一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
『それでは、拳願絶命トーナメント第二回戦を開催致します!! 実況は一回戦に続き私、片原鞘香と、解説はジェリーさんでお送りいたします!』
絶命号にて王馬に敗れたジェリー・タイソンは、一回戦から解説席にいつの間には納まっており、意外にも解説が好評だったことを受けて二回戦も引き続き解説を担当しているようだった。
第二回戦第一仕合はサーパインと桐生との戦い。捻れる打撃が鋼鉄のような骨を持つサーパインにどこまで通るか、その辺りが勝敗の分かれ道となるだろう。
初戦からアクアが心配となるが、アクアの姿はここにはない。すでに医務室に行っている。具合が悪いわけではなく、少しでも自分にできることをすると言って英先生にお願いしたようだ。
俺は俺のできることをするから、父さんは自分の仕合に集中してよ
安心したまえ、別に彼にメスを持たせるわけじゃない。患者の治療も、患者本人の許可がない限り関わらせないし、手伝うにしても本当に簡単なことしかさせないさ。
二人との会話を思い出す。
川で遊んでいた際に話すタイミングはあったはずだから、そこでアクアと英先生は話し合って双方合意の上なのだろう。単にやりたいからやらせるほど簡単なものではない事は、俺にだってわかる。もっとも、手伝う内容も必要は物を運ぶ程度だったり、患者に必要な物を聞くなど雑用にはなるだろうが。
「あの刹那って子、顔は良いんだけど……なんて言うか、どこか不気味よね」
ミヤコさんが桐生への感想を吐露した。ミヤコさんの好みに合うようで合わない、と言ったことろか。なんとなくであるが、中性的な顔立ちが好みなのはわかる。それでも社長と結婚したのだから、好みと結婚はまた違うと言う事だろうか。
仕合が始まる。
果敢に攻めるサーパインに、ひたすら躱しながら機を伺い、的確に攻める桐生。直前でサーパインも回避するため、まだどちらも有効打が入っていない。
「なあ、なんで桐生が攻める時に賀露もサーパインも足が止まるんだ?」
社長の言う通り、桐生が攻める時に対戦相手は足が止まる。
「相手からしたら、一瞬消えたように見えてるんじゃないですかね」
「俺にも見えてるのに、闘技者が見逃すなんてあるのか?」
「技を知らないんで俺の勘ですけど、呼吸か瞬きのタイミングを狙って移動してんだと思いますよ」
似たような歩法は使えるが、俺の場合は相手をよく知らないと使えない。桐生にはその様子が見られないから、かなりの練度だと言うことがわかる。
「とはいえ、本当に消える訳じゃないし、音とか匂いとかは消えないから、なんとかギリギリで気づいて避けてるって感じじゃないですかね」
基本的に桐生が使う技は二つ。歩法と打撃の一種類ずつ。打撃も背筋から伝えた力を前腕の回転で加速させて捩じ込むものだろう。よく見れば、回転するのは肘から先。そこにさえ触れなければ問題はなさそうだ。
サーパインが戦法を変える。その場に身を小さくして防御姿勢を取った。
肉を切らせて骨を断つの考えか、打撃をあえて受けながらも片腕を掴んだ。逃すまいともう片方の腕を押さえれば、そこはサーパインの必殺の間合い。
ただでさえ硬い全身の骨の中でも特に硬い頭蓋骨。それを利用した頭突き、ビルマの鉄槌が炸裂した。
「うわ〜痛そう」
「まともに受けたら一溜まりもねえが……」
ルビーが見て、そう言う程度の威力しか出ていない。本来であれば地面を砕くくらいは容易なはずだが、あれは直前で外されてる。嫌な感じだ。
倒れかかる桐生に追撃をかけようとしたサーパインの体が、突如宙を舞った。
「あれってケイとオーマさんの技じゃ無いの?」
「だな。二虎流の柳、やっぱり使えたか」
六の二虎が絡んでるなら基礎程度は仕込んでいてもおかしくは無い。
「知ってたの?」
「実際に見るまでは、もしかしたら使えるかもしれないって程度だけどな」
とは言え、急に桐生がサーパインの攻撃を見切り、最小限の動きで躱ししたり外したりするのは理解できない。なぜ初めからやらなかったのか。更には足を使って捩じ込む打撃を使い始める。脚の筋力は腕の三倍強と言うことを考えれば、いくら骨の硬さで浸透を防いではいたとしても、限界がくる。
