一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

79 / 171
感想、誤字訂正、お気に入り、評価ありがとうございます


14

 

「この仕合からは先攻後攻がなくなり、一斉に選手を出すようです」

 

 本来はここから改めて拳願会側が先攻だったため、ありがたい事だと一夫は考えていた。これまでで早くも七仕合終わり、一仕合が無効となってしまったものの四勝二敗と悪い成績ではない。対抗戦も折り返し、残り六仕合。その内半分、つまりは三勝すれば対抗戦に勝利となる。

 

 一夫は、頭の中で残っている選手を整理する。

 

 拳願会側は大久保直也、呉雷庵、十鬼蛇王馬、徳尾徳道、日向桂、ユリウス・ラインホルト。

 

 煉獄側は、アラン・呉、ニコラ・レ・バンナ、赫、劉東成、ロロン・ドネア、飛王芳。

 

 相手にはまだ三鬼拳の二人、最強のキングが残っているものの、悪くないと一夫は考えていた。大きな組合せのミスさせえなければ勝てる。何より、先の戦いでジャイアントキリングを成し遂げたことで勢いは拳願会に来ている事に喜びを感じていた。

 

 誰に出てもらおうか、と一夫が悩んでいると、雷庵が上着を脱ぎ捨て出て行こうとしていた。

 

「俺が行くぜ」

 

 返事ははなから待っていない。止められても行くつもりだった。

 

「雷庵、ルールわかってんだろうな? 家族も見に来てんだ、殺すんじゃねえぞ」

「うるせえな。誰がてめえの指図なんか受けるかよ」

 

 毒を吐き、リングへと上がる。

 

 桂とてまともな返答が返ってくるとは思わなかった。

 

 だが、雷庵も勝利を取ってこいと依頼された事は理解している。実に残念なことではあるが、この大会に限っては殺すつもりはなかった。同時にリングに上がってくる男に、雷庵は歪んだ笑みを浮かべる。

 

「遊んでやるよ、若造」

 

 雷庵と同じく呉の名を持つアランは、一三〇〇年前に中国の呉氏から枝分かれし、西洋に渡った征西派の一人。

 

「はじめて見た時から決めてたんだ。今日は、お前を殺す」

 

 殺すつもりはない。ただ、相手が弱くて、勝手に死ぬ事はあるかも知れないが。まるで一目惚れした相手に告白でもするかのように、雷庵は殺害予告をする。

 

 そんな会話は当然両陣営には届きもせず、読心を習った王馬も背中からではわからない。

 

「あいつ、ほんまに大丈夫なんやろうな?」

 

 トーナントで一回戦に王馬と戦う前に理人を使ってウォームアップをした事を知っている大久保は、いまだに雷庵を信用しきれていなかった。

 

「プロ意識は持ってると思いてえけどな。そこん所はどうなんだよ?」

「俺に振るんじゃねえよ」

「一番詳しいだろ。伊達に毎日闘り合ってたわけじゃねえんだ」

 

 桂が呉の里に行ったの数えられるほど。王馬と雷庵と戦ったのも同じほどだが、里に滞在していた王馬は完治してからと言うものの、連日雷庵と戦う日々を過ごしていた。

 

「知らねえよ。強さなら保証するけどな」

「いや、強さの心配ちゃうねん。ルール守るかの話しせえや」

「やれやれ、まるで獣だね」

「ま、まあ、雷庵君を信じましょう。呉一族は契約を何よりも重んじるはずですから」

 

 速水正樹が行っていた回生。本来呉氏宗家にしか伝わっていないはずのそれをなぜ東洋電力が使えていたか。東洋電力は蟲と繋がっており、征西派が蟲と繋がっていたからに他ならない。

 

 そしてアランもまた、その回生によって記憶を引き継いでいた。

 

 推定、五〇〇〇年前。まだ神々が息づいていた太古の時代に突如、地の底から這い上がるようにそれは生まれた。人を、獣を、鬼を、神さえも、殺戮の限りを尽くしたとされるのが、始まりの呉とされる呉黒(ウーヘイ)だった。

 

 回生はあくまで擬似的な転生方法。魂が実際に宿るわけではなく、記憶を植え付けるだけ。言い換えれば洗脳に近い。何より受け手が語り手とは異なる。近縁者ほど望ましいとされるが、どれだけ似ても父と母の遺伝子が入る以上、オリジナルからは時を経る毎にかけ離れていく。加えて回生の時期が遅くなればなるほど、受け手の人格との統合が上手くいかないケースもあることから、その実、扱いが難しい秘術ではあった。

