一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 憑神か? いや外しか?

 

 桂は変化した飛の姿を見て、心音が聞こえないことと、呂天が呉一族でもないにも関わらず使えたことから「外し」、もしくは「外しに似た技」だと考えていた。

 

 飛の動きを視認した時、既に拳が鳩尾に迫っていた。

 

 咄嗟の脱力も不十分。リング中央から端まで一気に殴り飛ばされ、たった一撃で形勢がひっくり返される。

 

 カウントが始まった。

 

「場外に落ちておけば楽だったのに。それで終わらせるつもりはねえけど」

 

 飛はルールに則り追撃はしない。しかしそれはルールを遵守しての行為ではなく、圧倒的な力を持つ者の余裕でしかなかった。奥義を使用した己に勝てる相手はいない。師である十鬼蛇二虎でさえ、神魔を前に勝てるはずもないと踏んでいた。

 

 二虎流第壱奥義「憑神」。第弍奥義「降魔」。前者は心臓を意図的に高速で動かし、生じたエネルギーを運動能力に転換する技。後者は、生命の危機に瀕した際、周囲がスローモーションに切り替わるタキサイキア現象を利用する技。第参奥義の「神魔」はそれの掛け合わせ。単に憑神と降魔の併用というだけでなく、出力も桁違いに上がっている。

 

 王馬や桂が使う憑神は、心臓を四、五倍に加速させる程度。飛のは数十倍。文字通り桁違いの出力を誇り、呉一族の外し以上の強化率となる。

 

「ほら、立てよ。格の違いを教えてやる」

 

 この異常に早い音は、信じられねえけど心音か……俺の憑神じゃ話にならねえ差だな。パワーだけでも若槻さんとユリウスと同等かちょい下。これだけ出力上げて良く生きてんな。

 

 過去に少し全開にしただけでも心臓の負担を感じた身として、桂はなぜ飛が平気な顔して立っていられるのかが理解できなかった。

 

 カウント八で起き上がるも、受けたダメージを回復させるにはあまりにも時間が足りない。

 

「さっきの歩法でも打撃でも打って来いよ」

「そうかよ。……じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ」

 

 先ほどは見失った歩法。今の飛には、視界から消えようとしている姿を僅かではあるが端に見えていた。神魔によって呼吸タイミングやその深さ等が変わったのもあるが、何より見る物全てがスローに見えることで、見つけてさえしまえば後追いで十分に捕捉することができていた。

 

 ゆっくりに見えれば、対応方法も十分に考えた上で繰り出せる。

 

 遅っせえな。

 

 いかにも騙しがうまくとも、じっくりと見れば気づくのは簡単。先ほどは痛い目を見た嘘技に対しても、もはや恐るるに足りない。攻撃の隙間を縫うように急所へ攻撃を当てるのは容易かった。

 

 飛からすればまるで数秒、桂からすれば一瞬。何発も叩き込まれる。

 

「ははっ、必死だな」

 

 嘘技と水月、先読みの組み合わせ。打つように見せかけ、その実予めカウンターを見越しての受け。桂がダウンをしなかったのが、初撃とは異なり受けに徹していたからに他ならない。

 

 若槻武士、ユリウス・ラインホルト。拳願会の中で最も純粋なパワーがあるのはこの両名。一番速いのは、御雷零。今の飛は彼らを合わせたようなもの。打撃速度に限れば、かの雷神を超えており、いかに人間離れしているかがわかる。

 

「んじゃあ、これも凌げるか?」

 

 飛は少しだけ出力を上げた。何をしようとも関係ない。上から叩けば壊れると言わんばかりにひたすら連続で攻撃を叩き込む。

 

「耐えてる!? 嘘だろ!?」

 

 ひたすらに流れる続ける桂が立っている事に、光我は信じられない物を見る眼で見ていた。桂の純粋な耐久力は、それが秀でている闘技者たちと比べるまでもない。身長も体重も闘技者の平均以下の身体は、元より耐久性に富んではいない。それでも、脱力が間に合わなくなるほどの飛の猛攻をなんとか凌いであるのは、先の先と力の点を押さえる操流ノ型、虚を併用しているため。それでも完全ではない。ひたすら数を打たれれば気の起こりを読んでも対応が追いつかなくなり、そうなれば当然力の点を的確に押さえきれなくなる事でズレた分のダメージが入る。若槻並みのパワーによって外した箇所はみるみる赤くなり、御雷並みのスピードは、擦った部分を容易に裂く。桂の体が、内外の出血によって赤黒く染まっていく。

 

 うっぜえな。出力をもっとあげるか? いやいや、これ以上は流石にまずい。コイツはなんとか耐えているだけだ。焦らず、じっくり削れば良い。

 

 打撃の手応えがまるでない時と減っている時がある。飛からすればなんらかの方法で耐えている事はわかっても、原理まではまるでわからなかった。苛立ちから一気に畳み掛けたくなるが、戻れなくなるリスクを考えると桂が反撃する余裕さえないことから、現状維持が望ましいと判断した。

 

