一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
ハワイ旅行一日目の夜は、母さんの誕生日という事もあって盛大に祝う事にした。ホテル内にあるレストランだけど、この辺りじゃかなり有名なレストラン。テラス席もあって、もう少し早く来ていれば夕日を眺めながら食事ができたかもしれない。ただパッと見た感じ光源は少ないから、日が落ちたら少し暗く感じるかもしれないのと、夜は冷えてくる季節だから室内の方が良かった。何よりクリスマスと言うこともあり、店内には巨大なツリーも飾られている。
食事は最高級アンガス牛のステーキをメインに、地元の食材を使ったコース料理。いくらでも脂っこい物が食べられる若い胃袋に感謝しつつも、ワインを合わせたいと思ってしまった。今飲んでもきっと美味しくは感じないのだろうが、前世の記憶からどうしても欲してしまう。
事前に伝えていたのだろう、バースデーケーキも出てきてかなり満腹感がある。まだ平然と食べれそうなのは父さんくらいだ。昼からちょくちょく摘んでいたはずだが、闘技者の胃袋は常識外れだと思わずにはいられない。
ホテルの部屋に戻ると、俺は少し夜風に当たりたくてバルコニーに出た。海は流石に真っ暗で、この高さだと波の音は聞こえない。ただ街明かりはこのホテルの後ろにあるから、綺麗な夜空が見えた。
窓が開く音がしたので振り返ると、母さんが出てきた。
「アクアもコーヒー飲む?」
「ありがとう。貰うよ」
スイートともなるとコーヒーマシン一つとっても高価で、挽き立てには勝てないけど十分美味しい。
「ここも星が綺麗に見えるね」
「マウナケア山頂とか行くともっと綺麗に見えるらしいよ」
標高四〇〇〇メートルを超える山だ、富士山よりも高いと思えば、それだけ空に近くて空気も澄んでるから星も綺麗に見えるだろう。来る前に調べたけど星空と朝日を見るツアーもあった。今回は年齢制限や場所の関係で申し込んでないけど、もし一六歳を過ぎた時に来ることがあれば行っても良いかもしれない。
「そうなんだ。アクアも星は好き?」
「好きだよ。有名な星しかわからないけど、見てるのは落ち着く」
「一緒だね。私も好きだけど星の名前覚えてないんだー」
それはそんな気がしてた。
「良いんじゃない? 好きだから詳しくないといけない、なんてないだろうし」
「良いこと言うね。今度からそれ使おうかな」
それには返事をせず、コーヒーに口をつけた。先ほどよりも少し冷めていて飲みやすくなっている。
しばらく二人でのんびり星を見ていた。
ルビーたちは帰ってくる気配がない。お腹いっぱいだから探検ついでに歩くと言ってそれっきり。父さんがついてるから心配はないけど、明日は明日で足が痛いとか言い出さないかは心配だ。
「アクアはお医者さん目指すって言ってたけど、中学校はルビーと一緒で良かったの?」
「問題ないよ。付属中学に行ってもそのまま医者になれるわけでもないし、勉強なら一人でできる」
大学からは医学部に入るが、それまではせっかくだから役者としても本気で取り組むつもりだ。真面目に役者一本で取り組んでる奴ら、それこそ有馬あたりに聞かれたら怒られるんだろう。優柔不断……いや、これは欲張りなのが誰かから移ったに違いない。
「そっか。そんなにルビーが心配なんだね」
「は? 今の話からなんでそうなんの?」
「今日だってお兄ちゃんしてたし、まだまだ心配なんだろうなーって」
「そんなことない。単に家から近くて通うのが楽だし、そんなに校則も厳しくないからそのまま進学した方が役者としての時間も取りやすいだけだ」
「ふふ、ダメだよアクア。嘘ついても私にはわかっちゃうんだから。嘘は私の専売特許だよ」
母さんはよく自分を嘘つきだと言う。嘘をついてアイドルとして有名になって、今も嘘をつきながらタレントとして活動してると。
「別に嘘をつくなって言いたいわけじゃないの。でもずっと嘘ついてると、どれがほんとかわからなくなっちゃうから、たまには本音を言おうねってだけ。それに、アクアには感謝してるんだよ? 私もケイも小さい時からちゃんと親の愛情をもらってこなかったから、何が親として正解かなんてわからなくてね。ルビーもそうだけど、アクアは特に物分かりが良かったから逆に私たちが助けてもらった気がするし」
今の俺の祖父母はどちらも直接血のつながりはない。別に不自由もしてないからついつい忘れてしまう。
「そんなことない。母さんからも父さんからも愛情貰ってるのはわかるし、俺にとっては自慢の両親だよ。……もちろんルビーにとってもだろうけど」
前世の知識がある分、減点方式でみたら引っかかるところはある。でもそれは、所詮はただの理想とされる形からの差であって、実際には正解なんてないんだと思う。当然DVとか明らかにアウトなものはダメだけど、正解の形は家族それぞれ。母も父もいて、妹もいて、仲が良い明るい家族なら俺にとってはそれが満点の家族だ。
