一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
光我と龍鬼と出会ってから、さらに月日が流れた。
採用試験を受けた光我は、特訓の成果を出せたようで晴れて闘技者になった。数回しか会っていないにも関わらず、わざわざ報告しにきてくれたのは嬉しい。二回目に家に来た時にはアクアとルビーとも顔合わせはできており、会うたびに龍鬼にも社交性が出てきたのは良いことで、当人達は下の名前で呼び合う仲にはなっている。
対抗戦にと意気込んでいた彼らだが、直前でこちら側がゴネたことで数ヶ月延期となっており、12月になってもまだ開催されていない。
拳願会はその対抗戦を控えた中でも一層混乱を極めており、光我の闘技者採用試験の試験官を務めた二人が行方不明となっている。二人ともゴネて暴れる闘技者候補を制圧できるだけの力はあるから、その辺のチンピラには武器持ちであっても負ける事はない。
そうなれば、やはり蟲が絡んでいると考えるのは当然だろう。
「やはり蟲が動いておるのう」
「ええ。二年前の願流島の事も奴らの仕業で間違いないでしょう」
新旧拳願会会長の会談。
話す内容も重い物で、場所が家でなければ聞くともなかっただろう。いや、俺も当事者だからこそか。事前によくわからない機械を周囲に翳していて、聞くところによれば盗聴器の類を探っていたらしい。
「この話、私たちが聞いてて良かったのかな?」
「良いだろ。ダメならわざわざ人の家でやらねえよ」
リビングには椅子に座る爺ちゃんと乃木会長と社長、彼らの後ろには護衛の王森さん鷹山さんが控えていて、ソファには俺たち四人とミヤコさんが座る。この人数がいても本来は圧迫感はないはずだが、空気はどこか重い。
「構わんよ。むしろ当事者のようなものじゃし、聞いておいた方が良かろう」
「あの……そもそもムシってなんですか?」
社長が控えめに質問を投げる。
蟲については二年前から聞かされていたから当然のように思っていたが、拳願会でも知るのは一握り。いきなり蟲どうこう言われても、意味がわからないのは当然だ。ミヤコさんも知らないし、アイやアクアとルビーも知らないはず。
「それはワシから説明しよう」
爺ちゃんから蟲についての情報共有がされる。改めて聞いても馬鹿げた話にしか聞こえないし、過去に何度も拳願会に侵攻を試み、その都度会員と闘技者が一丸となって退けていた事は初めて知った。
初めて聞かされた側も当然似たような反応になるが、わざわざ嘘の話をここでするはずもなく、程なくして本題に移る。
「これはあくまで私の想像に過ぎないが、蟲はおそらく王馬、もしくは桂のクローンを作っている」
乃木会長が口火を切った。
「すでに諸君は知っていると思うが、二年前の絶命トーナメントの時、王馬は瀕死の状態だった。それを見越したかのように匿名で寄与された心臓は、主治医である英の証言からも王馬本人の物で間違はない。おかげで王馬は助かったとは言え、なぜ、どのようにしてそれを作ったか、と言う疑問も出てくる」
あの時英先生が持っていたのは、どこからか入手したのかは不明だった心臓だった。取り替え手術と、不足した血液は俺から輸血した事で王馬は助かった。心臓が贈られてくると言う異常性から、表向きは王馬が死んだことにして密かに呉の里へと運ばれ、リハビリを約一年をかけて元の水準まで回復。今ではすっかり元気になっており、毎日雷庵と組み手をする日々だ。何度か足を運んだが、呉一族の中でも、あの二人はよく飽きもせずやっていると呆れられていた。
「どのように、に関しては、クローンと考えれば臓器培養じゃが……」
「連中の技術力は不明ですが、費用対効果にも疑問符がつく。低コストで量産できるほど高い技術力を有しているのか、コストが掛かっても作っておきたいのか。前者であれば高い戦力を持つ桂と王馬のクローンを作ると言うのも一応納得はできるが、そこでもなぜ二人かと言う答えには不十分。後者であればさらに謎は深まる」
