一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 初見の不戦勝が告げられ、予定調和であるものの予定を繰り上げて第三戦。黒木玄斎と若槻武士、琉球空手をベースとした暗殺拳とフルコンタクト空手の、ある種の空手家対決となった。

 

 卓越した技量で圧倒的な筋力差を物ともしない黒木に対し、若槻は果敢に攻める。彼が隠し球として持っている武器の一つに組技があるが、彼はそれを使うことができなかった。天下の怪力無双。けれども、組技である以上は相手との接触時間は多くなってしまう。黒木が持つ魔槍を警戒していたこともあるが、黒木ほどの技量を持つ相手に、不意打といえ組技な決まるとは思えなかったためだ。

 

 だが倒せない相手ではない。黒木の肉体は練り上げられても超人体質に及ばず、柔術特化でもない。勝機は十分にあった。

 

 爆芯。全身の筋肉を人体の中心に収縮し、一気に放ち拳に乗せる一撃必殺の突き。性質上タメは必要になるが、幸いにもまだ本トーナメントでは未使用の技、先読みも初見の技には対応が遅れざるを得ない。

 

 黒木としても、若槻は闘りにくい相手ではあった。過去に超人体質と戦った事はあっても、これほどの密度はお目にかかったことがない。加えて空手の腕も超一流。技量が劣ると言う者もいるだろう。だがそれは戦って来たことの無い者の戯言だ。放たれる打撃は一撃一撃が必殺技相当。少しでも誤れば、そのまま押し負ける事は必至。故に黒木も強者への敬意として、持てる力全てを使った。

 

 故に、爆ぜる剛拳に対して黒木は左腕を捨てざるを得なかった。橈骨と尺骨の骨折。左腕を失ったに等しい犠牲を払い、黒木の剛拳が脳を揺さぶった。

 

 倒れぬ若槻に追い討ちをかける黒木。必殺の魔槍に頼るのではなく、それさえもフェイントとして使う。必要な技を必要な時に使う。意識の隙間を縫うような虚を付く打撃が、体重さを超えて若槻を襲う。

 

 戦歴三〇〇を超える歴代最多闘技者である若槻が、ついにトーナメントの地に倒れ込んだ。

 

 仕合会場控え室にて最終調整していた桂は、いよいよかと昂ぶる気持ちを抑えるように深呼吸をした。

 

 その様子を苺プロの面々はただ見守っている。速水の失格に伴い棄権せざるを得なかった東洋電力ではあるが、彼が圧力をかけた苺プロは未だ健在。トーナメント後に以前までの強力な権力を持ち得なくなったとしても、一芸能会社を潰す程度の事はできる程度にはおそらく力が残っている。あえて確認は取らずとも、壱護はそれ前提で考え動いていた。

 

「東洋電力の圧力はもう気にしなくて良いが、ようやく巡って来た機会だ。邪魔するものは何もねえ。思いっきり闘ってこい」

 

 けれど、壱護は桂が最大限力が発揮できるように嘘を一つついた。確かに巻き込まれて拳願会に入らざるを得なかった。何で俺が、と思ったことも何度もあった。だが巻き込まれなければ、ここまで来れなかった事も事実。まさか自分が今や、芸能界でも上から数えた方が早い事務所の社長になるとは思ってもいなかったのだ。桂は恩返しというが、そんな物はもうもうとっくに返してもらっている。

 

「サンキュー、社長」

 

 入場時間までもう少し。最後に一伸びしてから向かおうとする。

 

 出口付近で待っていたアクアが、手を挙げる。

 

「怪我すんなって言っても聞かないのはもうわかった。……だったらせめて勝ってこいよ」

 

 少し気恥ずかしいとか目を逸らすアクアに、桂は笑いながらその手を叩いた。乾いた音が鳴る。

 

「死なない程度に頑張んなさい」

「頑張ってね!」

「行ってらっしゃい」

 

 激励をもらい、アイから送り出す言葉をもらい、桂はゲートへと向かう。

 

「おう、行ってくる。そうだ、アイ一つお願いがあるんだけどさーーー」

 

