一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
クーデターが終わり、一つの脅威が去った。
会長と恵理央さんに聞いた話ではあるが、どうやら速水会長がクーデターを強行したのは蟲と呼ばれる組織がバックにいたかららしい。俺が倒した龍旼と、王馬が倒した蘭城という男の二人にはムカデのような虫のタトゥーが施されており、それが構成員の証だと聞いた。
主と十鬼蛇王馬が似ている事と蟲が狙った事、偶然ではなかろう。
恵利央さんが言った言葉が、頭から離れない。
考えられるのは偶然の一致よりも、血縁関係。あれだけ似てる似てる言われていれば、その可能性は高いだろう。仮にそうだとしても、俺も王馬も何かが変わるわけじゃない。
気になるとすればなぜ狙われたかだが、これも二虎が絡んでいるだろう事しかわからない。
「まあ、考えるだけ無駄か」
クーデターの首謀者である速水会長を筆頭に、龍旼や蘭城を含めた守護者たちは別棟に隔離されている。まだ目も覚ましていないだろうからいくだけ無駄足になることに加えて、仮に事実が分かったとしても余計な考えは仕合前にするようなことはしたくない。聞き出すにしても、大会が終わった後が良い。
「何が無駄なんだ?」
「独り言だよ、気にすんな。それより身体は大丈夫なのかよ」
宿泊しているホテルの庭ではガーデンパーティーが催されており、わざわざこのために木材を重ねてキャンプファイアまで用意されていた。モニター越しに会長が、最終日に備えて英気を養えとの言葉を合図に、盛大な宴会が始まっていた。
大勢いる場所から少し離れたところで、俺は王馬と話をしていた。
「ぶっちゃけ限界だな。痛みもたまに感じなくなってやがるが、あと三回だけ保てばそれで良い」
「憑神ポンポン使いすぎなんだよ」
「違いねえ。二虎風に言うなら、長年のムリのツケが回ってきたってやつなんだろうな。でも後悔はしてねえよ」
王馬にあって俺にはないのは、死んでも尚の精神だろう。それがないから弱いとは思わないが、あればこその強さは間違いなくある。
「山下さんには伝えてんのか?」
「言わねえよ。ヤマシタカズオに言ったら 棄権しろって言うだろ」
「山下さんからしたらそりゃあそう言うだろ。けど散々世話になったんなら、話しておくのも筋だとは思うけどな」
「……まあ、考えとくわ」
初めて会った時から打って変わって今の王馬はすっかり憑き物が落ちた様子。達観したのではなく、今の現状を鑑みれば死期を悟っているとでも言うのだろうか。
会話がなくなる。騒がしい様子を眺めていると、ホテル側からではなく、雑木林から幽霊のように桐生がヌルッと現れた。
「ああ、王馬君。良かった、無事だったんだね」
「桐生刹那か、何のようだ?」
「君が守護者なんかにやられるとは思っていなかったけど、心配でね。でもやっぱり杞憂だった。神が人に敗れるはずがないもんね。ああ、いよいよだよ王馬君。やっと君と最高の舞台で殺し愛ができる! 明後日が待ち遠しいよ!!」
俺の事は視界にも入っていない様子。一人でハイになったかと思えば、まさか勃起までするとは思わなかった。何がここまで王馬に執着させるのかはわからないが、俺じゃなくて良かったと心底思う。
「ずっと待ち焦がれていたんだよ。ようやく君を再び、僕を罰する神に戻す日を!!」
スッと、ハイになっていた桐生から力が抜ける。想像したくもないが、その様はアレを思わせる。
「……ああ、君もいたんだ」
「いたよ、最初から」
「それは失礼。君も可哀想に。でも明後日までだ。明後日、僕が神を解放すれば君も自ずと十鬼蛇二虎の思惑からは解放される。そうしたら君は自由の身、彼女と好きにすれば良いよ」
「彼女ってアイのことか?」
「そうだよ。君達は救う者と救われる者、僕と王馬君みたいに二虎に繋がりを壊されちゃダメだ」
言っている意味はよくわからないが、一応は心配されているのだろうか。
「わざわざ心配してくれてありがとよ」
「ふふ、どういたしまして。じゃあ僕は行くよ。このままいると我慢できなくなりそうだからね。ここまで来たんだ。王馬君、明後日楽しみにしてるからね」
まるで予定されたデートを楽しみにするかのように告げて、覚束ない足取りでゆっくりと去っていく。
「厄介なのに絡まれてんな。あれで実力は本物だからタチ悪い」
「心底哀れな奴だよ。あいつも結局は、お前の言う六の二虎に利用されただけなんだ。あいつとの因縁も十年、次で最後にするさ」
