一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
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「はあ〜、暇だわ」
私は事務所の休憩スペースで自堕落にソファに崩れながら、誰も聞いていないと思って愚痴をこぼした。最近、仕事がない。……嘘をついた。もうずっと、仕事らしい仕事がない。それなら家にいても良いのだけれど、設備的にもこっちにいた方が良かった。
これでもかつては、十秒で泣ける天才子役として引くて数多だった。自慢じゃないけど人気もすごくて、私と同年代の女の子達は私と同じ髪型にするなんてざらにあったし、同世代の男の子からのラブレターという名のファンレターだって多く貰った。現場も、売れっ子には下手に出る。そこに年齢なんて関係なくて、だからこそ、私は天狗になった。そして干された。
五反田監督に以前釘を刺された事があったけど、今ならあの言葉がどれだけ私を思ってくれた言葉だったかわかるし、もし過去に戻れるならあの時の自分をぶん殴ってやりたい。
「馬鹿らしい。何考えてるんだか」
かつていた子役事務所も、歳を重ねるにつれて居場所がなくなった。埋もれていく。仕事がない。演技ができない。焦った私は、オーディションに片っ端から応募しては落ちていくことを繰り返していた。
そんな時、あるオーディションでアイさんに会った。今や飛ぶ鳥落とす勢いの大人気女優。アイドル上がりで演技なんてって思っていたけど、初めて見た時の彼女の演技はすごかった。私とは違う演じ方だけれど、才能の差を小さい時ながらに感じたものだ。特に何もないけれど個人的にはちょっと気まずい相手、ただアイさんはグイグイと話しかけてきて、気づいたら色々な事を話してしまった。家族もギスギスしていて、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
私と同じだね。
その一言が忘れられなかった。同情だったら要らぬ世話と投げ捨てたけど、あの時の顔も声も、アイさんの本心だったと思う。
それなら苺プロ来ちゃえば?
今日の晩ご飯はこれにしよう、くらいの勢いで提案したかと思えば、私は即日苺プロに連れて行かれ、いや、あれは拉致に近かったと思う。拉致されて社長の前に連れて行かれた。あの時の社長の顔は今でも覚えてる。鳩が豆鉄砲を食ったようというのが、これほど当てはまった顔は私は見た事がない。売れっ子でも一女優の突拍子もない提案。通るはずもない。
苺プロといえばとんとん拍子で名を上げていき、今では業界で知らない人などいないほどの規模になった会社だ。ちょっと胡散臭い顔をしているけれど、きっと敏腕社長なんだろう。その人から見ても、私はきっと旬の過ぎた女優。抱えるメリットがないはずだ。社長は大きなため息をついた。ほら、やっぱり。
けれど、私の考えに反してとんとん拍子で私の移籍は決まった。元の事務所からすれば、邪魔な奴が良い口実を付けて放出できた、とでも思っていたのだろう。苺プロの考えが、私にはわからなかった。
移籍すれば仕事がもらえる、なんて甘いことはない。私はしばらく社長からアイさんに付いて、兎に角見るように、と言われた。
アイさんの演技を見て思ったのは、嘘の上手さ。青色を赤色だと信じ込ませる、と言えば良いのか、基礎的なところはしっかりしているからそこだとは思うけど、見る側にそう信じ込ませる不思議な力があった。役者も、アイさんの演技に呑まれる。主役として扱うには良いけれど、脇役だと、よほどの主役じゃないと食ってしまう演技。そういえば、最初に共演した時も脇役だったのに一番話題になったのはアイさんだった。
演じ方は違うけれど、私も売れ始めた頃は人目を惹きつける演技ができていた。
なんとなく、社長の言う事と違う気がする。
演技じゃないとすれば、なんだろうか。私生活、に関しては惚気話しか話してくれないからお腹いっぱいにすぐになった。これも違う。