「ありがと。そう言ってもらえると嬉しい。私たちにとっても、アクアもルビーも自慢の子供だよ」
母さんが微笑みながら俺の頭を優しく撫でてくれる。懐かしくて、温かい。今は二人しかいないから、たまには甘えても文句は言われないはずだ。
名残惜しかったが二人が返ってくる前に切り上げて、何事もなかったかのように夜をすごす。もしかしたら母さんは父さんに話しているかもしれないけど、ルビーにさえ知られなければ最悪なんとかなる。
翌朝、ルビーからは特に何も言われずにとりあえずの不安は去る。二日目も快晴で、今日はドライブがてら北の方にも行ってみる予定。俺たちのいるオアフ島は決して大きいわけではないから、休憩なしでいけば二時間もあれば回れる。色々な場所を見ても一日もかからない。
時計回りにワイキキから北の方にいけば行くほど、やはり観光客向けの店は少なくなっていき、露店のような店も増えてきた。良い匂いがしてみたので寄ってみれば、まさかの鶏の丸焼き。しかも安い。円換算すると一羽で千円より少し高いくらいで、観光客向けじゃない値段設定になっている。父さんは一人で平然と一羽食べていたけど、俺には半分で十分で、味付けは濃くて若者向けの味だった。
島だから海に囲われているのは当然で、北の方にも海がある。周囲には緑も多くて、都会的な感じはしない。こちらの海にはサーファーが多く、海流の影響か波が強めだ。確か世界的な大会があったはず。
さらに進めば西海岸にあるカイルアとライカニビーチに着く。海も澄んでるし、軽く触ってみたけど日本の海であるベタつく感じも少ない。マジで綺麗だな。冬でもこれだけ暖かいし、夏でも日本ほどの湿度はないからカラッとしているはず。住みたくなるっていうのも納得ができて、正直俺も住みたいと思った。
ドライブが終わればまったり過ごして、またビーチに出て側にあるカフェで景観を楽しみながらまったり過ごす。ここなら波の音も聞こえるし、穏やかな時間が流れているから人の話し声さえも良いBGMに聞こえる。社会人を経験したことがある人ならわかるだろう、この時間を無駄に使っているとも思えるまったりさがどれだけ贅沢なことか。日本人はどいつもこいつも働きすぎなんだよな。いや、だからこそライフラインとかがどの国よりも充実してるんだろうけど。
サンセットを眺めながら、どこからともなく流れ始めた音楽に身を任せる。普段は眩しいと思って目を逸らすが、今日はサングラス越しだから完全に海へと消えるまで見ていられた。
二日目が終われば、三日目は一日ショッピングに連れ回れる。今日の主役はルビーと母さんで、俺と父さんは完全に荷物もちだ。ハワイも例に漏れずアメリカの一部で、香水とかアロマキャンドルとかはかなり香が強く、そういう時に母さんは少し辛そうだった。
ハイブランドのアパレルは日本でも買えるので、為替の影響で少し安く買えるか買えないかと言ったところだが、旅行というテンションがいつも以上に財布の紐を緩めている。日本ではまず見なかった二人の爆買いに、俺と父さんの両手に色々な店舗の紙袋が増えていった。俺も買うかどうか言われて数着買ってしまった。多少背が伸びても切れるように大きめにしたが、将来の自分に期待だ。変わらずに嘆くくらいなら、即着れなくなって嘆きたい。
あと買うとすれば皆へのお土産だろうか。ルビーが話したせいで有馬にも個別で買っていかなきゃならんしな。あとは世話になっている監督にも買っていくか。
この日はなんていうか、精神的な疲労が多く溜まる日だった。ただそれでも二人の満足そうな顔を見れれば、そんな疲れも吹き飛ぶ。
四日目はホテルの朝食ではなく、近場にある有名なパンケーキ屋へといくことにした。開店前から並んでいて、早めに来て正解だった。
開店時間になると店の中に入れて、メニューを見る。パンケーキ以外にも色々メニューはあるが、せっかくだからメジャーなのにするか。
「決まったか?」
「私はこれにしようかな」
「私も!」
「俺も決まった」
日本みたいに店員に大きな声を出さないため、アイコンタクトとか、軽く手を上げて知らせないといけない。入国時にも思ったけど、父さんは英語を始めて半年も経っていないのに思っていた以上に話せて驚いた。まだ聞いてて文法とか間違ってるなとは思うこともあるけど、とりあえず話すってスタンスが大事なのかもしれない。
待っていれば隣の席からの視線をちらほらと感じる。席は少し離れているけど、俺が対角線上に座っているから一番気になるのだろう。横に座っているルビーは気づかず、ルビーの横に座る母さんも気づいてなさそうだ。父さんは気づいてる感じはあるけど、相手が俺と同世代くらいの子供だから気にしている様子はない。自意識過剰かもしれないが、これでも芸能一家だ。母さんだけでなく、ルビーや俺もちょくちょくメディアに出ることはあるから、それもあるのだろう。向こうも日本人っぽいしな。どこかで見たこともある気はするが、どこだったか。
