一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
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最初はゆっくりと、徐々に早く。それでも全力は程遠い軽い運動で汗を流す。
「煉獄が、ねえ。向こうのトップも随分と貪欲だな」
拳願絶命トーナメントから二年。二年も経てば色々とある。ハワイやタヒチへ旅行へ行ったり、アクアとルビーが中学生になったり。なんなら今年はもう二年生で、来年には受験が控えている。特にアクアは中学に入ってぐんと背が伸びて、すでに一七五センチくらいはある。一気に伸びて完全に負けたルビーは悔しそうだったし、ほぼ頭一つ分の差ができたアイも嬉しそうだった。
会長が代わり新体制になった拳願会も、乃木会長の下で改革が進められている。
大きく変わったのは闘技者に関してだろう。
闘技者を死なせた企業は、最長で一年間の仕合禁止。
採用に関しても、これまで企業と闘技者の間で行われていた間に山下商事が介入し、新たに企業が雇う事もできなくなった。仕合をするには既存の闘技者を使うか、山下商事に登録されているフリーの闘技者も使うことになる。連戦による消耗から死ぬリスクを限りなく減らし、多くの闘技者が仕合に出るチャンスを得られるようにした形だ。
「乃木会長に変わったのを良いことに、あちらさんが攻めてきたみたいです。今は合併のために仕合をする段取りをしてるみたいですぜ」
組み手を続けながら会話も続ける。この程度であれば息が切れることもない。
「爺ちゃんの時は長期政権で良くも悪くも地盤が固かったからな、今は反乃木派の勢いもあってまだ不安定なのを見越して来た感じか」
「でしょうね。そういえば、反御前筆頭だった速水前会長の件、聞いてますか?」
「引退したんだってな。んで後継者は若え息子らしいじゃねえか。よくやってるよ」
トーナメント後もしばらくは会長の座にいたが、ついに引退したらしい。その後はトーナメント時に会った義息子である速水輝が若くして会社の舵取りをしているようだ。
「一時的に下がった業績もまた回復してますからね。ただ、気をつけた方が良いかもしれません」
「この混乱時になんかやってくるんじゃねえかって?」
「あくまで可能性の範囲で、ですけどね。あの新しい会長も経歴だけは綺麗なもんですが、黒に近いグレーって感じでさあ」
「なんかやってんのか?」
「直接的には何も。ただかつて速水前会長がそうだったように、蟲とも通じている可能性があります」
「蟲ね。昔からある秘密結社って言われてもいまいちピンとこねえんだよな」
まるでフィクションのような話に実感が湧かない。
「規模も目的もわかりませんからね。構成員と思われる龍旼と蘭城は死んじまいましたし、後詳しく知ってそうなのは東洋電力の速水前会長ですが、簡単に口を割るとも思えまんしね」
その二人に関しては、願流島で拘留されている際に死んでしまった。毒殺のようで、元から服毒して定期的に解毒薬を飲む必要があったか、何者かに飲まされたか。昔の施設だったため監視カメラも無かったのが仇になった。
蟲も、構成員がいる以上組織は間違いなくある。爺ちゃんも恵利央さんも存在は認めているから、在るには在るのだろう。当時のトップはぶち殺したとは言っていたが、速水会長の件も示すように頭が変わっても組織はあり続ける。
「だろうなあ。後は俺と王馬にそっくりだっていう臥王龍鬼か」
「ええ。私は直接まだ見てませんが、この前屋敷に来ましてね。今は山下さんの所にいるみたいでさあ」
「二階堂が簡単に組み倒されたんだろ? 強えじゃねえか」
絶命トーナメントでは速水派閥にいた二階堂だが、天狼衆ごと爺ちゃんが雇ったらしい。今では護衛者「天狼隊」として頑張っている。この二年で何度か話してみて面白い奴だとわかったが、実力はトーナメント本戦に出てるだけの力は持っている。一対一よりも一対多、それも暗器込の方が本領のようだから、今のような立場の方が向いているだろう。
