一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 仕合は隼の一方的な展開となっていた。ミスディレクションを駆使する隼の戦法がはまり、理人が苦戦を強いられる。

 

 黒木の下で基礎を一から学んだからこそ、理人は多くの事を新たに身につけた。けれど、今はかえってそれが仇となり、本来の力を出しきれていない。これまでは直感的に動けていた事が、知識を入れた事で余計な考えと選択肢が浮かんでしまっている。悩みが動きを散漫化させ、普段よりも遅れを生み出している。

 

「忍者ってすごいんだね」

「ほんとにねー。漫画とか映画とかに出てくる忍者みたい」

 

 感嘆の声をあげるルビーにアイが同意する。

 

 ……私が以前見た忍とは違うな。

 ジャージにサンダル姿で仕合を見ながらビールを煽る男は、隣に座るアイ達の感想を聞きながら淡々と仕合に目を向ける。

 

 フィクションみたい、というのは何も間違っていない。

 

 煉獄A級闘士、隼。本名アルバート・リー。忍の家系でもなんでもない、資産家家庭の三男として生まれたシンガポール人であり、本業はマジシャン。合理性を好む彼にとって、どれほど奇天烈怪奇な現象でもロジカルなトリックに基づいて成り立っているマジックは実に相性が良かった。それでも食っていけるかどうかは別。生活資金のために、特技を活かして裏稼業に参戦し、かつては中国の裏格闘技団体にてミドル級のチャンピオンにまで登り詰めた。階級制度によってある程度の安全先が確保され、安定して稼ぐこともできる。実に合理的。ある日、それによって稼いだ金の一部を注ぎ込んだ高級車を走らせていると、仕合までの時間を潰すために映画館へと足を運ぶ。特に見たい物もなかったが、上映時間等の兼ね合いから忍者映画を見ることにした。つまらなかったらすぐに出れば良い、実に合理的判断だ、と言い聞かせながら。

 

 エンドロールが終わり、館内に再び灯りがつくまで彼は画面に食いついていた。

 

 誰かは言う。合理主義者はロマンチストだと。

 

 チャンピオンとして稼いだ金をつぎ込み、コミックを買い、グッズを買い漁り、推し活の沼にはまりにはまったアルバートは、独自の修行の果てに、自称忍者の隼となった。

 

 イロモノと言われかねないが、その実力は本物。合理的とは対極に位置するような部位鍛錬にも時間を割いて作り上げた手足は、猛禽類のごとく鋭い。マジシャンとして日々練習を重ねてきたミスディレクションを併用することで、彼は煉獄移籍後一度も降格することなく、A級闘士として君臨している。

 

 だが、相対するのは超人。肉体を抉る鋭い手足も、己の師匠に比べれば可愛いもの。ミスディレクションのタネにも気づいてしまえば造作もない。

 

 反撃の狼煙、は上がる事はなかった。

 

 タネに気づかれる? 手足が怖くない? そんな手合いは煉獄にも多数いる。だからこそ、隼は一つ足す。

 

 先読み殺し。達人が行き着く極致ともされる先読みを逆手に取った技だ。視線、呼吸、気の起こり、それらを駆使して気配をほんの少し実態よりも先に飛ばす。先読みに囚われた達人はそれを察知して反応してしまうことで、手痛い反撃を食らうのが先読み殺し。隼が使うのはそれの簡易版。タイミングを上手く外すことで理人の虚を突き、再び攻撃を当て始める。

 

 手合い違い。

 

 理人の師匠、忍者マスター、と勝手に隼か思っているだけではあるが、黒木玄斎と戦うための踏み台。理人と戦いながらも理人を見ぬ行為が、本来の取らぬはずの軽率な選択を取らせる。

 

 真正面からの肘による顎の打ち上げ。

 

 だが、大ダメージを受けたのは隼だった。

 

 顎を打たれながらも、理人がカウンターでレイザーズエッジを放ったことで隼は大胸筋断裂し、大量に出血。形勢は理人に傾く。このままでは、そう長くない時間で隼は出血多量によって敗北となる。非合理的な威力に戦慄しつつ、隼は切り札を切ることにした。

 

「理人の奴、やーっとっぽくなったわ」

 

 拳願会側のベンチでは理人に声援を送りつつも、大久保が呆れ半分、待ちわびた気持ち半分で呟く。修行中故に仕方ないと言えば仕方ないものの、今の理人はよく言えば基本に則った、悪く言えば小さく縮こまった、らしくない戦い方となっていた。二年前と比べて強くなったのだろうが、怖くはなくなってしまったという表現が正しいかもしれない。ひたすらダメージを受けて、ようやく本来のらしさが見えてきたところ。

 

 隼は鳥のように空中に飛び、理人を踏み台にして地面に足をつけずに上から攻撃を続ける。人間は思っている以上に上からの攻撃に無防備であり、踏み付けよりも足の爪で刺すや引っ掻くといった攻撃。

