一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
対抗戦当日。
拳願会所有のプライベート機から、代表メンバーと監督役でもある山下さんと、護衛の烈堂が目的地である神殺山へと向かう。
あの一件から蟲の行動は表に出てこなくなり、一応は沈静化が見られているものの、乃木会長や爺ちゃんはこの対抗戦でも何かしらアクションがあると考えているようで、策を立てておくらしい。聞いてみたものの、仕合に集中するよう言われるだけで内容は把握してない。
飛行機に乗り込むと、普通はあるはずの数多くの椅子が全て撤去され、ホテルのロビーのような内装になっていた。飛行機の中ということもあって流石に固定されているが、それ以外はほとんど遜色がない。この大きさに一五人、それも当然のように飲食自由というのは実に贅沢だ。
「日向、久しいな」
「加納さんこそ。自分探しの旅は楽しかったですか?」
「ああ。私は世間知らずだったからな。私なりのやり方で見聞を広めてきたつもりだ」
表情が一番変わった。二年前は無機質な表情が多かったが、今は人間的、という表現が正しいかはわからないが生き生きしているように見えた。
「どこ行ってたんですか?」
「世界各地を回っていたが、直近はアメリカにいた。鷹山に譲り受けたバイクで走るのが楽しくてな」
「あれか。格好良くて良いですよね」
以前一度だけ乗っているのを見たことがあったが、無駄な装飾のないボバースタイル、響く重低音のエンジンはかなり格好良く見えた。いつか免許を取って自分もと思っていたが結局叶っていない。
「そうだろう。鷹山の言う通り、初心者の私には勿体無い良い名馬だ」
加納さんもバイク乗りだからか、以前のようにスーツではなくライダースジャケットを羽織っており、やはり変わった印象は大きい。
「そんな中戻ってきたってことは、弓ヶ浜への制裁が目的ですか?」
氷室がどうやって説得したかは知らないが、拳願会のためと言うよりも裏切った奴がいると言った方が間違いなく動く。
「当然だ。御前を裏切った不届者はただでは済まさん。……が、八代目が出るのであれば私が手を下す必要はないだろう。私は牙を退いた身、制裁は八代目に任せる」
「本当に変わりましたね。前なら問答無用でぶちのめしに行くもんだと思ってましたよ」
「そうか? 氷室にも言われたが自覚はないんだがな」
「良い変化だと思いますよ」
爺ちゃんも今の加納さんの方が好きそうだ。
「なら良いが。しかし、奴が牙か。私は後任にお前か烈堂を推したんだがな」
加納さんの目線は、大久保と理人と話している三朝へと向けられていた。
「三朝は真っ当に強いですよ。って言うか、烈堂はまだしも、負かした相手を推すとか正気ですか? 俺も爺ちゃんにはすげえ世話になってますけど、牙になるつまりはありませんよ。何より成るにしても、まずはリベンジが先でしょ」
「ほう。いつでも受けて立つぞ」
「ならこの対抗戦の後にどこかで闘りましょう」
以前とは異なり、山下商事経由で派遣されるレンタル制度があるから、上手く調整できればそう難しくないはずだ。それに戦えるのであれば、正式な仕合でなくても良い。
「望むところだ」
トーナメントから二年間。山籠りのような修行はしてきていないが、個人的にも満足のいく修行はできている。
飛行機は程なくして着陸態勢へと入る。窓からはら神殺山の火口にドームが作られているのが見えた。随分と金がかかっている。
滑走路へと着陸し、そのまま近くまで進む。
着替えて会場へと入り込む。大久保が食い倒れ人形のコスプレをしていたが、誰もつっこむこともなく進んでいくと、仕合会場が見えてきた。観客はすでに入っているようで、音楽や歓声が徐々に大きくなる。
『天下分け目の大決戦を我々は今日目撃する。煉獄 vs 拳願会 選手入場!!』
鞘香嬢とは別の女性の声。聞いたことがないから、おそらくは煉獄所属だろう。
