一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 拳が当たる。武器が顎を打ち付ける。桂も何人かは雑魚を片付けたものの、大半はガオランと氷室が守護者D班を片付ける。龍旼は敗れていく仲間達には目もくれず、青龍刀を振り回して桂を寄せ付けないようにしていた。

 

 武器持ちと素手では大きく異なる。拳から刀に、刀から弓に、弓から拳銃に。より遠距離から攻撃ができるように進化していった事からもわかるように、相手の間合いに入らない事はより確実に相手を一方的に屠ることができる事に繋がる。今この場において脅威になるのは攻撃範囲もさることながら、刀が持つその殺傷力の高さ。青龍刀のような刃渡りの大きな刀であれば、首を落とすのも一振りで十分。

 

 一歩近づく。

 刀が飛んでくる。

 

 今の両者の立ち位置が、振り回される青龍刀の間合いに入るかどうかの瀬戸際だった。

 

 単に手に持って振り回すのではなく、柄についた紐を持ち、それを振り回すことで通常よりも射程距離と遠心力を得ていた。風切り音が各所から聞こえるものの、高速で動く刀身を目で追う事は不可能。仮に見えたとしても、そこから動き出すのでは間に合わない。

 

「どうした? 来ないのか?」

 

 自身の優位は動かない。時間を確認し、龍旼は余裕からか桂を煽る。

 

「安心しろよ。ガキの前だ、綺麗に刻んでやるよ」

「……そりゃあどうも」

 

 速い、が単調。刀身自身が伸びたり曲がったりするわけではない。見切るのにそう時間はかからなかった。

 

 桂は死地へと飛び込む。

 振るう。

 躱す。近づく。

 振るう。

 躱す。近づく。

 

 先読みで読み取ることによって造作もない、とまではいかないものの、回避する事は決して難しいことではない。ただし読むためにかなりの集中力を要することに加え、少しでも間違えれば死に直結することが容赦なく精神力を削っていく。それは吹き出る大量の汗からも明確に現れていた。あまり時間はかけていられない。

 

 あと数歩近づけば桂の間合い。

 

「これ以上近づけさせねえよ」

 

 一向に捉えられずに徐々に距離を詰められていた龍旼は、苛立ちと焦りから憑神を発動する。

 

 速度は上がる。だが、憑神の欠点の一つでもある思考力の低下に伴い、先ほど以上に動きが単調となった。より読みやすい。

 

 完全にタイミングが合う。

 

 迫る青龍刀の側面に手の甲を当て、軌道を変える。場所は狭い通路、本来であれば振り回すことに適していないこの場所では、弾かれた刀が壁にも当たり龍旼から一時的にコントロールが失われた。

 

 追撃の鉄砕が、刀身の柄に近い部分から砕く。

 

 掴んでいた紐から手を離し、龍旼は即座に距離を取った。

 

「憑神を使えるって事は、お前二虎の弟子か? 俺に一体何の恨みがあんだよ」

「虎の器は俺だけで十分だ。お前も十鬼蛇王馬もアイツらも全員殺してやるよ」

「器なんて興味ねえって言ったの聞いてねえのかよ」

 

 だいぶ昔に二虎と会った際に桂は伝えたはずだが、弟子にまでは伝わっていないようだった。少し話した程度だが、正直に伝えるような相手ではない。意図的に伝えていないのだと桂は考える。そうなると、気になるのは目的。

 

 虎の器が二虎の言葉通りであれば、二虎流の全てを引き継げる存在の呼称ではあるが、そもそも七人いた時点でその言い分はどこかおかしい。すでに他の二虎が他界しているとすれば、最後の二虎流という意味では納得ができるものの、器の意味はおそらくはブラフ。裏には別の意味があるのだろうと思い至った。

 

別小看我(なめんじゃねえ)

 

 龍旼は憑神を使用したまま。激しく鼓動する心臓の音はエンジンのように廊下に鳴り響いていた。

 

 二虎流を二虎から授けられ、憑神を伝授され、かつて四〇〇〇人いた弟子は片手で数えるまで減っていた。龍旼はその中の一人、青龍刀だけが全てではない。器候補の一人、選ばれた者というプライドが、彼を駆り立てる。

