一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 劉と二徳の仕合が終われば、残りは二仕合。現状拳願会がリードしており、仮に残り全て負けたとしても引き分け。ただ、そうなってしまえば間違いなくサドンデスとなり、選手が多い煉獄の有利になってしまう。

 

 一夫はどうするか考える。桂も王馬も、同じく二虎流を使うオールランダー。相手の飛とロロンもパワーファイターと思える体格ではなく、おそらく万能型。相性としては悪くはない。桂と王馬も拳願会トップクラス故に、どちらを先に出しても勝てる確率は高いと考えていた。どちらかから立候補があれば任せたが、双方から順番は決めてくれ、と言われているからこそ悩んでしまう。贅沢な悩みではあったが、悩ましいものは悩ましい。

 

 悩んだ末に選出した選手が、レフェリーのコールを受けてリングへと向かう。

 

 ”天拳”日向桂 対 ”三鬼拳蝦蟇”飛王芳。

 

「やっとパパ出てきた!」

「これで勝てば拳願会の勝ちか。美味しいところで出てきたじゃねえか」

「あの子の仕合なら、変に気張らなくて良いから楽で良いわね」

「そうだな。安心して見れる」

「どうやら、随分と彼は信用されているようだね」

 

 ジャッキーはビールを飲みながら、桂の家族の反応見て素直に思った事を口にした。

 

「勿論! 家族ですから。ケイは勝つよ」

「ほう、それは楽しみだ」

 

 家族。なんとも懐かしい言葉だと、ジャッキーは良い肴になることを期待して、これまでの仕合以上に注目をした。

 

 負ければ敗北が確定となる仕合にも関わらず、飛の表情には不安や焦りは見られない。むしろ余裕を感じさせるかの様に、小さく笑みを浮かべてさえいた。

 

「対抗戦は殺し合いではありません。ルールを守り、クリーンな戦いを心掛けてください」

 

 ナイダンと龍鬼戦以降言い続けてきた文言を、レフェリーが繰り返し伝える。アラン、雷庵戦で起こった悲劇が、自然と語気を強めた。

 

「当然。あの馬鹿みてえな事はしねえよ」

「そうそう。そんな熱くなるなって、これはお祭りだぜ」

 

 飛は上着を脱ぎ、後ろへと放り投げる。

 

「俺は楽しく踊れれば満足だよ」

 

 言葉とは裏腹に、敵意は桂へひしひしと伝わってくる。仕合前にはよくあることではあるが、別の意図が含まれている様に感じた。

 

 双方構えた時だった。

 

 モニターが切り替わり、暗がりの中で人影が映り込んでいる。暗さのせいで、誰かまではよくわからない。

 

『遊ぶ必要はねえ。ーーー解放しろ』

 

 顔は見えないものの、桂はその声に聞き覚えがあった。

 

 モニターが再び切り替わり、リングを映し出す。

 

「……なんだよ、気が早いな」

 

 飛は壬氏太極拳の使い手としての流れるような動きを止め、直立した姿勢になる。困ったと思ってもいない事を言いつつ頭をかきながらも、口角はずっと上がったままだった。

 

「やっぱり生きてやがったか。そうなるとお前は、新しい弟子って所か?」

「よろしく、先輩。アンタから学ぶ事は何もないとは思うけど」

「生意気な後輩だな。まあ、敬えなんて言わねえから好きにしろよ」

 

 舌戦になっていた所をレフェリーに咎められ、改めて仕合開始宣言がされた。

 

 飛は二年前、願流島にいた。島ではあらゆるところのにモニターが設置されており、直接会場に足を運ばずとも仕合を見ることができた。仕合を見たのは最終日だけ、それでも、加納アギトとの仕合を見て、見知らぬ二虎流が使われている事は理解していた。

 

 例えば、アギトが初撃を許した時の動き。

 

 傍目から見れば呆けているようにしか見えなかったそれも、いざ面と向かえばその理由もわかる。

 

 人はどれだけ集中しているようでも、必ず意識の隙間は存在する。加えて、瞬きをする時、息を吸う時、力を入れる時も、瞬間的に隙ができる。それを合わせ、潜り抜けるように接近する歩法が、火天ノ型、燐火。二年前には特定の相手にしか使えなかったそれも、二年の歳月をかけて技として完成した。使える時間はごくわずか。だが、相手が誰だろうと関係ない。その僅かな時間でも懐に入り込むのは十分すぎる。

 

 飛が気づいた時には目の前から桂の姿は消え、真横から脇腹目掛けて肘が入る。金剛と火天ノ型の複合、瞬鉄・爆。桂が視界から消えた瞬間に咄嗟に脱力していなければ終わりかねない一撃だった。飛は勢いに逆らわず、衝撃を水天で分散させ、流れを操り、ダメージを限りなくゼロへと近づける。転がる体を操流を使って操り、片手で倒立して体勢を立て直した。