「明日その臥王さんが、早速ニュージェネレーションズ筆頭の打吹黒狼と戦うみたいですぜ」
トーナメント以降にデビューした闘技者の総称。黒狼はトーナメントにも出た室淵さんを倒しているから、ある意味見極めるには良い仕合。山下さんも良い仕合に当てるもんだ。
「そりゃあ見てみたかったな」
「私らは同日仕合がありますから。会う機会であれば今後もたくさんありますよ」
三朝と戦うわけではないのが残念だ。
「そういや、俺の対戦相手も元煉獄のB級闘士だって言ってたな」
煉獄はC級、B級、A級にランク分けされていて、A級は煉獄内での最上位層。B級はまだピンキリみたいだが、どうなるか楽しみだ。
「出入りは激しいみたいですからね。他の裏格闘技団体からもどんどん引き抜いてるみたいですよ、実際あのクソも煉獄に行った事ですし」
「弓ヶ浜か。せっかく牙にしてもらったってのに馬鹿だよな」
加納さんはトーナメント後に牙の座を退いた。これまで滅私奉納で爺ちゃんに尽くしてきたこともあり、今は自分探しの旅ではないが、自由に動いているみたいだ。別れの言葉を言う機会はなかったが、いつか会えるだろう。
加納さんの後釜として六代目牙の選考が行われて、当時平の護衛者だった弓ヶ浜ヒカルが大抜擢された。アイドルみたいな名前をしているが、ゴリゴリの筋肉質の男で、言っちゃ悪いが美形でもない。年齢不相応すぎて、え?年下?と言ってブチ切れさせたこともあった。
そんな牙となった弓ヶ浜だが、実力としちゃあ加納さんに遠く及ばない。成長性に期待して、と言った所だろうが、牙になって早々に煉獄へと移籍したようだ。
「あのカスに関しては、然るべき時に制裁しますよ」
飄々と言っているようで、力が入ってきている。当然だ。弓ヶ浜が出奔する時、三朝のかつての部下だった安長を殺している。今すぐ制裁に行かないだけでも温情だろう。
「まさかそのために八代目になったのか?」
弓ヶ浜の裏切りの後、次が見つかるまでの代打として七代目を鷹山さんが務めた。本人も長く続けるつもりはなかったようで、程なくして三朝へと代替わりした。
「それとは別ですよ。牙に関しちゃあ、今でも旦那がなってくれたら良かったのにって思ってますぜ」
「爺ちゃんには散々世話にもなったしな。ただあの時も言ったけど、加納さんに負けた状態で牙にはならねえよ」
何より俺は苺プロの闘技者だ。爺ちゃんにも散々世話になったが、それと同じくらいの社長にも世話になってる。仮に牙になるしても、社長にちゃんと筋通して、加納さんにリベンジしてからだ。
「まあ頑張れよ、八代目」
「私には荷が重いとは思いますが、任されたからにはやりますよ」
謙遜して言うが、徒手格闘のセンスは頭抜けている。小柄な体躯ながらにトリガーポイントを的確に打ち抜く正確性と、シラットによる肘の使い方が上手く、防御面はほぼ鉄壁。牙の名を背負うのに相応しいと思う。
三朝との調整が終われば、シャワーを借りて、爺ちゃんに挨拶をしてから帰る。会長の座を退いてからも名誉会長として相談役の立場にいるものの、会長は乃木さんの物になったから一応呼び方を変えた。色々考えたけど、親父よりも爺ちゃん呼びの方がしっくりきてそう呼んでいる。確かに父親ではあるのだが、どちらかと言えば社長の方が親父っぽい。
「勝負ありッ!!!」
臥王龍鬼と打吹黒狼との仕合会場とは別、こちらでも大勢の観客と闘技者が集まっていた。闘技者はレジェンド闘技者、所謂絶命トーナメント本戦出場者達が本日の二仕合を目当てに集まっていた。
初戦は日向桂と煉獄の元B級闘士。
仕合展開は終始一方的で、桂が相手に何もさせずに即KO勝ち。その力量差は会場の誰の目にも明らかだった。
「お疲れさん。さすがはレジェンド闘技者、圧倒的じゃねえか」
桂は壱護から渡されたタオルで汗を拭う。
「レジェンドなんて大層なもんじゃねえっすよ」
「謙遜すんなよ、おかげでウチも箔がついて助かってんだ」
