一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
「社長、俺もここで見させて貰っても良いか?」
リハビリはまだ必要ながらも、大怪我から無事回復、退院していた光我が観客席から降りてベンチにやってくる。先の二仕合を見てまだまだ彼らに及ばない事を理解しながらも、心は折れていなかった。今はまだ、けれど数年後には必ず追いつき、追い越す。
自分よりも強い奴がいるのが許せない。
その根幹は今でも変わらず、彼は強くなるためにこうして降りて来た。後身のそう言った姿勢は好ましく映り、誰も否定する事なく光我は許可を得た。
「悪いな。アンタ達の邪魔しねえよ」
龍鬼の隣に立ち、勝てよと告げて拳を合わせる。
程なくして、仕合の開始宣言がされる。
マッスル対決。
初撃は両者の右拳同士がぶつかり合った。自動車同士の正面衝突を思わせる激しさに、レフェリーの椎名ありさも思わず小さく悲鳴を上げた。
パワーはほぼ同等。高いに拳に傷を負いながらも、気にするそぶりを見せずにひたすら殴り合う。力と力のぶつかり合い。正面からの戦闘は、若槻にとってもっとも得意とする領域だった。
「すっげー!」
「すげえなんてもんじゃねえよ、本当に人間かコイツら」
龍鬼も光我もトップクラスの、それも最重量級同士の戦いを見るのは初めてだった。迫力がまるで違う。人間同士というよりも、怪獣同士が戦っていると思った方が納得できるほどの激しさ。
手数の多さは若槻に分があるものの、ムドーに焦る様子は見れない。
ムドーは力だけの戦士にあらず。殴り合いでは埒が開かないと判断したムドーは、自身の家系に伝わる武術を解禁する。
若槻の渾身の突きがムドーの体に深く突き刺さるも、体を伝ってその威力をそのまま若槻へと返した。
顔面へのグリーンヒットを許し、初めて若槻がダウンを取られる。レフェリーが一旦仕合を止め、カウントが始まる。
「旦那方の型に似てませんか?」
「操流ノ型に似てんな。いくらでけえって言っても、若槻さんの打撃くらってピンピンしてるわけだ」
闘技者達が力の流れを操る事に目を向けている中、一夫は先のやり取りを思い返してある事に気づく。
「そういえば最後の一撃、ムドーさんの体が不自然なほどにめり込んでいました。あれが脱力だとしたら……」
「水天ノ型か。まだはっきりとはわからねえが、あのパイナップルが使ってんのは二虎流にそっくりだぜ」
「まさか彼が煉獄に入り込んだ蟲なんでしょうか」
一夫がムドーに疑念の目を向ける。
蟲が二虎流を使うという情報はない。だがこれまでの経験と蟲に関する情報から、どうしても一夫の中で結びつけてしまう。
「あいつが二虎流を使うかは置いておいても、あのガタイにカウンターが使えるのは厄介だな」
四系統全てを使った鬼鏖に似た性質の技は、実に厄介な物。
「下らん。所詮は小技だ」
ユリウスは吐き捨てるように言った。真の強者に技など不要。最高峰の頭脳を持つユリウスが導き出したのは、筋力こそ正義。どれだけ技を磨こうとも、圧倒的な力の前には児戯も同然。同胞かと期待していたが、真正面からの戦闘を避けた戦い方に落胆せざるを得なかった。
カウント七で若槻が立ち上がる。
「立ったか、頑強だな」
「当然。舐めてもらっちゃ困るぜ」
若槻は口に溜まった血を出しながら、息を大きく吐いた。ダウン中に息も多少整えられた事で話す余裕もできた。
若槻自身の攻撃力にムドー自身の攻撃も乗っている。だからこそダウンを取られたが、ムドーの全力が乗っているわけではない。もしもそうであったならば、若槻のダメージはこの程度では済まなかっただろう。
「来い、戦士なら最後まで戦え」
再び応酬が始まるも、ムドーはカウンターをメインに若槻にダメージを積み重ねていく。
不遜な態度も頷ける実力。パワーはほぼ互角か若槻がやや上、フレームはムドーが有利ではあるが、ムドーには先の技がある。
ムドーは二虎流の使い手ではない。脱力と力の流れを操る技も、世界を見渡せば似た技術はいくらでもある。
マオリ族の中でもムドー家に伝わる技術。全身を弛緩させて衝撃を散らす「
何度カウンターを食らったか。
それでも、最初の一撃以降若槻はダウンを取られることはなかった。
これまでの闘技者として闘ってきた数は三〇〇を超える。その中には同等の怪力を持つ相手もいた。けれど、これまで負けた相手は、初見泉、加納アギト、黒木玄斎と、いずれも卓越した技巧派。パワー勝負で負けたことは闘技者歴二〇年を超えても一度とてない。
トーナメントで改めて黒木という武の理のような男に負けたことで、若槻はそう言った手合いにも真正面から打ち勝つための技術を磨いた。
ムドーのアームハンマーが上から容赦なく叩きつけてくる。
意識が飛ばされそうな怪力。力と技を併せ持つムドーに、若槻はただただ喜びを露わにした。これほど誂え向きの敵もいないと。
ラリアットを受け、二〇〇キロ近くある若槻の身体が飛ばされる。内臓が潰されんばかりの威力に若槻の膝が地面につく。
好機。ムドーは仕合を決めにかかる。振り翳した双手が若槻を捉える寸前、若槻が爆ぜた。
常人の数十倍の筋力を芯に集中させ、一気に解き放つ爆芯。トーナメント時同様、依然として筋肉を収縮させるためのタメ時間は必要。されどその速度は比べまるでもない。
