一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「ほんっとに信じられねえ。怪我すんなって言った直後に何やってんだよ」
普段の口調は消え、怒り心頭に発すると言わんばかりのアクアは、医務室で俺の手当てをしてくれている。
折られた指は英先生に応急処置をしてもらい、次の試合まで動かさないようにアクアに包帯でぐるぐる巻きにされる。頬の傷の手当もアクアは手慣れたもので、思っていた以上に手早く処置をしてくれた。
「上手いもんだな。良い医者になれるよ」
「うるせえ、クソ親父」
ついに反抗期に突入かと思うほど口が悪い。まあ仕方ないか。
「坊主、そんなに攻めてやるな。男が正々堂々と戦ったんだ、怪我くらいするさ」
「関林さんも、重症って言われたんですから安静にしてて下さいよ。英先生にも言われてたでしょ」
「プロレスラーは頑丈なんだよ。これくらい訳ねえぜ」
「師匠は頑丈すぎですよ」
ひたすらあの怪力を受け続けて、もう意識が戻っている。治療されていない場所はないのではないかと思うほどだが、本人の言葉通りかなりの頑丈さだ。
どうやら一回戦でサーパインに負けた春男は、社長に縁切りされた後に関林さんに感銘を受けて弟子入りしたらしい。関林さんなら面倒見が良いから、良い師匠を見つけたと思う。そう言えばサーパインの姿がない。執拗に絡んでいたガオランの仕合だから、直に見に行ったのだろうか。
「それに次の仕合も見なきゃ損ってもんだ。寝てなんていられねえよ」
次の試合は表格闘技ファンからしても垂涎物だろう。ボクシング四大団体ヘビー級統一王者のガオラン対総合格闘技絶対王者の大久保。本来成し得なかったドリームマッチだ。仕合が待ち遠しいのは俺だけではないはず。
「パパ大丈夫? 痛い?」
じっと俺の左手を見ていたルビーが、不安そうに聞いてくる。
「これか? 綺麗に折ってくれたから見た目よりはな。それに仕合になれば無理やり動かせるし問題ねえよ」
金剛ノ型極、抱骨。指を動かす筋肉のみを動かす技だが、これによって指が折れた状態でも動かすことができる。もっとも今はガチガチに固定されたのでできないが。利き手ではないにしても、痛みが消えることもないが、修得しておいて良かった。
「骨折なんて久しぶりじゃない?」
アイにそう言われて記憶を辿る。
「罅が入ったりする事は仕合でもあったけど、骨折はいつ以来だったかな。師匠に折られた時か……? やっぱりこのトーナメントはすげえ奴らが集まってるよ」
あの時、貫手ではなく拳を選択していればこの骨折は無かった。少しでも選択を誤ればこうなる、という良い例だ。仕合に勝ち、生き残っているのだから完全に間違えた、という訳でもないのだが、やはり理想には近づいたようで、道のりは遠い。
「そうだ、指がこんなになっちまったから、しばらく指輪持っててくれるか?」
今はまだそこまでだが、これからどんどん腫れてくるだろう。無理やりつけようと思えばつけられるが、腫れが引くまでは一旦外したままの方が良いだろう。もし腫れが引いても骨折の兼ね合いで入らなくなってしまったら、サイズ直しに行かなければならない。
「わかった。ネックレスと一緒に首から下げとくね」
指のサイズ的に、アイの指ではほとんどがサイズオーバーになる。変にブカブカの状態でつけるよりかは、そちらの方が持つ方も落とす心配が少ない。
「おう、頼むわ」
アイはちょうどしていたネックレスを一旦外し、チェーンに指輪を通して再び付け直す。引き輪が小さく中々引っかからないため、ヘルプを頼まれ代わりに付けた。デザイン重視なのはわかるが、もう少し大きくても良いのではないかと思ってしまう。
「しかしよ、奥さんはともかく、嬢ちゃんはよく自分の親父含めてこんなになってんのに平気だな。坊主の方が普通の反応だとは思うが」
関林さんの素朴な疑問。テレビ越しだったとは言え死人も出ている仕合、普通は子供であれば嫌悪感を示したり見るのも嫌になりそうなものだが、ルビーはそう言う事をこれまで言わなかった。カルラ嬢はそもそもの実家があれだし、エレナ嬢も含めて肝っ玉が据わっている。