周りの人の演技。演技が上手な人、下手な人。そもそものレベルが論じるところまで来ていない人。色々な演技を一歩引いて見て、私ならこの役をこう演じると考えてみる。見ているともどかしい。なんで簡単なことさえもできないの、なんて考えて途端に冷めてやめた。結局これじゃ今までと変わらない。生き残るためにはもっと何か変化がないと。考えて考えて、周りを立ててあげれば良いんだと思った。要は役幅を広げる。
まだ仕事がないから、実践はできていない。
「あ、かなちゃん先輩だ。何してるの?」
私に声をかけてきたのは、あの星野アクアの妹の星野ルビー。アイさんの娘というだけあって、女の私から見ても可愛い顔をしている。しばらく休みを取って見ないと思っていたけど、帰ってきてたのね。
「仕事もないし、昔の自分のバカさ加減を思い出して感傷に浸ってんのよ」
「ふーん。難しいこと考えてるんだね」
「喧嘩売ってんの?」
失礼なことを言ってくれる。先輩なんて呼んでいるけど、敬意の欠片も感じない。
「ねえ、それより先輩暇でしょ? 一緒にしよ!」
「人の話聞きなさいよ。……で、何を一緒にするって?」
「運動! 体重計久しぶりに乗ったらビックリしちゃってさー」
「そう言われると、確かにちょっと丸くなった気がするわね。どうせ旅先で食べ過ぎたんでしょ」
「そうなんだよー。ついつい美味しくて色々と食べ過ぎちゃったんだよね。だから運動して戻そうと思って。一人でやるのもつまらないから一緒にやろ?」
この後もここで勉強でもしてるつもりだったから、気分転換には良いかもしれない。
「良いわ。どうせ暇だし軽く運動しましょ」
ちょっと自重気味に言ってしまう。でも、暇なのは本当の事だもの。
苺プロに移籍して思ったのは、福利厚生が良い事。こうして休憩室に来ればのんびりと出来るし、ちょっとした飲み物ならフリーで飲める。もうちょっと紅茶とかハーブティーのバリエーションがあればなお良い。役作りとか、体型維持のためか運動できるスペースもある。ヨガとかちょっぴり興味もあるし。
着替えて部屋へと向かえば、すでに用意されていたのかプロジェクターもついていて、今すぐにでも始められそうだ。それにしてもバーとかプレートとかあるんだけど、え、あれ使うの?
「なんだ、ルビーだけじゃなくてかな嬢も来たのか。準備するから二人で軽くウォームアップでもしといてくれ」
準備をしてくれていたのはここの警備部のトップ。現場でも一度だけ見たことはあるけど、アイさんの旦那とは思わなかった。勝手に線が細い中性的な人が好みなんじゃないかと思っていたから、意外だ。アクアも将来的には似てくるのかな。
左手は怪我にしてるみたいだけど、あのゴツさはおかしい。何から警備する前提なの?
「ねえ、運動って言ったけど何やるの?」
「私が痩せたいって言ったら、良いの用意してやるって言ってたけど何かは知らないよ」
「せめて何するか分かってから誘いなさいよ」
いくつかプログラムがあって特に大人がやっているのは知ってたけど、嫌な予感しかしない。明日動けるかな。
同じようなセットが私のところにも揃えられてしまった。
「とりあえず軽いやつを持ってきたけど、ルビーもかな嬢も一通り持ってみて重さを確認してくれ。バーだけでも重かったら、適当な棒でも持ってくる」
「重さはどれくらいのなんですか?」
「バーだけなら二.六キロとかだったかな。両手で持てば大丈夫だとは思うが」
そんな重いもの持った事がない。試しに持ってみたら以外と持てたけれど、しばらくすると手がプルプル震えてきた。無理。こんなの持って運動なんて絶対無理。隣を見てみれば、ルビーは早々に手放している。
「まだ重かったか。ならこっちのプレートはどうだ? 五〇〇グラムくらいだから、ペットボトル持つようなもんだろ?」
持ち手もあったから、これならまだ持てるし動かせる。
「これならいけそうです」
「じゃあそれでやってみるか。怪我したら意味ねえからな、やばいって思ったらプレート置いて良いぞ」
真っ当なこと言ってるけど、怪我と聞いて、私は思わず左手を見てしまった。包帯でぐるぐる巻きにされていて、何をしたんだろう。
「これか? これはまあ、気にすんな。大した事ねえよ」
「そんな事言ってるとまたアクアに怒られるよ」
「大丈夫だろ。ちゃんと言われた通り動かしてもいねえよ」
