一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「見たかワレェ!」

「ああ、見てたよ。ナイスファイトだった。おかげで頭も冷えた」

 

 大久保が手を出してきてので、それに合わせるように桂も手を出す。思い切り叩きつけた後、そのまま大久保が肩を組んだ。

 

「せやろせやろ。つまりはあれや、これで貸し一つってことやな?」

「なんだよ、恩着せがましく言いやがって」

「前に一度話したことあったやろ? あれでちょうどチャラにできるんやけどなー」

 

 何かあったかと記憶を辿ると、桂には思い当たる節が一つだけあった。

 

「前? ……ああ、あれか。あれは無理だな」

「はあ? なんでや!?」

「まだ報道されてねえけど、高峯さん結婚するからな。流石に既婚者紹介できねえだろ」

「嘘やろ!? 相手は誰や!?」

 

 肩に組んでいた腕を素早く外し、問い詰めるように桂の両肩をがっちり掴んだ。せっかく良い感にで仕合に出て、しっかりと勝ってきたのに色々と台無しだと桂は感じてしまう。視線も呆れた物へと変わっていた。

 

「確か、実業家、とか言ってたような。そのうち報道あるから見とけよ」

「何が悲しゅうてそんなニュース見なきゃならんねん」

「知らねえよ」

「な、なら他の子は!?」

「そりゃあ流石に相手に失礼だろうが」

 

 本命がダメだったから、他の子を紹介してくれ。

 

 大久保が言っているのはまさにそれで、とてもではないが紹介する気にもなれなかった。とは言え、大久保も本心から言っている訳ではない。桂に限らず、悪くなっていた自陣の空気を払うには、笑いの力も必要だと考えていた。

 

 現に膝から崩れ落ちた大久保に、冷笑は含まれていたものの笑いが生まれている。

 

 一夫も良い方向に変わり始めた空気に、自分を犠牲にしてまで笑いをとりにいく大久保を流石だと思っていた。

 

 煉獄も、ニコラが負けたものの悲壮感はない。キングことロロンがいる現状、あと残りのメンバーで二人勝てば良いだけ。

 

「何ヨ、ニコラも負けたカ。皆だらしないヨ」

 

 医務室から劉がちょうど戻ってくると、ニコラがリングから降りてきた所だった。

 

「負けちゃったのはしょうがないね。敵討は頼んだよ〜」

「縁起ないこと言うないヨ」

 

 返事はなく、ふらついた足でそのままベンチを通り抜けて医務室は向かう。赫は、仮面越しに見送る。

 

「ナイダンは無事だったのか?」

「なんとかネ。先生治した言ってたけど、ナイダンまだ寝てるヨ」

 

 執刀医は英はじめ。即死でない限りは、おそらくは治してしまうであろう凄腕の医師。彼の手にかかれば、手術はもちろんの事、肉体の改造もお手のもの。

 

「一命を取り留めただけでも良かったな」

 

 飛としても、口にはしなかったがあれは死んだな、とは思っていた。煉獄に入って二年、劉ともナイダンともそこそこの親交があったため、生きているのであればそれに越したことはない。

 

「どうする? そのまま劉ちゃんが次の仕合出るか?」

「俺が行こう。残りのメンバーを考えれば、俺が出ておいた方が良いはずだ」

 

 立候補したのは赫。選抜された闘士の中で、唯一のB級闘士。合併前の毘沙門に在籍し、合併後にB級でも一仕合しかしておらず、豊田出光がその仕合を見て抜擢した異例の経歴を持つ闘士。飛としては、それ以上に名前が気になるところではあった。

 

 赫とは、中国で有名な殺し屋の名前。

 

 春秋戦国時代、楚の国に「龍旼」と呼ばれる武芸者がいた。その強さは圧倒的で、五人いれば楚が中華統一を果たしていたとされる。その名に肖る武芸者は多く、かつて東洋電力守護者であり、蟲であった男もその名を名乗っていた。

 

 だが、その龍旼と唯一渡り合える者がいた。仮面の暗殺者「赫」。実在したかも不明な都市伝説レベルの存在ではあるが、確かに赫と同じ名ではあった。

 

 彼は考える。もしかしたら、赫も蟲なのではないかと。

 