 

「あービックリした。まじで見えねえじゃん」

 

 トップクラスでも無ければ、先の組み合わせで大抵の相手は倒せる。不意打ちの瞬鉄を完全に去なされた時点で、並のレベルではないことがわかる。

 

「まあ、効かなきゃ意味ないけどな」

 

 次に動いたのは飛だった。火天ノ型、火走によって不規則な運足で桂の周囲を掛ける。王馬とも桂とも違う不規則な動き、基礎さえ習得すれば、それ以降はアレンジしやすい分個性が出やすい。

 

 金剛ノ型、飛斧脚。王馬とも桂とも異なる二虎流。六の十鬼蛇二虎が考案した次世代の技の一つで、脚の筋肉を引き締め首を刈り取る技である。

 

 操流ノ型、柳。

 

 初見の技。先読みを使っていない今、大事なのは見てからの反射神経と対応力。受け、捌き、避け、カウンター。そしてそれぞれの方法の中から、最も効果的である方法を選び出す。顔面への蹴りを躱し、その力の流れを使って一本背負いの要領で叩きつける。

 

 飛の脚の筋肉が緩み、脱力へ。指先から掌へ、掌から手首へ、手首から腕へと綺麗に接地することで威力を殺す。起き上がり様の追撃を烈火で後方へ移動して回避し、すぐさま接近へと切り替えた。直前で上体を低くする。桂の中では似た動きである火天・水天ノ型、炎水が脳内をよぎり、それへの対応を取ろうとしたところで失策だと理解する。

 

 火天・水天ノ型、絶壊。

 

 円を描くように両掌を叩きつける技が、桂の腹部を捉えた。自身の速度をそのままぶつけた事で、九〇キロ近い桂が突き飛ばされた。

 

「やるなアイツ、途中までは炎水と同じだが、俺の知らねえ技だ」

「どうやら私達の知る二虎流とは異なる。もはや似て非なる武術と見て良いだろう」

 

 二虎流を知る王馬とアギトが、感心したように飛を褒める。

 

「感心している場合じゃねえだろ。直撃したんだぞ!?」

 

 光我の目には間違いなく直撃に移っていた。突き飛ばされた威力を見ても、楽観視している場合ではない。それにも関わらず、王馬やアギトだけでなく、誰もが心配するような素振りを見せていない。

 

「心配すんなって。当たりはしたがちゃんと受け流してる。あの程度で落ちるほどアイツは柔じゃねえよ」

 

 ここ一年、王馬は雷庵と連日手合わせをする以外にも、他の相手とも手合わせをしてきた。頻度は少ないが、たまに里へと顔を出しに来た桂とも手合わせはしている。どちらも前借りを使うほどの命を賭けた戦いはしなかったが、現状のレベルは理解しているつもりだった。

 

 それを証明するかのように、カウントが始まることもなく平然と桂が起き上がる。アギトや呂天が見せた無形に近い、水月。意趣返しかのように、飛と同じく攻撃を完全に去なしていた。

 

 双方、受けに関しては水天と操流を上手く使うことで、打撃では決定打には欠ける。そうなると寝技、組技が比較的有効には思えるが、どちらもそれを使うことはなかった。

 

 飛は桂の行為を挑発と見做し、それに乗る形で打撃で攻める。水天と操流で去なせるというのであれば、それを上回る打撃でダメージを与える。飛からすれば前世代の技も交えつつ、次世代の技を主軸において攻めた。

 

 桂も同じように打撃で攻める。どちらが先に相手の防御を崩すかの勝負。突きを首を傾けて躱す。殴打は手のひらで受け、手甲を使って捌く。蹴りは距離の問題もありどちら使わない中で、始めは互角のように見えたそれも、徐々に差が浮き彫りになり始める。

 

「あれ? なんか、変じゃねえっすか?」

「光我君、君もわかるかい!?」

 

 優れた動体視力を持つ光我と一夫が、最初に異変に気がついた。

 

「やっぱり良い眼を持ってんな。ヤマシタカズオ並に上等だよ」

 

 この中で唯一詳細を知っている王馬は、手放しで光我の観察眼を褒めた。一夫はそれを聞いて謙遜するが、闘技者を含めても動体視力で勝る者はそういない。

 

「変っていうのは、桂の方だろ?」

「そうっすね。なんて言うか、ズレてるって言うんすかね。全部じゃないんすけど、時々タイミングが変なんすよ」

 

 光我は上手く言葉で説明することができなかったが、的を射ていた。

 

「間違ってねえよ。桂がやってんのは演技だ」

「演技って、それこそアイさんとかがやってる?」

「そうか、お前らもアイ達とは面識があったんだな」

 

