一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 光我に肩を貸されて歩く龍鬼は、医務室へと向かっていた。一足先に運ばれたナイダンの治療が行われているのであれば、連れ添った劉がいる事は間違いない。今行けばそこで更なる問題事が起こる事は想像に難くないが、そのまま放っておく事もできなかった。護衛も兼ねて桂が付き添い、気力をなくした龍鬼が非常に遅い足取りで進む。

 

「光我も、桂さんも……俺なんかの事は放っておいてよ」

「放っておけるわけねえだろ。歩くの辛いか? 担いでやるからちゃんと言えよ」

「同感だな。今にも死にそうな顔した奴を放っておけるかよ」

 

 会場の方では、呂天が漢数字の彫られた金属の輪を見せたことでアギトが参戦。先の仕合を塗り潰すように始まろうとしていた。

 

 しばらく龍鬼は話さなかった。頭の中がぐちゃぐちゃになっている今、何を言おうかひたすら考える。

 

 各所に設置されたモニターでは、仕合が始まり、アギトが一方的に押す展開を映し出している。呂天の流派は五王拳。強力無比な一撃を放つために必要なタメを見極め、技を繰り出す前に潰していた。

 

「……ごめん」

「何が?」

「約束……守れなくて……」

「正当防衛だったろ。それにまだアイツが死んだって決まったわけじゃねえ」

「わかるんだ、どの程度で死ぬか。……今まで、散々殺してきたから」

 

 臥王流は弱者のための、相手を殺すための武術。奇襲を軸に作られた武術は、短刀などの隠し持てる武器を前提としている。わかりやすいのは地伏龍。土下座のような姿勢からの急襲は、本来は懐などに隠している武器を使って、油断している相手を刺殺する技。

 

 臥王鵡角が龍鬼に教え込んだのも、まだ弱かった龍鬼自身に少しでも自衛させるための手段を持たせるためでもあり、来たるべき時に備え三四半世紀以上ターゲットとしている相手を殺すためでもある。

 

 中で育った龍鬼は、殺すことが日常だった。蟲以外は自発的に殺すことはなかったが、暗殺一家のように家業としてやっているわけでもない。ただ言われたから殺す。そこには何の疑いもなかった。

 

 けれど外に出て、多くの人と触れ合って、初めて自分がおかしいのかもしれないと思った。何より、一緒に過ごす時間が楽しかった。何が正しいのかもわからない中で考えて、不殺を決めた上での今回の仕合。

 

「そりゃあ医者がいなかった場合だろ。今回はすげえ医者がいるから助かる可能性はある」

「すげえ医者?」

「ちょっと言動に癖はあるけどな。腕は間違いねえ」

 

 桂の言葉に光我が首を傾げた。

 

 医務室にたどり着くと、医者として派遣されているはずの英の姿はない。さらに奥の部屋の上部に設置されているランプが手術中と点灯されており、現在手術中であることがわかる。ベッドにはすでに治療が施され安静にしている隼と理人、メデル。未だ目を覚ましていないムドーと弓ヶ浜、派遣された医療スタッフがいた。光我は弓ヶ浜を見て顔を顰めるが、今は私情を捨てる。

 

「……お前」

 

 もう一人、手術室の扉の前で佇む劉が光我たちに気づいた。

 

「ナイダン今手術中ネ。アイツは良い奴だた……もし死んだら私がお前殺すヨ」

 

 劉は奥歯を噛み締め、殴りかかるとのを何とか堪えている。

 

「蟲が良い奴なわけねえだろ! そもそもアイツが龍鬼を殺そうとしなきゃこうはならなかったはずだ」

 

 耐えているのは光我も同じ。せっかく殺しの道から抜け出せそうだった友が、再びその道に引き摺り込まれそうになった。許せるわけもない。

 

「蟲なんてどうでもイイね! ナイダン友達なの変わらないヨ。それを……」

「劉、少し落ち着け」

「メデル……」

「俺もお前程じゃねえが、ナイダンとは俺も親交がある。頭に来るのはわかるが俺たちはプロだ。おかしかったのも事実だしな。それに今は手術中なんだ、ダチならナイダンの無事をまずは祈ってやんな」

 

 力強く握っていた拳が解かれる。

 

「……わかたヨ」

 

 この場で年長者の、それも煉獄側ということもあり、メデルによって劉は少しばかり落ち着きを取り戻す。医務室で乱闘騒ぎを起こす心配はなくなった。

 

 光我は龍鬼を椅子に座らせ、別の医者に現状を見てもらう。

 

「助かりましたよ」

 

 場を納めたメデルに桂が礼を言う。敬語を使われると思っていなかったメデルは、毒気が抜かれる。

 