 

 肉を締める金剛ノ型と憑神の相性は最悪。火天との混合方である瞬鉄は使えないが、底上げされた身体能力でそこはカバーできる。ネクタイを緩め、腰を落として機を伺う。

 

 常人には目にも止まらぬ速さ。

 

 だが、御雷の雷閃よりも遥かに遅い。カウンターを当てる事は、もはや桂にとってなんら難しい事ではなかった。

 

 桂の鉄砕が、龍旼の顔面を真正面から撃ち抜く。鉄砕のために固めていた拳を解き、胸部へと掌底を放った。

 

 操流ノ型、絶氣

 

 本来は神経を破壊する技ではあるが、今回は一時的に神経を麻痺させるレベルに留めた。心臓そのものへではなく、あくまで近くのため心臓の鼓動を抑制はしても止めることも無い。

 

「人のガキ巻き込みやがって。それにお前じゃ相手にならねえよ」

 

 桂が龍旼を倒した時点で、D班は全壊した。

 

 氷室が近づいてくる。武器も一通り使える彼が敵から奪った武器を使ったことで、撃破数を見ればこの場で一番だった。

 

「おい、こいつが使った技って」

「二虎流だな。明らかに俺を狙ってたし、良い迷惑だよ」

 

 器の話も考えると、別の誰かが王馬の所にも行っているはずだが、このレベルであれば問題ないと桂は考えていた。

 

「氷室もガオランも助かったぜ。おかげでこいつに専念できた。金田もアクアを守ってくれてありがとな」

「いえいえ。御三方のおかげで私は本当に何もしてませんよ」

「父さんは大丈夫なのか?」

「問題ねえよ。ちゃんとこっちの手も言われた通り使わなかったろ?」

 

 基本的には回避に専念。打撃も右手で二回打っただけのため、左手は一切使っていなかった。

 

「動かさないから良いって訳じゃなかったんだけど……。そうだ、隠れてる時にルビーと連絡ついたけど、会場じゃショーが盛り上がってて変なことはないって」

「そりゃあ良かった。となるとこいつらの目的だが……氷室、わかるか?」

「俺に振るなよ。とりあえず誰か適当なやつ起こして無理やり吐かせようと思えばできるが、そうまでしなくても見当は付く」

 

 氷室は軽くアクアを見た後、拷問して情報を抜き取る事を選択肢から外した。やるにしても、アクアと物理的に距離を取ってからすべきと考えていた。

 

「大方テロであろう。下衆の考えそうな事だ」

 

 吐き捨てるように言ったガオランの考えは見事に的中していた。

 

「このタイミングでですか? まだユリウス選手や日向さんもいる以上、優勝を狙える可能性はあると思いますが」

 

 残った八名の内、東洋電力側にいるのはユリウスと桂。ブロックもBブロックとDブロックで反対側となっており、悪くはない盤面だ。

 

「さっき連絡してたっぽいし、トランシーバーで状況わからないかな」

「そういや使ってたな。確認してみるか」

 

 アクアの案に、桂は先ほどの戦闘で壊してない事を祈りながら無線機を探す。無事壊れてない事を確認すると、その場にいる全員が集まって聞き耳を立てる。

 

 トランシーバーの構造上、通話するためにはボタンを押して話す必要があるが、聞くだけであれば特に操作は不要。

 

 桂達が得られる情報は限られていたが、各地では同じように闘技者たちが守護者と戦うだけでなく、片原や乃木が事前に手配していた精鋭達が相手取っていた。確かに、護衛者二五〇人に対して守護者は一〇〇〇人。数の利はあったが、増援によって覆らない差ではなくなった。各地の制圧に乗り出していた守護者は鎮圧され、最後に残された守護者ランキング一位の鬼頭も、片原側近の三羽烏の一人である鷹山に撃破される。

 

 速水は最後の手段として時限式の爆弾で会場ごと爆破を目論むも、事前に裏切りをリークされたことにより、二階堂率いる天狼衆によってすべて解除されていた。

 

