一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 カチカチカチカチ、普段は意識もしない時計の音がやけに聞こえる。

 

 陽東高校の受験の最中、私は一生懸命机に置かれた紙に集中していた。受験票を出して、そこから本番までの間、人生でこれでもかってほど初めて勉強に集中した。かなちゃん先輩に、お兄ちゃんに教えてもらって、二人がすごい頭が良かったことに気づいた。呆れながらも最後まで付き合ってくれたことには感謝しかないし、日々の積み重ねの大事さにも改めて実感した。

 

 おお、分かる!

 

 数学って人生のどこで使うの? 国語なんて日本語でコミュニケーション取れたら良くない? 歴史習ってどうするの? 理科? 何それ美味しいの? 英語はなんか話せたらカッコ良いよね。

 

 二人にはボロクソに言われる事が分かりきってたから絶対に言わなかったけど、それが五科目それぞれに対する私の認識。

 

 前にパパとお兄ちゃんが英語話してたのを聞いて良いなって思った後、エレナちゃんに教わったから聞くことと話す事は割と自信ある。ただ文法とかは、それに比べたら自信ないんだけどね。他の科目もひたすら教えられたから、自分でもびっくりするくらいペンが動いた。今日の私の脳みそはかつてないほど動いている。私のポテンシャルすごい!って思っちゃうくらい。みんなのおかげだって言うのはわかってるんだけどね。

 

 最後の科目が終わる。

 

「んんー! 終わったー!」

 

 残りは面接。正直山場は終わった。

 

「お兄ちゃんはテストどうだった?」

 

 受験番号が連番だから、前に座るお兄ちゃんの肩を突いて聞いてみる。

 

「余裕」

「わかってたけど、さらっと言うところがムカつく」

「事実だからな」

 

 我が兄ながら全く可愛げがないけど、以前受けていた模試の結果で偏差値七〇の数字を見たことあるから何も言えない。どれだけ頭良かったらそのレベルにいくんだろう。七〇って、私もテストの点数なら行けるんだけどな。

 

「ルビーはどうだったんだ?」

「ふふふ。手応え的には過去一だよ!」

「そうか。そうでもないと教えた意味がないしな」

「そこはもうちょっと褒めてよー。頑張ったんだよ?」

「これからアイドルとしてもっと頑張るんだろ? ならこの程度で褒めてたらキリがなくなるだろ」

 

 そこまで考えて、と思ったけど違うなこれ。

 

「……ちょっと一瞬納得しかけたけど、それはそれで今褒めてくれても良くない?」

「バレたか」

「馬鹿にしすぎじゃない?」

「そんな事ない。まだ面接があるし、褒めるなら合格した後だろ」

「面接なんて私にかかればチョロいよ」

「言ってろ」

 

 芸能科はどこかの事務所に在籍している事が前提。実績が合格になるかどうかの基準になるからわからないけど、大手の苺プロに在籍していて小さい時からちょくちょく活動もしているから、実績は十分じゃなくても普通にある。受け答えも、年上相手は慣れてる。テスト勉強の時の鬼二人の方がよっぽど大変だった。

 

「お兄ちゃんこそ、面接で失敗しても知らないからね」

「そしたら普通に他所の高校行くだけだな」

「うわっ、可愛くないなー。私と一緒じゃなくなっちゃうんだよ? 寂しくない?」

「いや、別に」

 

 何言ってんだこいつみたいな顔してるけど、このシスコン兄が耐えられなくなる事は知ってる。もし本当にそうなったら、毎日校門前で待っているに違いない。私にはわかる。

 

 そして面接。

 

 順番が回っていって、お兄ちゃんの名前が呼ばれる。皆面倒でアクアマリンって呼ばないから、こう言う時は新鮮。王馬さんはちゃんと略さずに呼んでるか。半分面白がってそうだけど。

 

「頑張ってねー」

「お前もな。普通にやれば大丈夫だ」

 

 頭をくしゃっとされる。面接前に髪とかしたのにまたやらなきゃじゃん。ちょっと笑ってるのが確信犯だよね。

 

 待ってる間にささっと直す。ママみたいに完全なサラサラじゃなくてほんの少しパパの癖っ毛も入ってるけど、なんとか手櫛でいけた。

 

 私の名前が呼ばれれば、いよいよ。こう言う時のマナーは、受験とか関係なく教えてもらった。鞘香ちゃん様々だ。大人の女性って感じの所作とか振る舞いが素敵で、聞いたら教えてくれた。

 

 面接官の前に立つけど、全然緊張はない。むしろワクワクしてる自分がいる。

 