「別に平気じゃないよ。本当は見たくないし……でも、みんなしてやりたいことをやってるでしょ? 私からしたらすごい羨ましいなって思っちゃうんだよね。だからかわからないけど、そこまで嫌な感じはしないんだ」
「ガハハハッ!! 随分ガッツのある嬢ちゃんだな! どうだ? プロレスラーになってみねえか? 超日には女子団体はねえが、いくつか紹介してやれるぞ」
「やらないよ!? 私はママみたいなアイドルになるんだから!」
「なんだ、アイドル目指してんのか。なら仕方ねえな。そっちを頑張りな」
豪胆なように見えて、無理強いとかは決してしない。プロレスを愛し、よく知っているからこそ本当に好きでなければやっていけないと考えているのだろう。ただ実際にアイドルさながらの活動をしている女子レスラーの人たちもいるから、意外と接点はあるのかもしれない。
「ありがとう! デビューしたら関林さんも春男さんも見に来てね!」
「そしたらルビーはレッスン頑張らないとねー。ダンスだけじゃなくて歌とか」
ダンスは本人の才能もあるのだろう。本格的に初めて以降、実力は贔屓目込みだが順当に伸びているように見える。一方で歌唱力に関しては、まだまだ練習が必要だろう。
「うっ……それは、頑張ってるもん」
「頑張ってるのはちゃんと知ってるよ。でもルビーには私みたいにじゃなくて、私たちを超えてもらわないと。だからここだけは厳しくいかないとね」
アイが卒業してからも活動を続けていたB小町も解散をし、一つの時代は終わりを迎えた。あの時は凄かった、と思い出に浸るのも良いのだろうが、新しい星が過去の輝きを超えてくる事をアイは期待しているのだろう。だからこそ、自分ができたことができて、初めてスタートラインに立ったと思っているのかもしれない。
「ちゃんと良い師匠もいるじゃねえか。環境もバッチリだな」
医務室にも関わらず談笑している内に、会場の方では動きがあった。
いよいよ始まる仕合。すでに入場が終わった大久保とガオランはすでに臨戦体制に入っている。
「日向はどう見る?」
「大久保はボクシングとレスリングベースですよね。仕合見てても打撃もハイレベルですけど、ガオラン相手に単純な打撃勝負は流石に不利だとは思いますよ。組み技と一回戦で見せた複合をどう使うかが勝負の分かれ目、って感じじゃないですかね」
総合格闘もさまざまな種類がある。ボクシングとレスリングであったり、ムエタイとブラジリアン柔術の組み合わせであったり。万能型ではあるものの、一点特化型にはどうしてもその方面では劣る傾向がある。
「だろうな。どっちも一仕合目の傷が響くってことは無さそうな上に、一回戦を経て格闘家から闘技者のメンタルに変えてきている。より激しくなるだろうぜ」
仕合が始まる。相変わらずのフリッカースタイルのガオランに対して、大久保は腰を低く落として構えている。
先に動いたのは大久保。アウトレンジからのジャブが当たるものの、レスラーのタフさからダメージが通っているようには見えない。レスラーブリッジ等で常日頃から首を鍛えているレスラーにダメージを通すのであれば、より深く踏み込む必要がある。だがそうなれば、そこは大久保の間合い。
ガオランがフリッカーから一般的なボクシングの構えに変えた。氷室戦でも見せたスタイル。どちらかと言えば、こちらの方が本領発揮なのだろう。
再び数発のジャブを貰いながらも、ストレートが入るタイミングで大久保は組みに入った。一回戦で見せた複合を逆手に取り、あえて組技のみで行ったことがガオランの裏を突くことになった。ボクシングに組技はない上に、大久保の組技のレベルは、闘技者の中でも最高峰。一度極められればそのまま終わることもあり得る。
倒しきり、一才の無駄のない動作で両拳を抑え込んでマウントポジションを取ろうとする。腰の入らない体勢では、いくらガオランと言えどもパンチ力は激減する。登頂し切れば、体重差もあるから逃げるのは一層難しい。
拳を抑えるためにわずかに大久保の位置が前方に移動していたためか、その隙間によって生まれた可動域を活かしたガオランの蹴が地面から大久保の後頭部を狙って放たれた。
