一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「初ライブの日程決まったよ!」

 

 ここ最近のアイは実に楽しそうだ。見ているだけでこちらも楽しくなるほどに輝いている。

 

「会場はねーーー、日付はねーーー」

 

 椅子に座り、床に届かない足をぶらぶらしている様は彼女の機嫌を表しているようだ。

 

「オッケー。その日は空けておくよ」

 

 社長もミヤコさんも、俺みたいな面倒な子供相手にちゃんと真正面から相手してくれる。同情があるのかもしれないし、アイのためにやっているのかもしれない。それでも、俺からすれば嬉しかったりする。本当は迷惑かけてばかりでしっかりと謝りたいけれど、それはなんだか恥ずかしくてできない。

 

「どうしたの?」

「いや、ライブ楽しみだなと思ってさ」

 

 申し訳ないとは思っていても、アイのこの顔を見ていると間違っていなかったと思えてならない。

 

「いっぱい練習したからね! 歌もダンスもキレッキレだよ」

「それなら最前列取らないとな、チケットってもう買えんの?」

 

 社長から聞くところによると、最初から広い会場でライブをするのはできないらしい。実績もなく予算も限られている以上、どうしても小規模会場になる。小さいにも小さいなりの利点もあり、観客との距離が物理的に近いためにリピーターを作りやすいようだ。

 

 アイは得意げな笑みを浮かべると、カバンから小さな紙を取り出した。ご丁寧に両手で持っているのが可愛らしい。

 

「じゃーん! 実は社長にお願いして、ひと足先に貰ってました!」

「買うって言ったのに。でもありがとな」

 

 受け取ると、チケットをまじまじと見る。

 

「こうしてチケットを見ると、いよいよって感じだな」

 

 直接練習を見た事はない。携帯もないため、毎日連絡が取れるわけでもない。こうしてたまに短時間会って、たわいの無い話をするだけ。アイがアイドルとしてデビューする事は頭ではわかっているつもりでも、どこか遠い話のように感じていた。チケットの存在が、急にそれが現実であることを突きつけてくる。

 

「随分と半端な時間からやるんだな」

 

 開始時間は十九時二〇分と記載されていた。この手の開始はキリの良い〇〇や三〇分からと思っていたために、ふと疑問に思ってしまった。

 

「単独じゃなくて対バンだからね」

「タイマン?」

「タイマンじゃなくて対バン。物騒にしないでよ。他のグループも出て、それぞれに持ち時間あるから半端な時間なんだよね」

 

 まだ曲も一曲しかないし、とのアイの説明に納得する。確かにライブというと何曲も歌うイメージがあるが、駆け出しのB小町は一つしかない。メンバーの自己紹介を入れても、一グループだけでは時間があり余ってしまうことは明白。

 

「なるほどな。これ席の番号とかないけど、最初からいた方が良い感じ?」

 

 あくまで入場券。椅子があるよりも立ちの方が観客を収容できるため、できるだけ入れたいという考えなのだと想像ついた。

 

「そうなるね。私たちは四番目だから、ちょっと待たせちゃうけど」

「わかった。じゃあ最初から入って良い場所確保しておく」

「え、良いの?」

「そりゃあな。それとも、ギリギリに入った方が良かった?」

「ううん、そんな事ないよ。最初から入ってくれるのは嬉しいけど、最近忙しいんでしょ?」

 

 アイには仕合のことは伏せ、後見人が決まって施設を退去する事のみを伝えていた。荷物の整理は元々自分の物が多くない事もあって半日もかからないが、法的な手続きにはやはり時間がかかる。

 

「忙しいって言ってもそこまでじゃないし、ライブ前には手続きも終わってる予定。まあ、正直、他のアイドルには興味ないし、五、六時間も前乗りしろって言われると流石に辛いけど、多分長く待っても二時間だろ? それなら問題ないよ」

 

 体外離脱ー二虎流の睡眠中に実施するイメージトレーニングーを応用すれば、一、二時間程度はイメトレで十分に時間を潰せるだろう。

 

「そう言ってくれるの嬉しいなあ。とびきりの愛を見せてあげるね!」

 

 

 

 時が経つのは早い。

 

後見人が無事承認され俺は施設を出て、あっという間にライブ当日を迎えた。

 

 ライブ会場は、今まで感じたことのない独特の空気に包まれていた。俺がまだ中学生だからだろうか。周りの男性たちは皆大人で、どこか疎外感を覚える。とりあえず入場はできたので、アイたちの順番が来るまで待つとしよう。

 

 ライブが始まれば、失礼ながらもまあこんなものか、と思ってしまった。世代はある程度近しいのだろうが、自己紹介の時に噛んだり、歌詞が飛んだり、とある種の初々しさが見られた。観客はそれをも楽しんでいるのか、大いに盛り上がっている。

 

 三番目が終わり、舞台袖に降りていく。いよいよだ。

 

 退場のために明るくなっていた会場にふたたび影が落とされる。コールと共にB小町が入場し、アイたちに取って記念すべき始めてのライブが始まった。

 

 素人の俺でもわかる。

 

 自己紹介の時点で、アイのみならず他のメンバーも他とは圧倒的な差を見せつけていた。身近にライバルがいたからか、はたまた明確な目標があったからか、道標がはっきりしている上で努力したことがわかる。ただ闇雲にやるそれとは比較にならない。

 

