一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「コーガ君、大丈夫?」
山下さんが襲撃された日、光我は身を挺して山下さんを逃した。蟲の工作員、それも複数人に武器持ちで襲われたことで大怪我をし、緊急手術。何とか一命を取り留めたものの、その代償は大きい。山下さんも王馬たちが来ていたことで助かっているため、名誉の負傷ではあるのだが、本人からしたら納得はできないだろう。
光我の傍に椅子を置いて座る龍鬼も、今は落ち着いている。怪我があったわけではないが、光我の状況を聞いた時にかなり荒れたらしい。
「わざわざ来てくれたんすか。まあ……見ての通りっすね。大見栄切っておいてこの様、対抗戦は出れそうにねえや」
ギブスと包帯が巻かれた右腕を上げて見せる。聞いた話では脚も刺されているから、シーツの下も相当のはずだ。
見舞いに持ってきた果物を、アイが早速剥き始める。
「なんの慰めにもならねえだろうけど、お前が命懸けで足止めしてくれたおかげで山下さんは助かったんだ。その怪我じゃ対抗戦は諦めるしかねえだろうが、まだ先がある。今は治療に専念しな」
「ーーーおい、今なんて言った?」
椅子を倒しながら龍鬼が立ち上がった。今にも飛びかかって来そうな勢い。
「対抗戦の事か? 諦めろって言ったんだよ」
「光我はすごく頑張ったんだ」
「頑張ってんのは知ってるよ。才能もあるんだろうさ、でも死んだらそれまでだろ。お前は自分の友達に、その怪我で無理やり代表として仕合に出ろって言うのか? 不殺ルールがあっても下手すりゃ死ぬぞ」
半年で闘技者になれたのだから、才能は間違いなくある。このまま磨いてけばそう遠くない未来で、絶命トーナメントにも出られるレベルになるだろう。だが、死んだらそれまで。
「それは……」
「対抗戦に勝てば拳願会は残る。そうなりゃ、光我も怪我治して仕合に出れるようになんだろ」
対抗戦に死んでまで出たいなら話は別だが。出たい気持ちはあっても、闘技者になりたい理由ではないはず。少なくとも、闘技者見習いとして山下さんの所に世話になった時にはまだ知らなかったはずだ。
「そうだな……せっかく推してくれた社長には悪いけど、今回は無理だ。実力的にもな。……俺の分も頼んだぜ龍鬼」
「光我……うん、俺、光我の分も頑張るよ」
龍鬼は危ういが、光我がいるなら大丈夫そうだ。
「ほんとに仲良しだね。コーガ君は一日でも早く治るようにちゃんと安静にしてないとね」
ちょうど剥き終わったりんごに爪楊枝を刺し、アイはそれを光我へと差し出す。
「え、いいんすか?」
「右手がそれだと食べれないでしょ? 私からもらうのが嫌ならリューキ君に食べさせてもらう?」
光我がこちらを見てくる。別にそれくらいでとやかく言わねえよ。光我が命張って頑張ったんだおかげでこっちに被害が出なかった所もあるしな。って言うか逆に拒否ったらぶちのめす。
「じゃあ、遠慮なく」
「どう? 美味しい?」
「めっちゃ美味いっす」
「光我、鼻の下伸びてるよ……」
「余計なこと言わなくて良いんだよ!」
後ろから足音が二つ近づいてくる。一つは革靴で、もう一つはスニーカー。今日来ると聞いていたから山下さんと王馬だろう。
「なんだ、見舞いに来てみたけど元気そうじゃねえか」
案の定入って来たのはその二人だった。
「オーマさんと山下さんも来たんだ」
「よう、久しぶりだな。アクアマリンとルビーは来てねえのか?」
「二人は学校だよ」
「学校……行った事はねえが、あいつらもチュウガクセイだったか? まあ今そこはどうでも良いか」
王馬はそのまま進んで光我の傍まで行く。
死んだと教えられていた王馬が生きていたことに、光我は目を見開いて驚いていた。
「お前が成島光我か、ヤマシタカズオから話は聞いてるぜ」