サーパインも意地を見せてビルマの鉄鎚で逆転を図るが、それも敵わなかった。
おかしい奴ではあったが、桐生の実力は本物。
試合数が一回戦のほぼ半分になるため、仕合と仕合の間隔も長くなる。
二仕合目の王馬コスモ戦も、攻撃にのみ意識が集中するコンマ数秒の世界を狙うゾーンと、おそらくは先読みを駆使するコスモに対して王馬は先読みを逆手に取り逆に絞め落として勝利。準々決勝は桐生対王馬の対戦カードになり、こらもまた一波乱ありそうな仕合になりそうだ。
三仕合目の初見さん対阿古屋。
仕合開始直後から、阿古屋はひたすら初見さんを観察し、初見さんは構えずに散歩をするかのように歩き出す。
「なかなか動かないね」
「絶好調の時の初見さんはあんな感じだし、阿古屋も基本的には反射神経活かしたカウンター型だからな」
阿古屋二階堂戦の時、阿古屋は仕合のあるタイミングまでは完全に防御に徹していた。攻撃に転じたと思えば二階堂の動きを読み切っているかの様に的確に攻撃を当て、そのままペースを掴ませずに勝利。
今も一仕合目と同じように、警察官が持つ大楯を構えるようにして初見さんを伺っている。
先に攻めたのは初見さん。間合いに入ってゆるいジャブを打つ。阿古屋が左腕で受ける寸前で止め、再び距離を取った。近づくことはなく、阿古屋を中心にして円を描くように歩き始める。
「あいつ、何考えてんだ?」
社長の言葉と同様の意見は多いようで、観客からブーイングもちらほら湧いている。おそらくは、何を狙っているかわかる人間は誰もいないだろう。絶好調の時の彼は、何をしてくるかわからない。かつて若槻さんを圧倒した時も、最後の最後まで狙いが分からなかった。
業を煮やしたのか、阿古屋が攻める。
初見さんはそれもまともに取り合わず、軽く応酬して一定の距離を保ち続けた。
阿古屋は強い。人類最速の反射神経は、咄嗟の反応でも回避が間に合う上に、本人の耐久力も高く、身体も大きいから力も強い。戦い方は人によっては華がないとも言うが、堅実だからこその強さとも言える。
攻め方がまた変わる。一回戦でもあった、相手の動きを読んでいるかのような攻め。機動力を殺すために足を狙っている。初見さんも距離を一気に詰められことで回避ではなく防いでいるが、このペースが続けば体格差もあって脚が壊されるだろう。
だが、攻撃が外れ始める。回避の距離は次第に短くなっていく。
「あれ? 今すり抜けた?」
「膝の入り抜きを使ってんだよ。細かい動きだし、体幹もぶれないからそう見えるんだろうな」
「普通に避けた方が良くない?」
「回避だけを考えるとな。相手にプレッシャー与えるとか、攻める時に早く動けるとか、色々メリットもあるんだ」
アイと話している間にも初見さんのそれは洗練されていく。
少しでも目測が外れて当たってしまえば、それだけで終わりかねない攻撃に対しても変わらない。あの距離での狙った回避は初見さんだからこその技だ。
攻守が反転し、阿古屋の体幹が崩される。顔面に三連撃が当たりダウンかと思われたが、無理やり立ち上がり大きく口を開けた。噛みつき、これまでの阿古屋の仕合ではなかった攻め方だ。
阿古屋の噛みつこうと開かれた顎を初見さんが下から右掌を当て、左手で腰を押さえた。腰を支点に体を回され、阿古屋の頭が地面へと叩きつけられる。腰を押さえつけられたことで受け身も取れず、ダメージも逃せずにそのまま昏倒する。絶好調時の初見さんに軍配が上がった。
四仕合目。坂東対ユリウス。どちらも二メートルを超える巨体だが、軟と剛、二人の性質は真逆だ。
坂東は初戦では使わなかった、関節を外し腕を鞭のようにしならせる技でユリウスにダメージを与える。アイもルビーも、早すぎて何が起こっているのかはわかっていなかった。傍目から見れば、ユリウスの体に傷ができていくようにしか見えないはずだ。それでも、さすがは闘技者随一のマッスルモンスター。間合いに入るためにダメージを受ける覚悟で突っ込み、一四七キロもある坂東を持ち上げ叩きつける。一度間合いに入られてしまえばあの打撃も坂東は使えず、できるのは軟体を活かした絞技ではあるが、それを分かっていても尚ユリウスは力技でそれを突破。手傷は負ったものの、オッズが示す通り皆が予想した通りの勝敗となった。