代表メンバーは、加納さん、若槻さん、ガオラン、大久保、龍鬼、二徳さん、理人、速水、三朝、王馬、雷庵、ユリウスに加えて俺の十三人。阿古屋も最後まで候補として残っていて実力と申し分なかったのだが、仕合相手を故意に殺害しようとする行動が問題視され、最後の座はユリウスへと変わった。
煉獄側も同じように入場し、それぞれがリング傍まで近づく。見たことない選手が大半、皆強者のオーラを放っているのがわかる。規模は負けてもレベルは拳願会は、と言う声も多かったが、それも改める必要がある。
互いに会話はなく、程なくしてベンチへと移る。先ほど入場コールをした女性がルール説明を始めた。
ノックダウン、リングアウト、不殺。
事前に聞いていた通りの煉獄ルール。不殺は最近の拳願会も導入しているから、気をつけるべきは前二つ。
「スペシャルルールとして、三仕合ごとに先攻後攻が入れ替わりになります。選手の順番もまだ決まっていません。えー、それでですね、一応私が監督ということになっていまして、順番の決定権も私にあるようなんですけど……皆さんそれで良かったですかね?」
山下さんが申し訳なさそうに聞いてくるものの、文句を言う人間はいない。
先攻は拳願会サイドのため、まずは誰が先陣を切るかになる。全体的に煉獄に有利なように思えるが、この辺りは乃木会長と豊田さんのやり取りで決まっていたのだろう。いくら強い闘技者を出しても、そのベースとなる武術に相性の良い相手を出されると、いかに強い闘技者でも厳しい戦いになる。それに初戦はその後の流れを決める意味でも重要になってくる。山下さんはその辺りも理解しながら、誰を一番槍とするか悩んでいるようだ。
「このルールで弓ヶ浜と上手く戦えんのか?」
まだ動きがない間に、気になること。三朝に聞いてみた。流石に三朝か加納さんに狙われている事はわかっているだろうから、煉獄が先攻の時に進んで出てくることはないだろう。
「問題ありません。負け犬を誘き出すのにとっておきがありますんで」
「自信ありそうだな」
「ええ。あのクズを引き摺り出すのは性格を考えれば簡単ですよ」
「性格……ああ、そう言うことか。確かに変わってなかったら簡単そうだな」
入場の時の仕草をみればまるで変わっていないから、多分大丈夫だろう。向こうのベンチを見てみれば、煉獄側には豊田さんの姿は見えない。闘士が自分たちで決めて出てくるのだろうか。
「もし悩まれているようでしたら、新参者の僕が出ましょうか? 初戦ならまだ仕合への影響も少ないですし、もし僕が負けても皆さんなら取り返すのは簡単でしょ」
「一夫、俺が出る! 俺!俺!」
速水と理人が立候補をする。速水はまだ一仕合しかしていないものの、強いことは間違いない。ただ、あの目黒正樹と瓜二つと言うことを考えると、今のところかなり理性的に見えるが仕合でどうなるかは一抹の不安を覚える。本人の言うように、早めに仕合に出てもらう方が後々大事な場面で任せるよりも良いかもしれない。理人も二年間黒木さんの下で修行を積んだとのことで、天賦の才に頼った戦い方からどれだけ変わったのかが見ものだ。
「……では、理人さん。お願いできますか?」
「応よッ!!」
大きな足取りで理人がリングへと向かっていく。こう言う時声のでかい自主性のある理人は良いな。トーナメントの時に社長兼闘技者になったが、思っている以上に社長としての適性もありそうだ。
理人が出たの機に、リングに旋風が発生する。ドームの天井が空いているとはいえ自然のものではない。旋風が大きくなり少し早めの桜吹雪が舞うと、中から一人の男が出てきた。マジックか。すげえな、どうやってんだあれ。
『対抗戦第一回戦、拳願会代表は理人選手が、煉獄代表は隼選手がリングへと上がりました!』
トーナメントに続いて実況は鞘香嬢が、解説はジェリーさんがやるらしい。トーナメント時でも好評だった組み合わせだ。
「部位鍛錬、ですかね?」
「ああ。並大抵の練度ではあるまい」
派手な登場から、サングラスは装飾を外して戦いやすい格好へと変わった隼の手に皆の意識が集中する。猛禽類を思わせる荒々しい手。加納さんの言う通り、生半可な鍛錬ではああはならない。
