一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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第六章 芸能編
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 対抗戦から一年近く経った。対抗戦の後も色々と大変で、東洋電力の若会長が自社ビルで刺殺されたり、恵利央さんが亡くなったりした。その後、世界各地で蟲を名乗る組織がテロを起こし始めており、いまだに組織の全貌は掴めていないようだ。

 

 混沌とする世界情勢の中でも、俺たちがやる事は変わらない。俺たちは受験生となり試験を控えていた。俺とルビーが受験するのは、陽東高校。日本において芸能科がある数少ない高校で、いよいよ本格的にアイドルとして活動をし始めるルビーには、母さん達の高校くらい出た方が良いという願いを聞く意味でも、時間的に融通が効く芸能科は良い選択だった。俺は正直どこでも良かったが、高校までは役者を続けると決めた以上、同じように芸能科の道に進むことにした。塾に通う必要もないが、勉強時間を確保できる、というのも魅力に感じた一つだ。

 

「ルビー、そこ間違ってるわよ」

「え、どこ?」

「ここ。前に教えてあげたでしょ」

「そうだっけ?」

「そうよ。アンタ、芸能科だからって勉強しなくても良い、なんて思ってるんじゃないでしょうね」

 

 事務所のフリースペースで勉強をルビーに教えている有馬が、ルビーに正論を突きつける。図星を突かれたルビーはわかりやすい反応をしている。有馬も陽東高校の芸能科に通っているため、もし受かればそこでも先輩ということになる。わざわざ過去問を用意しているあたり、面倒見は良い。

 

「芸能科は学力なんて参考程度だよ、面接重視だし! それにほら、アイドルになるんだから、別にそこまで勉強なんて頑張らなくたって大丈夫!」

「甘いわね。ただ可愛いだけのアイドルなんて今時生き残れないのよ。それに旬が短い上に売れても食えないんだから、今後の事も考えて勉強しておいた方が人生によってプラスよ」

 

 有馬の言葉に、俺は全面的に同意する。

 

 アイドルは今も尚戦国時代の最中。色々な国内外の事務所から新しいグループがデビューしては、早い時は一年を待たずに消えていく。大手グループだから、可愛いから安心という訳でもなく、むしろそういった土台に胡座をかいている所から脱落していく印象だ。かつて母さんがB小町として地下アイドルから華々しくトップアイドルへ、というシンデレラストーリーは、それこそB小町を最後に存在しない。仮に当時のB小町が今出てきたとしても、同じようになるとは限らないはずだ。

 

「お兄ちゃーん。先輩がいじめるんだけどー」

「適当なこと言ってると、アンタの父親仕込みのパンチで沈めるわよ」

 

 そういや、有馬はドラマの関係で以前父さんに習ってたな。演技はさすがの一言で、フォームが様になりすぎて、一部の界隈ではかなり好評だったらしい。役者として体力作りも兼ねているのだろうが、あの後もたまにやっているとは聞く。

 

「今回は有馬が正しい。勉強しておけばすぐじゃなくてもどこかで必ず役に立つ」

「え〜、お兄ちゃんもそっち側?」

「あの時やっておけば良かったって後悔する時が来るぞ、将来のためだと思ってやっておけ」

 

 好きなことはとことん頑張れるくせに、どうにもこの妹はそうでないことにはやる気を一ミリも出せないようだ。

 

「なんかおじさんみたいな視点から言うね」

 

 間違ってはいないのだが、そう言われると刺さる物がある。転生してはや一四年、もう少しで一五年になるわけだが、肉体に引っ張られるのか、知識はあっても思考がそちらに引っ張られるケースが多い。やはりメインはこの体の本来の持ち主であるアクアマリン、と言うことかもしれない。

 

「それにパパとママだって勉強してないのに良い生活してるじゃん」

「例外中の例外を持ってくんな。母さんだって才能や努力だけじゃなくて運が良かった部分もあるだろ。お前がそうなるとは限らない」

 

 芸能界の難しいところは、才能や努力だけでは成功するとは言い切れないところだろう。採用する側の思惑や好み、その時の時勢に合っているか、そもそも採用側が探しているかなど、運も大きく絡んでくる。事務所が大きくなればそれもある程度交渉によってはコントロールできる部分も出てくるのだろうが、限度がある。新しい役者も毎年のように出てきいて代謝も激しい。かつてヒロインが多かった母さんの配役は片寄ゆらさんに代わり、片寄さんも不知火フリルに、と時代に沿って変わっていく。