俺たちのメニューが運ばれてきたので、とりあえず気づかないフリをして食べ始める。うまいな、これ。
少し経てば向こうのテーブルにも運ばれてくる。おそらくは父親と思われる男性は、電話がかかってきて店の外へ出ていく。
例の子が自身の前に置かれた食事を見て、何かを言いたそうにして言い出せずにいる。何度か他のテーブルに行くためにウェイターさんが通るがダメなようだ。母親と会話をしているのが聞こえるが、どうやらメニューが違うらしい。引っ込み思案なのかわからないが、こういう時言い出せないと苦労しそうだな。
……ダメだ。放っておこうかとも思ったが、どうにもできそうにない。我ながらお人好しというか、お節介というか。
「Hey, it seems like she was given the wrong food. Could you check her order?」
「Oh, I’m sorry for that. As I'll change it to new one, could you tell me your order again?」
ついやってしまった。驚いたように見ている。それはそうだろうが、ここまできたらもうやるしかない。メニューが改めて渡されたので、彼女に見せる。
「メニュー違ったんだろ。何が欲しかったの?」
「え? でも……」
「良いから」
「えっと、じゃあ……これで」
「わかった。She’ll go for Special Acai Bowl」
「Sure」
「ありがとうございます」
「好きでやったことだから気にしないで良いよ」
向こうの親からもお礼を言われるが、三者三様の視線が、特に母さんと父さんからの暖かい視線が恥ずかしい。
「お兄ちゃんも英語喋れたんだね」
「そりゃあ話せるだろ。授業でもやってんだし」
意外なものを見たと言わんばかりのルビーが救いだ。でも小学校で習ってんだから、これくらいは話せておかしくないからな。
普段よりも早いペースで平らげて、ルビーが食べ終わるのを待って店を後にする。
そういえばなんで見ていたか聞かなかったが、もう会うこともないだろうと思えばどうでも良くなる。
そう思っていたが、ここはハワイ。日本人ということもあり、意外と行動範囲は似ていたのかもしれない。
昼間にホテルの散歩していた時に、敷地内でばったり会ってしまう。まさか同じホテルに泊まっていたとは。
「あの、今朝はありがとう。自分でも治そうって思ってるんだけど、どうしてもああいう時に言い出せなくて」
「そんなにお礼を言われることはしてないよ」
「ううん。本当に嬉しかった」
「そっか。余計なお節介じゃなくて良かったよ」
会話が途切れる。ルビーみたいに誰とでもすぐに仲良くなれるわけじゃないから、何を話して良いのかわからん。
気まずくて、俺はつい行く当てのない会話を続けてしまった。
「ハワイはよく来るのか?」
「たまにね。年末年始は毎年海外とかに来るんだけど、ハワイはこれで三、四回目かな。アクア君は?」
一対一だと話せるタイプか。まあ歳も近いし話しやすいのかもしれない。
「俺は初めて……って今、俺の名前」
「星野アクア君、だよね。初めて見た時に本物だーって思ったんだけど、プライベート中に話しかけるのも失礼かと思って」
星野アクア。ルビーと双子として売り出すために母さんの旧姓を使った芸名だ。
「そういうことか。通りで視線を何度も感じたわけだ」
「ごめんね」
「謝ることじゃない。で、君は?」
「黒川あかね。私もね、一応は役者なんだよ」
「そうなのか?」
「うん。劇団ララライに所属しててね。基本は舞台なんだけど、テレビの方もちょこっとだけ」
黒川あかね。記憶を辿ってみるがヒットしない。共演もしたことはなかったはずだ。
「悪い。知らなかった」
片方だけ知っている時も居心地悪くなる。
「知らなくて当然だよ。ほんとにちょっとだけだし、基本はオーディションで落ちちゃうから」
「そうか。嫌じゃなければ教えて欲しいんだが、黒川は何で俺を見てたんだ? 母さ……アイだっていたし、ルビーもいた。有名度で言ったら俺なんかよりもアイの方が上だろ?」
「それは、そうなんだけどね。……その、ずっと前にアクア君が出てた映画が印象的でね、一度役者として話してみたかったの」
「その映画って『それが始まり』?」
「そう! あの時のアクア君の演技の不気味さがねーーー」
ルビーが合流するまで、そのまましばらく黒川の話は続いた。けれどルビーが来て鎮火することはなく、気づいたらさらにヒートアップして俺は勢いに飲まれて連絡先を交換することになった。