 自然と口角が上がる。

 

 確かに言っていたようにキレッキレだ。普段見たことのない笑顔を浮かべステージ上で踊る。すでにアイドルとして芽吹いて、誰よりも輝いている。吸引力とでも呼ぶのか、努力だけでは身につかない天性の物を感じさせる。

 

 ふと、アイと目が合った。予定にはなかったであろうウインクがアドリブで入れられた。

 

 たった二〇分程度の時間、今日の主役が誰か、圧倒的な大差で格付けが完了した。

 

 

 

 

 ライブが終われば物販が始まる。各ブースにあるグッズはB小町のグッズの売れ行きが軒並み好調だ。アイのグッズを全て買えればよかったのだが、この手の価格設定は割と高めであり、一中学生の財力ではとてもではないが全ては買えなかった。とりあえずチケット代を想定して貯めていた分で、めぼしいグッズとチェキ券付きのCDだけは一枚買ったが、中には何枚も買っているファンもおり、凄まじい熱量を見せつけられた。

 

 チェキにも種類があるそうで、個人対個人で撮ることができたり、グループ全体と撮ることもできる。俺はグループ全体は選ばなかった。B小町ではなく、あくまでアイを推しているに過ぎない。

 

 順番待ちをして、アイと写真を撮る。ここではあくまでアイドルと一ファン。初対面を装うのはアイの方が完璧だった。初めましてと言われて、情けないことに俺は一瞬フリーズしてしまったのだ。撮影後ほんの少しだけ話す時間あるが、そこは上手く誤魔化しながらできた気がする。

 

 二十二時には戻ってるからその位に事務所に来て

 

 持ち時間が終わる寸前、囁かれた声を確かに聞いた。すでにアイは次のファンとやり取りをしており、俺はその言葉を信じて時間通りに行くことにした。

 

 事務所の下に着く。事務所には灯りが付いておらず、その上の階には灯りが付いていた。住居の方だ。

 

 腕時計で時間を確認する。安物だが時間がわかれば十分で、言われた通りの時刻を表示していた。

 

 ガチャガチャと音がする方を見ると、裏口の扉が開きアイがヒョコッと顔を覗かせた。手招きでここから入るように促す。そのまま二階へと登ると、アイがオフィスの電気をつける。二人にて来客用のソファに腰を下ろした。

 

「社長たちは?」

 

「今は上でお酒飲んでるよー。初ライブのシュクハイ?だって。そんなことよりさ、どうだった?」

 

 何かを確かめるようにアイがこちらを覗き込む。アイドルとしてのキラキラした可愛らしい衣装から一転して普段着。シャワーを浴びて間もないのか、まだ髪に湿り気が残っている。

 

「どのグループよりも良かったよ。ダントツだった」

 

 たとえ他に推しがいたとしても、あの場にいた大半の人間がそう思ったはずだ。ただアイが求めている答えではなかったのか、依然としてこちらを見たままだった。

 

「アイが一番だった。誰よりも輝いて見えたよ」

「良かったぁー。ケイが最前列にいてくれたから張り切りすぎて、実はちょっと振りミスしちゃったから不安だったんだ」

 

 ほっとしたのか顔を綻ばせる。

 

「見てた感じ、ミスった様には見えなかったけどな」

「んーん、サビの所で腕上げるところあったでしょ? あそこはあと数ミリ下げなきゃいけなかったんだよ」

「ミリってミリメートル?」

「そだよ。他にある?」

 

 天才という言葉が脳裏を過ったが、すぐに否定する。天才であることは間違いが、努力の質や取り組む姿勢が凄まじい。一流になる人間というのは、こういう人間なのだと思わされる。

 

 武術にも当然型はある。ただ、ミリ単位で理想に対して調整しているかというと、少なくとも俺はできていない。

 

「どうしたの? 私変なこと言った?」

 

「いや、あまりにも凄すぎて反応できなかっただけ。変な事は言ってない」

 

「えっと、褒められてる、んだよね?」

 

 量をこなす事はもちろん重要だが、一つ一つの質を高めていく必要がある。至極当然の当たり前の事。ただ、教わらなかった。否、気づかなかっただけだ。これまで俺は教わった事が全てだと思い込み、それしかやってこなかった。

 

「勿論。……正直言うとさ、心の底ではちょっとなめてたんだ、ごめん。でも今は本当にすごいと思ってるし、尊敬もしてる」

 

 プロ意識の高さに脱帽する他ない。自分のことを棚に上げ、所詮は子供のやることだと思っていた己の愚かさに呆れ果てる。

 

「よくわかんないけど、尊敬されるのは悪い気はしないね! 良いよ、許してあげる」

 

「ああ、本当にすごいよ。俺も頑張らないとな」

 

 もう一度、いや、こらからが正真正銘のスタートだ。

 

「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど、ケイは何してるの? 私に言えないこと?」

 

 本当に聞きたかったのはこちらの方だろう。ただの孤児が、ある日突然大銀行のトップと接点を持つなどあり得ない。怪我をして帰ったことも多々あるため、疑問に思うな、という方が無理だ。

 

「今は言えないし、言っても信じられないと思う。でも近いうちに必ず言うよ、だからそれまで待って欲しい」

 

「……わかった。待ってる」

 

 少し納得しかねている雰囲気はあるが、今の俺では不十分。俺も完璧を目指さなければ。

 

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