 第十仕合、リングインする際は実に対照的だった。片や音もなく幽鬼のように上がり、片やリングを砕かんとするが如く力強い音を立てて上がる。

 

 “音無の悪夢”赫 対 ”モンスター”ユリウス・ラインホルト

 

 二〇四センチと二〇五センチ。高身長を誇る両雄の厚みは雲泥の差。九七キロの赫に対して、ユリウスは二一〇キロ。倍以上の体重差ではあるが、見た目はそれ以上の差を感じさせる。

 

「貴様では役不足だ」

「随分とデカいな。コレは骨が折れそうだ」

 

 ドイツのマッスルモンスター。筋肉の殉教者であるユリウスは、筋肉にばかり目が行きがちだが頭脳面でも群を抜いている。あらゆるトレーニング理論、栄養学、薬学、心理学までも修めた闘技者きっての知性派。冷静に赫を観察し、かつて見た殺し屋連中に通ずる雰囲気を感じ取っていた。仮面、と言う視界不良のデメリットをあえて自ら施すのも、いかにも何かあります、と言わんばかり。あらゆる可能性を考慮した結果、先の言葉をぶつけた。

 

 ユリウスが低く、前傾姿勢で構える。

 

 赫はただ手を前に翳し、格闘技では見ない構えをする。

 

 赫には二つの能力とも言えるべき力が備わっていた。

 

 英の手術によって後付けされたそれらの力は、実に強大。一つは、シバリング。骨格筋などの不随意で小刻みな収縮を行う身体の特徴でもあり、体温調整性と非体温調整性に大別され、赫が使うのは前者。通常が毎分二〇〇回に対し、赫のそれ一五倍の三〇〇〇回。通常の打撃もより浸透しやすくなる一方、相手の打撃を散らすことも可能になる。二つ目は、シバリングを武器として強化するために視床下部に手術した際に得た、驚異的な視覚情報処理速度、通称、帝王眼。山下一夫や成島光我が持つ超人的な動体視力を人工的に再現したもので、脳への負荷が大きく常時発動しているデメリットを除けば、その能力は拳眼を凌ぐ。

 

 赫はこの二つの武器を、一つの任務を実行するために手に入れ、煉獄に吸収合併される前から情報を掴み毘沙門に籍を置いていた。

 

 ニコラ・レ・バンナの素手による暗殺。

 

 それが、赫がフランス政府から依頼された任務だった。だからこそ、この仕合はそこそこに切り上げ、弱っているニコラを仕留める絶好の機会だった。

 

 仕合が始まり、ユリウスが先に動いた。

 

 巨大に反して速いが、赫の想定内。仮面によって帝王眼に制限をかけた状態でも十分に追うことができる。

 

 左に避け、シバリングで高速振動している手をユリウスの顔に叩きつける。デカいやつと真正面から闘り合う必要はないと言わんばかり。だがーーー

 

「やはり下らん」

 

 相手はあのユリウス。まるで意に介さず、ユリウスが赫の腕を掴んだ。まるで子供が人形を踏りまわすかの様に、赫の身体が宙に浮く。直後、赫は地面へと叩きつけられた。リングの一部が陥没する威力に、いくらシバリングによるダメージ分散があっても気絶するには十二分過ぎた威力だった。

 

「下らん技だ。真の強者に技など不要」

 

 カウントを待つ必要もなく、ユリウスの勝利が宣言された。

 

 あまりの短時間の決着に、皆が呆気に取られていた。

 

「……考えすぎだったか」

「何がヨ?」

「赫って中国で有名な殺し屋の名前だったんだけどな、もしかしたらとは思ったが、ありゃあ関係ねえわ」

「あー、そのことカ。私も聞いたことあるヨ。けど大昔の話、名前が同じだけネ」

 

 残り三戦、煉獄に後はない。それでも飛も劉も焦る様子は無かった。

 

「次は私行くヨ。お前達お先ネ」

「おー。頑張って俺らにも出番回してくれよ」

「誰に言ってるカ。飛は次の準備でもしてるヨ」

 

 劉がリングへの階段を上がると、同じく拳願側からは二徳が上がってくる。

 