「苺プロ所属、日向ルビーです!」

 

 

 

 

 テストが終われば、あとは結果を待つのみ。だらだらと最後の学生生活を、とはならずに私はデビューに向けてレッスンをする。撮影で忙しいのに、可能な限りかなちゃん先輩も参加してくれて、気は早いかもだけどメンバーとしての絆みたいなのを感じたりする。

 

「はあ〜、疲れた〜……」

 

 休憩時間になると、私はスタジオの床に寝転がる。部屋は空調が効いているのもあるけど、ひたすら動くから汗をかいて熱い。少し冷えてる床が気持ちいんだよね。

 

「ちゃんと汗拭いて水分摂りなさい。風邪ひくわよ」

「先輩取ってー」

 

 子供みたいって言われるだろうけど、体力使って休んで、回復したらまた使ってって言うのは、私にとってはすっごいありがたい事。いっぱい好きなだけ動いて良いと思うと、ついつい張り切っちゃう。

 

「全く。少しは自分でやりないよね」

 

 そう言いながらも、先輩はタオルを私の顔に乗せてくれた。ふわふわのタオルが気持ち良い。見えないけど、音的に飲み物も持ってきてくれたみたい。

 

「ありがと〜」

 

 力のない声だけど、本当に疲れてるからそこは許してほしい。体力はだいぶついたけど、延々とできるほどじゃない。ライブになったら最初から最後まで、全力で歌って踊りたいから絶対に手は抜かないって決めてる。

 

「相変わらず踊りに関してはさすがね」

「先輩にそう言われると自信つくな」

 

 基本的に自他共に厳しく評価してくるから、褒められるとつい嬉しくなる。

 

 体を起こして、側に置いてもらったドリンクを飲む。やっぱり運動後の水分って美味しいよね。

 

「煽てたって何も出てこないわよ」

「そんなんじゃないって。本当に嬉しいんだよ! 褒めてくれることも、一緒にアイドルやってくれる事も」

「はいはい。それも何度も聞いたわよ」

 

 そっぽを向く。これはあれだな、ちょっと恥ずかしがってるパターン。最初はコネの子とか言うし、ママのこともよく言わなかったから好きじゃないけど、今は好き。素直じゃなくて口は悪いいけど、案外押しに弱くてチョロい。毒舌アイドルなんかでもやっていけそう。

 

「早くデビューしたいなー!」

「最初はJIFよね。そのためにも早くメンバー集め終わらせないとまずいわよ」

 

 ジャパンアイドルフェスティバル。略してJIF。社長から言われたのは、そこが私たちのデビューの場。

 

「そうだね。もし人数不足でってなったらせっかくB小町の名前もらったのに恥ずかしいもんね!」

「そうね。もしそうなったら、申し訳なさすぎて二人に顔合わせられないわ……」

「B小町だよ! B小町! ママたちがいた伝説的グループの名前貰えるんだよ!? テンションあがっちゃうよね!」

「私は変なプレッシャーを与えられた気しかしないけどね」

 

 ママたちは地下アイドルから出発したから、最初のステージはこじんまりとした所だった。そこから這い上がって来たんだから、私も負けてられない。

 

「またそんな卑屈なこと言ってー」

 

 表情は暗くないから、きっと口先だけ。

 

 休憩もそこそこに再開しようとすると、社長が入って来た。金髪サングラスに、ノーネクタイ。柄物のシャツだったら見た目は完全にそっち系の人になる。まあ見た目だけなんだけどね。ミヤコさんには頭上がらないみたいだし。

 

「よう、ちゃんとやってるな?」

「やってるよー」

「もちろん。やるからにはちゃんとやりますよ」

「ダンスも良いけど歌もやっとけよ? アイにも言われただろ」

「そっちもやってるって。ちゃんとカラオケでも調子良い時は九〇出るようになってきたんだから」

 

 歌はダンスに比べて苦戦したけど、やっとそこそこにはなった。自分の曲なら九五点以上は常に取れる先輩に比べたらまだまだ。とりあえず、下手の枠からは抜けられたはず。三年前にママと一緒にステージに立った時よりも、格段に上手くなった自負はある。

 

「上々だな。そんなお前らに朗報だ」

「朗報? 給料上げてくれるんですか?」

 

 かなちゃん先輩がストレートに聞く。

 

 苺プロの取り分は、個人が六で事務所が四。それがベースで、売れっ子とかはそこからさらに交渉で増やせるみたい。業界から見ても割と良い方で、事務所によっては八割持っていかれるとか聞いたことある。その辺りはあれかな、パパが仕合で勝ってくるから必要な所で経費が掛からなかったり、お金が入って来たりするからなのかも。

