一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「公式発表はまだですが、対抗戦は半年後、代表選手は十三人のままになりました」

 

 苺プロの応接室には珍しい客が来ていた。とは言っても鞘香嬢だが。綺麗な姿勢で座っていることからも、やはり育ちの良さが伺える。

 

 応接室はいくつかあるが、社長室からしか入れないここは特別で、聞かれたくない話をするために防音加工まで施されている。今ここにいるのは、社長と俺と鞘香嬢の三人だけ。

 

 今の内容は拳願会と煉獄の対抗戦に関して。勝った方が負けた方を吸収合併することで、組織を肥大化させることが目的だ。公式発表を控えているのは、負けたら拳願会が消滅するのもあるが、派閥の問題も大きいことが容易に想像できる。

 

「すでに乃木派の古海製薬からは若槻武士、八頭貿易からはガオラン・ウォンサワットが出場を快諾していただいていますので、残り一一枠となります」

「対戦ルールとしてはどうなるんだ? まさか総当たり戦とか言わねえよな? それなら悪いが苺プロは断らせてもらう」

 

 社長は厳しい声で言っていた。総当たり戦ともなれば一人一二仕合。仕合スパンがどれくらいになるかわからないが、トーナメントより過酷になるのは間違いない。

 

「まだ細かいルールは決まっていませんが、一人一仕合の勝ち星を競う単純なルールになります。仕合自体は私見ですが、煉獄ルールが採用されるかと」

「煉獄は……確かノックダウン制を採用しているんだったな」

「はい。煉獄の仕合にはルールが三つあり、一つ目は斉藤社長が仰られたノックダウン制。審判の宣言から一〇カウント以内に立ち上がらなければ決着となります。二つ目は場外、これは一部でもリング外に着いた時点で敗北になります。三つ目は不殺になります」

「そう聞くと、拳願仕合よりはだいぶマイルドだな」

 

 拳願仕合は武器以外何でもあり、武器も事前検査に引っ掛からなければお咎めなしだからな。トーナメントで英先生が自分の大腿骨使って剣作ってたし。

 

「とは言ってもそれ以外はなんでもありって事でしょうし、多分社長が考えてるよりは過激だとは思いますよ」

 

 殺さなければ良いのだから、金的、目潰しのような多くの表格闘技で禁止される技も使える。ノックダウンも審判のコールが始まる前であれば追撃も可能だろう。

 

「ケイさんの言う通りで、過激さと競技制のバランス調整にしたからこそ、煉獄が短期間で一大勢力になったと言われています」

 

 あとはファイトマネーの高さか。スポンサーが日本一の資産家である豊田さんだからその当たりも手厚く、ある程度のレベルがあれば表格闘技トップと同等か、それ以上の報酬が約束されているようだ。おそらくは弓ヶ浜もそれが目当てで煉獄に言ったのだろう。

 

「なるほど。一仕合で不殺ルールなら日向を出すことに問題はないが、派閥の事も考えないとまずいだろ」

「ありがとうございます。実は、そこが問題でして……。会長派閥を増やしすぎても反会長派閥からの反発は必至、逆に反会長派閥を増やしすぎてもそれだけ借りを作ることになるので、純粋に強い闘技者十三人と言うわけにはいかないのが実情です」

「だろうなあ……。その辺りのバランス調整ミスると後々の禍根になりかねないしな」

 

 すでに二枠が乃木派。あいつが対抗戦に出てくるかはわからないが、最低でも乃木派は四か五にはなるだろう。加納さんとも連絡がつけば、三朝と二人で爺ちゃんの派閥でニ。爺ちゃんはどちらかと言えば乃木派とも取れるだろうから、それだけで半数が乃木派。あまり良い偏りとは言えないのかもしれない。

 

 影響力を考えれば、落ちたと言っても東洋電力は無視できないはず。そこからも数名、トーナメントを機に新たに作られた反乃木派筆頭の岩美重工とガンダイの派閥からも数名、他の派閥からも、と考えると、素直に拳願会の上からトップ一三人を揃えるのは確かに無理だろう。

 

「派閥ってのも面倒だな」

 

 おそらく苺プロも立場としては微妙な所だろう。基本的には無派閥のはずだが、俺と爺ちゃんの関係を知っていればそっちの派閥だと、トーナメントの事を知っていれば東洋電力派閥と見る企業もいるはずだ。追々何かある可能性もあるが、十年以上も籍を置いている拳願会が消滅の危機なのだから力を貸さない選択肢はない。