 

 ならば、どうすれば良いか。

 

 素体に関しては、近年の目覚ましい技術革新によってクローン技術が確立された。近縁者の中から選び抜いて継がせる必要は無くなったのだ。成功したクローンであれば、素体の素養は作られた時点ですでにわかっており、早期から継がせることができる。

 

 より安全に、より確実に。

 

 現状、呉黒を継ぐ者は五名。万が一の事態に備えるため、かつ内部分裂を防ぐためにもその人数が限度だった。その内の一人、現在征西派を率いるエドワード・呉は、いわゆる本命の個体。アランを含め、他四人はスペアだった。

 

 仕合開始の合図を待たずに、鬼魂を一〇〇パーセント解放したアランが雷庵を攻める。一番回生が遅かったこともあり、アランとしての人格と呉黒の人格が不完全に混ざり、どちらでもない状態となっている事で、精神面はひどく不安定だった。

 

 レフェリーの声は届かない。

 

「分かったか? これが正真正銘の鬼魂だ。さっきのモドキとは訳が違うぜ。ほら、お前も外せよ、殺してやるぜ」

「いいじゃねえか、なかなか良い玩具だ。……?」

 

 相手が殺しに来るなら、仕方ねえよなあ。

 雷庵は正当防衛だもんな、と思いながら、どう殺そうか思案する。口からチーズのように裂いてやるか、首を枝のようにへし折るか、心臓をぶち抜いて噴水のように血を吹かさるか。

 

 だが視界にそれが入ると、注意が完全に逸れた。

 

 エドワード・呉。かつて、蟲討伐のための三氏族の共同戦線にて裏切った征西派の頭目。呉一族の次期当主候補を殺した裏切り者。一族総出でも殺したい男を目にした時点で、雷庵の標的はアランではなくなった。

 

「お前はもうどうでもいい。さっさと失せれば見逃してやる」

「ほう? 強気じゃねえか、この俺に失せーーー」

 

 呉一族伝、獅子咬。

 

 今は一秒でも時間が惜しい、雑魚に構っている時間はない。あの時のように邪魔が入るのも煩わしいため、外しを使って最速で首の骨を外した。

 

「え?」

 

 レフェリーを務める椎名ありさの目の前で、アランがあっけなく死んだ。

 

 あまりにも一瞬の出来事に、大半の者がまだ現実を理解していない。

 

「審判、俺の反則負けだ。この雑魚の勝ち名乗りを上げてやりな」

 

 拳願会側のベンチに戻ることなく、去っていったエドワードの後を追っていく。

 

「あの阿呆、殺りおった!」

「ルールを守るほどの知性もないとは、呉一族の信用も地に落ちるだろうね」

「……あのボケが」

 

 大久保、二徳、桂がそれぞれ雷庵に対して悪態をつく。スプラッタさはない。血の一滴も出ない暗殺技。それでも、殺したことには変わりない。掴んでいた流れも完全に絶たれた。単なる反則負けの一敗、と言うのにはこの敗北の代償は大きい。

 

 雷庵の反則負けが告げられ、意図的な重大なルール違反をしたことに対してペナルティを課すかの審議が行われる。

 

 拳願会側から勝ち星を一つ没収する案も上がったが、アラン自身も仕合開始を待たずに攻めたこと、ズボンのポケットにナイフを忍ばせていたことから殺意があったとみなされ、ペナルティの話はなしで落ち着く。

 

 会場のざわつきは収まらないが、対抗戦は続く。比較的クリーンではあるが、煉獄も裏格闘技団体。闘う側も見る側も、リスク承知で来ているため中断という選択肢はなかった。

 

「し、仕方ありません。切り替えていきましょう!」

 

 一夫は自身の任命責任を感じながらも、なんとかチームが壊れないように奔走する。

 

「あの阿呆の尻拭いはゴメンやけどな、俺が行ったるわ」

「大久保、俺が行く」

「アホぬかせ。少し頭冷やさんかい」

 

 大久保とで頭に来なかったわけではないが、桂を見て落ち着きを取り戻していた。自分よりも怒っている相手を見ると冷静になる、と言うのは存外間違いではないらしい。

 

「安心せえ。アイちゃんも坊も嬢も来とるんやろ。プロとしてクリーンに華麗に勝ってきたるわ」

「大久保さん、お願いします」

 

