一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
対抗戦まであと五ヶ月となった今も、メンバー選考は変わらず難航しているようだ。氷室が渡米して加納さんと直接交渉したり、山下さんが大久保に交渉して承諾を得たことで現在五名は決まっているようだが、残りは八人。
そんな行き先危うい状況で、問題がさらに一つ。
煉獄の元A級闘士で、現闘技者だった幽崎無門が何者かに殺害された。仕合中に誤って殺してしまうリング禍ではなく、何者かによる街中での凶行。伝えられた情報では、徒手格闘に秀でた何者かが真正面から殺ったらしい。さらに厄介なのが、その殺された幽崎自身がすでに何者かと入れ替わっており、本物の幽崎は行方不明になっているようだ。まず間違いなく死んでいるだろう。
社長経由で入手した先の情報とは別から入手した情報で、幽崎の体にはムカデのような虫を模したタトゥーが施されていたらしい。
蟲。以前爺ちゃん達に聞いた秘密結社の構成員がしているとされるタトゥーと同じ。トーナメントの時にいた守護者の二人と同じと言うことで、もう蟲が動いていることは疑いようがない。
蟲の仕業だとしても、なぜ幽崎に成り替わり、なぜその偽物は殺されたのか。
成り替わりも幽崎だけではないだろう。気づかないだけで他にもいるのは間違いない。一般人ならまだしも煉獄のトップ層にまで成り変われるのだから、もし拳願会員のように権力を持つ人間に成り代わられていたら、考えている以上に大変なことかもしれない。
難しいことを考えすぎて頭が痛くなってきた。この手の事は全く持って向いていない。
「どうしたの、難しい顔して? お腹でも痛い?」
リビングのソファで考えていたところで、アイが人の顔を覗いてくる。
「アイも社長から最近物騒だから気をつけろって話聞いたろ? そのことだよ」
「あーアレね。物騒だよねえ」
大きいソファではあるが、隣にくっ付くようにアイがソファへと腰を下ろす。
「できる限りは俺が送迎とかしてやれるけど、あんまり一人で行動すんなよ」
タレント業は時間が不規則だ。昼間なら他の人目があるからまだしも、夜間は普段以上に気をつけないといけない。アクアやルビーもそうだが、そこは労働基準法だかで夜十時以降は仕事ができない年齢だからまだ対処しやすい。
「わかってるよ。子供達にも改めて言っておくね」
「助かる」
聞き分けは良い二人だが、俺が言うよりもアイが言った方が素直に聞く。当の二人は学校に行っていて今は家にいない。
「そういえば今日だっけ? 山下さんがケイにそっくりな子を連れて来るって言ってたの」
「今日だな。なんならあとちょっとで来るんじゃないか」
山下さんからは、午後二時ごろに来る、と聞いていた。その二時まであと一五分ほど。
少し待っていれば、チャイムが鳴る。インターホンのモニターを見れば、山下さんの後ろに二人若い男がいる。インターホンの画質だと顔まではっきりとはわからないが、おそらくは似ているのは黒髪で眼鏡を掛けた方。
応答して、解錠して招き入れた。
「やあ日向君。突然の連絡だったのにありがとう」
「構わねえっすよ。で、こいつらが例の」
「ええ。こちらが臥王龍鬼君、こちらが成島光我君。龍鬼君は知っての通りすでに拳願仕合にも出ていて、光我君は闘技者見習いとして修行中なんだ。二人とも、こちらが来る前に話していた日向桂君。日向君は拳願会でも指折りの実力者なんだよ」
「……アイツと臥王に似てんな」
光我の方は何やら複雑そうな表情を浮かべている。山下さんから王馬と何やら因縁がある事は聞いていたから、その事でモヤモヤしているのだろう。一方で龍鬼の方は自分と似た顔がいることに驚いた様子。この感じじゃ龍鬼の方は王馬とは面識はなさそうだ。
「立ち話も何なんで上がってください」
玄関からリビングまで案内する。
