一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「はあ〜、良かったあ……」

 

 仕合決着コールが付くまで、アイは心臓の鼓動がやけに早く感じていた。手に汗はかく上に喉も渇く。ライブでも演技でもここまで緊張する事は無かった。

 

 アイの隣でははしゃぐルビーと、控えめながらも嬉しそうにしているアクア。前方では壱護とミヤコが祝杯をあげていた。

 

 アクアたちとは反対の隣から差し出されたのは、ビール缶。開けたてなのか、泡が飲み口から出てくる所でありアイはそれは間髪入れずに受け取り飲む。少しぬるくなってはいたが、これまでで一番ビールが美味しく感じた。今ならビールのCMもいけるかもしれない、とも一瞬考えが過ぎる。

 

「おお、良い飲みっぷりですね」

「あ……すみません。つい頂いちゃって」

「構いませんよ。良い仕合を見せてもらいましたから」

 

 やはり闘争とは良いものだ。

 

 今日見た十二試合、ジャッキーからすればビール片手にスポーツの試合観戦でもする気分のようなものだが、来た甲斐があったのは間違いなかった。記憶にある限り、戦いと呼べるものは近年ではない。八五年ほど前の友人が唯一、戦いになり得た相手と言えるだろう。やはりどうにかして闘いたい。ジャッキーは読めない表情の内で、密かにそう考えていた。

 

 今日見た中では、彼も良い線言っていると思うが……

 

 先の先、力の点を押さえる技、意識の合間を縫う歩法程度はできていた。どれもがジャッキーからすれば技とも呼べないようなものではあるが、もしかしたら最低レベルまで諸々を抑制すれば戦いになるかもしれない。とは言え、それでは彼の願望は満たされる事はない。せいぜいが小腹が空いた際につまむ茶菓子になるかどうか。やはり本命が望ましい。今進めている研究に目処が経てば、ヨーガの呼吸も合わせれば全盛期とはいかなくとも間に合う。

 

「……そうか。ご苦労、上がっていいぞ」

 

 盛り上がる中、厭はかかってきた電話を受けて簡素に返事をした。

 

「お仕事ですか?」

「まあそんなとこっスね。それより本当にすみませんね、終始あのオジサンが邪魔しちゃって」

「邪魔とは思われていないぞ」

「それはコチラさんが言うことで、アンタが言うことじゃないんスよ。ほら、仕合も終わったんだから帰りましょうよ。時間も押してるんですよ、割とマジで」

 

 厭からすれば長居すればするだけ面倒なことにしかならない事はわかっていたため、用が済んだ今一秒でも早く連れて帰りたかった。とは言え、今日もらった薬は箱買いして持って帰る事は決めていた。

 

「そうか、それなら仕方ないな。では皆さん、さようなら。またどこかで会いましょう」

 

 思いの外素直だったことに驚きながらも、この機を逃すまいと厭は同じように挨拶をした後、ジャッキーの背中を押して帰路へと誘導する。

 

 廊下を進みながら、厭は今日抱いた疑問を解消しようと試みた。

 

「聞いて良いですか?」

「なんだ?」

「日向アイに何かあるんスか?」

 

 回りくどく聞くだけ無駄だ。人の話を聞いているのか聞いていないのかわからない相手に、わざわざ考えさせる事を言えば絶対に返答が適当になる事を理解していた。

 

「ああ、そんな事か。厭は知っての通り私は大昔からいるわけだが、基本的に妻も子も、回生の受け手を残す手段でしかなかったわけだ。だが、いつの私だったかはもうわからないが、本気で愛した女性が一人だけいてね。彼女を見ていると、どこか懐かしい気分になった」

 

 それが俗に言われる、狂った個体なのかどうかさえ、もはやジャッキー自身にも定かではない。

 

「……アンタから愛なんて言葉を聞くとは思いませんでしたよ。あの双子にもそんな感じすか?」

「だろうな。私自身も驚いているよ。アクア君とルビー君か……うん、そうだな、似たようなものだよ」

 

 記憶の中では、結局その女性とは間にはどういう訳か子にはなかなか恵まれず、やっと子を成せたとしても死産が多かった。それが双子としてあそこまで成長していることに、繋がる者としても思うところはあった。

 

 

 

 

「よお、派手に負けたな」

「二虎か。会いに来てくれるとは思わなかったぜ」

 

