覚めるのであればそれに越したことは無い。茂吉はともかく、エレナ嬢は俺を今見るのは複雑な気分だろう。気を遣えてなかったから、ルビーとミヤコさんには感謝しないといけない。

 

 となれば、長居して鉢合わせても良くないか。ここには怪我をしているとはいえ多数の闘技者がいる、下手な場所よりも安全だろう。

 

「アイはアクアの側にいてやってくれ。やっぱ俺は氷室の仕合を直接見てくる」

 

 悪癖もガオラン相手であれば発揮することは無いだろう。表格闘技会のスター、その実力は紛れもなく本物。

 

「オッケー。アクア、せっかくだから久しぶりに食べさせてあげよっか?」

「いいよ、自分で食べられるから」

「あらら。アクアは相変わらず恥ずかしがり屋さんだね」

 

 アイとアクアのやり取りを見ていたかったが、それで居続けても本末転倒。隣にいた賀露さんに会釈だけして、俺は早々に医務室を出ることにした。

 

 観客席へと戻れば、今にも氷室とガオラン戦が始まろうとしていた。ジークンドーとボクシング。これも表ではなかなか見られない面白いカードだ。

 

 さらに言えば、どちらも打撃のエキスパート。最速とされるミドル級ボクサーの拳速よりも更に早い、最速最短を突く氷室の縦拳。一方で一呼吸の間に、グローブをはめた状態で一三発のジャブを放つガオランのフラッシュ。それはヘビー級でありながら全ボクサー中最速であり、ミドル級を大きく上回る。

 

 右半身を前に出して構える氷室と、フリッカースタイルで構えるガオラン。

 

 仕合が始まる。

 

 純粋な拳速であればガオランが分がある。それでもボクシングの横拳に対して、捌きながら打撃を放てる縦拳で食らいついている。加えれば、まだガオランはボクサーとしての範疇で戦っている。何でもありの闘技者、特に金的や目潰しを流派としても是としている相手にその状態で戦えていることが異常だ。地力はガオランが上ではあるが、心構えがどう影響するか。

 

 少しずつ形勢が変わり、劣勢から拮抗に、拮抗から氷室が意地を見せて押し始める。

 

 ただ、そのまま勢いに乗って勝てるほどガオランも甘くはない。驕りを捨てたのか、明らかに雰囲気が変わり動きにキレが増した。体重差に加えてヘビー級チャンプの本気の打撃は、想像以上の破壊力だろう。

 

 ガオランに変化が見られてから、ちょうどボクシングの1ラウンドの時間が過ぎたくらいだろうか。左フックが側頭部に直撃して氷室の動きが一瞬止まる。その気を逃さず畳みかけ、渾身の右ストレートが炸裂し、勝敗は決した。

 

 次の仕合も表格闘技王者と裏格闘技王者の戦い。規模としては第三位の毘沙門の絶対王者であった根津を引き抜いてきたようだ。大久保を雇ったムジテレビは懇意にしてくれるテレビ会社だし、根津を抱えるディスティニーランドも思い入れのある場所だ。個人的には、どちらも応援したくはなる。

 

 先に大久保が入場し、次いで根津と思しきモッキーの被り物をした不審者が入ってくる。何と言うか、俺の中にある夢の国のイメージが崩れていく気がする。

 

 モッキー男が蹴り上げて被り物を両断した。出てきたのはヤンキー。色々と濃すぎ見ていて疲れる。

 

 出だしのインパクトだけ見れば、大久保の大敗。もちろんそれが仕合の結果を左右する訳でもない。仕合自体は根津も奮闘するものの、ハイレベルの打投極絞を組み合わせて変幻自在に戦う大久保の方が一枚も二枚も上手。決して根津に噛み合わさせず、ペースを作らせないまま圧勝となった。

 

 ガオランと大久保の勝利は、密かに囁かれていた表は裏に勝てないと言う風説を一蹴する結果となった。

 

 一回戦、全一六仕合が終了。一日置いて明後日からはいよいよ二回戦が始まる。

 

 

 

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