「ふむ、その様子では彼は無事だった様だね」

「先生のおかげヨ。けど、まだ目を覚さないネ。お前倒して、ナイダンちゃんとした病院連れて行くネ」

「友の為に闘う、か。良い物語が書けそうだ」

「お前作家カ?」

「興味があるかね? よろしければ後ほど私の著者を進呈しよう」

「面白く無いかったら破り捨てるヨ」

「安心したまえ。ぜひ忌憚ない意見を期待するよ」

 

 徳尾徳道はあくまで闘技者は日銭を稼ぐための副業。本業は作家であり、これまで何冊か出版こそすれ中々に日の目を見ていない。一部熱狂的なファンはいるが、ベストセラーや映像化、とは程遠い位置にいる作家だった。

 

 かつて著書を読んだことのあるアクアは言う。難しい言葉は使われているけれど、中身はありきたりで、言葉選びのせいで読みにくなっている気がする。古文で桃太郎を幼児に読み聞かせる感じかな、と。同じ本を読んだ有馬かなは言う。つまら……全く内容が頭に入ってこない、と。それらの感想は、幸か不幸か二徳には届いていない。

 

 少し腰を低く構える二徳に対して、劉は左手左足を前に出す中国拳法の構えを取る。

 

 ナイダンに聞きたい事、言ってやりたい事は山ほどある。まずは目を覚まして貰わない事には始まらない。生きてはいるがまだ意識は戻らぬ状態で、どんな情報が入ってくるかはわからない。だがせめて、意識が戻った時、お前のやらかし分も勝ったぞと言ってやるためにも、劉は負けるわけにはいかなかった。

 

 頭は冷静に、けれど内に秘めた物は熱く。これ以上ないほどに整ったコンディションは、劉のポテンシャルを最大限に引き出す。

 

 劉が物心ついた時、すでに八つの武術を習わされていた。一日一つでは足りない数だが、その内五つは奥義体得まで至った。父親を超える武術の才能、数を増やせばそれだけ一つ一つの練度が下がるはずが、彼の才能はそれをさせなかった。

 

 発勁が二徳を捉える。小柄ながらに、プール程度であれば震脚でモーセの再現が可能な彼の発勁は、本来当たればひとたまりもない。これまでも、A級で二徳以上の体格を持つ相手を伸してきた。

 

 だが、真正面から受けてなお二徳は倒れず。発勁を打った手を掴み、お返しと言んばかりに脳を揺らすだに顎を打ち上げる。

 

 化勁で流す。引かれた腕を決して逆らわず、背負い投げできた二徳頭に膝を打ち込んだ。

 

 二徳自身の力と劉の攻撃力。本来ならばダウン必至の打撃。流石に劉の腕を掴んでいた手は離れるも、それでも倒れることは無かった。

 

 打撃勝負に出る二徳に劉も応じる。馬力はあるがそれだけ、技のキレは比べまるまでもなく、裁き小刻みに打ってダメージを稼ぐ。注意が手に向いたところでのハイキック。二徳仰け反った所で蹴り上げた足をリングに叩きつけ、その勢いを発勁に乗せる。

 

 決まった、はずだった。

 

「……我ながら嫌になる不器用な戦い方だ。だが、耐えられた」

 

 劉の顔を両手で押さ、力技で二徳が地面に叩きつける。

 

 発勁が通じない。

 

 手応えがあったからこそ、それでも倒れない二徳に畏怖を抱く。何をしても効かないのではないかと思うほどに。叩きつけられた影響で視線が安定しない。カウントが始まった声が、近づいたり遠のいたりする。

 

 二徳としても、立て続けに食らった発勁の威力には慄いていた。なんとか急所をずらす事で耐えられたが、耐えただけで決して無傷ではなく、下手をすれば落とされていた。自身の耐久力を理解しているからこその芸当。本来であればスマートに対応したいところではあるが、どうしても泥臭い戦い方になってしまう。

 

 カウント九、ギリギリまで回復に費やした劉が起き上がる。

 

「怪力、頑丈、投げ……まるで誰かにそっくりヨ」

 

 一年ほど前。劉は初めてナイダンと出会ったのは今のようなリングの上だった。モンゴル相撲なんて珍しい奴を連れてきた、程度にしか思っていなかったのは記憶に新しい。ナイダンは強かった。やけに硬く、力は強く、厄介な投げ技。まるで今日のような相手。そして今日のように、歯車が噛み合って勝ったのだ。