 

 それでも、求められる役が変わるだけで、母さんの人気低迷していくとは思えない。相変わらず人気は絶大だし、CM本数も時期によって上がり下がりはあるが、今期も出演数は一位。スキャンダルがないのも、起用側からすれば安心材料になるのだろう。デビューして二十年近く、スキャンダルらしいスキャンダルといえば、引退ライブの時の公開告白くらいだろう。少なくとも俺たちが生まれてからは影さえもない。

 

 それに父さんも、学業に関しては勉強はしていないが、闘技者と言う特異な立場で、格闘技に関しては常に学んでいるようなものだ。裏格闘技会なんてまさかあるとは思わなかったし、自分の父親がそこで戦っているなど夢にも思わないだろう。昔収入面の話をしたことがあるが、あの時からすでに闘っていたのだから下手をすれば雇われの勤務医だった俺よりも高かった可能性もある。

 

 ルビーもその辺りはわかっていることは知っている。勉強が面倒だからこそのちょっとした愚痴でしかないが、今はそれを口にして良いタイミングではなかった。

 

「夫婦仲が良いだけ良いじゃない。家と比べてみなさいよ」

 

 有馬のご両親の仲は、決して良いとはいえない。全てを聞いたわけではないが、自分の夢を押し付ける母親と、仕事の関係でほとんど家にいなかった父親。だいぶ前から家族としての関係は破綻していたのだろう。父親は愛想をつかしたのか他所に女を作って出て行ったらしい。そうして生じた皺寄せは、有馬一人に注がれた。

 

 仕事がなく干されていた時は、母親が特にひどかったようだ。罵詈雑言を浴びせ、言葉のナイフで突き刺す。正直聞いただけでも頭に来たほどだった。現場にも口を出すから、親子ともども煙たがられていたらしい。母さんが暴君の如く苺プロに引っ張ってこなければ、より酷いことになっていたかもしれない。もっとも、有馬も有馬で初対面の時を思えば、仕事を失ったのは自業自得なところはあるが、それでもだった。

 

「……ごめんなさい」

 

 素直にルビーが謝ると、軽く有馬がルビーの頭をチョップする。ルビーは小さく痛っと口にした。

 

「謝らなくて良いわよ。そんなつもりで言ったわけじゃないし」

 

 有馬の胸中はわからない。移籍してから少しして、仕事もまた増えてきた有馬に対して、有馬の母親がどんな感情を抱いているのかは定かではない。俺にはプロファイリングじみた事はできない。少なくとも、有馬の母親は実の両親の介護のために、有馬を残して実家へと帰った事からも、諦めや踏ん切りがついたのだろう。

 

「ほら、そんな顔しないの。申し訳ないと思うなら、せっかく教えてあげてるんだから頑張りなさい。落ちたら本気で怒るわよ」

「うん」

 

 ルビーはもう一度参考書に目を落とした。ペンが走り始めるのを見て、有馬もルビーには気づかれないように小さく笑う。

 

「忙しいのに悪いな」

 

 有馬はちょうど「今日は甘口で」、通称、今日あまの撮影中だった。ネットテレビ局が作成、配信していて、枠は一月からの半クールと少ない。原作が少女漫画で、全一四巻あるのだが、これを詰め込むためかなり改変が行われているらしい。それでいて大手テレビ局がやるような余裕あるスケジュールでもなく、撮影後に即編集、即納品とかなり無理なスケジュールだ。他の役者達もモデル上がりで本作がデビュー作、という人たちが多く。偉そうな事言える立場ではない俺の目から見ても、はっきり言ってレベルは低い。正直有馬が出る必要があるのか、とも思ってしまうが、この企画のプロデューサーである鏑木さんとは昔から付き合いがあるようで無下にもできず、家庭の事情もあり忙しい方が本人も楽なのだろう。他の仕事とも掛け持ちをしていて、忙しそうにしている。

 

「別に良いわよ。って言うか、アンタだって頭良いじゃない」

 

 教えるのならお前でもできるだろ。と言った目。

 