本当に何があった。なんでアクアが出てくるのもよくわからないし、色々聞きたいけれど、私は何とか飲み込んだ。そもそもそんなに話した事もないし、家族の話題はちょっと気まずいのよね。
「駄弁ってても仕方ねえ。とりあえず始めるか」
そう言ってちゃんとやる内容を事前に教えてくれる。
部屋が暗くなり、プロジェクターから投影されたインストラクター思われる女性が現れて、三〇分程度の運動が始まった。
「……きっつ、しんど……」
何これ。こんなにしんどいの? やったことは筋トレだけど、テンポ良く動かすせいで息が上がるし、全身を使ったから体全部が疲れている。もう動きたくない。少しひんやりした床が気持ちいと思ってしまった。ルビーの方をみれば、同じように力尽きてる。というか干からびてるように見える。
「二本目は無理そうだな」
見て分かれ! という元気もない。
そのまま床でグダっていると、自販機で買った飲み物を買ってきてくれたのか側に置いてくれる。つい一気飲みをしてしまう。だいぶ楽になった。
「最後までやり切ってガッツあるじゃねえか。流石だな」
「ちゃんと体力作りはしてますから」
「なら努力の結果だな。ルビーに無理やり連れてこられたんだろ? わがままにも付き合ってくれてありがとよ」
ありがとうなんて言われたいつぶりだろう。悪い気はしない。
「ルビーは生きてるか? 風邪引く前に汗拭くかシャワー浴びてこいよ」
「は〜い」
だらけた返事。仕方ない。放っておいたらそのまま寝てそうだ。
「ほら起きなさい。連れて行ってあげるから行くわよ」
半ば引きずるように連れて行き、汗を流す。そこまで来れば復活したのか、ルビーは髪を乾かしながら話しかけてくる。今更だけど、この髪色は父親譲りなのね。
「先輩はさ、このあとどうするの?」
「疲れたから帰ってご飯食べて寝るわよ。……買い物しないとか」
「それなら家来る? 今日はアクアが作るんだって」
邪魔するのも、と思ったけどその言葉を聞いてぐらついてしまう。
「アクアが? あいつ料理とかするのね……。お邪魔じゃなければ行こうかしら」
どんな料理を作るのか気になる。
いざ自宅へ行ってみたら、まさかの一軒家。しかも高級住宅街。やっぱり稼いでるのね。
門扉もしっかりしてるし、玄関も広かった。
「たっだいまー。アクア、お腹すいたー」
「先に手洗ってこいよ。それに今作ってるから待ってろ」
リビングからあいつの声がする。まずは手を洗ってから、顔を拝むとしよう。
「お、お邪魔します」
「有馬? 何で?」
「何よ、来ちゃ悪かったかしら」
「別に。来るって聞いてなかったから驚いただけだ。夕飯食っていくのか? 悪いけど今日は期待するような物出てこないぞ」
「そんなに気使わないで良いわよ。あんたがどんな料理作るのか気になっただけ……って随分ヘルシーなの作るのね」
随分とサラダが多い。お肉もささみかな。
「これはルビーのためのダイエット食だ」
「……シスコンが」
そういえば、アイさんもいない。
「ねえ、アイさんは?」
「ミヤコさんの所に寄ってから帰ってくるって言ってたから、たぶん遅くなる」
「ふ〜ん。何か手伝う?」
「気を使わなくて良いぞ。一応は客人なんだから寛いでてくれ」
アクアは割と手慣れた手つきで、淡々と盛り付けて並べていく。今の時代男も料理ができて当たり前とか言われるけど、これはポイント高い。顔も良いし、シスコンなのが傷だけど……。
三人座って食べ始める。思っていたよりおいしくて、野菜メインだけど量がそこそこあるから、お腹にも溜まる。満足感は得られた。
食後に紅茶も出してもらう。シュガーポットも一緒に出してくれて気が効いている。
「ねえ、あんた他にもこうして誰かを呼んでもてなしたりしてるの? 随分手慣れてる気がするんだけど」
「お兄ちゃん、友達少ないから誰か連れてきた事ないよ。誰かに作ったのって初めてじゃない?」
「わざわざ呼ばないだけだ。それにご飯だって来るって聞いてたらもう少し豪華にしたよ」
「へぇ〜、そうなの」
私のために? そう思うと悪くない。
その後もたわいない話をしながら時間を過ごす。何だか久しぶりに誰かと話しながら夕食を食べた気がして、正直楽しかった。
数話幕間を書いて、5章の対抗戦に入ります。