 

 鞘香嬢はほっと一息ついた。

 

「そんなにメンバー選びに難航してんのか?」

「うん。それこそさっきの派閥の問題もあるし、そもそも連絡つかない闘技者も多いの。向こうは豊田出光のワンマンだから間違いなく最強の一三人を出してくるしね」

「連絡つかないって、加納さんも?」

「うん。アギトさんスマホ持たずに旅に出ちゃったから」

「何やってんだあの人……」

 

 普段使わねえにしても連絡するためにスマホくらい持っとけよ。

 

「そうなんだよね。だから今は氷室さんがアギトさん、黒木さん、ユリウスさんと初見さんを探してくれてるんだ」

「出るかどうかはおいといて、氷室なら見つけてくるだろ。……そういや氷室は対抗戦に出ねえのか?」

「氷室さんも候補だったんだけど、半年後にちょうど仕合があってね。同じ理由で金田さん、茂吉さんもダメなの」

「普通の拳願仕合もあるから、それとの兼ね合いもあんのか」

 

 俺の予定が気になって社長の方を見てみれば、仕合があったら断ってる、と返ってくる。トーナメントのように拳願仕合の延長として考えていたが、今回はそれとは違った。選考が難航するのも無理はない。通常の仕合も考えないといけないのであれば、基本的に仕合には出ていない人物の方が好ましいのかもしれない。

 

 ふと一人思い当たる人物がいて、メッセージを送ってみる。

 

「どうしたの?」

「もしかしたら代表になってくれるかもしれない奴に連絡してみたんだ、すぐに返事は来ると思うぞ」

 

 鞘香嬢とスマホの画面を覗き込んでいると、すぐに返事が来た。修行にでも没頭していない限り、返事は早い。

 

 すまない。理乃からも連絡があるとは思うが、まだ満足のいく雷心流を作れていない以上対抗戦には出られない。

 

「御雷さんもダメかー」

「悪いな。もしかしたらって思ったけどダメだったわ」

「ううん。聞いてくれてありがとう」

 

 当初の目的だった俺の勧誘も終わったため、鞘香嬢を事務所の外まで送る。

 

 そのまま別の場所へ行くのであれば送って行こうかとも思ったが、ちゃんと駐車場には黒塗りの高級車が停車していたため、その必要は無さそうだ。

 

「選手集めに関しては引き続き私たちで頑張るから、ケイさんは対抗戦よろしくね」

「そっちは任せておけよ」

 

 対抗戦、まだ戦ったことのない強者と戦えるのは楽しみだ。

 

 とりあえずは何よりも、途中からずっとこちらをつけていた奴らの対応が先だ。

 

「何してんだお前ら」

 

 隠れているようで隠れていないのは新野さんとかな嬢の二人。珍しい組み合わせだった。

 

「社長室から知らない美人とあんたが出てきたから、これはって思ったんだけど」

「これはってなんだよ」

「……浮気?」

 

 新野さんは少し考えた素ぶりを見せた後、誤魔化すように笑いながら答えてきた。

 

「はっ倒すぞ」

 

 言うに事欠いてそれを言うか。アイ以外の女に興味はねえ。

 

「それじゃあ、社長の愛人とかですか?」

 

 新野さんの次に、かな嬢が訳のわからない事を聞いてくる。

 

「真昼間から何言ってんだ。んな訳ねえだろ、鞘香嬢は俺の義妹だよ。新野さんはそもそも、鞘香嬢の小さい頃の姿をアイの最後のライブの時に見てんだろ」

 

 新野さんは考えて思い出したのか、一人で合点が行った様子だった。

 

「妹? 似てないにも程がありません?」

「義理だからな、似てねえのは当然だろ。血の繋がりはねえけど、書類上は間違いなく兄妹だよ」

 

 かな嬢はどこか信じきっていない様子。アイにでも、アクアにでもルビーにでも聞いてみたら良い。同じ答えが返ってくるに違いない。

 

 新野さんが、かな嬢の肩を軽くつつく。

 

「信じられていないかなちゃんに、もっと信じられない情報を一つ。私もすっかり忘れてたけど、さっきの娘は確かに大日本銀行総裁の娘で、この男は義理の息子だよ」

 

 ずっと前に見たことある、と新野さんは付け加えた。

 

「へえ、大日本銀行の……え? 嘘でしょ!? 」

「わかるよその気持ち。信じられないよね」

「今まで内心で舐めた態度とってすみませんでした」

 

