一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 二回戦最終仕合。

 

 加納アギトとガオラン・ウォンサワットの仕合は、前の仕合が終わってから一時間後に実施された。開幕からムエタイを解禁し、打の極とも言えるガオランを前に、打撃戦では流石のアギトも遅れを取った。

 

 大久保然り、アギト然り、万能型には同じく万能型よりも、何かを極めた一点特化型の方が勝ちやすい。大久保戦でもそうだったように、ガオランは相手の手を封じ、常に先手を取って攻め続けた。もはや仕合の範疇を越え、生殺の領域。

 

 だが、対するは滅堂の牙。一六〇近い仕合数をこなして今も尚も無敗。仕合以外も数多くの模擬戦を行ってきた。己が最強だとわかっていても、追従してくる者がいる事を知っている。

 

 片原滅堂への大恩のためにも、敗北は決して許されない。猛攻を受けきれずにダメージが蓄積していく中で、アギトは型のない武術、無形を選択する。言葉通り、無形に決まった型はない。アギトの中に蓄えられたあらゆる武術の情報を元に、その都度最適なスタイルを生み出す変幻自在の型。対ガオラン専用にチューンナップされた武術を前に、ガオランの技の一つ一つが適応されていく。

 

 それでも、ガオランは強かった。適応されたのであれば、さらに上回れば良いだけ。恩義があるのはアギトだけに在らず。幼少期より才を見出し、苦界から救い上げてくれた先代国王のため、そして陛下のため、常に勝利し続ける事が剣として役目。

 

 両雄傷つき疲弊していく中、勝利したのは砕けた拳を尚も振り続けるガオラン、ではなく最後に拘っていた打撃勝負を捨て去った加納アギトだった。

 

 二回戦全仕合が終わる。

 

 仕合が終わってから少し時間が経った後、会場では観客向けにショーが実施され始めた。際どい衣装を着た女性たちがパフォーマンスを行っており、一部の客からは脱げと下品な野次が飛ぶ。

 

 壱護やミヤコ、アイ達は一塊になってそれを見ているが、壱護の顔は引き締まってきた。正確に言えば、そうしていないと横から来る女性陣の視線が怖いからではあるが。

 

「なんで俺はアイツらについて行かなかったんだ……」

「何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

 

 桂とアクアは仕合後一旦会場に戻っては来たものの、現在の行われているショーが始まる際に興味がないから飯を食べてくる、と言って抜け出していた。あの時自分もこの場から離れられていれば、と思わずにはいられない。

 

 まだ仕合会場でショーを見ている壱護は、裏で密かに行われている革命に気付く由もなかった。

 

 

 

 

 少し時間が遡り、桂とアクアが飯を探しにふらついていた時のこと。

 

「今日一日やってみてどうだった?」

「治療の速度も確度も、素人目で見てもすごかったよ。必要ないのに、わざわざ簡単な事とは言え手伝わせてもらって感謝してる」

「良かったじゃねえか。医療の世界でも同じかはわからねえけど、見るのも良い勉強になるだろ」

 

 自分で見て、学んで、理解した上で、反復して初めて身についていく。他の五感から情報を得る方法もあるが、一般的に視覚からの情報取得量は総量の八割にもなる以上、見ることへの恩恵と言うのは凄まじいものがある。

 

 英の医療技術は、本人の思考や言動に反して間違いなく世界的に見てもトップクラス。本人が政府所属の始末人であるため表立って医療現場に出てくることは稀だが、その技術を見たい医療関係者は多い。

 

「そうだね。凄すぎてよくわからなかったってのもあるけど」

「仕方ねえだろ。向こうはプロとして何年もやってんだろうしな。アクアはこれからだろ? 医者目指すにしても大学からだろうし、まだまだ時間はあるんだから頑張んな」

 

 子供の頃の将来の夢というのは変わりやすい。初めから能動限らず道を絞り、そのために努力する事ができる子供は稀。そこから実際に花開くことは更に稀有なことである。勿論、夢叶わずに別の道に行くことも多い。それでも、何か明確な目的を持って日々励む人たちは、時折そうでない人たちからは眩しく見えてしまう。

 

「……そうだね」

「なんか悩んでんのか?」

「大した事じゃないよ。ここにいる人たちは自分がしたいことをはっきりさせてるのに、自分はどうなんだろうって思ってるだけ」

 

 アクアの隣には、隣にアイドルを目指すルビーがいた。アクアとしても、まだ将来を決めきれていない自分と、そうでないルビーを時々比較してしまう事があった。頭ではわかっている。アイドルは旬が短い職業で、それを終えた後のことも本来ならば考えておくべきだが、きっとルビーはそこまでは考えていない事も。アイというモデルケースがあるから、そのままタレントとして食べていく事も候補としてはあるのだろうが、その二つも似ているようで求められている物は異なる。誰もがアイのようにアイドルから転身しても、上手くいくほど甘い世界ではない。

 

「早く決めるのが偉いとか良いって訳でもないだろ。悩むのは若者の特権って言うし、今のうちにたくさん悩んどけよ」

「父さんもほぼ悩まなかったんでしょ?」

「俺の場合は特殊だろうから、あんまり参考にはならねえよ。母さんに会ってなきゃきっと色々悩んでたと思うけどな」

「結局惚気かよ」

「それだけお前の母さんが良い女って事だよ」

「子供相手に何言ってんだ」

「アクアはそういう相手が学校とか事務所にいねえのか?」

「それこそ時期尚早でしょ。いたとしても絶対に言わねえ」

 

