一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「準決勝の一回戦、もしかしたらやらねえかもしれないぞ」
大人しくしている事を条件に、俺たちは直接観戦するために医務室から会場へと場所を移している最中だった。
「山下さんが棄権するって事ですか?」
王馬の身を案じていたからあり得なくはないが、それを王馬が認める事はないだろう。あいつにはもう時間がない。治療に専念したらどうなるかはわからないが、少なくともあいつはここで完全燃焼するように思えた。
「そうだな。山下さんは元々乃木出版の社員、それが大会前に独立して山下商事を作った。誰が考えたって乃木会長の派閥だろ。多分、山下さんも優勝したら乃木会長を会長に指名するはずだ。それなら無駄に戦う必要はない。より勝率の高い方を残してもう片方は棄権するのが普通だ」
「どっちも強えが、怪我を考えたら残るのは初見さんか」
王馬は満身創痍。加納さんと黒木さんも骨折。初見さんもユリウスと戦っていたら流石に無傷とはいかなかっただろうが、速水会長のやらかしのせいで仕合自体がなくなった。二回戦の様子から見ても調子は絶好調のはず。初見さんと王馬をどちらを残すか迫られたら、俺が雇用主の立場でも初見さんを残す。
「ねえ、今更だけど社長は派閥とか入ってないの?」
アイの質問。派閥に関しては正直俺も詳しい事はわかっていない。
「特に入ってねえよ。お前らの仕事を考えたら特定の派閥に入るのはリスキーだしな。もしかしたら日向の事で片原会長派閥と思われてかもしれないが、今回の件で事情を知らねえ所からは速水派閥に入った、って認識かもな」
「ふーん。問題ありそう?」
「どうだろうな。速水が会長にでもなれば良くも悪くも変わらなかっただろうが、今回はどうなるかなんて俺にはわかんねえよ」
「幸いにも貴方達は変なスキャンダルとかもないし、当分は変わらないとは思うわよ」
「じゃあ、結婚とか子供できたの隠してたらやばかったかな」
「そりゃあそうだろ。お前当時一六だからな? 法律上は合法でも色々問題あんだよ」
「へー。あれ? でもその割には当時もあんまりニュースにならなかったような」
私たちそこそこ有名だったよね、とアイがこちらに同意を求めてくる。引退後も頑張っていた甲斐もあって人気はあったが、当時のB小町の人気はすごかった。本来ならニュースになる話題なのだろう。
「そこはどんな美談を立てても炎上するのが目に見えてたからな。テレビ等じゃ報道しないように、マスコミ各社に交渉して仕合に持っていったんだよ。そこまで行けば、後は日向が勝つだけだからな」
アクアが何やってんだと呆れた視線で俺の方を見てきたので、ピースを返しておく。おそらく年間仕合数はあの時期が一番多かった。
「仕合ってそんなことも賭けられるの?」
「ビジネスの場において揉めた時の決定手段だからな。賭けの対象なんて何でもありだよ。聞いた話じゃ、レアなワインを掛けて戦うこともあったみたいだ」
ワインも希少価値でかなりの高値が付き、それこそ特定の年代のロマネコンティなどはオークションで億にも届いたことがある聞いたことがある。もはや趣味の世界なので、欲しい人はいくら出しても欲しいと言ったところか。
辿り着く前に、会場が盛り上がり始めた。
「王馬さん出てきたよ!」
最初に気づいたのはルビーだった。各所に取り付けられているモニターを見ていると、王馬が入場してきているところだった。
山下さんと王馬の間で、山下さんと乃木会長との間でどのような話があったかなどはわからない。けれど出てきたということは、決勝に進む闘技者は仕合で決めることになったに違いない。
会場に着く頃には、初見さんも入場していた。全員がまとめて座れそうな席がないので、少し離れたところからではあるが、立って観戦することにした。
仕合が始まれば、序盤から王馬が全開で攻め始めた。初見さんはやはり阿古屋戦の時と同様絶好調のようで、同じように回避距離を極限まで短くしていく。王馬の攻撃はほとんど当たってさえいない。
「相変わらずえげつねえな」
あんな回避方法ができるのは、おそらく初見さんだけ。とはいえ、初見さんの打撃も弱いわけではないが、王馬の操流のレベルは高い以上有効打はない。勝ち筋としては、崩してからの叢雲三連で顔面の急所を撃ち抜くか、阿古屋戦で使ったかのように合気で地面に叩きつけるかだろう。