 

 ようやく足を掴んで地面に叩きつけたところで、理人の体が傾いた。

 

「不自然に力が抜けたな。顎のダメージにしちゃあ不自然だ」

「中国拳法に伝わる鍛錬に薬効がありますから、ひょっとすると毒かもしれませんね」

 

 無表情に仕合を眺める速水が、正解を言い当てる。

 

「毒手ってやつか」

 

 桂も聞いたことがあった。鍛錬方法は至って単純、毒物を浸した壺などに手や足をつけ込むだけ。長い時間をかけて指定の部位に染み込ませることによって、毒を持つ武器が完成する。毒も致死性のある猛毒ではく、体内に混入しても自然回復できるレベルの微弱な毒。それでも、ちょっとした隙で勝敗が決する仕合であれば、効果は絶大。事実、隼の足の親指を介して入り込んだ毒に、理人自身も不調が毒だと気づいていない。

 

「毒ってこの大会でありなの?」

「あくまで鍛錬によって作り上げたもの。己の一部と見做すのだろう」

「意外と抜け道もあるんだね」

 

 龍鬼の素朴な疑問に、アギトが答える。拳願会でも、レフェリーの審査を抜けてしまえば毒でも武器でも何でもありだったことから、この辺りは似通ってる。

 

 毒と蓄積したダメージ、大量出血。双方疲弊し、ダウンが近い中、必然的に防御よりも攻撃に力が入る。

 

 理人のレイザーズエッジが決まる。隼の毒足の一差しが首に刺さる。隼の手が理人に蹴潰される。毒が回っているはずではあるが、一向に倒れない理人に隼は恐怖を覚えた。それがワンテンポ行動を遅らせ、頭を地面に叩きつけられた。

 

 出血による意識喪失寸前。もう時間は残っていない。隼が意地をみせ、なんとか理人を倒してグラウンドでの勝負に持ち込む。

 

 本来であれば、理人相手には悪手。絞めた腕は簡単にこそぎ落とされるはずが、流し込まれた毒がそれを許さない。それでもなお、抜けていく力を振り絞って脱出を試みる。

 

 一秒、二秒と、タイムリミットが近づいてくき、理人が落ちた事でついに勝敗が決した。

 

 医療チームがすぐに担架を用意して理人を医務室へと運び始める。

 

「理人はよく戦った、毒がなければ勝っていたのは理人だっただろう」

「しかし、敵も実力者だったのは間違いない。気を引き締める必要があるだろう」

 

 若槻とアギト。拳願会トップ層の二人の言葉には重みがあった。

 

「次戦、俺が行こう」

 

 ガウンを脱ぎ、ガオランがリングへと向かう。

 

 二戦目にして早くもの登場に、会場の拳願会サイドが湧き立つ。この仕合はもらった、そういった声さえも上がるほど、ガオランの実力を疑う者は誰もいない。

 

 煉獄側からしてもガオランの力は聞き及んでおり、自ずと気が引き締まる。一人、それを理解せずに戦いに行こうとした弓ヶ浜を、代表選手一小柄なメデルが止めた。

 

「ボクサーにはボクサーだ、ガオランは俺が闘る」

 

 “黄金帝”カーロス・メデル。

 

 ボクシングを経験する者であれば、誰もが耳にする生きる伝説。否、格闘技を齧る者であればほぼ誰もが知っている男。ミドル級の主要四団体四冠を達成した事を手始めに、黄金帝の伝説は始まった。戴冠直後にベルトを返納し、スーパーミドル級へ。難なく制覇した後にさらに上へ。一七八センチの小兵ながら徐々に階級を上げ、四団体のヘヴィー級王者の一角を遂に落とす。

 

 あまりの強さに他団体のヘヴィー級王者も対戦に難色を示し、メデルはボクシング界で戦う相手を失った。プロモーターに問題もあったために仕合が組まれず数年経過し、見切りをつけたメデルは表から姿を消して裏へと参戦していた。そんな不遇なキャリア故か、はたまた実力故か、古今東西唯一、ボクサーとしての評価でガオランを上回るのがメデルだった。

 

 だが、そんなメデルも格闘技界を離れてしまえば過去の男。

 

「あんなに細いおじさんで大丈夫かなあ」

 

 その手の知識のないルビーからしてみれば、当たれば骨が折れそうなおじさんが仕合に出てきたようにしか見えなかった。

 

「見た感じボクサーみたいだし、あそこまで落としたのには理由があるんだろ」

 

 アクアも前世で少し聞いたことがある程度だった。あまり覚えてきないものの、もう少し肉つきが良かった気がすると朧げな記憶を手繰り寄せる。

 

「そうなのかなあ。それにしてもパパ出てこないね、いつ出るんだろう?」

「パパ?」

 

