一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「は、はは初めまして!」

「初めまして。ゆっくりしていってね」

「やばい、本物だ。尊すぎるよー……。あの! アイドル時代からずっとファンでした!」

「ありがとー」

 

 俺は何を見せられているんだ。ルビーが有馬の他に新しくメンバーになったMEMを連れてくると言っていたから出迎えてみたが、俺の事は視界にさえ入っていないんじゃないかって思えるやり取りが玄関で行われている。

 

「外寒かったでしょ? 上がって上がって」

「お、お邪魔します!」

 

 MEMはガチガチに緊張してる。プライベートの時に会えるのだから、ファンとしては垂涎ものと言ったところか。

 

 上着が俺の目の前に差し出された。

 

「出迎えご苦労様」

「よかった。一応俺見えてるよな?」

 

 とりあえず有馬には見えていたようだ。上着を受け取り、ハンガーポールにかける。

 

「何言ってんの?」

「いや、緊張して目の前しか見えないって本当にあるんだなって思って」

「ああ、それね。車内でも二人で延々と話してたわよ。ドルヲタパワーを舐めてたわ」

 

 疲弊の色が見えるのは、それを聞かされていたからだろうか。

 

「MEMって高校生だろ? 世代じゃねえのに母さんのアイドル時代なんてよく知ってたな」

「……色々あるのよ。そこは触れないであげて」

 

 有馬にしては随分と気遣った言い方。確かに女性に年齢はタブーだったか。仮に年齢詐称していたとしても、ルビーたちが納得しているなら俺がとやかく言う事はない。

 

「そういえば父さんは? 帰り一緒だっただろ?」

「俺がいたら気を使うだろうから、若い奴らで楽しんでこいよ、ですって」

「は? 嘘だろ?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

 この環境に俺一人残していくとか正気か。せめて一声かけてくれれば、俺だって大義名分を得て抜け出せたってのに。監督の所に行くにしても、同じ都内にせよ少し距離がある。このご時世一人で夜出歩く許可が出るとは思えない。

 

「嘘じゃないわよ。私だって一緒に食べましょうって誘ってあげたんだから」

 

 それもそれで驚きだけどな。今度は声に出さずに飲み込めた。

 

「別にそこを信じてないわけじゃない」

 

 父さんも年取ってある程度落ち着きも出てきたし、仕合でもない限り好戦的になるわけでもないし、顔も悪くない。三〇超えてあれだけ鍛えられた身体は、前世のある身としては羨ましい限りだ。医者の不養生なんてよく言ったもので、忙しくて運動する暇もないし、金は入ってくるから良い物食べる様になると学生の様には行かなくなった。

 

 基本、母さん以外に興味がないだけなのだろうが、かえってそれが誰にでも態度を変えない様に見えているのだろう。有馬からしても「元天才子役の有馬かな」の色眼鏡で見られない分気が楽なのかもしれない。

 

「アクアー、こっち手伝ってー」

「わかった。今行く」

 

 母さんに呼ばれる。

 

 仕方ないが、黒子に徹して勝手に女子同士で盛り上がってもらうか。

 

 リビングに行き、料理の準備をする。料理といっても鍋だから、切った食材を鍋に入れて煮立たせるだけだ。

 

「手伝う?」

 

 すでにガールズトークで盛り上がっている中、有馬がそこには入らずにこちらに来る。

 

「大丈夫だ。向こうに混ざってて良いぞ」

「混ざりにくいから、わざわざこっちに来て聞いてるんでしょ」

 

 あの時のライブの振り付けが、あの時のファンサがどうこう。俺も覚えてない様なことをルビーとMEMが嬉々として語り、母さんも思い出しながら対応している。母さんも押され気味だから、有馬からしたらさぞ居辛いだろう。

 

「確かに……混ざりにくいかもな。ならこれ切るの任せても良いか? 先にコンロの準備してくる」

「任せなさい」

 

 電子コンロの準備や食器をする傍らで軽く有馬を見れば、正直意外ではあるが慣れた手つきだった。一人暮らしが長くても、子役時代に稼いだ金で出前でも取ってそうなイメージがあったが、この感じでは自炊もしているのだろう。おかげで、あっと言う間に準備は整い、あとは煮立つのを待つだけ。

 

 全員が食卓についた際も話は続き、食べ始める頃にはMEMの身の上話になっていた。

 