 飛が担がれて医務室に運ばれる側、止まったかと思えばよく知る声が聞こえてきた。瞬く間に前後の運搬スタッフが殺され、飛はそのまま地面へと落ちた。

 

「なに、ちょっと忘れ物を取りに来ただけさ」

「忘れ物ねえ。奇遇だな、俺も探し物があったんだよ」

 

 左半身は動かずとも、操流ノ型を応用すれば立つ事は難しくない。立ち上がり、右半身を前にして構える。そんな飛を見ても、二虎はニヤけた表情を隠そうともしない。負けた弟子を励ましに来たとすれば、随分と感情表現を間違えている。

 

 王馬や桂、龍鬼のためなどという突然善意が芽生えたわけではない。飛からすればただただ、気に入らない相手を殺すだけの事。

 

「無理すんなよ。ボロボロじゃねえか」

「ボロボロでもアンタをぶち殺す位訳ねえよ。自分の弟子に殺されるんだ、師として本望だろう?」

「もう理解してるのにまだ俺を師と呼んでくれるのか? 泣けるね」

 

 飛が神魔を解放する。

 

 まだいける。もっと高く、もっと強く。利用するだけして騙していた二虎をこの手で殺すために。頭の奥がズキリと痛むが、そんな事は些細な問題だった。

 

「頑張るじゃねえか。そんなに上げたらどうなるか、散々見てきただろう?」

 

 半身を失ったとしても、殺せるだけのパワーもスピードも残っている。けれど、二虎から余裕が消える事は無かった。

 

「構わねえよ。人を嵌めたテメェを殺せれば満足だ」

「ククク……言ったはずだぜ? 犠牲を払えってな。それにお前には感謝してるんだ、貴重なデータを取らせてくれてありがとよ」

 

 飛王芳も、呂天も、その他大勢の弟子達も、二虎からすれば全てはモルモットに過ぎない。そうなるように多少誘導して人心掌握はしたが、愛着などあるはずもなく、ただデータを取るための使い捨て。

 

 改めて面と向かって言われる事で、抑えていた殺意が一気に膨れ上がる。死んでも殺す。

 

「……殺す」

 

 

 

 呉雷庵と恵利央、他呉一族と呉氏がエドワード・呉率いる西征派と戦い、片や十鬼蛇二虎と飛王芳が戦い始めたのと同時刻、医務室では目が覚めたナイダン・ムンフバトが自身が生きている事に驚いている所だった。

 

「全く、余計な事をしてくれたね」

 

 ナイダンの視線は、執刀医である英に向けられていた。万が一任務が失敗した際には事前に飲んでいた毒薬で死ぬはずだったが、それが効いている気配はまるでない。ナイダンの予想通り、気づいた英が解毒剤を作成、処方した事で完全に無効化されていた。

 

「私は楽しかったよ? 闘士を解剖するのは初めてのことだったからね、心躍ったさ」

「君も大概変わってるね。僕なんかを生かした所で、知っている情報なんてたかが知れているよ」

「勘違いしているようだが、私は蟲の情報が欲しくて君の解剖をしたわけじゃない。医師として当然の事をしたまでさ。それにその辺りは、私ではなく彼と話すと良い」

 

 ナイダンが視線を変えると、そこには左腕にギブスを巻いた劉東成がいる。蒼穹で待つ、なんて遺言を遺したが、随分と風情のない所での再会となってしまった。

 

「ナイダン……」

「劉か、もう知っているだろう? 僕は蟲だ」

「だから何ヨ? 私達まだ知り合って一年適度、知らナイこと多いネ。ただダチが蟲だった。良くわかるナイけど、それだけの話」

「君……」

「それに、ナイダンの分勝つために腕折れたネ。ちゃんとその分医療費払うヨ」

 

 劉からすれば、一夫から簡単な説明があったものの、蟲についてもほとんど知らない。蟲の構成員というよりも、依然として友人という認識が強かった。

 

「劉は変わってるね〜。俺ならそんなに熱くできないな」

「ニコラ、うるさいヨ」

「え〜、赫君だってそう思うよね? ってまだ喋れないか。あれだけ思いっきり叩きつけられてたもんね」

 

 ユリウスのパワーに赫自身の体重を加わった叩きつけ。単純ながらに効果は絶大。双方長身という事もあり、赫は五メートルほどの高さから頭を打ち付けられた状況だった。

 

「……喋るくらいならできる。まだ頭は痛むがな」

 