 片原の掌の上だった。そう考える速水に追い打ちをかけるべく、片原は自身ではなく乃木に出し抜かれた事を伝える。格下だと侮っていた相手に足元を掬われる。取るに足りない雑魚だとまともに相手取ろうとしなかったツケが回ってきた結果だった。

 

 あっけない最後。速水が企てたクーデターは、勃発から二時間とかからずに完全に鎮圧された。

 

 

 

 時刻は午後六時すぎた頃、夏場ということもありまだ空には青さが残っている。

 

 海岸に一人立って海を眺めるヒカルは、その容姿もあって映画のワンシーンのようにも見えた。すっと耳からイヤホンを外し、海へと放り投げる。想像以上に呆気ない。

 

「龍旼さんからも連絡はなし……。あちらもダメでしたか」

 

 クーデターが上手くいくとは初めから思っていなかった。仔細を聞かされた時、思わず笑ってしまいそうになった自分をうまく隠せた演技力を褒めたいくらいだ。敵陣に紛れ込ませたスパイ。確かに情報を取るのには申し分はないのだろう。だが、敵陣以上に規模の大きい組織で、なぜ逆を想像できなかったのか。

 

 上手くいかないならばせめて利用しようと龍旼を煽ってもみたが、そちらも連絡がない時点で失敗と判断していた。こちらは期待していただけに酷く残念な気分だった。

 

 砂浜を歩く音がヒカルの元へと接近してくる。

 

「クーデターは失敗だったな。惜しかったね〜、成功していれば会長の座が手に入ったってのに」

 

 音の主は男。長身、長い白髪に、右手にはムカデを模したようなタトゥーが刻まれている。

 

「やっぱり身の丈に合わない事はするもんじゃないな。でもあの落ちていく様はアレみたいで面白かったな。なんだっけ、アメリカの映画で似たようなのあったような……ヒカルちゃんもそう思うだろ?」

 

 って言うかその格好熱くねえの、とスーツを着たヒカルにフランクに話しかけてきた。

 

「そうですね。僕としては義父には大変お世話になったので、ぜひとも成功して欲しかったのですが」

 

 別に熱くはないですよ、とこちらも親し気に返した。

 

「思ってもない事言っちゃって。本当に感謝してるなら、悪事をリークして、これを機に会社乗っ取ろうなんて考えるかね」

 

 身近にいた分、法に触れている部分は数多く見てきた。今頃は丁寧に記載された悪事の一覧が社内の幹部達に出回っている頃。一部は外部にも漏れるだろうが、そこはどうとでもなる。

 

「まさか。乗っ取ろうだなんて思っていませんよ。正しい事をしたまでです。だってそうでしょ? 義理とはいえ父が犯罪に手を染めていたら、それを正したくなるのが息子ってものですよ」

 

 本心を隠して、綺麗事を言う。整った顔だと言うのに、目のせいかヒカルの顔は酷く不気味に映っていた。その様子を見て白髪の男、夏忌は笑みを浮かべる。

 

「怖い怖い。それじゃあ、聞くまでもないと思うけど良いんだな?」

 

 夏忌はあえて何をとは言わない。

 

「ええ。その方が夏さんも都合が良いでしょう?」

 

 それに対するヒカルの答えも、酷く曖昧なものだった。視線を海岸線に向ける。

 

「十鬼蛇王馬に期待してこんな辺鄙な場所まで来たってのに、雑用までやる羽目になるとは」

 

 わざとらしいため息をつきながら、夏忌もヒカルから離れていく。

 

 互いにまだ利用価値があるからこその関係、綺麗に言えば、二人はビジネスライクな関係。

 

 腰が曲がったように歩いていく夏忌の姿を、ヒカルは尻目にかけた。夏忌ななぜか器と呼ばれているはずの彼にそこまで固執していないが、暗殺を依頼するのは目的が定かではないためリスクがある。深入りは厳禁。

 

 けれど、悲観はしていない。権力に興味はあまりないが、得られるものは得ておくに越したことはない。トーナメントが終われば、動かせる資金も駒も今とは比較にならないものになる。

 

 焦る必要はない。

 




推しの子完結おめでとうございます
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