 

 似ている。姿も性格もまるで違うが、似た特徴の相手。ならば、勝てる。

 

 どっしりと構え、大きく息を吐く。

 

 崩拳一閃。

 

 劉の攻めを合図に、再び打撃戦に入る。二徳がバックボーンはサンボ。スポーツサンボ、コンバットサンボと分類されるが、コンバットサンボでは打撃も認められている。二徳も聖地ロシアにて鍛錬を行い身につけているが、打撃では劉が優勢。

 

 ロシアンフック。

 化勁。

 発勁、からの連撃。

 二徳は肉体に任せて耐えるも、猛攻は止まらない。トドメのゼロインチから繰り出される寸勁に、大きく後退した。

 

 中国拳法のフルコースを受け、口から血反吐を吐き咽せながらも、二徳は倒れなかった。

 

「……どうしたかね? 私は倒れていないよ。さあ、続けよう」

 

 二徳が格闘技を始めたのは、二十歳を過ぎてからと遅い。幼少期から太宰に憧れ、目指し、古今東西のあらゆる書物を読み漁った。幼稚園、小学校、中学校と成長して行くにつれ、二徳は己に与えられた才を自覚し始める。神が与えたのは、作家としての才能ではなく、天与の肉体。助っ人として何度か運動部の試合に出たこともあった。同時に作家としても何本か書き上げ応募するも、声がかかるのはスポーツ選手としてのスカウト。同級生は言う、才能は使わないと勿体無い。大人たちは言う、才能あるんだから素直にそっちの道に進めよ。誰もが、作家を目指したいという声を、才能がないからとまともに取り合わなかった。

 

 才能、才能、才能……。

 

 与えられた才能は、いつしか二徳にとって呪いとなった。望まぬ才など不要。不要な才能を与えた神を恨み、復讐としてサンボを始めた。誰もが才能を望むのであれば、その才能で叩き潰されろ、と。

 

 復讐心に駆られ、暗い執念を宿した二徳はすぐに頭角を表し、裏格闘技会に参戦。そこでも、二徳は負けることはなく、いくつか実績を残して拳願会に参戦。最高峰と聞いていた戦場でも、その才能の前に誰も勝てなかった。今から二年前、加納アギトと戦うまでは。

 

 初めての敗北。意図せずして訪れた虚無感。療養する傍ら、ひたすら二徳は考え、ようやく暗い道に光が差した。自分は負けず嫌いで、遊びでも負けたくはない。与えられた才能を活かせずして、作家など名乗れない。二徳は、己を強くした復讐心と決別することを選んだ。

 

 復讐心に囚われそうだった男と、復讐を乗り越えた男。

 

 復讐をテーマにするもの良いかもしれない。一瞬そんなことが二徳の頭を過ったが、すぐに振り払った。余計なことを考えていては勝てる相手ではない。今は一度書を捨て、ただ闘う事のみに集中する。

 

 拮抗した実力。

 

 殴られ、殴り返し、数えるのが億劫になるほどの応酬を経て、二徳は劉を投げ、過去一の早さで腕ひしぎ十字に無意識に移行した。

 

 靭帯が伸ばされ、腕が悲鳴をあげる。ここまで極まれば無傷での脱出は非常に困難を極める。怪我や今後のキャリアを考えれば、降参する方が早い。拳願会と煉獄が合併しようと、一闘士である劉にはさほど影響がない。戦場が変わるだけだ。

 

 けど、負けたなんてアイツが起きた時に格好付かねえだろッ!!

 友情なんて、人によっては陳腐だと吐き捨てる者もいるはず。友情のために命を捨てるなんて馬鹿らしい。劉自身、他人のそれを見たらそう思うかもしれない。それでも、友情は理屈ではなかった。

 

 右腕を犠牲にし、左で発勁を叩き込む。

 

 背がリングという事もあり、威力は不十分ながらも分散できずに大ダメージとなる。

 

 ダウン中の追撃は禁止。劉はらしくないと自嘲しながらも、二徳が立ち上がるを待った。起き上がり、再開されると最後の応酬が始まる。

 

 どちらが勝ってもおかしくはない展開。

 

 最後に勝利を掴んだのは復讐を乗り越えた男、ではなく友のために勝つと固く決めた男だった。

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