「聞いたことがある。空手家と異なる手、忍に伝わる伝統的な独自の部位鍛錬があると」
若槻さんが言ったように、いかにも忍者と言わんばかりのポーズを決めている。
「忍者か、流石に戦ったことねえな」
臥王流から二虎流に変わる際に不要な技が削がれたように、使える技術使えない技術は時代とともに変わる。忍者の技術が現代格闘技にどこまで通じるかは楽しみだ。
「シノビ…‥サムライと同じくまだ日本に来て出会ったことがなかったが、やはり実在していたか」
ガオランの発言にほぼ全員の視線が集まる。場を和ませるためのジョーク、には聞こえなかった。ユリウスは同意と言わんばかりに頷いている。まさか、まだ実在すると思っているのだろうか。
「以前、サーパインがエイガムラなる集落にサムライが住んでいると言っていたが、シノビも同じく彼らだけが住む特別な集落があるのか?」
来日した外国人あるある、なのだろうか。若槻さんも俺も、言ったのはあくまで技術の話で、忍そのものではない。
誰か何か言え。そんな空気が漂い始める。
忍者屋敷みたいな家に住んでる雷庵を見る。それっぽい事言えと目で訴えるが、しばらく睨み合った後に、勝手にやってろと言わんばかりに目を逸らされた。
「……そうだな、忍も名乗るには特殊な訓練が必要で、養成施設を出て初めて名乗れるんだ。基本的に隠密行動がメインになるから、街でたとえ出会っていても忍とわからないように変装してる事が多いんだよ」
「なるほど、通りで街では見かけないはずだ」
ガオランもユリウスも、すげえ真面目な顔で納得するから申し訳ない気持ちになる。
肩を叩かれ、振り返ると大久保がサムズアップしていた。
「さすがパパやな」
「誰がパパだ」
なんでサンタを疑い始めた子供に言い訳するみたいなことしなきゃならねえんだ。アクアとルビーにだってやった事ねえのに。
今思えば、物分かりが良くて親としては助かる面が多かったが、あの二人は随分と小さい時から大人びていたように思える。
リング上では隼のパフォーマンスが続いており、テニスボールをどこからか出してはそれを抉る。
「ほお、同類対決って訳やな。にしてもあの忍者君、理人を前にあれをやるんか」
「テニスボールじゃよくわからねえけど、威力ならレイザーズエッジの方が上だろうな」
あれだけ鍛え上げられた手を天性の物で上回ってくるのだから、理人のピンチ力はまさに超人。もっとも、威力だけで勝負が決まるほど簡単ではないのは、理人本人がよく理解しているだろう。
「ほんまアホみたいな威力しとるからな」
両者が構え、仕合が始まる。
初戦が始まる少し前。
「間に合ったじゃないか」
「何自慢げな顔してるんすか。本来は余裕で間に合うように出てきたんすよ。アンタが大量に買い込むからギリギリになったんでしょうが」
「さて、見やすい席があると良いのだが」
「本当に人の話聞かねえな」
厭はため息をつきながら、階段を降りる。何もかもが思いつきなんじゃないかと思ってしまうほど、後ろの男は自由奔放な事を言い出す。ほとんど興味のなかった対抗戦も、前日に突然行くと言い出し、なんとか間に合うように飛行機を手配してここまで来たのだ。なのに会場に着いた途端本丸ではなくビールや食べ物を買い込む始末。良く今日まで耐えてきたな、と厭は自分に賞賛を送りたくなった。
「良いですか? ここを担当しているエドワードにも言ってないんで、大人しくしてて下さいよ」
振り返った時、すでに姿はなかった。
あの馬鹿どこへ行きやがった、と言う声が出そうになるのを飲み込む。部下だったら間違いなく殺している行動を取る男に苛立ちながら、どこへ行ったか探す。
探されている当の本人は、せっせと前に進む厭にせっかちだなあと思いつつ、良さげな席を見つけたのでそこへと向かっていた。
「失礼、ここの席よろしいかな?」
「どうぞどうぞ」
良い返事をもらったため、三人家族の隣の席に腰を下ろす。視線の高さ、リングへの距離、その他諸々、思っていた通り良く見えそうだ。
「うん、良い席だ」
仕合もちょうど始まるタイミング。缶ビールのプルタブを開け、男はとりあえず一杯目を口にした。