 最後に承諾を得てから、死地に向かう。

 

 控え室を出て、入場ゲートで待つ。アナウンスが入ると、轟音が鳴り響き煙が入り口を覆う。それを潜り抜けると、すっかり見慣れた闘技場の中央へと足を踏み入れた。

 

 続いて、アギトが入場してくる。

 

 お馴染みの牙コールはなく、二人が相対する頃には会場は不思議と静寂に包まれていた。

 

『三回戦もいよいよ大詰め、トリの第四試合を飾るのはこの男達! 『天拳』日向桂と『滅堂の牙』加納アギト。どちらも長らく拳願仕合で無敗を誇る超雄が、満を持してついに、ついに対戦することとなりました!!』

 

 普段以上に鞘香の声がよく通った。

 

 それを合図にしたかのように、会場が一気に熱狂し始める。変わる会場の雰囲気を、当人達は気にする素振りはない。

 

「この日を待ち侘びたぞ」

「そりゃあこっちの台詞ですよ」

「貴様が相手だ、全てを使わせてもらうぞ」

「当然。俺も初めから全力で行かせてもらいますよ」

 

 審判に促され、両者は構えを取った。桂はいつも通りの、アギトはデビュー時に多様していたアップライトの構えに回帰する。アギトがそれにしたのは、単純な理由。全てを使うという言葉に嘘偽りはなく、あえて土俵に乗ることもない。純粋に力量をフルで使える構えが、それだったということに過ぎなかった。

 

「準備はいいな? ……初めェェアアッ!!」

 

 特徴的な掛け声とともに始まる仕合。

 

 開始から荒れることもなく、両者は動かない。ただピリついた空気だけが会場の中心にいる二人から発せられていた。

 

 先読みを使えるのは桂だけに限らず。アギトもそれをすでに身につけていることから、両者の間では読み合いが行われれていた。それがわかるのは闘技者の中でも一握り。

 

 どちらがより深く気の起こりを見極めるか。

 

 最初の一歩を踏み出したのは桂だった。

 

 呼吸、瞬き、そして意識。それら全てが合わさる、コンマ数秒にも満たない刹那の時間。アギト本人にも気づかない、無意識下においてほんの一瞬だけ桂から注意が外れたタイミングだった。

 

 視界から消えたことにも気づくのが遅れる。それに気づき目を見開いた直後、アギトの下顎に鉄砕が直撃した。

 

「あれは! もしかして刹那君の!?」

 

 王馬の手当を終え、仕合を会場で見ていた一夫には心当たりのある技が一つだけあった。孤影流、瞬。瞬きの瞬間に合わせて死角へと移動する歩法。

 

「似てるが違えよ。瞬きだけじゃなくて意識の隙間も縫うって言ってやがった。俺もやってみたが、こればっかりはまだできる気はしねえ」

 

 火天ノ型、燐火

 

 言葉にすれば、意識の隙間の縫う歩法。虚をついて近づく歩法ではあるが、言うが易し。事実、誰に対してでも使える技ではない。仕合において使えるのは、長年見て、追い続けてきたアギトに対してだからこそ使える未完成の技。

 

「それに初見で対応したカノウアギトもさすがだぜ」

 

 王馬の視線の先にいる両雄。桂の鉄砕は確かにあった。だがほぼ反射で脱力によって大半の威力が削がれる。

 

「日向さん、大丈夫でしょうか。相手はあの滅堂の牙……」

「確かにあいつが強えのは間違いねえさ。けど心配すんな、ヒュウガケイも強えよ」

 大会まで知らなかったとは言え、数多くの強者を見て肥えた一夫の目には、アギトが強大な戦士として映っていた。心配する一夫を他所に、王馬は純粋に楽しむかのように観戦している。

 

 駒のように回転したアギトに次の動きに支障が出るダメージはない。烈火による離脱も逃さず、読み合いから一転してインファイトとなる。

 

 アギトの肘がすり抜ける。

 桂の打撃がすり抜ける。

 