 赫が実行予定だったニコラの暗殺、現状の怪我の状態ではとてもではないがそれを実行する余裕などなく、今は傷を癒すのが最優先。幸いにも赫は英とは面識があり腕が確かなのは知っていたため、問題なく復帰できることは理解していた。後は機を待つのみ。

 

「頑丈だね〜。っていうかキャラ付けか何か知らないけど、仮面ない方が良いよ?」

「キャラ付けじゃねえ。見えすぎるから隠さねえと不便なんだよ」

「へえ〜。それよりナイダンも劉もどうすんの? 俺たち負けちゃって煉獄も無くなっちゃったけど、このまま拳願会入りする?」

 

 ニコラは赫の胸中など知る由もなく、仮面のことにも興味がなかったため話題を即座に変える。二年前から殺しが禁止にされていても、煉獄に比べればそのあたりは緩い。ニコラからすればそちらに移籍することに拒否感はない。

 

「俺は勝ったネ。一緒にするないヨ」

 

 劉がツッコミを入れた時、医務室の扉が音を立てて開き、烈堂を先頭に護衛者複数が入り込んでくる。目的は一つしなかなった。

 

「ナイダン・ムンフバト。起き上がりで悪いがついてきてもらうぜ」

 

 生存した蟲の構成員。貴重な情報源を逃すわけがない。

 

「さっき医者の彼にも言ったけど、僕から取れる情報なんてたいした物はないよ」

 

 ナイダンも嘘は言っていない。蟲本来の目的も定かではない。繋がる者のためにという理念があるのは知っているが、なぜ、とは知らない。臥王龍鬼がオメガと呼ばれているが、理由はわからない。ただ、命じられるがままに従ってきただけ。

 

「それを決めるのはお前じゃねえんだ。拘束しろ」

 

 烈堂が命じれば、護衛者たちがナイダンを囲う。

 

「ナイダン!」

「良いよ、劉。彼らは僕を殺せないみたいだからね。全部終わった後話そう」 

 

 天から全てを見下ろす鷹になれ。地を這う狼には決してなるな。

 

 殺めた師から、かつて言われた言葉を珍しく思い出していた。その師も上級戦闘員、ナイダン自身も頭領直属兵と、狼はおろか蟲になっていたわけだが、任務にしくじり死ぬことも出来なかった今、今後の身の振り方をどうするべきか考える時間も欲しかった。もし叶うのであれば、そこまで考えて、ナイダンはそんな都合良いこととしてそれを振り払った。

 

 

 

 

「仕合は終わったんだね。結果はどうだったんだい?」

『僕も拳願会も勝ったよ。少しは会社の役には立てたかな?』

「そうだね。義父が残した負債が、少しでも減ることを祈るよ」

 

 金銭的な意味合いではなく、東洋電力がクーデターを実行した、という言い逃れのできない事実とそれに伴う信用力の低下について。正樹が勝ったことで現会長の乃木にも貸ができ、多少なりとも相殺ができるだろう。

 

『義兄さんも来ればよかったのに、見るだけでも楽しかったと思うよ』

「次の機会があればそうするよ」

『楽しみにしているよ。ごめん、これから祝勝会だから切るね』

「ああ、楽しんでおいで」

『じゃあね、義兄さん』

 

 電話が切れた。

 

 輝は引き出しの中を開け、一通の封筒を取り出す。以前提出していた物の結果が入った封筒。すでに封は切られており、一度は中身を確認した後だった。

 

 記載されているのは王馬と桂のDNA検査の結果。結果は同一人物ではない、という文言とそれを示す一致率。一卵性の双子であれば、両親から同じ遺伝子を継いでおり、九九.九パーセント合致する。二卵性の双子であれば、五〇パーセントが同じとされており、今回の結果はちょうどそれらの中間程度。これが示すのは、限りなく近い血縁関係にある、ということではあるが、輝は単にそれだけではないことを知っていた。

 

 クローン。蟲から奪った技術で目黒正樹の遺伝子を元に製造した速水正樹は、当然ながらクローンであることも踏まえてほぼ完全に一致する。王馬と桂がクローン関係であれば、同様にならなければならない。夏忌が言っていた「全ては繋がる者のために」という事と、もう一人同じ顔を持つ臥王龍鬼の存在、それらを踏まえれば、点と点が線となって繋がる。

 