「そうかよ。……明後日の最終日で色々と終わるわけか」
準々決勝、準決勝、決勝と、全体の仕合数が少ないためにまとめられた最終日は、勝ち上がるほどに闘技者の負担も増える。
「そっちブロックで残ってんのはクロキゲンサイとワカツキタケシ、そしてカノウアギトか。強え奴らが残ってるな」
大会といえば、三回戦に残っている東洋電力は棄権扱いとなり、必然的に初見さんが準決勝に上がってくる。クーデターを行い、未遂に終わったとはいえ、各国首脳を含む要人大勢を殺そうとした事を無罪放免とはいかない。ユリウスとしては不服だろうが、彼も捨て駒にされた身。最早、彼には最早東洋電力のために戦う意志など消え失せているだろう。そもそも初めからそんな意思はなかったかもしれないが。
「だろ? 明後日が楽しみって意味じゃ、俺も桐生と変わらねえか」
黒木さんと若槻さんのどちらが上がってくるかはわからないが、何よりもようやく加納さんと戦える。
「決勝で待ってるぜ。俺もアンタとは一回全力で闘ってみてえからな」
訓練等はそこそこの数をやってきたが、ガチで闘り合ったことはない。最も近いのは初対面の時だが、あの時はあの時で王馬の状態が本来の物とは程遠かった。同じ二虎流同士、決勝で戦えるのであればさぞ楽しいだろう。
「おう、決勝で戦おうぜ」
王馬の元から離れて、盛り上がっている中を進んでいく。飲み比べをする闘技者たち、談笑する人たち、その中でも一際賑やかたっだのは、特設されたカラオケゾーン。ガオランがイメージ通りタイの国家を歌ったり、以外にもバラードをサーパインが歌ったり、氷室が流行りの曲を歌ったりしている。
みんなの歌を聴いていたのか、ちょうど家族の姿があった。
「あれ、どこ行ってたの?」
「王馬と話してたんだよ。せっかくだから歌ってきたらどうだ?」
アイはタレントとして多く活動はしているが、歌っている姿は久しく見ていない。下手なわけではない。単に需要の問題ではあると思うが、どうしてもメディアへの露出が多い女優として多く出番を望まれていた。
「えー私はいいよ」
「久しぶりに俺が聞きたいんだよ。ダメか?」
「ママ歌うの? 私も聞きたい!」
「俺も聞きたいな」
「それはずるいなあ。良いよ、じゃあ久しぶりに歌っちゃおうか」
氷室がちょうど歌い終わる。次の曲も流れ出さないため、まだ予約も入っていないようだ。次を探していたので、手を挙げて知らせる。
「日向が歌うのか?」
「下手な俺が歌っても白けちまうだろ。もっと上手い奴が行くから大丈夫だ」
氷室の視線がアイに移った。
「なるほど。なら盛り上げねえとな」
アイをステージまで連れていくと、それに気づいた周囲から歓声が上がった。氷室がすでにアーティスト検索でB小町のページまでデンモクを操作しており、あとは曲を選ぶだけとなっていた。
アイはマイクを受け取り、少し悩んで選曲した。程なくしてイントロが始まる。歌い始まる前にステージを降りて、元いた場所に戻る。今ステージに立つのは主役だけ。
「『サインはB』か、懐かしいな」
流石に振り付けを全て覚えてはいないようで要所要所だが、歌声はあの時のままだ。どこか懐かしい気分になる。
ふと隣を見れば、ルビーとアクアも久しぶりに聞けて嬉しそうだ。こうして歌声で誰かを幸せにできるのだから、歌の力というのはすごい。歌声に惹かれて来たのか、次第に周囲には人が多く集まり始めていた。
一曲目が歌い終わる。アンコールの声がすぐにどこから湧くと、次々にアンコールを望む声が上がる。
アイがどうしようか悩んでいる様子だったが、何か思いついたのかアイはマイクを再びオンにした。
『ルビー、一緒に歌おうよ』
アイからのご指名に、皆の視線がルビーに向けられた。
「ええ!? ママと一緒に歌えるのは魅力的だけど……」
「デビュー前の練習だと思って気楽に行ってこいよ」
ルビーは少し躊躇っていたが、アイからもう一度歌おうと声がかけられると決心したのかステージに上がった。拍手や声援が上がる。ステージ慣れしているアイに反して、ルビーは少し緊張しているように見える。モデル等の撮影とはまた雰囲気が違うのだろう。
『それじゃあ、新旧アイドルでデュエットやりまーす!』
その宣言にルビーがアイを驚いたように見た。アイは何かルビーに囁いたが、マイクにも拾われずにこちらまでは聞こえてこない。ただ一層やる気を見せたから、それはルビーにとっては良いことだったのだろう。