二人が話し始めている事を他所に、俺は山下さんに頭を下げた。
「王馬の事、黙っててすみませんでした」
「謝らないで下さい。事情はすべて聞きましたから」
「そう言っていただけるとありがたいです」
どんな思いでいたかは俺では推し量れないが、辛かったのは間違いないはずだ。本来ならすぐにでも伝えておくべきだったのだろうが、事情が事情だけに黙っておくしかなかった。
王馬達の会話も早々に終わった様子。
「ダチを助けてくれてありがとよ。強くなったな」
王馬がそれを言い残して病室を出ていき、山下さんも続く。光我の様子を見る。どうやら俺たちもお暇した方が良さそうだ。アイと目を合わせる。お大事にとだけ残して、俺らも部屋を後にする。
俺たちを待っていたのか、王馬と山下さんはまだ廊下にいた。
「光我のこと知ってたのか?」
「数年前に会ったことあんだよ。あの時とは比べられねえくらい強くなってやがる」
数年前がどれくらいの前かわからねえが、王馬も憑神を多用していた影響で精神的に不安定だった時期だ。一対一かはわからないが、ボコったんだろう。
「今回の怪我がなけりゃあ、代表に入れても良かったんじゃねえか?」
「バカ言ってんじゃねえよ。雑魚がたった半年で俺たちに並べるわけねえだろ。くだらねえ夢見て怪我してりゃあ世話ねえ」
会話に入って来たのは、廊下にある長椅子に腰掛けていた雷庵だった。立ち上がり、並走する。
「なんだよ、お前も見舞いに来てたのか。素直じゃねえな」
護衛を兼ねているとはいえ、気にしていなければ病院内には来ないだろうし、光我には言及しないはずだ。
「あ? 寝ぼけた事言ってんじゃねえよ」
「寝ぼけてねえさ。今は確かにまだまだかもしれねえが、あいつは化けるぜ。それはお前だってわかってんだろ?」
正直なところ雷庵の言う通り、現時点の実力だけ見れば俺たちには遠く及ばない。煉獄闘士の実力はわからないが、闘っても勝てる見込みは低かっただろう。
「てめえら同じ顔して何甘いこと言ってんだ、下らねえ」
吐き捨てるように言うが、絶命トーナメントの時から見たらだいぶ甘くなってんのは雷庵もだろう。
エレベーターの昇降ボタンを押せば、すぐに扉が開いた。乗り込めば俺たちしかおらず、誰かに聞かれることもない。
「同じ顔っていやあ、俺と王馬、あとは龍鬼もクローンらしいぞ」
「そんな気は薄々してたけどよ。で、俺達は誰のコピーなんだ?」
「さあな。この前の時、蟲は何か言ってなかったのか?」
「そういや長髪の奴が俺だけは捉えろって言ってたな。俺が生きてんのはそいつのおかげなんだとよ」
王馬だけは捉えろ? 龍鬼が重要なんじゃないのか? いや、そもそも心臓を島に持って来たのも、初めから王馬のためだと思うと、王馬の方が重要度は上かもしれない。
「そいつが心臓寄越したのか。そいつから何か聞き出したら何かわかるかもな」
「逃げちまったよ。残ってた手下も……いや、何でもねえ。とにかく雷庵が本気で殴っても動いた上に気配を感じさせねえで逃げた。そんなに強え奴には見えなかったが」
一瞬視線がアイに向いた。場所も場所だから、気を遣って言わなかったのだろう。
エレベーターが一階に到着した。開ボタンを押しながら、全員が出たのを見てから俺も出る。
「お前ら二人いて逃げられたのか。そんなに強くもねえんだろ? 妙な奴だな」
「逃げ足早えだけの雑魚だ。次見つけたら確実に殺す」
「病院でそういうこと言うんじゃねえよ」
出口まではそう遠くないものの、ガタイの良い、お世辞にも柄が良いとは言えない男三人が彷徨くのは目立つ。
「知るか阿呆。ジジイとババアには聞こえてねえよ」
「そう言う問題じゃねえだろ」
自動ドアを抜ければ院内とは違って寒い風が吹き込んできた。
山下さんたちはそのまま歩いて帰り、ひとまず山下商事に顔を出して秋山さん達に王馬が生きていた事を伝えるらしい。ここまで来たら隠しておくのも無意味。