 ルビーとアクアの会話に反応したのは、アイの隣に座る男だった。見知らぬ男に聞き返され、思わず二人ともそちらを見てしまう。

 

「……失敬。つい気になる言葉があったものでね。もしかして、君たちのお父上はどちらかの代表選手なのかな?」

「そだよ。ほら、あそこの金髪の人がパパだよ」

「それじゃあわからないだろ」

 

 角度的にはルビーとアクアのいる位置は拳願会のベンチが覗ける。桂も手前にいるためいることはわかるが、顔までははっきりとわからない距離のはずだった。

 

「問題ないよ、ここからでもわかるとも。なるほど彼か、うん、確かに君たちに面影がある。となると……こちらのお若い女性が奥方か」

「初めまして。日向桂の妻のアイです」

 

 アイが椅子から立ち上がって名乗ると、その後アクアとルビーを紹介する。 

 

「これはご丁寧に。私は……ジャッキー。ジャッキー・リーです」

 

 ジャッキーと名乗った男も同じように立って名乗り、頭を下げた。

 

「ジャッキーさん。なんだか俳優さんみたいなお名前ですね」

 

 中国の有名なアクションスターの名前の合体。決して珍しい名前ではないからあり得る組み合わせではあるが、どうしても有名人の名前が先行する。

 

「ええ、よく言われますよ。そういえば、奥方もどこかでお目にかかったことがあるような」

「ママは女優だから、テレビとか見たことあるのかも」

「おお、女優。通りでお美しいわけだ」

 

 ともすればナンパのような発言だが、不思議とそのように思う事はなかった。これは職業に問わず、女性が自然と身につける技能でもあるが、異性からの下心のような物を視線から感じ取ることができる。ジャッキーからはそう言った邪な感情が感じられないのが理由だろうか。

 

 会話が続く中、第二仕合が始まろうとしていた。アナウンスが入ったところで、ルビーはふと気になったことを聞いてみた。

 

「ねえ、ジャッキーおじさんはどっちの応援?」

 

 拳願会で自分達を知らない人は多くない。内心は煉獄かな、なんて考えていた。

 

「私はそうだな、特にどちらの応援という訳ではないんだ。たまたま日本に来たから見に来た程度だよ。だから日本語も使うのは久しぶりでね、もし聞き取りにくかったりしたら教えて欲しい」

「ほぼネイティブレベルですよ。お名前伺うまで気づきませんでした」

「それなら良かった」

 

 ルビーとアクアと会話をするジャッキーの顔をアイがじっと見る。見覚えがある顔。髪型と色で印象は随分変わる事は、芸能人として生活している彼女に取ってはよく知っている。

 

「私の顔に何かついているかな?」

「あの……もしかして」

 

 言いかけたところで、ジャッキーの意識が自分の後ろにズレたことに気づいたアイは、途中で言葉を止めた。

 

「おお、厭じゃないか」

「おお、じゃないんですよ。勝手にいなくなられると困るんですよ」

「何をそんなに怒っているんだ?」

「ちょっと前の自分の行動を思い出してみろ馬鹿野郎」

 

 ジャッキーは何をそんなに怒ることがあるのかと思い出してみる。

 

「ちょっと前……なるほど、私だけ見やすい席を取ったのが気に入らないんだな? 心配するな、私の前の席も空いている。見やすさはそう変わらないだろう」

「そこじゃねえんだよ。はあ……もう良いですよ、今度は勝手にいなくならないで下さいよ」

 

 厭はとりあえず前の席座る。色々言ってやりたいことはあるが、隣を見て更に頭を抱えたくなる。がっつり関係者、しかも談笑していた。

 

「その事か。あれは厭が勝手に進んだんだろう」

 

 やはり連れてくるべきじゃなかったと内心思いながら、ストレスから来る頭痛に頭を抱えた。

 

「あの、良かったら飲まれますか?」

 

 厭の隣にはミヤコと壱護が座っており、それがまた厭の頭痛を悪化させる。ミヤコから出てきたのは薬。毒か、と考えが過ぎるも、自分たちの正体を知らない状態でそれはないと切り捨てた。

 

「これは?」

「市販の頭痛薬ですよ。私もよく似た感じになるので」

 

 壱護に言いくるめられて零細に入り、何とか新しい事を覚えていく中でアイという特大の原石を見つけて忙しさは加速して、当時の思春期メンバーたちのギスギス感に徒労し、気づいたら桂によって突然裏格闘技界に連れ込まれた。なんだかんだ上手くいって今では大手にまで成長したものの、今度は裏社会の秘密結社とやらとの騒動にまで巻き込まれた。今となっては初期のB小町の人間関係など可愛い物とさえ思える。いつからだったか、ミヤコは頭痛薬を常備するようになっていた。

 

「……いただきます」

 

 少しでもそれを緩和させたいがために、厭はそれを受け取った。

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