 初めはアイドルを目指していたが、母子家庭に加えて母親が倒れてしまった事で夢を諦めざるを得なかったこと。弟たちの学費を稼ぐために自らが働き、弟たちが大学を無事卒業して、母親も退院した時にはすでに二三歳。アイドル業界は年々年齢幅は広がっているものの、あくまで入った後の話。入り口は依然として若さを求めているため、改めて夢に向かって挑戦とは行かず、行き場を失った熱意等が配信に向かい、自称現役JKの肩書きで始めた所、存外売れたために引っ込みがつかなくなったらしい。

 

 両親共に健在で仲も良好、というのは俺が思っているのよりも少ないのだろうと思わせる話だった。俺が知る限りでは、黒川の所くらいだろうか。あとは監督もか。当人たちはそれが当然だと思って育つから、自分たちが親の愛情を受けて育つことがどれほど恵まれたことか、知る機会は滅多にない。

 

 身の上話が終わると、ルビーが励ましてから新たな門出を祝うということで再度乾杯をしている。年齢詐称を聞いた時は正直大丈夫かと思ったが、あの三人なら大丈夫だろうという気がしてくる。

 

「そうだアクア、アンタ来週のスケジュール空いてる?」

「来週? 空いているには空いているな」

 

 ルビーの受験もあったから、長い時間拘束される仕事は入っていない。単発であれば調整次第で入れられる。

 

「ならさ、今日あまに出ない?」

 

 半クールしかない枠に無理やり内容を詰め込んだドラマ。新しい俳優を売り出すために本来原作に登場しないキャラクターまで作っているから、余計に尺が足りなくなる。

 

「そういえば、有馬ちゃん今日あまに出てるもんね。毎週見てるよ」

「あれ見てて思ったけど、先輩だいぶ手抜いて演技してない?」

「手を抜いてるんじゃなくて周りに合わせてんのよ。私だけ上手くても浮いちゃうから、なんとか私なりに合わせて観れる作品にしようとしてるの。まあ、他のメインキャストは思った以上に下手くそでカバーしきれないし、座長なりにやる気にさせようとはしているんだけど、中々ね……。当の本人が本気で役者やろうとしていない限り、私が何言っても暖簾に腕押し状態って感じ」

「そしたらカナちゃんが全部食っちゃえば?」

 

 母さんからとんでもない提案が出てくる。

 

「元々イケメンモデルの売り出しが目的なんで、私が出しゃばってもって製作陣の思惑とミスマッチなんですよね」

 

 演技力は二の次、と付け足すが、満足していないのは明白。受けた手前、なあなあにはできないと言ったところか。

 

「苦労しているのはわかったが、それでなんで俺に話が来るんだ?」

「原作にもストーカーがいたでしょ? あの役をやるキャストが怪我しちゃって出れなくなっちゃってね。急遽代役を探しているわけ」

「代役探すのは有馬の仕事じゃねえだろ」

「そうなんだけどね。鏑木Pあんまり乗り気じゃないし、おいしい役でもないから、きっと雑に人選しておしまいになるわ。……新人の宣材っていうのはわかっているんだけど、一話を撮影時に見た原作者の先生の失望した顔がキツくてね。裏方さん達はなんとか精一杯良い作品にしようとしてくれるのはわかっているから、私も、私にできることをしたくて」

 

 俺は創作者ではないから、何かを生み出すときの感動や想いは正確にはわからない。けれど実の子のように思える、というのはよく聞く話。有馬の言葉から察するに、期待からの落差が激しかったのだろう。

 

「だから、少しでも良くするために協力して欲しいの」

 

 理解はできる。

 

 ストーカー役。美味しい役ではないことは間違いない。原作でも、あくまで主人公とヒロインを結びつけるための舞台装置的な役割が強く、最後の主人公との対決は原作屈指の名シーンではあるものの、俺の売り出しキャラとも合っていない。

 

 俺には、母さんや有馬のような役者としての才能がない。高校生まで頑張ると決めてできることはやっているが、やり込めばやり込むほど才能という名の高い壁を実感する。あまり多方面にキャラを広げても、他の役者と食い合うだけ。やるメリットはない。

 

「アクア、その役やってあげたら?」

 

 打算的なことを考えているところに、母さんの言葉が耳に入ってくる。

 