「山下さんお久しぶりです。お二人は初めまして、だよね? ケイの妻のアイです」
「マジか。俺初めて芸能人を生で見たわ。……すっげえマブい」
光我は頬を赤らめている。気合の入った銀髪をしているが、割とピュアだ。二十歳くらいとは聞いていたが、マブいなんて使うのか。
龍鬼の方も呆けている。こちらはどんな感情か読み取りにくい。
「そういえば二人にはまだ話していなかったね。日向君の奥さんのアイさん、見てわかると思うけど、タレントの方だよ」
それに続いて山下さんがアイに光我と龍鬼を紹介する。
「コーガくんとリューキくんだね。うん、よろしくね」
二人の名前は覚えられる、と言うことは光我も見習いとは言っても才能は間違いなくあると言うことか。
「リューキくんは目が悪いの?」
「違うよ。伊達?メガネってやつで、光我と一緒に買い物に行って選んでもらったんだ」
龍鬼は実に嬉しそうに話している。
「一緒に買い物行くなんて二人は仲が良いんだね」
「うん。最初は光我のこと嫌いだったんだけど、最近好きになってきた」
「バカお前! 誤解を招くからその言い方やめろって言っただろ!!」
「ほんとに仲良しさんだねー」
アイは二人の様子を笑いながら見ている。
そこまで仲良くはないとは聞いていたが、改善されたのだろうか。何はともあれ、俺はこの二人の仲の良さを見るために呼んだわけでもないし、山下さんもそのために俺に連絡をしてきたわけではない。
「光我は闘技者になるために特訓中で、後一ヶ月位で採用試験だったか?」
「まあ、そうっすね」
「ならまだ時間はあるか。ちょっと庭に出な。軽く見てやるよ」
山下さんから言われていたのは、今の光我がどうかを見てほしいと言うもの。見る目に関しちゃ山下さんの方が良いとは思うが、顔合わせついでに闘技者から見てどうか、という意見も欲しいのかもしれない。
「良いんすか?」
「減るもんじゃねえしな。この後煉獄の仕合見に行くんだろ? 移動も考えたらそんなにはできねえとは思うけど」
庭に出れば、光我は羽織っていたスカジャンを脱いだ。軽くウォームアップをして体を温める。
山下さんは外に一緒に出ており、龍鬼はアイを手伝って飲み物を用意してくれているようだ。
「好きに打ってみな」
「いきます」
急接近からの顔面への打撃。思い切りがあって良い。一歩下がっての蹴り。これも中々。こちらからは一切の反撃をせず、ひたすら光我に打たせ続けること一分。光我が呼吸を整えるためにも距離を取った。
「……どうっすか?」
空手にフルコン、ボクシングにキック、総合に他もやってるな。手広くやっていただけにどの分野もそこそこにはできている。
「正直思ってたよりずっと良いな。余計な力みもないし、無駄な動きも少ねえ。最近誰かに教わってたのか?」
山下さんのところに来たのはまだ数ヶ月前。その時を知らないが筋は間違いなく良い。
「最初に超日に放り込まれて、その後暮石さんのところに。今はおじさん……六真に通ってます」
「関さんと暮石さんの所か、じゃあ大体のことは教わってんな。基本的には今のをベースに伸ばしていけば良いだろ。あとは今回使ってないだけかもしれねえけど、決め手があると良いな」
関林さんと暮石さんに教わっているなら、俺が教えることもほとんどないだろう。
「必殺技の事っすよね」
「そうだな。あるならあるでそれを磨けば良いし、ないなら作っておくと良いぞ」
「それはこの前おじさんにも言われて検討中だけど、やっぱり違うんもんなんすか?」
「実際にやってみて実感してみるのが良いが、戦う時の軸を作りやすいんだよ。相手にも印象づけられればそれをフェイントにも使えるしな」
理人のレイザーズエッジや、黒木さんの魔槍がわかりやすいか。あの二つは強力は必殺技に加えて致死性もあるから余計に相手も警戒する。読み合う必要はあるが、必殺技が来ると思って警戒している相手にそれを囮にすれば、思っている以上に引っかかるものだ。