 

「上げたきゃもっと売れることだな。それに朗報も、場合によってはそれに繋がるかもな」

 

 ほら、と言われて社長の後ろから出て来た娘を私は知っていた。

 

 後ろ髪が少し跳ねた短い金髪、ツノみたいなカチューシャ。私たちの世代の女の子ならだいたい知ってる有名人。

 

「MEMちょだー! 本物? かわいいー! え、もしかして一緒にアイドルやってくれるの? やばっ! 社長すごい人連れて来たね!」

 

 思わず手を取って上下にぶんぶん振っちゃう。

 

「少し落ち着け」

 

 呆れながら言われて、勝手に動いてた手が止まる。

 

 だってあのMEMちょだよ? ユーチューブもティックトックもフォロワーがすごい多い有名インフルエンサー。私もチャンネルとか登録して更新ある度に見てるもん。まさか会えるなんて思ってなかった。

 

「社長、何か弱み握って来たんですか?」

「え、そうなの? 脅されてるなら素直に脅されたって言って良いからね?」

「……お前らが俺の事をどう思ってるかよくわかったが、脅してねえし、真っ当にスカウトして来たんだよ」

「本当?」

 

 念の為ちゃんと確かめないとね。

 

「本当だよ。DMもらって話をして……そのー、ある事に対して、二人がもしよかったらって事になって」

「ある事? 彼氏いるとか?」

「彼氏はいないんだけど……えっと、あのね……」

 

 歯切れの悪い言い方に、私とかなちゃん先輩はMEMちょが話すのを待つ事にした。

 

「現役JKとは言ってるんだけど……実は、ちょっとサバ読んでましてー……」

 

 年齢のサバ読み。芸能界じゃそこまで珍しい事じゃないみたい。

 

「本当は、に……二四才で……」

「二四!?」

 

 全然見えない。一八才って言われた方が納得できるよ。

 

「やっぱり、アイドルやるには歳とりすぎてるよね……」

 

「そんな事ない! アイドルやるのに年齢なんて関係ないよ! MEMちょはやりたいと思ったから来てくれたんだよね? なら一緒にやろうよ!」

 

 なんでやろうと思ったのかはわからないし、なんで年齢をサバ読んでたのかもわからない。でも、アイドルをやりたくてわざわざこうして会いに来てくれたんだもん。その気持ちは本物のはず。

 

「先輩も良いよね?」

「サバ読んでた理由は気になるけど、アンタが良いなら良いわよ。インフルエンサーとしての立場も強い武器になるしね」

「ね? 一緒にやろうよ!」

 

 差し出した手を、MEMちょがゆっくりと握り返してくれる。

 

 これで三人。社長がこの話を持って来た時に言ってた想定人数に達した。

 

「ならこの三人で決まりだな。以前ルビーには話して有馬もさっき言っていたが、新生B小町は可愛さだけじゃなくて各々の強みもウリにしていく。MEMには早速で悪いが、新生B小町のチャンネル開設を頼みたいが、いけるか?」

 

 MEMちょは言わずもがな。先輩は役者。私は、ママ譲りの顔の良さからモデルをちょくちょくやらせてもらってる。勿論、メインはアイドルだけどね。

 

「はい! 期限とかは?」

「できれば公式発表に合わせたい。二月末までにいけるか?」

「それだけ頂ければ問題ないです。投稿するコンテンツは任せてもらって良いんですよね?」

「ああ。不適切じゃなければ、お前らの自由に作ってくれて構わない」

 

 なんかいよいよって感じ。

 

 動画投稿とされるなんて今時って感じだよね。とりあえずはママたちB小町が歌って来た曲を使わせてもらうのが良いかな。

 

「ねえ、せっかくだから家でご飯食べようよ! 今からなら買う時間もあるし! 先輩も来るでしょ?」

「そうね。一人でご飯食べても味気ないだけだし」

 

 親睦を深めるならやっぱりご飯だよね。今日はまだメニュー決めてなかったはずだから、お鍋にでもしてもらおうかな。

 

「ルビーちゃんーーー」

「ルビーで良いよ」

「ルビーちゃんの家って事は、もしかしてアイさんがいらっしゃる?」

「ママ? 今日はいるはずだよ」

「無理無理! 畏れ多すぎて食べれる気がしないよ!」

 

「ずっとアイのファンだったらしいぞ」

 

 社長からの補足に納得する。

 

「そうなの!? じゃあ尚更来ないとだよ!」

 

 行く、行かないの問答はしばらく続いた。

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