 かな嬢の手のひら返しは早かった。

 

 表情と態度がコロコロ変わるのは面白えな。売れっ子のタレントに給料で勝てるはずもないから、ヒモみたいなものだとでも思っていたのだろう。給料差はまさにその通りで否定しようもない。

 

「んなことはどうでも良いけどよ、まさか本当に浮気だ愛人だ調べるためについてきたのか?」

 

 暇なのか、とは聞かなかった。

 

 ほぼ歩合制の芸能人の仕事の有無は、サラリーマンとはまた違ってより敏感にならざるを得ない。大手になったとは言っても全員に満遍なく仕事が振り分けられる事はなく、やはり人気によって仕事の量は大きく変わってくる。

 

「まさか、そんなに暇なわけないでしょ」

「私がちょっと聞きたいことがあって」

 

 かな嬢は、よくわかるボクシングという本を持っていた。記憶にある限りでもよくわかる〇〇という本を読んでいる気がする。

 

「実は、久しぶりにドラマが決まったんですけど」

「へえ、良かったじゃねえか」

 

 苺プロに移籍してからもなかなか大きな仕事はなかったようだから、役を取れたのはめでたい事だ。

 

「最後まで聞いてくださいよ。で、ドラマが決まったのは良いんですけど、役がボクサー目指す少女の役で、自分なりに勉強してたんですけど、写真とか文字だけだとよくわからない所があって」

 

 事前のオーディションがあったかは知らないが、役に選ばれたと言うことは独学でそこそこ見れる形なったか、そもそも役柄がそうなだけで実際にボクシングをするシーンはないか、バックからの撮影でスタントマンが演じるかだろう。

 

「日向君格闘技詳しいでしょ? 時間あるならちょっと教えてあげてよ」

「構わねえよ。ただボクシングか、わからねえ訳じゃねえけど本職じゃねえから程度はしれてるぞ」

 

 ボクシングならそれこそガオランに聞くのがベストだろうが、表と裏と忙しい事に加えてかな嬢が求めるレベルがわからねえ以上、聞くに聞けない。

 

「それで大丈夫です。どうせガチでやる訳じゃないんで」

「なら中入って今からやるか」

 

 ガチではないなら俺でもなんとかなるだろう。

 

「え、今からですか?」

「わからねえなら早めに解決しときたいだろ。予定あるなら別日でも良いぞ」

「……お願いします」

「言ったでしょ? どうせ暇してるから頼めばすぐに教えてくれるって」

「俺をなんだと思ってんだ。たまたま時間があるんだよ」

 

 仕事という面で見れば基本暇だ。不審者なんかほぼ来ることもないし、定期期にやってる講習もそんなに時間は取らない。

 

「何って、親友の旦那」

 

 そう言われると何も言い返せなかった。

 

 場所を変える。

 

 スタジオにいるのはかな嬢だけ。新野さんはたまたま居合わせただけで、同じドラマには出ないらしい。

 

「ここなんですけど、写真だとここからここに行くのがよくわからなくて」

 

 指されたページを見る。写真と文章で確かにわかりやすく書いてはあるが、初心者にはこれだけだとわかりにくいかもしれない。本来は動画や実際に一連の動きを見て学ぶため、このタイプの本では限界がある。

 

「とりあえず何度かやってみせるから、その後見よう見まねでやってみな」

 

 実演して見本を見せる。似ているようで二虎流とは動きが違うから、個人的には違和感を覚えた。

 

 やらせてみれば、思っていた以上に上手い。わからないと言っていたところはまだ少し不格好だが、それ以外はほぼできている。

 

「上手いもんだな。結構練習したのか?」

「そんなにやってませんよ」

 

 そんなに、というのは便利な言葉だと思う。あくまで個人による絶対評価のため、百回やってもそんなに、という人もいれば十回でそんなに、という人もいる。

 

「そうか。じゃあ気になったところ指摘してもすぐに直せんだろ」

 

 拳の握り方、手首の角度、関節の多い手は思っている以上に壊しやすい。実際に何かを殴ることはない、殴っても軽いサンドバッグだとは思うが、女優だからな、怪我はしないに越したことはない。

 

 かな嬢は思っていた以上に、その場で教えても飲み込みも早い方だった。少し興が乗って脳を的確に揺らす殴り方とかまで教えてしまったが、誰かを殴ることはないだろう。

 

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