「時間はそんなにねえが、必殺技を最低一つでも物にできてれば、闘技者にはなれんだろ」
乃木会長になってからできた採用試験は、確かあくまで闘技者たりえるかを判断するための場で、相性とかもあるから必ずしも勝つ必要はなかったはずだ。昔は俺みたいに殴り込みかけて成れたりしたけど、もしこの採用試験の制度があったらガキの時じゃ門前払いだったかもな。
「龍鬼はどうする、臥王流使うんだろ?」
終わったのをみてアイと龍鬼が飲み物を持ってきてくれる。
龍鬼の仕合はまだ見た事はないが、名前と同じ流派と聞いている。中出身で臥王という事は、師匠の親父と言われていた臥王鵡角の直系か、愛弟子あたりか。
「いや、俺はいいよ。それよりアンタ、臥王流の事知ってるの?」
「直接は知らねえが、二虎流のベースになったのが臥王流って聞いてるぜ」
「そっか。前あの人……氷室さんにも言われたんだ。臥王流は拳願仕合じゃ通用しないって。そういえば教えてもらってなかったんだけど、アンタなら何か知ってる?」
「臥王流が通用しない、か」
二虎流のベースということを考えると、通用しないことはないと思うが。実際に龍鬼も二連勝していると聞く。氷室もわざわざそんな嘘をつくタイプとも思えねえ。
「さっきのコーガくんみたいにリューキくんも軽く組手してみたら?」
「……組手を? まあ、良いか。やるなら早く始めちゃおうよ」
「龍鬼、お前……」
光我が驚いたような顔をしているが、思っていることはわかる。コイツ俺とアイとで態度違いすぎるだろ。王馬と言い、龍鬼といい、俺も人の事は言えた立場じゃねえが。
龍鬼から預かったメガネをアイが預かる。
「言っとくけど、怪我しても知らないからね?」
「心配すんな。怪我したら自己責任だ」
龍鬼の構えはごく普通な物。
言っちゃなんだが光我とは雲泥の差だな。踏んできた場数が違うし、雰囲気もある。暗殺者連中に近いから、おそらくは殺したこともあるだろう。
気を引き締めると、龍鬼がふと視界から消えた。膝の力を抜いて重心を一気に下げ地面を這うような低い姿勢で突っ込んでくる。
タックルか、タックルと思わせての打撃か、気の起こりを見極める。
限界まで近づいてからの膝の伸展を利用したアッパーを、威力を殺して受け止める。
「……アンタにも受け止められた。俺の技、どこか変だったりする?」
「変じゃねえとは思うぜ。威力も十分だ。あくまで予想になるが、その技は独特のフォームから出すみたいだし、初見以外だと対応しやすいのかもな」
口ではそう言ったが、おそらくは間違いない。技の性質としては奇襲。奇策は奇策でしかなく、正攻法とは違う。いくら技にキレがあってもタネが割れてしまえば脅威度は格段に下がるし、対応もしやすくなる。
「光我にも言ったように、それを敢えてフェイントに使うとかで対応できんだろ」
知られているから使えない、とはならない。結局は工夫次第。
「なんだ、そういうことか。スランプかと思ってたけど違いそうで良かった。それならなんとか……あ、でも爺ちゃんに人前じゃ地伏龍以外使うなって言われてるしな」
「技の縛りがあんのか。爺ちゃんに聞いたら許可してくれねえのか? やりにくいだろ」
「う〜ん。爺ちゃん厳しいからなあ。そもそも今どこに居るのかもわからないし」
少なくとも生きているって事か。この感じだとスマホとかも持っていなそうで、定住するよりも定期的に移動しているような口ぶりだ。
「その辺りはお前の判断に任せるよ」
とりあえずやる事はやった。
部屋に戻り、時間までは軽く雑談をする。光我はたまに古い言葉遣いをする事はあるがごく普通の青年のような感じで、龍鬼は自分の意思が弱いように思えた。先の話でも彼の言う爺ちゃんの事を絶対としていて自分で判断していないように感じた。知っている知識にも偏りがあるし、悪い人間ではなさそうだが悪く言えば人形のように感じだ。
雑談は三人が出る時間になるまで続いた。