 神魔は心臓と脳をブーストさせる。それぞれの負荷だけでも多用した場合は王馬のように心臓が、刹那のように脳が深刻なダメージを負うことになる。重篤化すればどうなるかは、絶命トーナメント時の両名が示してくれた。飛が二人以上の出力にしているにも関わらずまだ生きているのは、彼もまた特別であることの証左。

 

 飛の師、十鬼蛇二虎にはかつて大陸から集めた四〇〇〇人の弟子がいた。ほぼ全員が身寄りのない子供で、二虎は才能を見抜き、放っておけば死ぬ彼らに生きるチャンスを与えた。衣食住を与え、二虎流や無形を授ける。当然ながら慈善事業ではないため、そこから蠱毒によって素体が選別され、五〇人程度まで絞られる。その後、それぞれに憑神と降魔が授けられ、その段階で減り、出力を上げる度に弟子は減っていく。最後まで残り、神魔に到達したのは飛ただ一人。

 

 なぜ耐えられたか、理由は定かではない。だが間違いなく耐えたからこそ、彼は十鬼蛇二虎の最後の弟子としてここにいた。

 

 飛にはプライドがある。自分こそが四〇〇〇人の屍の上に立つ頂点、最後の弟子、虎の器として真の後継者だと。王馬のように気まぐれで憑神を授けられた半端者が、なぜ未だ器候補なのかは知らない。けれどそれ以上に、器候補から漏れているはずの桂がまだ倒れないことの方が余程癇に障っていた。

 

 また手応えがなくなってきた?

 

 一時は徐々に実感し始めた手応えが、ここへ来て減り始めている。

 

 今の飛は、速度とパワーを乱雑に振るっているに過ぎない。緩急がなければ、いくら速くとも目は嫌でも慣れてくる。加えて、一つでも誤れば死に繋がりかねない猛攻を前に、桂の集中力はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。周囲の雑音が消え、飛にのみ焦点が定められる。極限まで鋭敏化した感覚、タキサイア現象とまではいかずともその一歩手前のレベルが、より素早く、正確に気の起こりを読む。数手先から、数十手先へ。もはや防御に専念した桂を、現状の打撃で突破するのは不可能。

 

 だが、受けだけでは飛に勝つ事はできない。気の起こりを読み、動く先に拳などを置くことは、スローに見える飛には通じない。言い換えれば、受けるのが精一杯という状況ではあるが、桂は勝利を諦めてはいなかった。

 

 内心で舌打ちをした飛が、蹴りを放ちながら一旦距離を取る。途切れないとされる打撃も、さすがに永遠とはいかない。打ち続けた事と神魔の連続使用により、脳が小さい警告を出していた。

 

 飛は考える。現状では負ける事はないものの、突破は困難。神魔なしでは勝てない以上、出力を上げざるを得ないが、長時間使用もそろそろ限界に近い。決めるのであれば短期決戦。全解放はせず、最速の瞬鉄で決めるとして動き出す。

 

 信じられねえ位に強え。正直生きてんのは馬鹿正直に真正面から殴ってくれるからだ。

 戦力差は歴然。それでもまだ桂が耐えられているのは、飛が武を使わずに単純にパワーとスピードで勝負を仕掛けてくるため。神魔を使ったことで跳ね上がった身体能力に絶対の自信があることと、少なからずある脳への負荷から、無意識的に選択肢が狭まっている可能性もあった。

 

 肉体の損傷から疲弊する中、桂の集中力と感覚は依然として高い状態で保たれている。

 

 位置関係もあり、桂は初めて家族の姿を見た。手を握り締め、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 

 頑張って

 

 他の声援や歓声などがある中で、その声だけはやけにはっきりと聞こえた。自然と活力が湧いてくる。

 

 そうだよな、約束したもんな。

 

 息を整えるほどの間もなく、飛が瞬鉄・砕を放つ。顔面への強襲。避けられず、力の点も押さえらず、明確な直撃。仰け反った体が、手応えが、拳から伝わってくる。

 

 勝った。

 飛がそう思った直後、顎に衝撃が走った。

 

 その技は、四位一体。王馬の師である二虎が編み出した、あらゆる技の中で唯一四系統全てを使う。呉の里へ行き、定期的な技術交換の中で、桂と王馬は互いの技を教えあっていた。

 

 操流によって相手の攻撃から来る力の流れを操り、水天の脱力によって身体を通過せ、火天によって瞬時に最適なポジショニングや姿勢を確保、金剛によって受け流した相手の力と自身の力を重ねて相手に叩き込む。

 

 鬼をも殺す、と意味を込められた技の名はーーー

 

 二虎流奥義、鬼鏖。

 

 この技に決まった型はない、操水火金の順で繋げられるカウンターは全て鬼鏖とされる。顔面にもらった一撃は、スウェーした頭から首、胴体、脚を通り、鞭のようにしならせた前蹴りが顎を蹴り抜いた。

 

 呉一族の外し、二虎流奥義の憑神と同様、神魔も使用者の耐久力は上がらない。神魔状態で放たれた瞬鉄、そこに桂自身の攻撃力が重なった以上、もはやその直撃を耐えられる者は存在しない。