 読み合いの末、攻撃が来る直前に回避することで傍目から見たらすり抜けるように見えていた。至近距離であること、放った後の隙の大きさから足技は封じられたことによって、真正面から行われるコンパクトな打撃戦となっている。

 

 相手を知っているのは桂だけではない。桂がアギトを観察するように、同じようにアギトも観察を続けてきた。互いの手の内は知っている。

 

 先手を譲り、しばらく当たらなかったアギトの攻撃がついに当たり始めた。頬を掠める。初撃よりも二撃目が、二撃目よりも三撃目が、より確実に捉えていく。

 

 四撃目が当たり僅かに仰け反り。追撃としてアギトの放った右手のボディブローに、アギトの右側に来るように避けながら桂の左手が触れる。操流ノ型、柳によって今度はアギトの体勢が崩れた。左足で体重を無理やり支えて完全には崩さないアギトに対して、それを分かっていたかのように右膝蹴りが下顎を狙う。

 

 アギトの体が、抵抗をまるで感じさせずに流れた。完全に去なされた膝蹴り。アギトはそのまま一回転をするのではないかと思うほどに仰け反り、地を這うような姿勢になった。その体勢のまま体を動かし、桂の左膝を蹴り抜く。

 

 不自然な体勢からの蹴りは威力は不十分。それでも軸足の膝裏への一撃は桂を地面に落とすには十分な威力。

 

 マウントを取りに来たアギトに対し、倒れながらも備えていた右足の底でアギトの分厚い胸板を蹴り押す。だがこれも、感触がない。流れるように逸れダメージがまるでないかのように見える。

 

 桂が起き上がり、膝立ちながらもアギトと組み合う。ほんの少しの均衡。それを崩すべく、桂が無事な左手の母指と示指、中指を持ってアギトの首を鉄指で締め上げる。首をペンチで力一杯掴まれたような激痛。腕を使った振り払い、後退、あらゆる選択肢がある中で、アギトは頭突きを選択した。

 

 当たる。受けながらも柳で再び崩すと、両者は立ち上がり再びスタンドに戦場を移す。

 

 先の先を使う相手同士。避けなければならないのは、後手に回ること。だからこそ、両者はひたすらに可能な限り攻めを選択する。

 

 言ってしまえば、なりふり構わない戦い方。アギトの戦法の変化は、誰の目にも明らかだった。

 

 アギトの戦闘スタイルは大きく分けて二つ。一つは先の先を始めとした、あらゆる武術を修め融合させた武人としてスタイル。もう一つは、無形。一つ目とは真逆の、特定の型を持たない変幻自在のスタイル。

 

 その二つを持ってしても尚、決め手には欠けていた。

 

 無形による防御が徐々に追いつかなくなる。無形は型にとらわれない戦法故に、相手は対応が難しい。けれど、それを使用するのはアギトに他ならない。人である以上どうしても選り好みが生まれ、現にアギトは回避時には脱力によって衝撃を受け流す方法を好んでいた。

 

 無形を使ったアギトに、ようやく拳が刺さる。

 

 それのベースは水天ノ型に近えだろ。だったら、そこは俺の領分だ

 今の無形による回避は、水天・操流ノ型、水月と酷似している。自身で使う以上、対処方法も当然ながら把握していた。原理を看破して以降の打撃は、無形を使えどもダメージとしてしっかりと蓄積されていた。

 

 しばらく受けに回っていたアギトが、芸術とも言える研ぎ澄まされた打撃ではなく、単なる暴力とも見て取れる大ぶりの打撃が桂の両腕のガードごと突き飛ばす。

 

「素晴らしい。やはり全てを使うのにふさわしい」

 

 これまで攻撃では武を、回避や防御において無形と定めていたアギトが、その境を飛び越え攻撃でも無形を使用し始める。アギトの真価は進化と言われるように、ここへ来て更なる進化を遂げていた。

 

 武の無形の瞬時の切り替え。無形での攻撃、武での受け。明確に使いこなすアギトは、強力な二本の刀を手にしたに等しい。

 