より早く、より的確に。
さほど器用ではないことを自覚している若槻が磨き上げたそれは、必殺技としてワンランク上のレベルに押し上げた。
ムドーの身体がリング上で跳ね、場外まで飛ばされる。
たった一撃。されど戦況をひっくり返す値千金の一撃だった。
「さっすが若槻はんや! ナイスファイトやったで!」
一夫が望んでいた通りのインパクトある勝ち方に、会場が沸き立つ。仕合が始まるまで流れていた嫌な空気さえを吹き飛ばす一勝。
「若槻武士、貴様の力、しかと見せてもらったぞ。その上で断言しよう、俺の今の力は貴様を凌駕していると」
「……なら期待してるぜ、ユリウス」
「フン。期待されるまでもない」
挑発とも取れるが、双方に敵意はなかった。
荒れたリングが整地される。
三戦終わり、次は煉獄が先攻のターンとなる。中々選手が出てこない状況に早く出てこないかな、と一夫がぼやいていると、会場の明かりが消え、リングだけが照らされる。
スペシャルマッチ。
選手が動けるのは光の範囲のみ。時間と共に照らされる範囲が狭まっていき、五分でタイムオーバーとなる。光の範囲外に押し出せば場外となって勝ち。もし制限時間内に決着がつかなければ両者失格。カウント決着もこの仕合に限りなくなるようで、徐々に狭まるリングを気にしながら戦う必要がある。
「この仕合、私に行かせてください」
相手が出てくる前の立候補。
「策ってのはこれか?」
「これだけじゃありませんがね。まあ見てて下さいや、きっちり勝ってきますよ」
「殺さないように気をつけろよ」
「そんなヘマしませんよ。殺す価値もねえ」
三朝が一足先にリングへ上がる。ジャケットと靴は脱いだとは言えスーツで戦うのが、護衛者出身の三朝らしい。
「何か知ってんのか?」
「弓ヶ浜への制裁だってよ。煉獄でも色々とやらかしてるみたいだから、ここは爺ちゃんと出光さんとで事前に話ついてんだろ」
桂の推測は正しかった。弓ヶ浜を引き抜いたのは他ならぬ出光ではあったが、だからと言って煉獄内であらゆる事が許されているわけではない。徐々に蓄積していく弓ヶ浜への不満、何より出光が客として招いた光我への暴行が決め手となった。弓ヶ浜からすれば飛んでいる虫を振り払う程度の認識、けれど客人に手を上げたことは、出光の顔に泥を塗った事に等しかった。裏にも、裏だからこそ、守らなければならない面子がある。
リングに上がると、三朝は弓ヶ浜に向かって挑発を行う。煉獄内でも煽られ、弓ヶ浜は額に青筋を浮かべながら簡単に釣り出された。
新旧滅堂の牙対決。
ヤジの中にはアギトも出て戦えと言った声もあった。それだけ牙のブランド名は高く、注目度の高い仕合とも言える。
並び立つとより明確になる体格差。その差は大人と子供。
「舐めた口利いてくれたなァ三朝! 殲滅部隊風情が、ブチ殺してやるよ!」
「吠えるんじゃねよ。負け犬が」
仕合が始まれば、巨大に見合わない素早さで動くも、張り手は大ぶり。防御と回避を取る三朝に、弓ヶ浜はひたすら相撲のように張り手を繰り返した。
「速い割に動きに無駄が多いな、素人か?」
言外に、あれが元とは言え滅堂の牙かと王馬が訝しむ。王馬が知るのは話だけではあるが初代滅堂の牙である呉恵利央と五代目である加納アギトの二名。どちらも流派は異なるものの卓越した武を扱う事は周知のことであり、どうしてもそのイメージが先行してしまう。
「才能があるのは間違いねえんだよ、勿体ねえ」
若くて才能もある上に強い。けれど、それだけ。せっかくのポテンシャルを弓ヶ浜自身が台無しにしている。
武術を習うも、習得したら次へとすぐに切り替えてしまう。得意不得意はあるものの、完璧を目指さずにそこそこで止め、数だけ増やすことから蔑まれるようにコレクターとも呼ばれるのもそのためだ。
積み重ねがないからこそ厚みがない。自分よりも下の相手には勝てるが、格上には絶対に勝てない。
「龍鬼も光我もよく見てな。才能だけじゃどうしようもねえってのがわかるぜ」
弓ヶ浜と三朝。肉体的に見てどちらが才能があるかなど一目瞭然。けれど、桂は勝つのは三朝だと断言できた。
円が狭まっていき、残り時間二分を切った頃、防御と回避に徹してきた三朝がようやく攻撃に出た。
「肘っていうと、もしかしてシラットか!?」
光我が言うように、シラットは東南アジア発祥の肘を使った独特の武術。五〇〇以上も流派があるとされ、攻撃だけでなく防御、捌きにも肘を使うのが特徴。
「しかもあの体格差で効いてる!?」
「意識の外からの攻撃だ。予想していない攻撃は体格差に拘らず効く」
アギトの回答に光我も思い当たる節があった。
さらにはトリガーポイントの見極めにも長けている。人間はおろか無機物でさえも見抜ける観察眼は、岩さえも裏拳で砕く事ができる。基本的に体格で勝つ事が少ない三朝が、敵を倒すために長年磨き上げてきた技術。
そして、この仕合に限ってはもう一つ。時間経過とともに狭まるリングが弓ヶ浜に心理的な壁を作らせ、本来の力を発揮できなくさせていた。
それらの要素が合わさり、もはや弓ヶ浜には打つ手がない。
決着がつくのに、時間はかからなかった。
肘によるかち上げと顔面への追撃。顎は砕かれ、顔面は地面と拳に叩きつけられて陥没。わずか五分にも満たない時間で、裏切り者への制裁が完了した。