仕合が動く。
水燕の不規則な打撃を完全に見切った上で、王馬の肘を取った。そのまま地面に叩けば関節破壊、逃げようとすれば無防備な場所を狙われる。顔面に限れば不壊もほとんど効果がないため、王馬もあえて打たせないように今の状態をキープしているように見えた。
初見さんが体重をかけて関節を折りにかかる。
無理やり柳で拘束を外すも、腕はあらぬ方向へと曲がっていた。それを王馬は何食わぬ顔で元に戻し、軽く腕を振って状態を確かめた。
操流・水天ノ型、骨喰。
関節を緩めて可動域を広げ、操流で無理やり力を加えて元に戻す技。坂東のような超軟体体質とは違って関節や筋肉には負荷が当然かかるから、本来多用できる技でもない。ただ、関節技が効かないというハッタリにはもってこいだ。ただ、以前俺も似たシチュエーションに持ち込まれた事がある。あの時に骨喰を使わなかった以上、初見さんの中ではノーリスクの技、という考えはないだろう。
双方決め手に欠けるまま、仕合は淡々と進んでいく。どちらも一筋縄ではいがない相手、ここぞと言う隙を窺っている。
仕合が動いたのはそれからすぐのことだった。
あれだけ限界スレスレの回避をしていた初見さんに、王馬の打撃が当たり始める。
「なんで急に当たり出したの?」
「俺と同じで瞬間的に憑神を使ってんだよ。速度だけじゃなくて間も変わるから、あの避け方が逆に仇になってんだ」
「そうなんだ。だからちょっと速くなったように見えるんだね」
俺よりもあれだけ多くの憑神を使ってきたのだから、憑神の使い手としては間違いなく俺より上だ。俺と違って零か百かではなく、解放率も調整できているように見える。引き締める金剛ノ型との相性は最悪のはずだが、出力を抑えればそのデメリットも無くなるようだ。完全解放させるよりも、あの方が二虎流の奥義と呼ぶに相応しい。
「今更だけど見えてんのか、すげえな」
「何となくだけどね。毎回じゃないけどここ来る前もケイの仕合見てたし」
「それでも見えない人は見えないと思うぜ」
速度の差がわかるだけでも十二分。ここにいる観客の何人が見えてるかなんてわからないが、闘技者以外でちゃんと見れている人は一握りだろう。現に視線でどうかを尋ねてみれば、社長もミヤコさんも、ルビーもアクアもよくわかっていないようだった。
王馬が押し始めた。関林さんや雷庵のような、自分よりも体格の優れた相手に使うよりも、コスモや初見さんのように自身よりも小柄な相手に使った方が有効的。ある意味正しい憑神の使用方法とでもいうのか、十全に効果を発揮させている。初見さんもかなり速いが、それを上回る速さだ。
ここぞという時に出力を最大まで引き上げた王馬が初見さんの虚を突き、ハイキックからの勢いを利用した不知火に繋ぐ。それが決め手となり、決勝に駒を進めたのは王馬となった。
「次の仕合、もっと前で見ても良いか?」
次の仕合は加納さん対黒木さん。より近くで見ておきたかった。
「良いよー。みんなはどうする?」
「せっかくだから皆で行こうぜ。座れそうな所見つけたんだ」
少し距離はあるが、自分の仕合から時間が経った事で足の安定感も戻ってきた。歩くだけなら問題はない。
選んだ席は実況解説席の後ろ。いつの間にか解説役になっていたジェリーさんの解説も聞いていて面白いし、仕合場にも近いし良い席だ。
鞘香嬢を見つけたルビーは先んじて駆け足で行っており、解説席に座りながら談笑をしている。簡単に挨拶を済ませ、俺たちは腰を下ろした。
「アクア君もこっちに座る?」
「遠慮しておきます。俺は格闘技詳しくないですし」
「大丈夫だよー。ルビーちゃんもいるし座っちゃいなよ」
会長譲りの器量の大きさ、何でもこなせる能力の高さは拳願会でも指折り。容姿も良くて社交性も高いから、好意を寄せている男性は多いはずだ。アクアの今の状況を羨む者は多いだろう。鞘香嬢からすれば、従兄弟に接するようなものだろうが。
「お兄ちゃん照れてるんだよ」
「照れてねえよ」
「じゃあ座れば良いじゃん」
何か言いたそうだったがぐっと飲み込み、アクアは鞘香嬢とジェリーさんとの間に座ることになった。ジェリーさんがサムズアップしているが、アクアはどこか居心地が悪そうだ。少し照れが入っていそうなのも、少しメンタル面に余裕ができた証だろう。このような一面が見れて安心した。