戦力であれば、他にも黒木さんや加納さんを筆頭に強い人たちはいる。単に他に目撃例がないだけでいるのかもしれないが、あくまで推測の域を出ない。
「だが三人目、臥王龍鬼が出てきた事、そして東洋電力で目黒正樹のそっくりな速水正樹の存在を考えれば、私の絵空事のような仮説にも説得力が出てくる」
俺に王馬に龍鬼。多少の違いはあれど、同じ顔をした人間が三人がいれば、荒唐無稽と笑われようともクローンはあながち間違いではないのだろう。
「東洋電力に関しては、過去蟲と通じておったからの。技術提供を受けていてもおかしくはないが、そちらはワシが確認してみよう」
東洋電力に関しては鞘香嬢が打診してみたところ、微力ながらと快諾したようではあるが、派遣してくる闘技者がトーナメントにて死んだはずの目黒正樹にそっくりだったようだ。しかも年齢は十歳程度若い。実力も確かなようで、黒狼を一瞬で絞め落としたらしい。
「お願いします。さて、問題はなぜ君達のクローンを作っているか、になるわけだがーーー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ずっと聞いていた社長が立ち上がる。
「……お前、自分がクローンだとして何とも思わねえのか?」
その顔には若干怒りの色が見えた。
「倫理観やべえな、くらいですかね。確定していないとは言っても、まあ、ほぼそうなんでしょうけど。仮に俺が誰かのクローンでも、オリジナルが良い男で良かったとは思いますよ。今は別に不自由してねえし、幸せなもんでね。あとは家族に、特にアクアやルビーに変な影響がないと良いですけど」
俺と王馬の年齢差を考えれば、どちらがオリジナルか、と言うよりも俺も王馬も、そして龍鬼も全員が誰かのクローンと考えた方がしっくりくる。
もしオリジナルに何か悪いところがあれば、それを受け継いでしまう可能性はある。病気のリスクが高いとかがあればそこは気掛かりだが、何人も作るほどだから、オリジナルはさぞ蟲にとって必要な人なのだろう。どこかが悪いにしても、心臓のように臓器培養だけしていれば良いはずだ。
社長がアクアを見ると、アクアは一旦数秒目を伏せてから答える。
「俺は別に父さんがクローンでも何でも気にしないよ。今の生活に文句はないし、体も特に異常はない」
「私もお兄ちゃんと同じかな。クローンとか言われても正直よくわかんないし、でも三人が似てるのは納得できたかも」
アクアとルビーを含めて、全員の視線がアイに向けられた。
旦那がクローン、真っ当な手段で生まれてない人間の可能性が高いことはどう思っているのだろうか。
「生まれはどうでもケイはケイでしょ? 私も気にしないよ。生まれとか育ちに関しては、私も褒められたものじゃないから」
「ってことなんで、クローンであることには問題ないです」
「……お前らが良いならそれで良いけどよ」
「仲良きことは良いことじゃのう。すまんが、話を戻しも良いかの?」
「え? ああ、すみません……」
社長が座ると、再び本題へと移る。
「目的に関しても、龍鬼が拳願会に現れてから蟲が活発化したことを考えれば、鍵を握るのは彼だろう」
すでに拳願会の企業に入り込んでいた、蟲の構成員と思われる者たちが複数人殺害されている。下手人は龍鬼らしい。家に来たときはごく普通に、物をよく知らない純朴な青年でしかなかったが、蟲を完全に敵とみなしていて殺すことに躊躇いがない。おそらくは小さい時からそう教えてこられたのだろう。
「連中にとっては、俺よりも龍鬼の方が必要だってことですかね?」
「そうだろうな。でなければ、長年拳願会にいた桂へのアクションがあまりにも少なすぎる」