 桂の先読みの深度が浅くなる。すなわち、対応が遅れ始める。避けなければならなかった後手。武と無形の二本柱が、不壊の上からでも着実にダメージを与え続けた。

 

 アギトの手は止まらない。受けるのであれば、壊れるまで打ち続けるまで。そう言わんばかりの勢いが、水月による受け流しを封じていた。水月も無形の脱力による回避も、苦手とするのは手数の多い、多角的な攻撃。次々くる攻撃に対応が追いつかなくなるのだ。現にアギトは、それを知って止まらずに攻める。選択肢は必然的に不壊に絞られていた。不壊をさせざるを得ない状況に持ち込めば、それこそ解けるまで待てば良い。これでは終わらないことを理解しているからそこ、油断は無かった。

 

「おいおいやべえぞ! 押し切られる!」

 

 ゲート付近で観戦していた壱護の目には、桂の劣勢が映っていた。身長も体重も、アギトが一回りも大きい状況で、防戦一方の状況は芳しくない。受けに強い技があることは知っていても、あれだけの猛攻を受け続けている腕はみるみる赤くなっていく。壊れるのも時間の問題だった。

 

 壱護だけではない。ミヤコも、アクアとルビーさえも、他の観客も。均衡が崩れた今、牙が勝つのではと思い始めていた。

 

「大丈夫だよ」

 

 そんな中、アイだけは桂の勝利を信じていた。

 

 不壊が解ける隙を、アギトは見逃さない。わずかに空いた隙間を縫うように、リバーブローで肝臓を狙う。

 

 火天ノ型、幽歩によってアギトの左側へと回り込む。

 

 躱されるのはわかっていた。だからこそ、アギトはわざわざ利き手ではない左手を使って誘導を行った。これまでの攻防で速度もわかっている。カウンターで左肘を一撃、そして決め技として右手でアレを使う。

 

 左肘を放った瞬間、アギトの意識が飛んだ。

 

 想定以上の速さで振るわれた拳が、肘が届く前にアギトの脳を揺らす。ぐらつく体に、追い打ちをかけるべくハイキックが見舞われる。アギトの頭が割れ、血が流れ出た。

 

 久しぶりに使ったが、きっついな……

 憑神の瞬間的な解放。

 

 桂がアギトの予測を上回る速度を出せたのは、憑神によるブーストがあってこそ。継続的な使用は確実に寿命を縮める。そのリスクは最小限に抑えるためにも、発動を一瞬に留めた。もちろん、短時間とは言え心臓の急加速を行う以上平時よりも負担は大きい。理解していたからこそ、桂も身につけてからほとんど使用した事は無かった。全ては勝つために。事前にアイにも説明をして許可を得ていたことから、使うタイミングを虎視眈々と狙っていた。

 

 完璧に決まった奇策。

 

 会場からは音が消え去った。

 

「天晴れじゃな。結婚しておらねば、無理やりにでも招きいれたものを」

「よもや、あの時の子供がここまで」

 

 VIP席から仕合を眺める恵利央は、呉一族としては最大級の褒め言葉を使う。

 

 滅堂も会長としてではなく、別の視点から仕合を見ていた。どちらも実の子供ではない。片方は地獄から救い上げ、片方は命を担保に売り込んできた。ボタンをかけ違えば出会わなかった二人の義息子が、今こうして激戦を繰り広げている。

 

「アギトや、良いライバルを得たの」

 

 終わったかに思えた仕合。それでも、帝王は倒れなかった。あまつさえ、攻撃さえも打ってくる。打撃の質もほとんど変わらず、勝ったと思って緩んだ意識と憑神の負担が攻撃を許した。

 

 意識失って何で動けんだよ!?

 驚嘆以外の何物でもない。何度目かになる打撃戦をしながら、桂は拳願仕合の帝王の意地を見てわずかに畏怖した。

 

 掌底による突き上げを受けて、アギトはついに意識を戻す。突如襲う全身の痛みに、現状を即座に理解した。

 

 意識を飛ばされたのか……不覚、なんという不覚ッ!