決勝戦まで行うため勝ち残った闘技者の仕合間隔は、二回戦までの比ではない。ただでさえ過密なスケジュールがより一層過酷になっているのが最終日だ。早くも準決勝二回戦が始まろうとしていた。
鞘香嬢はマイクをオンにすると同時に仕事モードに切り替え、黒木さんと加納さんの入場を促す。
『準決勝第二回戦。「超人」理人を、「虐殺者」ムテバ・ギゼンガを、そして「猛虎」若槻武士を破った黒木選手。決して無傷とはいきませんが、疲労を感じせない堂々の入場です!! そして相手はこの男! 「タイの闘神」ガオラン・ウォンサワット、「天拳」日向桂とそれぞれ激戦を繰り広げ勝ち残った拳願仕合の帝王、加納選手も入場です!!』
双方の覇気がこちらまで伝わってくる。
準決勝の一回戦以上に会場の熱気も上がり、最高潮に達していた。
黒木さんは若槻さんの打撃を受けて左腕は使えないはず。加納さんも俺との戦いで右腕を失っており、どちらも片腕が存分に使えない状況だ。強いて言えば利き腕が使えない加納さんが不利なようにも思えるが、どうなるかは直にわかる。
構えはどちらも片腕が下がった状態。
仕合が始まれば、俺と加納さんの仕合のように読み合いが始まる。息が詰まるかのような時間が終わり、先に加納さんが動いた。
初めは武。やはり右手は使わず、隙の大きい足技も封じて左手でガオランのフラッシュを思わせるような鋭いジャブ。黒木さんは初手から自身の異名にもなっている魔槍を使う。
どちらも先読みの結果、当たらない。
黒木さんも左手を使わないことで、両手を使う時と比べて隙が生じるため、次第に足技を使うようになった。次第に加納さんの攻撃が当たり始めるも、黒木さんは加納さんの重いローキックを、何食わぬ顔で受けながらカウンターを狙う。加納さんが流れるようにそれを躱し、右肘を使う。
俺との戦いで一時的に肘は外れたが、それも仕合中に無理やり打撃を受けてはめ直す荒業をやってのけた。手首は使えないが肘は使える。開始時の構えは、多少なりとも意識を逸らすための作戦だったのだろう。
だが、読まれている。確かに武と無形の切り替えによって煩雑になった攻撃に対しても、黒木さんは耐えている。ダメージが溜まっている素振りさえ見られないのは、間違いなく当たる箇所を選んでいるからだろう。だがそれでも加納さんの打撃。耐えられるのは黒木さんがどれだけ鍛え込んでいるかがわかる。止まらない連続攻撃も、単純にして究極の型とも言われる空手の受けの型、三戦でしのぎ切る。
加納さんの攻めが、突如として終わる。武と無形を完全に見切ったのか、魔槍が遂に突き刺さった。刺さった場所は太腿、加納さんの機動力が下がる。左肘のかち上げを何とか上体を逸らして躱したところで、三日月蹴りのクリーンヒット。たった二撃でこの仕合で受けたダメージは加納さんの方が多くなった。
部位鍛錬の賜物とも言える黒木さんの魔槍、間違いなく強力な武器であるが、黒木さんはそれだけではない。先ほどの三戦もそうであるが、一つ一つの練度が桁外れだ。使うべき時に使うべき技を使う。言葉にすれば簡単な武の極地だが、それを実現できる技量はどれほどの鍛錬を積めばできるのだろうか。
戦っている間には気づけなかった、武と無形のほんの僅かな切り替わりのタイミング。黒木さんはそこを狙い澄ましたかのように撃ち抜いている。故に響く。
それでもそのまま負ける加納さんではない。再度受けた魔槍の際に親指以外をへし折る。これで左右の槍は封じたはず。まだどうなるかはわからない。
あれは、抱骨か?
指を折られながらも、黒木さんは拳を作り出し、痛みなど感じぬかのように加納さんを打つ。加納さんも負けじと応戦するが、ここに来て利き手の有無が響いてきた。肘は使えても打撃等が使用できない加納さん。指は折られても打撃に影響がない黒木さん。さらには左腕も折れているはずだが、黒木さんは表情を変えずに攻撃に混ぜてきた。掌底、鉤突き、膝げり、弧拳、そして正拳突き。
この仕合は双方が万全の状態で見てみたかった。きっとより最高の仕合になっただろうと、どうしてもそう思ってしまう。
遂に、滅堂の牙の不敗神話が崩れ去る。
「勝者、黒木玄斎ッ!!!」