「よく言うぜ。いつ劉が動いても止められる様に構えてたくせによ」

 

 先の先を使えるメデルだからこそ、有事の際に桂がいつでも動けるように構えて来たことを探ることができた。モニター越しではあったが、ナイダンと龍鬼を止めた動きからもかなり強い事を理解しており、事前情報でもあった拳願会トップクラスの闘技者というのは伊達ではないと思っていた。

 

「それにしても、呂天までなとはな……。何が何だか」

 

 モニターの先では、呂天が自ら蟲だと暴露しアギトと同じ無形を披露していた。無形の練度だけを見れば呂天はアギトを上回っており、同じ土俵での勝負でアギトが退く珍しい展開ともなった。

 

 呂天は語る。自分は十鬼蛇二虎の弟子だと。二虎は二虎流を見限り、無形に新境地を見出した。無形を継いだ自分こそが、十鬼蛇二虎の正統後継者だと。

 

 無形と武、アギトが持つ強力な二つ武器が、それぞれ呂天の無形に対応され、去なされる。強いことはもはや疑いようもない。

 

「無形も武も通じねえって、加納のオッサン大丈夫かよ」

 

 仕合直後に、毒に侵されたことで意識が朦朧としてた理人も早急に回復を見せおり、包帯が巻かれているものの体調面で問題はない。ストンピングの乱れ打ちをされ、不利な体勢となっているアギトを心配そうに訪ねている。

 

「問題ねえだろ」

 

 アギトが振るう武も無形も、確かに強力。けれど真に恐るべきは、それらの両立。絶命トーナメント時、桂と黒木の両雄との仕合にて切り替わりの時間は限りなく短縮されたものの、当時はそれでもゼロにはならなかった。切り替え時の虚を突かれて黒木には敗れることになったが、二年の時を経て、それのラグを消し去ることに成功していた。それが意味するのは、人格の統合。かつて十鬼蛇二虎に拾われ、鍛えられ、蠱毒を強いられたアギトに宿った獣性。滅堂に救出された後、教育によって取り戻し、育まれた人性。意図せず武と無形を切り替えが人格の切り替えにもなっていたが、それらが融合した事で、現在のアギトは二年前のレベルを遥かに超えていた。

 

 無形は自動であらゆる攻撃を受け流せる絶技ではない。二年前に桂がアギトの無形を捉えたように、対応しきれなくなる限界は当然ある。武と無形を融合させることで一層読みが難しくなり、脱力が遅れた呂天はアギトの攻撃を受け流させなくなっていた。

 

 アギトが攻めに移り、呂天は防戦一方になる。

 

 呂天に異変が起こった。

 

「なんだありゃあ!?」

「忍! 実に奇怪な……変化の術でござるか!?」

 

 血管が膨張し、筋肉も膨れ上がる。脳のリミッターを外す呉一族秘伝「外し」。呉一族のように何世代にも渡って品種改良を行なってきた者達以外が使えば体が保たないはずのそれを、呂天は使ってみせた。スピードとパワーが桁違いに跳ね上がり、一三〇キロあるアギトの体を力技で突き飛ばす。

 

 それでも、相手は拳願仕合の帝王、五代目滅堂の牙を襲名した男。呂天の身体能力が向上して己を上回ったとしても、形勢が変わることはなかった。

 

 呂天は深刻な肉体の損傷を度外視し、更にリミッターを外す。解放率は呉一族の中でもほぼいない九〇パーセントを超えた。

 

 言葉にならない雄叫び。力任せの叩きつけでリングを砕き割る。パワーだけ見ればユリウス、若槻にも並ぶ。

 

 けれど、決着は一瞬だった。

 

 外し。中国を拠点とする本家本元の呉氏では鬼魂(グイフン)と呼ばれるその技法は、パワーとスピードは向上させるものの耐久力が上がるわけではない。呉の者は一様に品種改良によって肉体の耐久力を高めているが、一族の出ではない呂天の耐久力は彼らに比べて高くはない。無形による受け流しもタイミングをずらされた上に、ゼロ距離から必殺の一撃が顔面へと炸裂した。

 

 龍弾が弾け、煉獄の鬼を一蹴した。

 

「すげえ! 相手もバケモンみてえに強かったってのに、一撃で決めやがった」

 

 光我が画面に食いつくように、龍鬼は簡単な治療を受けながら流し目でそれぞれ仕合を見ていた。

 

「加納さんも、昔は生き残るために殺しを余儀なくされてたらしい。それでも自分の意思で殺しの道を抜けられたんだ。龍鬼、お前にだってできるさ」

「……できるかな?」

「できるさ。お前にはもう友達もいるんだしな」

 