 

 八〇キロを超える肉体が宙を舞い、落下する。カウントをするまでもなかった。

 

 レフェリーがジャッジを下し、勝者が決まる。対抗戦にも決着がついた。

 

 集中力が切れると、途端に疲労が全身を襲う。ふらついた時、桂を支えたのはアギトだった。双方のベンチから選手たちが集まってきていた。

 

「ども」

「見事な戦いだった。腕を上げたな」

「二年もありましたからね。首、ちゃんと洗って待っててくださいよ」

「フッ、望む所だ」

 

 立っているのが辛いため、桂はリングに腰を下ろした。王馬達、一夫と光我、龍鬼も近づいてくる。

 

「どうだった?」

「元々水天と操流の複合型で基礎はできてたんだ、できて当然だろ」

 

 鬼鏖において特に重要視されるのは、操流と水天ノ型。身体は加速装置にも減速装置にもなることから、受け流す方向を誤れば攻撃は流せず、脱力が不完全ではダメージを浸透させる過程で自滅してしまう諸刃の剣。 桂は水月によって鬼鏖のための前半の工程はほぼ出来上がっていたため、残りはそこから火天と金剛に繋げ、どのように相手へと返すかだった。

 

「素直に褒めろよな」

「俺に褒められても嬉しくねえだろ」

「そりゃそうだ。それより見せ場を盗っちまって悪いな」

「気にすんなよ。これからいくらでも闘る機会はあるんだ」

 

 残る王馬とロロンの仕合は、仮にロロンが勝ったとしても煉獄が勝つことがなくなった以上、対抗戦として実施する意味は無くなった。

 

 意識を戻した飛が起き上がる。医務室から戻ってきていたメデルが背中を支えている。

 

「あー……。クソが、俺じゃなかったのか」

 

 口から血が出ているが、顎は完全には割れていない。死角からの前蹴りも、咄嗟に水天で散らしたことで不完全ながらにダメージを散らすことができていた。

 

「今まで闘った中で一番強かったぜ、治したらまた闘ろうぜ」

「お断りだよ。つーか、俺はもう戦えねえ」

「アレの使いすぎか?」

「おそらくはな。心臓の方はまだいけそうだが、体がダメだな。左半身がほとんど動かねえ」

 

 むしろこれまでよく耐えてきた、と言った方が正しい。憑神と降魔を高出力で同時発動をしてきたのだ。過去にも何度も使用してきたことで、ついに飛の脳が限界を迎えつつあった。半身が動かないのもその影響。闘士としての飛王芳は、たった今間違いなく死を迎えた。

 

「十鬼蛇王馬……。おめでとう、これでお前が「虎の器」だ」

「前にも同じ事言いやがった奴がいたぜ。んで、虎の器ってのはそもそも何なんだ?」

「十鬼蛇二虎の後継者だ。器と認められれば、二虎の技と知識の全てが引き継がれる。しくじったぜ、器になればもっと上を目指せたってのによ」

「おい、龍鬼は違うのかよ?」

 

 光我も気になることがあった。飛の言い方では、虎の器は王馬であり、龍鬼は違う。それであればなぜ蟲に狙われているのか。

 

「臥王龍鬼か。お前も最初は候補かと疑ってたが、お前のソレは二虎流じゃねえ。お前も惜しかったよなあ、同じ遺伝子だってのに技が違うんだ。「虎の器」の資格はねえよ」

「遺伝子って、どういうこと?」

「薄々は気づいてんだろ。三人とも同じ顔してんだ。お前らは蟲が作ったクローンだよ」

「結局俺たちは誰のコピーなんだ? さぞ良い男なんだろうな?」

 

 王馬と桂は互いがクローンかもしれない事までは知っていたが、オリジナルが誰かまではわかっていない。

 

「知るかよ。ただ臓器培養までして貰える高待遇だ、それなりの地位の人間……あ? ちょっと待てよ。遺伝子が同じで二虎流使うのに、なんでお前は器じゃねえんだ?」

 

 飛の視線が再び桂に向けられる。

 

「俺が知るかよ。そっちが勝手に器って呼んでんだろうが」

「髪の色が違うってことは遺伝子が若干違う……。それで器候補から外れた? それにさっきの言い回し……。おい……顔はハッキリと見た事ねえが……。嘘だろ……そういうことかよ……」

 

 飛の中では、一つの説が出来上がっていた。

 

 なぜ日向桂でも、臥王龍鬼でもないのか。なぜ、十鬼蛇王馬に限定されていたのか。

 

「ククク……二虎、アンタ大した役者だぜ、まんまと騙されたよ……そうだよ、こんな事普通は思いつかねえって」

「おい、なんだってんだ?」

「ふざけやがって。初めから「虎の器」はお前だったんだよ。あとは勝手に考えやがれ」

 

 飛は担架に乗せられ、担がれる。

 

 騙されていた。初めから。そうであるならば、なんのために虎の器になるべく蠱毒を生き抜き、なんのために死のリスクを抱えた奥義まで身につけたのか。

 

 二虎……俺を嵌めがったな。見つけ出して殺してやる。

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