 あの三人は、繋がる者のクローン(、、、、、、、、、)。蟲が求めている臥王龍鬼、十鬼蛇王馬は、クローンとしての成功体。そして日向桂は、王馬との一致率を考えても、求めていた遺伝子にはならなかったという事。

 

 抱いた感情は憐憫。生まれさえもまともではない。目的があって作られたにもかかわらず失敗作。

 

 次いで抱いたのは忿懣。そんな出来損ないに邪魔をされてきたと思うと、ひどく腹立たしい。さっさと処分してしまいたいが、手強いことも輝の感情を逆撫でする。何より暗殺一家の御三家とも言える呉、因幡、御雷家とも面識がある上に、歴史がある分しっかりと企業的であり、依頼人の身辺調査までしっかりとされる。第三者を介したとなれば、こちらが危うくなる。かと言って壊し屋などに依頼しても、返り討ちにされるのは過去何度もあった。蟲にもさほど期待もできない。

 

 感情を押し殺し、小さくため息を吐く。思い通りにいかないのはわかりきっていたこと。せっかくこの立場を手に入れたのだから、それを有効に使えば良い。直近の拳願会が不殺ルールを導入したことは輝にとって誤算ではあったが、リング禍などで殺すこともできると考えていた。

 

 扉がノックされる。

 

「会長、お飲み物をお持ちしました」

「ありがとう。開けるから待っていてくれ」

 

 書類を引き出しにしまい、扉へと向かう。開ければいつも通りの秘書が、いつも通りお茶の用意をしてくれている。

 

「いつもありがとう。ここまでで良いよ」

 

 トレイが秘書の手から輝の手には渡らなかった。

 

 トレイが落ちる。磁器のポットとカップが割れる。倒れ込むように秘書が来たことで、扉を押さえていた輝の手は離れ、重い扉が閉まる。

 

 輝の視線はそちらには向かず、自身の腹部へと向けられている。鋭痛。痛みの発生源からはじんわりと温かい何が広がっていく。

 

 ナイフが輝の腹部に刺さっていた。

 

 秘書が刺したまま捻ったことで傷が広がり、輝に激痛が走る。交感神経が優位になり、心拍の上昇と多量の発汗が生じる。何度も捻った後にそれが抜かれ、栓が抜けたことで血が吹き出る。立っていることもできず、輝はその場に膝から崩れ落ちた。

 

「貴方が普段からやっていた事程度であれば、別にこうはならなかったんですよ」

 

 刺した秘書は錯乱状態でも興奮状態でもなかった。淡々と何事もなかったかのように話す。輝からすれば、それがかえって恐怖心を煽っていた。扉は開けられない。腹を刺されたせいで大きな声も出せない。できることは電話だが、間の悪い事にデスクに置いたまま。内線も同様で、何れにしてもデスクまで這って行かなければならない。

 

「余計なことに首を突っ込むからこういう事になるんです」

「……蟲、か……」

「はい。極東本部長とは別の司令系統ですけどね」

 

 今の輝には、どうでも良い情報が羅列される。

 

 元より極東本部長など、夏忌を本土からどかすための程の良い方便でしかない。秘書が直々に監視命令を受けていたのは、頭領である夏厭。忌と繋がってた時点で遅かれ早かれ、というところではあったが、遺伝子検査をした時点で輝の未来は確定していた。

 

 遠い。這っている事もあるのだろうがデスクまでがやけに遠い。

 

 姫川夫妻を壊してから、自分の本心を自覚してから、決して自分の手は汚さずに、星野アイのような、星野アイを超えるような才を持つ者を壊してきた。それをどこから調べたのか速水勝正の目に止まり、養子となった。経営学や帝王学を学び、裏社会を知り、感謝はしている。得る物を得た後は、本当の自分を知る人間は邪魔でしかない。夏忌に協力してもらい、願流島にて始末した以降は背乗りで操り人形になってもらった。

 

 地位を手に入れ、正樹という武器も手にし、ようやくという所だったのに。何も残せず、何も成せず、意識が遠のいていく。

 

 黒い星が落ちる。深く、暗い、闇の底へ。

 

 残念だよ。君を壊すことができなくて。




これまでたくさん読んでいただいてありがとうございます。今年は五章完結までで年明けから六章予定です。
良いお年を。


どうでも良い情報ですが、
初めは正樹みたいに、アイのクローンをヒカルが作るという展開を考えてました。気持ち悪すぎたので没にしました。
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