二虎に関してもおそらくは蟲だろうが、初めて会った時以降接触はない。確保したい、と言うわけでもないのだろう。……虎の器。二虎も、あいつも言っていた言葉。言葉通りに受け止めれば、俺も王馬も龍鬼も、その虎の器候補とやらなのか。
「今のところですけど、俺の周りも普段通りで不審な動きとかはないですね。所詮は俺個人の感想なんで、大した情報にはなりませんが」
多少の一般的な教育は爺ちゃん家に行くたびに受けさせてもらっていたが、スパイ行為の見極め方なんかは完全に専門外。
そう言えばかなり前にはなるが、一時期喧嘩屋や壊し屋、殺し屋かぶれと言った裏稼業の連中に襲撃されることもあった。今ではすっかりないし大した連中でもなかったから、これとは無関係かもしれない。
「そう簡単に尻尾は掴ませる事はないじゃろう。護衛は付けるが、主らはこれまでまで通り生活して入れば良い」
「もしかして、護衛って学校とかにまで付いてくるんですか?」
アクアからしたら今の爺ちゃんのように、後ろに大男二人がいる状況を想定しているのかもしれない。そうなれば、悪目立ちは必至。
「安心せい。護衛と言ってもすぐ後をつけるような事はせんよ」
「そうですか」
アクアは案の定安心したように見える。実際にはこれまでも不定期で、トーナメント後からはアクアとルビーには護衛がついていたのだが、二人は知らないで良い事だ。
「それに蟲には罠を仕掛けている。おそらくはそれに掛かるだろう」
「罠ですか?」
「実は三ヶ月ほど前に山下君が王馬と龍鬼のDNA検査をしていてね。結果は不一致だったものの、彼の息子の健蔵に協力を仰いだところ、検査前にすり替えられていた事が監視カメラからわかっている。この件を受けて山下君は蟲にマークされたのだろう、会社には盗聴器が仕掛けられているようだ。だからそこ、あえて山下君には蟲の情報を先んじて公開する。奴らはそこに食いつくはずだ」
健蔵と言えば、俺とそう年も離れていない。山下家の長男で、実はアンダーマウント社の本来の社長と聞いた時、だからその社名なのかと妙に納得してしまった。
「それ、大丈夫なんですか?」
今の話し方だと山下さんは囮で、本人は知らされていない。会社にいるのも山下さんはだけではないし、そこに襲撃してくる事も確実ではない。家にしても一人暮らしではない。もう一人の息子は一般人だし、光我や龍鬼もいる。
「無論、安全とは言い難いな」
「すでに山下君達にも護衛はつけておるよ」
呉一族にも話は通してある、と爺ちゃんは付け足した。それであれば安全度は上がるだろうが、なかなかリスキーな賭けに出たと思ってしまう。仮に俺が囮の立場で、家族や社長たちが危険に晒されているなら、爺ちゃんでも容赦はできない。
とは言っても心配だから助けに行く、ともできないのが現状だ。そちらに行けばこちらが手薄になる。申し訳ないが、俺には家族を置いて山下さんを助けには行けない。呉一族も出ているなら王馬も出てくるだろうから、任せるしかない。
「しばらくは、社長もミヤコさんも家に泊まって下さい」
ここに居てくれれば、いざという時が来ても守る事ができる。蟲の中で俺の優先順位が低い事から、もしかしたらそこまで心配する必要がないのかもしれないが、可能性はゼロではないはずだ。
それに苺プロの社員に関しても全員に護衛がつくのは無理だ。社員も所属タレントも増えているし、全員が全員同じ時間帯で会社に来る事もない。アイ達と親しい人、それこそ新野さんや芸能界を引退せずに残っているB小町のメンバー、かな嬢も。もし、万が一、と考えると手が回り切らない。
「アイも、アクアもルビーも、必要なら理由は何でも良いから仲良い奴らを連れて来て良い。……良いですよね?」
爺ちゃんの目を見る。乃木会長に移す。反対はない。必要なら拳願会の情報を公開してでも守った方が良い。駒ということは承知しているが、今は反抗させてもらう。
「……やむを得まい」
会談が終わり一夜が明け、早くも山下さんが襲撃されたという情報が入ってきた。