A、Bブロックの二回戦が終わり、Cブロックの仕合が始まる。関林さん対若槻さんの仕合はできれば生で見たかったが、俺もそろそろ準備を始めないといけない。
「パパもう行くの?」
「ああ。勝つためにもちゃんと準備しないとな。ルビーもアイもそのまま見てて良いぞ」
生半可なアップでは到底勝てない相手だ。
皆から離れて、ウォームアップを始める。軽く走る間も至る所にあるモニターから仕合の様子は伺えた。
攻める若槻さんに、受ける関林さん。互いに自分たちの戦闘スタイルで正々堂々真正面から戦っている。若槻さんは筋繊維密度が常人の五二倍もある、超人体質の中でも一際並外れた超人。身長と体重が同じというとんでもない肉体を持っている。一方で、関林さんは闘技者の中でも並外れた耐久力を持つ。プロレスラー特有の粘り強さと受けの上手さはあっても、超人体質ではない。あの怪力を前にひたすら受けるのは自殺行為にも思えるが、それでも尚プロレスラーとしての矜持で決して避けない姿を見て、会場では関林コールが沸いていた。
「お、日向じゃねえか。お前も仕合の準備か」
「理人? こんなところで何やってーーー」
自然と足が止まる。
初戦で敗退してしまった理人は仕合準備をする必要はないが、傍にいた男は別だ。黒木玄斎。純粋に強い者が放つオーラとでも言うのか、間近で見ると一層それが分かってくる。
「日向桂、お前もまた十鬼蛇二虎の後継者の一人か」
「そうですけど、どの二虎のこと言ってます?」
『中』統一のため、十鬼蛇二虎の伝説を作るために名前を統一したと聞いていたが、本当にややこしい。二虎以外が二虎の話をする時、名前だけではどの二虎のことはわからない。
「そこまで知っていたか。俺の知る二虎は、十年前にこの世を去った」
特徴を聞けば白髪でなく黒髪とも言っていたから六ではなさそうだ。
「じゃあ、多分四って呼ばれてた王馬の師匠の方ですね。一通りは師匠、三の二虎から聞いてますよ。二虎は七人いて、奥義伝授のために餓鬼ヶ原樹海で殺し合って残ったのは三人とか」
「七人であったか。どうやら、俺がお前に二虎の事を伝える必要はなさそうだ」
「黒木さんは、そもそも何で二虎のこと知ってるんですか?」
「二虎流の元となった臥王流、その臥王流から不要な様式を排他し、新たな技術を加えて作られた物。その折に技術の編纂に携わったのが、この俺の師だからだ」
どうやらその時には黒木さんの師匠も他界していたようだが、そこで四の二虎と出会ったようだ。
「怪腕流と二虎流に繋がりがある事までは知りませんでしたよ。でも、どうしてそんな事話してくれたんですか?」
「猛者が集う仕合、トーナメント後に互いに命がある保証はない。そうなる前に、俺の知る事を話しておこうと思っただけだ」
「お気遣いありがとうございます。ちなみに何で理人と一緒に?」
ずっと気になっていたことだ。雰囲気的に友人となった、と言うわけでもなさそうだが。
「俺が黒木のオッサンに弟子入りしたんだ」
「俺は弟子は取らん。一郎が勝手についてきているだけだ」
突き放さないあたり、面倒見が良いのだろうか。この世界で暗殺家とは割と接点が多いが、割と皆思っていた以上に、失礼な話ではあるがまともだ。仕事として暗殺をするだけで、シリアルキラーとは違う。
「そう言う事ですか。それより次の仕合だって言うのに長々と話してすいませんね」
「問題ない。この黒木、常に死合う準備はできている」
話している間に、仕合も終わりを迎えた。関林さんが先に力尽きてしまったようで、大の字で倒れ込んでいる。戦い方を変えれば良いのに決してプロレスのスタイルを崩さない。あの人のプロレス愛には頭が上がらない。
「ではな」
「お前も負けんじゃねえぞ」
黒木さんと理人は次の仕合のために控室へと向かう。俺もまたアップを再開するべく、再び走り始めた。