レジェンド闘技者を抱える企業も、トーナメントを経てこの二年でその地位を盤石なものとした。もとより大企業の集まりではあったが、苺プロは企業としても規模だけで見れば他の加入企業の足元にも及ばない。だがその差や、トーナメント三回戦まで進んだことで他社から注目を集めることなった。所属タレント達のスキャンダル等で株価が乱高下するため上場には不向きなこともあり、未だ上場はしていないものの、その業績はさらに鰻登り。
「そりゃあ何よりですよ。仕合組んでくれたら全部勝つんで任せて下さい」
「大きく出たな。期待してるぜ」
トーナメント三回戦、加納アギトとの仕合。百勝を目前にした仕合で桂は初めての敗北を喫した。けれどそれが良い成長の糧となった。左手負傷のために一時的に仕合から離れていたものの、その年の冬から復帰。レジェンド闘技者同士の仕合がなかったことや、戦闘スタイルもかつて加納アギトを真似ての横綱相撲を止めたこともあり、全てに大勝していた。
一仕合目が早めに終わったことで、二仕合目が繰り上げられる。会場の整備が終わり次第開催されるようだ。
仕合が終わったことでシャツを着て、桂も仕合を楽しみに待つ。ちゃんと三朝の仕合を見るのはこれが初めてだった。
「あれ、もう終わっちゃったの?」
駆け足でアイが近づいてくる。急いでいたのか少し息が上がっている。
「お疲れ。さっき終わったところだよ」
「えー、見たかったのになあ。収録が予定よりもだいぶ伸びちゃってさ」
「仕事なら仕方ねえだろ。今度時間がある時に来れば良いさ」
毎回スケジュール通りに終わればそれに越したことはないが、撮影の仕事はズレてしまう事は決して珍しいことではない。天候にも左右され、監督が思った通りの絵が撮れなければ何回も撮り直すこともある。
「そうするね。あ、社長もいたんだ。お疲れ様ー」
「オマケみたいに言うんじゃねえよ。ちゃんと仕事して来たんだろうな」
「それは勿論。今日もバッチリ!」
毎年のように新しい役者がデビューしていく中でも、アイは看板女優の座を後輩に譲る事はなかった。
壱護としても後進を育てたい意思はある。苺プロも大手になり多くの卵が夢を見て入社してくるが、やはり売れるのは一握り。才能があることは大事だが、それだけで売れる事はない。勿論、才能があって順当に売れる役者もいれば、才能があってもちょっとした事で躓く役者、才能がないとされながらも、現場に好かれて売れる役者もいる。闘技者のように強ければ上にいける、という単純なものでもないのが芸能界の難しい所だ。
アナウンスが入り、闘技者が入場してくる。
「三朝さんやっぱり小柄だよね、猫背だし余計に小さく見えるのかも」
実際に三朝の身長は一七三センチとかなりの小兵の部類になるが、相手が大柄なこともあり余計にそう見えた。
「それ気にしてんだから本人の前で言うなよ」
「わかってるよ。……あれ、カノーさんの時みたいに牙コールもないんだね」
会場は盛り上がりを見せているものの、アイの言う通り観客が牙と連呼するコールは一切聞こえてこない。
「俺も知らなかったけど、実際滅堂の牙を襲名しても、牙って呼ばれてたのは加納さんとその前任の王森さんだけだったんだってよ。加納さんが強かったから、今でも牙=加納さんって考えてる人は多いんだろ」
「へえ〜。あれライブみたいで聞いてて面白かったのになあ」
「ライブ……まあ、盛り上がり方は似てる、のか?」
桂はコールそのものよりも、アギトのイメージが先行しすぎてうまく結びついていなかった。
仕合が始まれば、意識もそちらの方に行く。
相手も強いが、三朝は肘の使い方が抜群に上手い。小柄なこともあって被弾面積が小さいこともあるが、肘を的確に使うことで猛攻を全て捌いている。力や体格が強さを決めるものではないことをこれでもか言うほどに体現していた。
最初に防御に回るのは三朝の悪い癖ではあるが、そこで仕留めきれないのであれば相手に勝ち目はない。攻撃に転じ始めれば、防御に使っていた肘が猛威を振るう。トリガーポイントの打ち抜くことで、見た目以上のダメージが相手に与えられる。
対戦相手が崩れ落ちた。
終わってみれば差は歴然。滅堂の牙にふさわしい圧倒的な勝利だった。