別れを告げて、俺達は駐車場へと向かった。
「見舞いも済んだし、後は夕飯の材料買って帰るか」
「そうだね。人数が増えちゃったから買い足さないと色々ないかも」
ここ数日、社長達やかな嬢達は家で寝泊まりしてもらっている。事情を知らないかな嬢や新野さんには適当にお泊まり会とか演技の合宿とか口実を付けているが、いつまで続けられるか。
車へと乗り込む。エンジンをかけると、暖房も稼働して車内が温まり始まる。
アクセルを軽く踏んで、走り始めた。
「面倒ごとに巻き込んじまって悪いな」
もっとのびのびと好きな事をして欲しかった。今はどこに行くにも蟲を気にしなければならず、堅苦しい思いをしているはずだ。
「今更じゃない? 拳願会もたぶんニノとかから見たらだいぶアウトだと思うよ」
「大企業が、非合法に賭け仕合してんだもんな。今更感あって忘れてたけど確かにアウトだな」
「でしょ? 正直言うと、クローンとか秘密組織の話とかは驚いたし、なんでーって思ったけど、私はケイと一緒になった事後悔してないよ。……ケイはさ、私と一緒になって後悔してる?」
「まさか。最高に幸せだよ。気持ちだってあの時愛してるって言った時から変わってねえ」
母親を無くして、父親に捨てられて、いや、そもそもクローンなら育ての親とかだったのだろう。クソみたいな人生だった所から、最愛の人ができて、子供も、親のような人たちもできた。周りの環境も大きく改善して、俺には贅沢すぎるほどだ。
「良かった。私もずっと愛してるよ」
そこまで頻繁に愛してると言い合っている訳ではないから、ふとした時に言われるとドキッとする。顔が少し熱くなる。
「あれ? もしかして照れてる?」
「照れてねえ」
「じゃあこっち向いてみてよ」
「運転中だからできるわけねえだろ」
しばらくやり取りが続き、信号で止まったタイミングでこちらを覗いてきたアイが、やっぱり、と笑いながら言った。
「クソッ! 十鬼蛇王馬が生きてるなんて聞いてねぞ!」
夏忌は苛立ちを隠さずそのまま壁を蹴り付けた。強い衝撃によって掛けられていた絵画が、落ちるも気にするそぶりはない。
「僕のところにも伏せられてましたから、おそらくは乃木会長と一部しか知らされていなかったのでしょうね」
「あの呉雷庵ってガキも絶対に許さねえッ!」
忌からすれば簡単な仕事のはずだった。蟲の存在を知った山下一夫をバラすだけ。そのはずだったにも関わらず、結果は散々。山下一夫は殺せず、使い捨ての部下を失った。さらには十鬼蛇王馬が生きていて、極め付けは呉雷庵にいきなり殴られた。殴られた箇所がまだ痛む。ただ殺すだけでは到底許容できない。
荒れている忌の様子を、輝は一歩引いたところから無表情に眺めていた。利害関係から手を組んでいたが、あまり旨味はないのかもしれない。切り捨てるのもあり。しかしながら戦力として、鍛えても武術を習ってもいない輝では、忌には到底敵わない。そもそもが今の時代において武力なんてナンセンスだと考えていた。ナイフも、銃も、化学兵器もある。何より周りには自ら手を下さなくとも勝手に動いてくれる人がいる。自分には無用のものだと考えていた。
一頻り荒ぶり、落ち着くのを待つ。
「しかし、なぜ十鬼蛇王馬に拘るのでしょうね」
「俺が知るかよ。余計なことは知りたくもねえ!」
忌からは答えが得られない。否、知らされていないのだと確信した。日向桂と十鬼蛇王馬は虎の器と呼ばれてきたはず。それにも関わらず十鬼蛇王馬に固執すると言うことは、何か選定基準があって十鬼蛇王馬の方が良いとなったのだろうか。それであれば、輝としては都合が良かった。
少し歩き、デスクの引き出しを開ける。忌から分けてもらった十鬼蛇王馬の毛髪と、別途諸手を使って手に入れた日向桂の毛髪。対抗戦で意識がそちらに行っているのであれば、今が好機かもしれない。