元々はムエタイ王者だったガオランの蹴りを直に受けるわけにもいかず、即座に片手を離して防御に移る。姿勢の歪み、重心の位置。ベストから離れれば離れるほど、逃れるのは容易くなる。加えて空いた右手が、ガオランの肘を解禁させた。
「右手を空けさせるために右脚で蹴り上げたな」
「ガオラン選手って元々はムエタイでも王者だったんですよね? あの肘技もそうですけど、ボクシングよりムエタイの方が強いってことなんでしょうか?」
「どうだろうな。だが隠し球ってのは間違いなさそうだ」
関林さんと春男の会話を他所に、ガオランが完全に抜け出した。
両者の動きが止まる。二人の声までは拾えないが、会話でもしているのだろうか。
攻防が再び始まる。
ムエタイの解禁、足技を使うようにはなったものの手技のコンビネーションも多用している。
「あくまで足は強力だがサブウェポンって感じだな。手がメインなのは変わらなそうだ」
「ボクシングとムエタイの二本柱って事?」
「そうだな。しかもちゃんと組み合わせてきてる」
アイの言う通り、どちらが優れているのではなく完全に両立している。
苛烈な攻めは、大久保の複合をそもそも出だしから封じていた。
「カレーと豚カツを混ぜてカツカレーにする感じ?」
「カレーって美味しいよね。俺無限に食べれちゃうよ」
「あー……、それがルビーにはわかりやすいか」
食べ物の例えに春男が反応する。まさかガオランも自分の打撃がカツカレーに例えられるとは思わないだろう。
「大久保君はガードで精一杯か」
「ガードさせてんだ。このままいけば大久保の手足はブッ潰れるぞ」
手の空いた英先生も観戦に回る。彼の感想を、関林さんが訂正した。
ムエタイとボクシング最強の男の打撃。いかに頑丈な肉体を持っていても、受け続ければいずれ壊れる。だがあの顔は諦めたわけではなく、何かを狙っている顔だ。
わずかにガードが下がる。
ガオランの狙い済ましたフィニッシュブロー。それを待っていたのは大久保だった。
捌いて即座に組み、即座に投げに繋ぐ。
「打撃の極致ってやつだな。あのヤローこのタイミングを狙ってやがった」
関林さんの言う通り、投げられた後、ガオランは自身の打撃と大久保の投げの威力を利用した膝蹴りを頭に叩き込んだ。サブウェポンとはいえ、それが必殺にならないとは限らない。拳でも蹴りでも最強だと言わんばかりの脚技は、大久保の意識を狩るには十分だった。
「さて、吉沢君にアクア君、また患者が一人増えるよ。準備をしておこうか」
「わかりました。……一応念押ししとくけど、今日と明日は絶対にその指動かすなよ」
「わかったよ先生。早く手伝ってきな」
釘を刺さしながらも、アクアの目は俺を信用していなかった。言う事を聞かない患者なのだから仕方はない。
少し時間は空くものの、次はいよいよ加納さんの仕合。加納さんとガオラン、勝った方が三回戦の相手だ。
「いよいよ二回戦も次で最後。現在我々の残っている駒はユリウスと日向ですが、どうされますか?」
とある一室には、玉座に座る速水と後ろに控える白スーツを着た守護者の二名が後ろに手を組み佇んでいる。守護者はランキング付けされており、その中でも上位一位と二位にいる両名は、仕合に関してもどこか冷めた目で見ていた。
「わかりきった事を聞くな。二階堂蓮と連絡は?」
「仕掛けた報告は来ましたが、その後はねえっす。逃げたか、消されたか」
「構わん。どの道、奴等も捨て駒だ」
速水にとって、トーナメントは初めからどうでも良かった。所詮は余興だ。ただ本命の前の前座に過ぎない。たとえ一回戦で全ての駒が潰えていたとしても、何も問題はなかった。
片原滅堂に反旗を翻し、敗れて情けをかけられてから数十年。速水にとってあの日から全てが屈辱の日々だった。いつまでも二番手に甘んじる気はない。滅堂が築き上げた全てを破壊し、新たな歴史を今日から作るのだ。
「次の仕合が最後だ」
速水の後ろに控える二人の内、長髪の男、龍旼は意気込む速水を他所に、別のことを考えていた。アレの思惑に乗るのは癪ではあるが、あいつの存在は確かに邪魔だ。器は回収しろと命を受けているものの、あえて器を残しておくつもりはなかった。己を含めて候補は五人、邪魔な奴はこの島にいないあいつも含めて全て消す。
器は自分だけで良い。
感想中々返せず申し訳ありません。