一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

78 / 171
感想、お気に入り登録、評価、誤字訂正ありがとございます


13

 

 煉獄との対抗戦の数ヶ月前。

 

 東洋電力本社ビル会長室に、片原鞘香は足を運んでいた。目的は煉獄との対抗戦に向けた代表選手選出のため。二年前、クーデターに失敗し、現役を退いた今でも速水派閥である百人会の力は侮れない。対抗戦に勝利後の派閥間の問題を少しでも緩和するためにも、速水派閥の協力は必要不可欠なものだった。

 

「なかなか時間が取れず申し訳ありません。引き継ぎは終わっているのですが、まだ不慣れなものでして」

 

 速水勝正が引退する際に後継として指名されたのは、自らが養子に迎え入れた速水輝。柔からな金髪に、どこか幼さを残しながらも大人の色気を感じさせる顔立ちと、人を惹きつける瞳。立場に驕らず物腰柔らかな態度も合わさり、さぞモテるだろうなと言う印象を鞘香に抱かせた。

 

 何より、見た目だけの男ではなかった。会長交代後に若手が指名されたことから不安視され株価が一時的に下落したものの、彼の手腕は先代とは異なるものの決して劣らなかった。下がった株価も元に戻るどころか、さらに上昇。今期に至っては過去最高益を叩き出す見込み。

 

「いえ。お忙しい中お時間を取っていただきありがとうございます」

「それで、拳願会の件と伺っていますがどのような?」

 

 ヒカルは、よろしければどうぞ、と白磁のカップに注がれたコーヒーを差し出した。鞘香が飲むタイミングに合わせて、彼も喉を潤す。

 

「実は煉獄とーーー」

 

 鞘香は全てを明かした。吸収合併をかけた対抗戦が行われる事、一三人それぞれ選手を選出し、戦わせる事。仕合の時期。それをヒカルは鞘香の目をじっと見てひたすら黙って聴いていた。

 

「以上となりますが、過去の件の事は一旦忘れて、何とかご協力願えないでしょうか?」

「ええ。構いませんよ」

 

 鞘香が想定していた以上に、返事は実にあっさりしたものだった。それが思わず顔に出てしまう。

 

「なぜ、と言う顔をしてらっしゃいますね。……確かに義父は、片原相談役とは敵対していて、二年前にはクーデターまで実行した。結果的に失敗には終わりましたが、義父であればこんな時でも協力して欲しければ副会長の座を寄越せ、くらいは言っていたかもしれません」

 

 それは、まさに鞘香が考えていたものと同じだった。

 

「ただ、それはあくまで義父の話です。僕個人としては特に敵対する理由もありませんし、今はこちらの業務に手一杯で、拳願会の幹部席を欲する余裕もありません。まだ若輩者としては、これを機に少しでも他の方々とも仲良くなれれば、と言う打算的な面ももちろんありますけど」

 

 少し崩した話し方をすることで、いかにも本音で話しているように演じていた。夏忌からはより深いところに潜れ、とは言われていたが、無理やり入ったところで深度はたかが知れている。何より、ヒカルは拳願会には興味がなかった。

 

「そう言っていただけると、こちらとしても助かります」

 

 鞘香の言葉に、ヒカルは笑みで返す。

 

「とはいえ、百人会も僕の影響力ではどこまで協力してくれるかはわかりませんし、代表に足る実力がある闘技者もそう多くはないでしょう」

 

 かつては派閥に属していたペナソニック、西品治警備保証がいればまだ良かったが、今の社長たちに変わってからは派閥から離脱。トーナメント時に囲っていた、あじろ水産、夜明けの村、苺プロは動かせず、ボスバーガーとNENTENDOは闘技者が移動している。東洋電力が直接雇っていた最高戦力であるユリウスもクーデターの件で縁を切られており、規模は大きくとも中身がそこまで、と言うのが実情だった。

 

「唯一僕の一存で参加させられる闘技者が一人いますが、彼でもよろしいですか?」

 

 そう切り出されて直接紹介されたのが、実際に代表メンバー入りした速水正樹だった。

 

 とんとん拍子決まっていき、鞘香はひとまず安堵しながら礼をして部屋を後にした。

 

 鞘香を見送った後、ヒカルは正樹に話しかける。顔は見ずに、扉に語りかけるようでもあった。

 

「勝敗はどちらでも。気に入らなければ即棄権しても構わないよ」

「義兄さんはそれで良いの? 僕が勝てば一応は借りが作れるとは思うけど」

 

 一三仕合しかない中での一勝は大きい。それくらいはヒカルも理解しているし、拳願会に大きな貸しを作れるのも今後事業を担っていく上では役立つ。

 