「……わかった。やる」

「本当!? じゃあ鏑木Pに連絡しておくからよろしくね」

 

 母さんに言われて、つい頷いてしまった。台本だってまだ読んでいないってのに。いや、単行本も持っているから内容は知っている。元々セリフも多いキャラではないし、改変されているにしてもストーカー役がそこまでフォーカスされるわけでもないから何とかなるか。

 

 

 

「なんだ、追い出されてきたのか?」

「そんなわけねえだろ。ルビーがメンバー連れてきたから退いたんだよ。オッサンがいたら気を使って盛り上がらねえだろ」

 

 烈堂の冗談に否定しておく。実際かな嬢に気使われたからな。若い奴らは若い奴ら同士で連んでいる方が良い。仮に参加しても、こっちもこっちで何話していいかわからねえから、こうして爺ちゃん家にいる方が気楽だ。

 

「それで男をアクアだけにしてきたのか? あとで小言言われるぞ」

「大丈夫だろ」

「どうだかな。にしてもルビーがアイドルか、小さい頃から成る成るってずっと言ってたな」

 

 どこか感慨深そうに、タバコをふかしながら呟く。俺が烈堂を小さい頃から知っているように、烈堂もルビーとアクアを小さい頃から知っている。従姉妹のような存在がもうすぐ高校生になって夢を一つ叶えようとしているのだから、親父みたいな事の一つも言うだろう。

 

「今日も嬉しそうに言ってたからな。こんなご時世じゃなきゃ手放しで喜べたんだけどな」

「……蟲は相変わらず各地でテロをやってやがる上に、ギルバート・呉が仕切り始めた征西派と呉一族・呉氏連合の抗争も激化の一途を辿っているからな」

 

 呉一族・呉氏が手を組んでも、征西派を押し切ることはできないでいるようだ。首領のギルバートが相当なやり手で、だいぶ苦戦しているらしい。恵利央さんが亡くなった後、雷庵の野郎もさらに真面目に鍛えてはいたようだ。その雷庵が前線に出ているようだから大丈夫だとは思うが、吉報は中々出てこない。

 

「ナイダンから情報は引き出せたのか?」

 

 対抗戦の後、ナイダンの身柄は烈堂率いる殲滅部隊が預かっている。

 

「大した情報は出てこねえな。頭領直属って事は吐いて頭領の顔もわかったが、名前も目的も分からず仕舞いだ。明らかに龍鬼を狙ってやがったから、お前らが作られた理由でもわかるかと思ったが、あれは本当に知らねえな」

「となると、他に情報知ってそうなのは山下さん狙った白髪の奴か」

「いや、アイツも恐らく蟲に切り捨てられている。大した情報は持っちゃいねえさ」

 

 白い長髪の、日本にいる蟲を仕切っていたであろう男。山下さんの時は雷庵に、対抗戦の時は成島丈二、暮石光世の二人にボコられたみたいだが、一瞬の隙を突いて逃げ出したらしい。逃げるに特化しているにしても、あのメンバー相手であれば相応の実力が必要になる。一方的にやられると言うのもの逆に不気味だ。

 

「でも監視はしてんだろ?」

「一応な。変に深く潜らねえから見つけんのは簡単だった。今は拳願会で監視を続けている」

「なら大丈夫だな。俺も何か手伝うか?」

「人手は足りてるからいらねえよ。自分の家族守ってやんな」

「なら、そうさせてもらうよ」

 

 俺もクローン体である以上、ある程度の身の回りを警戒しておく必要がある。

 

「そういや龍鬼はどうだ? そっちで働いてんだろ?」

 

 龍鬼は仕合から距離を置いて苺プロを手伝ってもらっている。

 

「真面目に働いてるみてえだぞ。何なら雑務に関しちゃ俺よりできるんじゃねえか」

 

 勤務態度は俺よりもかなり真面目だとミヤコさんから聞いた。何も知らない子供のようで、見るもの聞くもの全てが新鮮なのだろう。中での常識がどうだったかは知らないが、こちらにいる以上はこちらの常識を知っておく必要がある。色々と知ってから、龍鬼なりの答えを出せば良い。

 

 烈堂と駄弁っているとスマホにアイからメッセージが入る。写真付きで、家に来たメンバーはそのまま泊まっていくようだ。楽しそうで何より。戸締りだけは気をつけるように返事をしておいた。

 

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