 

 我闘故我在。

 闘争本能の権化たるアギトだからこそ成し得た狂気の行動。負けていた。立っているのは偶然に過ぎないと、アギトは自らを叱責する。けれど掴み取ったチャンスを捨てることはない。近づき、ミドルレンジからショートレンジへ。ムエタイの肘技を折り曲ぜながらも、突破は困難だった。桂は捌きながらも攻撃を的確に当ててくる。アギトはダメージ度外視で、さらにゼロレンジへと距離を詰めた。

 

 超至近距離から放つ、加納アギトが持つ最大火力の技。最小限の動作、最短距離を最速の突きを放つ寸頸、だからこそ回避がほぼ不可能。アギトはこの必殺の打撃を龍弾と命名した。

 

 龍弾が弾ける。

 

 アギトの視線が、己の右腕へと向けられた。手首が壊され、肘が外れている。龍弾の威力が、自身に返された。

 

 操流ノ型、絡み。

 

 相手の打撃を受け止め、力の進行方向を相手に変えるカウンター技。咄嗟に使った絡みは、龍弾の威力全てを返すことは叶わず。桂は左手を犠牲にして、アギトの右腕を奪った。

 

 思わず距離を取ったアギトに、桂は逃すまいと追いかける。瞬鉄・砕を放つと、アギトは失った右腕を無理やり動かして盾に使う。前腕にも罅が入る。桂の左手は砕けたものの、抱骨によって無理やり拳を作りだす。片腕と両腕。武と無形を使おうとも、その差は埋まらない。怒涛のラッシュがアギトに叩き込まれる。

 

 耐えきれなくったアギトは、なんとか桂の腰に組みついた。右腕に力が入らないのか、掴むのは左手だけ。

 

 腰を抑えるのは、相手は重心の変化を感じ取りやすい。つまりは攻撃の事前動作を察知することができる。引くも良し、押すも良し。悪くない手であるが、完全に抑え込めるわけではない。

 

 察知したアギトが押し込むも、桂の鉄槌が容赦なく叩き込まれる。何発も叩き込まれて堪えたのか、組みも甘くなる。わずかな隙間は、ちょうど腕が入る程度。

 

 瞬鉄を受けて骨を犠牲にした結果、外れていた肘は既にはまっていた。折れている手首も桂の胸部に触れることで無理やり固定し、完全に壊れることを無視して二発目の龍弾を放つ。

 

 槍で貫かれたような衝撃が桂を襲った。

 

 骨が軋む。内臓が軋む。ダメ押しの跳び膝蹴りが完全に入った。倒れそうになる体をふんばり、赤く染まる視界の中でお返しの鉄砕を顔面に放つ。

 

 両者、満身創痍なのは火を見るより明らか。

 

 もはや先読みは叶わず。できたとしても動けるほどの余力もない。

 

 最後の攻防が始まった。

 

 もはや意地と意地のぶつかり合い。

 

 前蹴りが決まる。

 ミドルが入る。

 拳が当たる。

 肘で捉える。

 

 互いにボロボロの体に鞭を打ち、血反吐を吐きながら体を動かす。

 

 そして、ついにその時がきた。

 

 アギトの左ストレートと桂の右ストレートがクリーンヒットし、双方倒れ込んだ。どちらも起き上がる様子はない。

 

『両者動きません! これは、まさかのダブルノックアウトかー!?』

 

 拳願仕合にカウント制は導入されていない。

 

 どちらかが起き上がるのを、ただ待ち続ける。アギトと桂を応援する声は、完全に半々となっていた。先に立ち上がったのは、加納アギト。

 

 滅堂への大恩、拳願仕合の帝王としてのプライド。それらは今、アギトの胸中にはなくなっていた。

 

 ただ弟のように思っている存在に負けたくない。

 

 滅堂が聞けば大きく笑い飛ばしそうな、実に人間臭い意地だった。

 

『た、立ちました!! 牙が、加納選手が立ち上がりました!!』

 

 激戦の末、ついに一〇〇勝ちを目前に天拳が砕ける。

 

 準決勝に進んだのは、滅堂の牙、加納アギト。

 

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