「正樹の強さは信頼しているよ。でもたかが対抗戦、わざわざ手傷を負ってまで戦う必要はないと思っただけさ。さっきも言ったように好きにして良い」

「あんまり興味なさそうだね」

 

 正樹の確証をついた言葉に、ヒカルは思わず乾いた笑いをこぼした。

 

「そうだね。心底どうでも良いって思ってるよ。拳願会でも、煉獄でも、好きに戦えば良い」

 

 目的が外敵から守るために団結する事、なのは理解していた。争っているのは結局のところ誰が旗振りをするかどうか。

 

「それじゃあ僕も好きにさせてもらうよ。義兄さんには借りがあるから、少しでも返せると良いけど」

「あれを借りなんて考えなくて良いよ。義父が臆病だっただけさ」

 

 速水正樹は脳と心臓に爆弾を取り付けられていた。いつでも爆破できるように起爆をスマホで操作できるように設定して。ヒカルがその事に気付いた時、正樹に正直に伝えて除去手術を行い、その二つは(、、、、、)撤去されている。正樹が恩を感じているのはその点に関して。

 

「あ、そう言えばどうでも良いけど、父さんって死んだの?」

 

 表向きは引退して海外で隠居生活を送っている、となっている。

 

「なんでそんな事聞くんだい?」

「だって父さんはクソ虫だったからね。いろんな所から恨みも買っていたみたいだし。一応言っておくけど、経営手腕とかはちゃんと尊敬していたよ」

「さあ。義父がどうしているかは僕も本当に知らない。元気にやっていて欲しいとは思うけれどね」

「そういう事にしておくよ」

 

 特異な出自によって、正樹が歪む事はなかった。

 

 現在有名私立大学である殴慶大学に在籍し、柔道同好会とボランティアサークルに所属。さらには不定期ながらも中学まで通っていた柔道教室に顔を出し、子どもたちに指導を行っている。天性の人たらしとでも言うべきか、大金持ちという事にも鼻をかけずに謙虚な姿勢は、大学内で彼を悪く言う者は誰一人としていないほど。

 

 絵に描いたような好青年、それが外から見た速水正樹だった。

 

 時は戻り、第七仕合目。

 

「間に合ったな。次は……また強そうなのが出てんな」

 

 桂はリング上に立つ嵐山を見て、すぐに強者だと判断した。

 

「お帰りなさい。臥王君の怪我は、大丈夫そうで良かった」

 

 問題は外傷よりも内面の方。こればかりは見た目では判断できず、どうしても時間がかかってしまう場合が多い。

 

「良かったら速水も気にかけてやってくれ。俺らなんかより、同年代の方が良いだろうしな」

「ええ。僕なんかで良ければいくらでも力になりますよ」

 

 さてと、と言って、正樹が帯を締め直した。

 

「なんだ、この仕合に出んのか」

「はい。どうやらあちらさんも僕が気になるようなので。とりあえずやれるだけやってみます」

 

 柔道対決。並び立つと柔道家ならではの体の厚みを感じさせる。

 

 仕合が始まる前、正樹がイヤホンをしたままだったことをレフェリーに咎められた一幕があり、一旦仕切り直して仕合が始まる。

 

 柔道世界大会三連覇経験者と大学の柔道同好会選手。本来肩書きだけを見れば、階級が同じであっても戦いにもならない組み合わせ。

 

 それを示すかのように、掴みに行った正樹が気づいた時には投げられていた。受け身も間に合わず悶絶する中、無情にもカウントアップが始まる。投げられた本人は愚か、卓越した動体視力をもつ一夫にもまるで見えなかった。

 

「素晴らしいじゃないか」

 

 どの戦いも見ていて面白いものではあったが、ジャッキーは初めて選手の技術に対して感嘆の声をこぼした。

 

「何が起こったのか全然わからないね」

 

 ジャッキーや厭以外は何が起こったのかわかる者はいない。いくら長年見続けきたとはいえ、アイにも見えないのはおかしいことではない。

 

 なんとか正樹が立ち上がり、再び掴み掛かるもまた投げられる。硬い床に受け身もなく叩きつけられるのは、想像以上に堪える。

 

「近づいたら投げられるなら、近づかなきゃ良いんじゃない?」

「それじゃあ仕合にならないだろ」

 

 ルビーは妙案を思いついたと言わんばかりには言うが、アクアのすぐに否定される。

 

「いや、あながち間違いではないよ。彼がやっているのは掴まずに投げる事だ。手の動きに注意してアウトレンジからの攻撃に徹すれば、少なくとも投げられることはない」

「掴まずに投げるってどういうことですか?」

 

 詳しくはないアクアはつい聞き返してしまう。

 

「柔道の投げというのは、まず掴む。組むとも言うかな、そして投げるの二つの動作に別れているんだ。彼は最初の動作を指先で挟むだけだったが……あの感じは摩擦でもいけるかもしれないな、それと重心の操り方を深く理解しているからこそ、触れた瞬間に投げることができる」