曲数にすればたった数曲。それでもアイがソロで歌った時よりも明らかに盛り上がっている。ルビーも乗ってきたのか堂々と踊るようになって、その様子はかつてアイがデビューした時のステージを彷彿とさせた。ルビーの初ステージが成功したのは間違いなかった。
アイとルビーがコラボした翌日、ルビーは興奮冷めやまぬまま、と言った様子ではあったが特に何事もなく過ぎていった。
そしていよいよ最終日。
『いよいよトーナメントもクライマックス! 今日、最強の闘技者が決まります!』
鞘香嬢の宣言と共に、三回戦が開幕する。
本戦出場した闘技者達の多くが、今日決まる最強を見届けるために一堂に介している。彼らが場所は圧倒的な存在感を放っており、仕合の開始が待ち遠しい。
ゲートの両端から火柱が上がり、ゲートは煙に包まれる。二回戦までとは異なり、随分と演出が派手になった。その煙の中から、王馬がゆっくりと入場してくる。
「王馬さん、大丈夫かな」
治療を受けていた闘技者も仕合を直に見に来ているため、アクアも現在は会場に足を運んでいた。英先生と一緒にいる際に王馬が健診にでも来たのか、ある程度王馬の体の事情は知っていそうだった。
反対側のゲートから、同じような演出を受けて桐生が出てくる。ここからでもわかる。単純な強者が放つ覇気とは異なる、異質の雰囲気。確かに精神的に不安定さはあっても、その実力は本物。
「大丈夫だろ。桐生も確かに強いが、あいつは強えよ」
桐生の王馬に対する執着に対して、王馬からは桐生に対する殺意は一切感じられなかった。あったのは、言葉通りの同情や哀れみ。その差が悪い方向にいかなければ良いが。
二人の間で会話が交わされ、王馬が先に構えた。
桐生は一、二回戦でもそうだが、特に構えはしない。
審判が開始を告げると、早速桐生が仕掛けた。瞬きに合わせての移動、捻れる打撃。その二つが彼が主に扱う孤影流の技らしい。歩法は原理さえわかってしまえば単発であれば脅威度は低い、気をつけるべきは打撃。回転することは肘よりも先、と言うことがわかっていても完全に対応できるかは別だ。
フェイントからの打撃が王馬の肩を捉えた。けれど、捻じれてはない。不壊を使ったことで捻転力が浸透しなかったのだろう。
桐生が不愉快だと叫びながら攻め立てる。足でも同様に捻れる蹴撃を放つも、王馬は受けつつもダメージを最小限に抑えていた。
不壊は肉体を締める技である以上、操流ノ型との併用はできず、力を込め続ける以上は長時間使い続けることもできない。不壊を使う時とそうでない時は若干外見からも変化があるため、見る者が見ればその差ははっきりとわかる。本来は、その都度その都度使うのが適切だ。
王馬の不壊が解け、そこを狙っていたかのように桐生が攻める。
だが、素早く切り替えた王馬のカウンターが決まる。攻守が変わり、今度は王馬のターンとなった。耐えきれなくなったのか、桐生も不壊を使って防御するもの、その練度は明らかに低い。あれではすぐに突破される。
「なんか嬉しそうだね」
仕合ではなく俺を見ていたアイがそんなことを言ってきた。
「そうか? まあ同門が勝ちそうならそうもなるだろ」
仕合展開は王馬が優勢。桐生は片腕も使用不能になり、完全に劣勢になっている。
桐生の雰囲気が再び変わったのは、王馬の猛攻を受けて留めの鉄砕が当たる直前だった。先程まで付いていけなかった王馬の打撃にも、完全に見切っているかのように対応してくる。憑神のように桐生自体の速度が上がるわけではない。それでもあの変化は、まるで周囲がスローモーションにでも見えているのではないかと思えてしまう。その中でも、桐生は捌くことに注力して攻めることはしなかった。何かを狙っているよう。その時が来たのだろう。王馬の拳を弾き、空いた胸部に打撃を放った。今日一番の威力。
だが、吹っ飛ばされたのは桐生だった。
二虎流奥義、鬼鏖
王馬の師匠である二虎が作り上げた、四系統を全て使った新しい奥義。二回戦が始まる前に軽く聞いてはいたが、無形のカウンターとは実に厄介なものだ。頭では理解していても、どの角度から何が来るかがわからない。一部が使用できなくなる憑神よりも、よっぽど二虎流の奥義に相応しい技だ。
倒れながらも叫ぶ桐生に、王馬が追撃を行ってついに気を失う。
勝者宣言がされたことで、俺も仕合の準備をするべく立ち上がった。
「行くの?」
「ああ、最高のコンディションにしてくるわ」
念願の仕合は目前だ。