 最近アイの作る飯を食べに行ってねえな、とどこか違うことを考えながらも、王馬は光我に詳細を説明する。

 

 同じころ、当のアイ達も同じ話題をしていた。むしろ演技という点から見れば、闘技者以上に彼ら以上のプロと言える。アイは私が教えました、と言わんばかりに胸を張っていた。

 

「あの動きは奥方が?」

「全部じゃないですけどね。一応役者もやっているのでそっちの方だけは教えました!」

「なるほど、演技か。通りで面白い動きをする」

 

 演技の上手い役者の定義は何か。感情表現が上手い事、求められる役を忠実に再現できる事などが良く挙げられるだろうが、時代によっても、テレビと舞台などの媒体によっても上手いとされることは異なるため、一概にこれ、と言うのは難しい。ただ言えるのは、方法はどうあれ、上手く観客の目を惹きつける事は、どの時代でも上手いとされてきた。

 

 アイが役者として長い間重宝されるのは、単に演技力というよりも、人を惹きつける天性の才があるため。その才は嘘。自分を守る為に使用してきた盾は、演技の世界では強力な武器になった。

 

 アイに誰よりも間近に居続けた桂には、アイ以下の嘘は通じない。それは仕合でも同様。かつて初見泉が見抜かれたように、フェイントや騙し討ちの類は桂によほどの物でもない限り効果はない。

 

 二年前、初めての敗北を機に、桂は己の技を見直し鍛え直す傍らで新たな武器を求めた。きっかけは、アイの演技の練習をしている姿を見ている時だった。大袈裟な動きをしているわけでも、特徴的な間を作るわけでもないにも関わらず、アイの演技は自然と目を引く。真実だと思わせるような嘘、リアリティの高さに、桂は自分の分野でも使えると目を付けた。

 

 痛くないのに本当に痛そうにする、すごく速く走りそうなフォームなのに実際には遅い。桂が目指したのはそのちぐはぐさ。

 

 天性の才能を、そのまま再現することはできない。アイ本人も感覚的にやっているため、言語化して誰かに伝えるのは困難を極めた。試行錯誤の繰り返し。なんとか演技のいろはと嘘のつき方を伝えた。視線、息遣い、感情、気配、間に加え、足りない部分は身体の分割操作、各部位を独立させ動かす方法で補った。そうして完成したのは、あるべき位置にない、来るべきタイミングで来ない、動くはずの無い方向に動く、奇妙な動き。

 

 無ノ型、嘘技

 

 どの系統にも属さない為、体外離脱のように無ノ型としたそれは、相手の虚を突くことに特化した技。体のパーツを独立させて動かすため、威力自体はさほど高くない。それで虚を突く打撃は響き、フェイントにも使うことで本来の打撃を通しやすくもなる。

 

 水天と操流は、タイミングが重要な型。つまりはズラされれば十全に力を発揮することは叶わない。飛は自身の攻撃は通らないにも関わらず、桂の打撃だけが通る嫌な展開を許していた。

 

 切り替えて不壊で体を硬化させてなんとか防ぐも、それは一時凌ぎにしかならない。鋼の如き肉体を得たとしても、それを上回る鉄砕によって砕かれる。鳩尾に入る一撃が鎧を砕き、飛の呼吸を止める。腕を掴まれていることで逃れることもできない故に追撃を許した。

 

 柳で足を払われて体勢を崩され、膝を着いたところで、水天・操流ノ型、章魚による決まった型のない絞技によってスリーパーホールドのように背後から首を絞める。手を使わせないよう桂の足が絡まり、逃げ道を一つ封じる。

 

 落ちるまで、残り七秒。

 

 最後の試練だ。拳願会のトップをとってこい。ただし、十鬼蛇王馬以外でだ。お前が「虎の器」に相応しいことを証明してみせろ

 

 飛の記憶の中で、二虎が告げる。二虎の中で器の候補は王馬と飛のみ。同じく二虎流を使う桂は器になれないと見なされたのだと考えていた。落選した出来損ない。だからこそ舐めていた。

 

 だが、現実はどうだ。有効打を与えることもできず、締め上げられている。このままいけば落とされて負ける。自分も、器の候補から落ちる。

 

 残り五秒。

 

 出来損ないの分際で、ふざけんなよッ!

 

 飛にとって、器になることは自身の存在意義を示すこと同義。こんなお祭りで、失敗作に負けて失うことなど断じてあり得なかった。

 

 残り三秒。

 

 飛はついに切り札を切ることに決めた。

 

 生じた爆発的な力で無理やり絞技を外して吹き飛ばす。結っている長髪も逆立ち、全身には血管が浮き出ていた。

 

 二虎流第参奥義、神魔。

 

「出来損ないが調子に乗りやがって。俺は「神」も「魔」も超えた、これが真の二虎流だよ。「次の虎」は俺だ」

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