 一夫が正式に大久保を次の選手に任命する。

 

 拳願会が次の選手を選出した傍ら、煉獄でも誰が出るか決まっていなかった。

 

「次は誰が出る? 言っておくが、俺は殺し合いなんてゴメンだぜ。割に合わねえよ」

「あれれ〜? 飛ちゃんビビっちゃった?」

「そりゃあビビるだろ。こっちは殺し屋じゃなくてスポーツマンなんだよ!」

「残りは五試合。劉がまだ戻らない今、出るとすれば俺たち三人からか」

 

 ロロンが出てれば勝利は確実ではあるが、ここで切るべきカードではない。劉は相変わらず医務室にいる以上、飛かニコラか自分だと、赫は考えていた。だが正直なところ、赫も現段階では出るつもりはない。ベストはさっさと七勝して自分が戦わずに終わることではあったが、それも難しくなってきた今、なんとしても奴の後に戦いたいと考えていた。

 

「ニコラ、行けるか?」

 

 そんな赫の考えを読んだかのように、ロロンからの援護が入る。

 

「僕? キングからのご指名か。良いよ、行ってくるよ」

 

 コールが入ったため、双方のベンチからニコラと大久保が上がってくる。

 

 アナウンスでニコラの名前が入ると黄色い声が多く飛び交い、大久保の名前が入ると野太い声が多く飛ぶ。赤と白とでも言うべきか、明らか層が異なっていた。

 

「はーい、メルシーメルシー!」

 

 声援に応えるようにニコラは両手をあげて振る。甘いマスクを持つニコラは、煉獄でも屈指の人気闘士。ファンサービスを受けて観客の女性陣から甲高い声が上がった。

 

「なんやワレェ、ここはアイドルのコンサートとちゃうねんぞ」

「ごめんね〜。ほら、僕って人気者だからさ」

 

 悪びれる様子もないニコラ。

 

「知るかいな。男なら顔やなくて中身で勝負せんかい。アンタもそう思うやろ?」

 

 大久保は同意を得るためにありさに話を振る。思えば、絶命トーナメントの時もそうだった。黄色い声援が上がるのは刹那、王馬、桂、二階堂といった顔の良い連中ばかり。こちとら島で何度ナンパして失敗したことか、と大久保は人知れず過去を思い出しては内心で毒付いていた。

 

「え!? 私ですか?」

「ありさっちを困らせないでよ。前の仕合であんなだったのに、いきなり食い倒れ人形に話しかけられたら余計にビックリしちゃうでしょ」

「誰が食い倒れ人形や! ってようやくツッコミできたわ。誰もツッコまんから滑り倒すところやったで。アンタ、思ってたより良い奴やな」

「それはど〜も。まあ、お祭りなんだし、せっかくだから楽しんで良い仕合をしようよ」

「同感やな。一丁俺らで会場沸かしたろうや」

 

 握手をする両名。これまでで一番平和なニコラと大久保の雰囲気に、ありさも安堵していた。

 

 ニコラがサングラスを取り、上着を投げ捨てズボンを脱ぐと、スパッツ一枚の戦闘スタイルになる。その際にも歓声が上がり、大久保は顔を顰めた。

 

「あれ、そのまま闘うの?」

「かまへんやろ。この方が観客にも受けるの間違いなしや」

 

 服装で強さが変わるわけではない。相手を舐めているわけでもない。暗くなってしまった会場の雰囲気を変えるためにも、食い倒れ人形の衣装ままが良いと判断してのことだった。

 

「引く、の間違いじゃないかな。さてと、僕も彼も準備ができたから始めちゃってよありさっち」

 

 ニコラに促され、切り替えたレフェリーが仕合開始を告げる。

 

 まずは一刺し。

 

 先手を取ったニコラの拳が、大久保の腕を捉えた。

 

 微動だにしない。当てる事に重点を置いた攻撃に重さはない上に、三十キロ以上差があるニコラの打撃は生半可な威力では大久保にはダメージにならない。ヒットアンドアウェイで離脱したニコラは、仕合中にも関わらず口を開いた。

 

「まずは挨拶だよ。忠告してあげるけど、パリの蜂に解毒剤はないから気をつけてね」

「何がパリの蜂や。こちとら難波のロッキーじゃ、毒くらい飲み干したるわ!」

「……食中毒にならないと良いね」

 

 ”パリの死神”ニコラ・レ・バンナ対”格闘王”大久保直也。第九仕合が幕を開けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。