 

 ジャッキーの解説は正しかった。

 

 嵐山が表舞台を離れてから、投げについてひたすらに追求を続けた。衣類を挟むだけ、指先をかけるだけ、そして皮膚の摩擦だけ。嵐山だけが使える全く新しい投、「振り」を生み出した。触れる物全てを投げられる、というのは大言荘厳ではない。

 

 だから余計なことを言うんじゃないよ……。嵐山って奴の投げは確かに脅威だが、異常なのは速水の方だな。段々と起き上がる時間が短くなってる。東洋電力の奴ら、ウチからクローン技術を盗んで何しているのかと思えばこんなのを作ってたのか。

 厭は速水のクローン元である目黒正樹の事は細かく知らないものの、正樹は作り出された存在というのは正しかった。

 

 蟲と協力関係にあり、東洋電力が盗んだ技術で作り出したのが目黒正樹のクローン体。痛覚を快楽に転化せる特異体質、柔道家としての類稀なる才能。本家の目黒正樹からより駒として扱いやすいようにと作られたのが、速水正樹だった。

 

 痛みが快楽になるのであれば、正樹は痛みでは止まらない。投げられる程に快楽は増し、それを求めるかのように立ち上がる。頭を強打してもすぐさま起き上がり、頭から出血しているにも関わらずその顔には笑みが張り付いていた。まるでゾンビのような振る舞いに、会場からはどよめきが生まれていた。

 

 実力は嵐山が正樹を遥かに上回っている。これが拳願仕合ルールであれば、投げた後に追撃をして終わる。けれど今は煉獄ルールであることに加え、嵐山の武人としての矜持によって打たない事から決め手に欠けていた。

 

 そうなれば、いくら実力に差があっても正樹にも勝機は残っている。何度も投げ続けた嵐山の疲労、倒れない正樹に対する過大評価や思い込みもあり、柔道以外の技も使い始めた正樹の攻撃がようやく当たる。

 

「すみませんね、柔道だけじゃ勝てないので色々と使わせてもらいます」

「詫びる必要はない、ルールの範疇だ。貴殿……目黒殿は好きにすると良い」

「はい? 僕は速水ですけど」

「いいや、私にはわかる。貴殿は目黒正樹だ、そうだろう?」

「貴方、ちょっと変ですよ」

 

 何より、何度も何度も投げられれば、タイミングもわかってくる。あくまで予備動作がないからこその強みであり、十分に速いが投げの速度だけに注視すれば全く対応できないわけではない。数えきれないほど投げられ、ついにタイミングを掴んだ正樹が肘を振り下ろし、嵐山の鎖骨を砕く。

 

 右腕を失った柔道家。いくら嵐山ほどの手だれであっても、利き腕ではない片手と両手の差は大きい。

 

 初めて嵐山が投げられ、正樹が追撃で鉄槌を振り下ろす。

 

 嵐山に正樹のような体質はない。何度も、意識がなくなるまで振り下ろされた拳を受けても、嵐山は笑っていた。

 

 私の目に狂いはなかった。貴殿こそが我が宿敵。

 

 まだ越えるべき壁がある。まだ強くなることができる。武人としての本能が、負けを悔やむ以上に嵐山に笑みを与えていた。

 

 ジャイアントキリング。難敵を倒したのは拳願会にとって非常に有益なものであった。

 

「すげえよ速水君! 荷物持ってきたけど水を先に飲む?」

 

 戻ってきた正樹に光我が駆け寄る。

 

「ありがとう成島君。水は大丈夫だから、イヤホン貰える?」

 

 タオルで血と汗を拭い、正樹はイヤホンを真っ先に要求してすぐに耳にはめた。

 

「流石に投げられすぎてダメージが大きいので、医務室に行ってきます。もしかしたら治療で戻ってこられないかもしれませんが、後三勝、陰ながら応援していますね」

 

 勝利に酔うわけでもなく、やけにあっさりした正樹を一同は不思議に思うも、勝者に何かを言及する者はなかった。

 

 イヤホンからは、流行りの曲が流れているわけではなかった。

 

 延々と呟かれる一人の男の声。

 だって仕方ないじゃないですか? 一三年間も我慢したんですから……もう、無理ですよ。

 

 クローン元である目黒正樹の声。生前に彼の独白を録音したものだ。それを繰り返し、繰り返し、繰り返し、何十年もかけて目黒正樹の半生を叩き込む。

 

 呉氏宗家にのみ伝わる秘伝中の秘伝「回生(フイシュン)」。日本語で生き返りを意味するその術は、受け手に語り手の魂を宿す「擬似的な転生」方法だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。