 アクアはまだ小学六年生。これから第二次性徴期に入り心身ともに大人になっていく。思春期にも入れば、好きの意味合いも変わってくる年頃だ。多感な時期になり反抗期も始まり色々と大変な時期にはなるが、桂としてはそれが楽しみだったりする。

 

「別にそれくらいなら言わなくても良いさ。ただもし子供ができたとかだったらそれは言えよ」

「マジで何言ってんだ……」

「あんまり母さんとかルビーがいる前だと話しにくいだろ? せっかくの機会だと思ってな」

 

 悪い父親ではない。話しやすいしやりたいこともやらせてくれるのだが、境遇故かどこか一般的な考えとズレている時がある。アクアは頭が痛くなり始めていた。

 

 そのまま歩いていくと、偶然にも桂とアクアは珍しい組み合わせと出会う。

 

「日向とアクアじゃねえか。何やってんだこんなところで」

「軽く飯食ったから暇つぶしにふらついてんだよ。そっちこそ何やってんだ?」

 

 いたのは氷室に金田、そしてガオランの三名だった。

 

「大屋会長がいねえんだよ。金田と会長を探してる時にガオランも見かけてな。同じように飯田社長探してるって言うから一緒に探してんだ」

「へえ。ってか見ねえ顔だと思ったがあんたが金田か。よろしくな」

「ええ。こちらこそよろしくどうぞ。一、二回戦拝見させていただきましたし、お噂も予々」

 

 氷室が金田と闘技者の座を賭けて戦ったことは知っていたが、金田がどんな風貌をしているかは今まで知らなかった。失礼ながらとてもではないがトーナメントに出る体つきをしていない、と桂は判断したが、あくまでそれは肉体面のみでの話。肉体だけで勝てる甘い世界でないことはわかっている上に、技術は体付きを一目見ただけではわからない。出ようと思えるだけの武器は持っているはずだ。加えて、果敢に挑んだことも好意的に捉えていた。

 

「社長たちは会場であのパフォーマンス見てんじゃねえのか?」

「そこは探したんですがいなかったんですよ。誰にも行き先を伝えていないようでして」

「貴殿の雇用主はいたのか?」

「さっきまでいたぜ。多分今もいるとは思うけど、電話して聞いてみるか?」

「いや、確認できているのであれば不要だ」

 

 金田とガオランともやり取りをしながら、取り出したスマホを再びポケットにしまう。

 

「ったく、どこほっつき歩いてんだよウチの会長は」

 

 どこか不安が拭えない様子の氷室たちに、桂とアクアが捜索を手伝おうかと言おうとした時だった。まだどちらも通っていない道から何か硬いものを打ちつける音が響いてきた。

 

「なんの音でしょうか」

「嫌な予感がする。アクアは少なくとも行かない方が良い」

 

 この中でそういった事が一番身近にあった氷室は、音の正体にほぼほぼ当たりを付けていた。それは、鈍器で頭を思い切り殴打した際の音に酷似していた。

 

 奥から多くの足音が聞こえてくる。

 

 現れたのは、白スーツを着た速水の私兵である守護者たち。各々が得意とする武器を手に、物々しい雰囲気を出していた。

 

 トランシーバー片手に現状をどこかに報告していた龍旼は、こちらに気づくと通信を切った。

 

天运气可真好(ついてるな)。探す手間が省けたぜ。俺はアイツを殺る。D班は残りの死に損ないを相手しろ」

 

 龍旼が言うアイツ、が誰を指すかは明白だった。他の奴らなど眼中にないと言わんばかりに、桂一人に殺気を飛ばしている。背に隠していた青龍刀を取り出すと、これ見よがしに切先を向けてきた。

 

「貴殿、武器持ちとの経験は?」

 

 桂の傍にいたガオランが、戦闘態勢に入りながらも聞いてくる。砕けた右手には包帯が幾重にも巻かれており、拳こそ作れるものの何かを殴り倒せるほどの力は入っていない。

 

「ガキの頃に軽く教わった程度だが、明らかに狙いは俺だろ。俺が闘る方が良い」

 

 いくら拳を固めても、折れた痛みやダメージは無視できない。下手をすればその状態から悪化してしまえば、二度と拳を作れなくなることもある。

 

「良いのか、ご子息の前だろう? あの青龍刀、よく研がれている。もし当たりでもすればーーー」

「心配しなくても当たらねえよ。それより周りの奴も雑魚ばっかりじゃねえ。そっちを頼むぜ」

 

 D班と言うことは、最低でも四班は編成されている。ここだけではなく他でも似たようなことが起こっており、桂としてはアイ達がいる会場の動向が気掛かりだった。

 

 とは言え、会場で何かあればもっと騒ぎになってるはずだ。それがねえって事は少なくともまだ今は問題ない。

 桂は龍旼から目を離さず、自分にも言い聞かせるように頭の中で答えを出す。

 

「心得た」

「金田はアクアを頼むわ。すぐ終わらせるから下がっててくれ」

 

 会場に戻るためにも、今この場にいるアクアのためにも、この場を治めるのが何よりも先決。桂はそう判断して龍旼に集中した。

 

 桂の想像通り、各地では同様に守護者による会場の制圧が始まっていた。VIP室に集められた片原滅堂とトーナメント敗社は、守護者を率いた速水にクーデターを宣言されていた。速水の要求はトーナメントの中止および滅堂の退陣。断る場合は各所に仕掛けた爆弾にて、各国の要人共々爆破させること。

 

 誰もが考える。

 

 これはクーデターだと。片原滅堂は詰んだと。

 

 勝利宣言と共に、速水は自らが会長になった暁には新たなトーナメントを用意するとも伝える。あえて敗社を集めたのも、さらなる権力の拡大を目論んだため。彼の野望は目前だった。

 

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