 環境の違いは間違いなくある。アギトも蠱毒から解放された後も、滅堂に拾われていなければいまだに殺しの道を歩んでいた可能性もある。

 

「治療も終わったなら戻ろうぜ。俺に言われても説得力はねえだろうから、加納さんとも直接話してみろよ」

 

 龍鬼の場合はこれから。時間がかかっても自分なりの結論を出すべきだと、桂は考えていた。

 

 手術が終わればナイダンも来る。流石に殺し合った二人を同室にするわけにもいかないため、メデル達にも簡単に挨拶してから再びベンチへと向かう。

 

「やあ、久しぶり」

 

 戻る道中、桂たちを待っている男がいた。光我も龍鬼も知らない相手。

 

「桐生、仕合見に来てたのか。体調は大丈夫なのか?」

「もちろん。治療は続けているし、今日は調子も良いからね」

 

 桐生刹那。絶命トーナメントで猛威を振るい、三回戦にて王馬に敗れた王馬の因縁の相手。対抗戦に出場した呂天と同じように、十鬼蛇二虎に師事をし、二虎流を授かったもう一人の阿修羅。第二奥義として伝授された降魔、意図的にタキサイキア現象を発動させる技によって脳と自律神経にダメージを追ってた彼は、王馬に絶氣を受けて自律神経の乱れを抑えられた後、治療を続けていた。もし治療が完了し復帰していたは間違いなく代表メンバー入りしていただろう実力者。

 

「そりゃあ良かった。仕合の応援ならここには来ねえだろ。何の用だ?」

「そう警戒しないでよ。彼が悩んでいそうだったから、相談に乗ってあげようと思っていただけださ」

 

 刹那は桂でも光我でもなく、龍鬼を見ていた。

 

「俺?」

「そう。僕も数えきれないくらい過ちを犯して、愛する者を失ったんだ。先人として力になれると思ったんだけど、どうやらその必要も無さそうだ」

 

 刹那の視線が光我に向く。

 

 悪意があって近づいたわけではない。刹那からすれば純粋に龍鬼を心配しての行動ではあった。難しいのは、善意で近づいたとしてもそれが相手のためになるかどうか、と言う事。桂としては刹那に個人的な恨みはないが、今の龍鬼に近づけるには些か不安定な相手と考えていた。

 

 壁に寄りかかっていた刹那が体を起こし、歩き出す。

 

「帰るのか?」

「仕合は見せてもらうつもりだけどね。……もし助けが必要なら、いつでも言ってね」

 

 龍鬼の肩に手を乗せて、刹那は光我たちが来た道を進んでいく。

 

「……なんか、よくわかんない奴っすね」

 

 眉間に皺を寄せながら、光我は小さくなっていく刹那の背を見つつぼやく。

 

「あいつなりに龍鬼の事を心配してたんだろうが、気にする事ねえよ。とりあえず戻ろうぜ、次の仕合が始まっちまう」

 

 刹那と桂たちが話していたのと同刻。

 

 呂天が蟲であることが発覚し、尚且つ敗北したことを受けて、不穏な空気が煉獄サイドでは漂っていた。互いが互いに疑心暗鬼になる中、備え付けの電話が鳴る。この空気重いな、と呑気な声で呟きながら、ニコラがそれを取った。

 

「出光さんからの連絡で、この仕合を最後に先攻後攻がなくなるみたいだよ」

「ってことは、次からせーので出るのか」

「そうだね。どうする、誰が出る?」

 

 後出しの優位が無くなっても、仕合ルール自体は煉獄と変わらない。煉獄サイドからすれば特に大きな問題はなかったが、この機を逃せない男が一人いた。

 

「であればこの仕合、私が行こう」

 

 煉獄では双王の一角とされ、煉獄最強闘士であるロロンに比肩する実力を持つとされる”柔王”嵐山十郎太が名乗りを上げた。

 

 嵐山は柔道世界大会を三連覇した後の十九歳の時から二十年以上、相対する事を望み続けた相手がいた。二年前、死したと聞いた時は絶望したものの、今、拳願会のベンチには間違いなく彼がいる。年齢が合わないと言う者もいるだろう。事実、彼と彼は年齢がかけ離れている。だが、

 

 私にはわかるのだ。ようやく巡り会えた好機、逃しはしない。

 

 嵐山の圧に、代わりに名乗りを上げる者はいなかった。

 

 カラン、と下駄を鳴らしながら、リングへとゆっくり進む。リング中央まで来たところで、嵐山は彼にのみ視線を注いでいた。

 

 待人が上がってくる。嵐山はかつてないほどに胸の内で熱が沸き立つのを感じた。

 

「貴殿、目黒正樹の血縁者だな?」

「はい。そうですけど何か?」

 

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