「教えてるんだけどな」

「どうせ甘やかしてるんでしょ、シスコンだものね」

「シスコンじゃねえよ」

「お兄ちゃんはシスコンだよ?」

「おい」

「ほら見なさい。妹がシスコンって言うんだからアンタはシスコンなのよ」

「……家族を大切にして何が悪いんだよ」

「開き直ったわね。甘やかすのと大切にするのは違うことくらいわかるでしょー」

「それくらいわかってる」

 

 解せないが、人をネタにして盛り上がるならそれも良い。まあ確かに、俺も少し、ほんの少しだけ甘やかしている自覚はある。基本的に、ルビーに一番厳しいのは母さんだ。あれこれ叱るという訳ではないが、母親であり憧れの存在でもある母さんに言われるとルビーも納得せざるを得ない。次はミヤコさんだろう。社長との間に子はいないから、俺たちを実子のように可愛がってくれるが、常識的な所で指導してくれるのはミヤコさんだ。

 

 男性陣? 社長は仕事面では厳しいが、父さんも滅堂のお爺ちゃんも、護衛者の皆さんもルビーには甘い。彼らに比べたら、俺は遥かに厳しいはずだ。

 

「なら、ちゃんとしなさい。お兄ちゃんなんでしょ」

「そうだな」

 

 芸歴と年齢が等号で結ばれる有馬には兄弟姉妹はいないが、もしいたら可愛がりつつも必要な時には厳しく接する事のできる良い姉になりそうだと思ってしまった。

 

「何よ?」

 

 それが顔に出てしまったのだろう。

 

「何でもねえよ。昔と比べて変わったなって思っただけだ」

「はあ? 何それ」

「以前の有馬ならルビーに勉強教えたり、アイドルやろうとはしなかっただろ」

 

 天上天下唯我独尊。あの時の有馬を表現すればこれがしっくりくる。それにすでにルビーと有馬はアイドルをやる事で話がついているようだ。ルビーに口説き落とされたのだろう。 

 

「いつの話? 私だって大人になるし、アイドルも区切りをはっきりさせてるなら悪くないわ。女優としてじゃなくて、アイドルとしてファンになってくれる人達には申し訳ないとは思うけど、やっぱり私は演技が好き」

 

 期間としては、有馬が高校を卒業するまで。日本では珍しいかもしれないが、韓国ではかなりビジネスライクに考えていて、初めから活動期間を決めているグループも多い。世界で売り出す前提で勝負をかけに来るから、オーディションは当然は狭き門。仮に通ったとしてもレッスンがかなり厳しいと聞いたことがあった。

 

「かなちゃん先輩手強くてさー、説得するの大変だったんだからね」

「アンタはただずっとやろうやろう言ってただけでしょ、あれで頷く訳ないじゃない」

「そんな事ないよ。ちゃんと人気出るって言ったじゃん」

 

 止まりかけていたペンが止まる。ちょうど良いタイミングと思ってサボりやがったな。

 

「コッテリしたオタクの人気を滅茶苦茶稼ぐ、って言われたわね」

「勧誘するための褒め方としておかしいだろ」

 

 もう少し、スカウトするならアイドルとしての華やかさを押し出した方が良いんじゃないかとは思ってしまうが、その辺りはちゃんとしていると信じよう。有馬もゴリ押しされて根負けした訳じゃ……いや、案外ありえるか。

 

「手入れされた艶々な髪に可愛いロリ顔だよ? お兄ちゃんもそう思わない?」

「おいコラ、せめて童顔って言え」

「可愛いは否定しないんだな」

「モデル連中と張り合っても負けない自信はあるわ。その……ちなみに……アクアはどう思う?」

「可愛いだろ。その辺のアイドルと比べても比較にならねえよ。それに有馬が一緒にやってくれるなら、俺も安心して任せられる」

 

 嘘は言っていない。ルビーに陥落したようだから要らないとは思うが、念押しのために少しばかり強調する程度。

 

「ちなみにうちの兄は超辛口だよ」

「そ、そう? アンタも見る目あるじゃない」

「それはどーも。そういえば、アイドルは二人でグループ組むのか? 名前は?」

「よくぞ聞いてくれたね! 社長とかとは話してたんだけど、だいたい決まってるんだー」

 

 自慢げに話すルビーの姿を見ると不安になってくるが、まあ有馬もついているなら大丈夫だろう、きっと。

 

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