一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
渡された台本を見ながら、流し見していた今日あまを見直す。やはり企画からしてダメだというのは俺でもわかる。鏑木さんは優秀なプロデューサーのようだからわからないはずではないが、やはり新人の売り出しにのみ注力しているのだろう。慈善事業ではないし、利権なんてそこかしこにある。原作者の吉祥寺先生もある程度わかっているのだとは思うが、それでもやるせなさはあったはず。
基礎の基礎もできていない演技。セリフは棒読みで抑揚もない。初めてと言う事を考慮しても、酷いの一言に尽きる。有馬が救いを求めたくなる気持ちも理解できた。ただ、悪いところばかりではない。有馬が言っていた様に、ダメな部分をなんとか補おうと演出や脚本が作られているのもわかる。逆に言えば補ってもコレということにはなるが、今更文句を言っても仕方がない。
一通り台本にも目を通す。
案の定セリフも出番も少ないが、重要なシーンには違いない。本読みもできず、やれることは少ないが、やりようはある。
ストーカーの役をどれだけ気持ち悪く演じるか。
元々の役者のレベルに合わせてか、ストーカー役もただストーカー役としてあるだけで、それ以上でもそれ以下でもない。原作では、愛を知らないヒロインの涙に繋げるために構図もテンポも完璧だった。それを映像とする際に、どうすれば及第点を取れるか考える。
やっぱり、全部を使わないとダメだな。
頭の中でリハーサルをしてみるが、俺の演技レベルでは限度がある。こちとら顔の良さを活かして爽やか系で売ってきた身だ。正反対の演技は俺も素人に毛が生えた程度。使える物は全て使わないと、俺個人としても及第点には届かない。
「どう、上手くできそう?」
リビングでソファに座りながら台本を読んでいたため、母さんが人の背にもたれかかりながら聞いてくる。頭に顎を乗せて、人から台本を奪い取る。
「やれるだけやるよ。本読みもしてないから俺の解釈になるけど」
本来なら原作者と確認できる場があるのだが、急遽やることになった俺にそんな時間はない。
「そっか。なら軽くリハやってみようか」
「リハって二人で?」
俺のシーンは三人しか登場しないが、それでもだ。
「そう。ないよりはある方が良いでしょ?」
「そりゃあそうだけど」
「ヒロインの方はちゃんと演じてあげられるから大丈夫だよ」
「なら頼む」
「ふふ、任せて!」
プレイルームと称した鏡張りの部屋へと移動する。部屋の明かりを薄暗くしながら少しでも雰囲気を寄せ、リハーサルという名の練習を始めた。
何度も何度も演じる。
「ん〜、やっぱりアクアには気持ち悪さが足りないよね」
母さんが初めて俺の演技についてコメントした。実の母親から演技のこととは言え、気持ち悪さが足りないなんて言われる日が来るとは思いもしなかった。
「それはわかってるが、イマイチ出力の仕方が掴めないんだよな」
気持ち悪いと一言言っても様々。容姿、性格、振る舞い、思考などあるが、ストーカーという事を考慮すれば重点を置くべきは思考と振る舞い。
原作を読む限りではヒロインの優しさを受けたストーカーが、それを好意と曲解したのが始まり。きっかけとしては些細な物。ストーカーの内面描写がされたことはないからこちらの解釈になってしまうが、ちょっとした思い込みが肥大化していき、いつのまにか自分の中でヒロインの人格を勝手に作り上げて来たのだろう。
「全然こういうキャラは演じてこなかったもんね。イメージできないならモデルがいると良いと思うけど」
「モデルか……」
ストーカーなんて知り合いにいるわけねえだろ。いたら縁をとっくに切ってる。……一人だけいる。知り合いというほど深い中でもないが、顔見知り程度の間柄。
「誰か良い人いた?」
「……桐生さん」
「ああ〜。オーマさんの厄介オタみたいな感じだったもんね。ケイに聞いたら連絡先わかると思うけど、聞いてみようか?」
父さんは知らないが、俺もルビーも、母さんもほんの少し会話をした程度。忘れていても無理はなく、母さんは少し考えてから思い出したようだった。
「時間もないからそこまでしなくて良い。イメージ掴めればそれでやってみる」
桐生さんも、今は療養中と聞いたことがある。手を煩わせるほどのことでもなく、仮に会えたとしてストーカーに関して教えて下さいなんて言えるわけもない。黒川が役作りのためにやっていると言うプロファイリングも、俺ではあのレベルは無理だし資料も時間もないから、想像に頼る他ない。
「ならイメージできたら、それでもう一回やってみようか」
本番まで時間がないから、突貫作業だ。
幸い、トップ女優がついている。演じ方に関しては真似できるものではないが、時間がない中ではこれ以上ない贅沢。その日中に、俺としても納得できる演技ができた。
本番当日。ロケ地へと移動していく中で有馬とできる限りの本読みを行う。流石は低予算ドラマとでもいうべきか、ロケ地の確保も一日だけ。そうなると時間もかなり限りがあり、現場にていきなりドライ(カメラ無しで、始まりから終わりまでのリハーサル)からランスルー(本番通りの通し稽古)一本で即本番に入るらしい。事前に有馬から色々聞いていたからある程度は察していたが、とりあえずリハが一回入るだけでもありがたかった。
「どう? なんとかいけそう?」
一通り読み直したところで、有馬が心配そうに訊ねてくる。
「何とかな。初めに言っとくけどあんまり期待すんなよ」
「基礎しっかりできているの知っているからそれだけでも十分よ」
現場に着くと、屋根はあるが雨漏りをしているとこもある。ガラスは割れていないが、端材などが隅に寄せられており、錆びた壁と湿った空気が良い雰囲気を作っている。
すでにスタッフさん等は来ているが、主演の姿は見えない。監督とプロデューサーの姿が見えたので、とりあえず挨拶へといく事にした。
この作品の監督とは初対面だが、プロデューサーの鏑木さんとは今日が初対面ではない。昔に何度か母さんのバーターで仕事をした際に顔を合わせたことがあった。
「ストーカー役をやらせていただきます、苺プロ所属の星野アクアです。本日はよろしくお願いいたします」
本名ではなく芸名で挨拶をする。
「アクア君か、久しぶり。見ない間に随分と大きくなった上に格好良くなった。よくモテるでしょ」
「まあ、お陰様で」
「それにしても、ストーカー役なんてよく引き受けたね。かなちゃんにゴリ押しされたの?」
「いえ、せっかくですから役幅を広げようと思いまして」
「ふーん」
昔はもっと仕事に熱があったように覚えているが、この現場においてはそれが見えない。歳をとって変わったのか、そもそも若手の宣伝ドラマということもありやる気がないのか。何にしても、これからすることを考えれば一言言っておいた方が良いだろう。この業界、プロデューサーの力はかなり大きい。今後のこと考えれば、顔に泥を塗ることは避けるべきだ。
「今日のシーンなんですけど、立ち位置変えたりアドリブ入れてもいいですか?」
「んー? 思ったよりやる気なんだね。好きにして良いよ。アイ君を始めとして、苺プロさんには良い思いをさせてもらっているしね。監督には僕から言っておいてあげるよ」
鏑木さんはアイとの付き合いも長いようだ。アイドル時代に仕事をしたことがきっかけで、有名になる前から目をつけていたらしい。仕事を振っていくうちに会社は急成長し、母さんも一気に売れた。先見の明があるとして一時期は引っ張りだこになっていた、と聞いたことがある。
「ありがとうございます」
鏑木さんの許可さえもらえれば、今回の山場は突破した。
何を話していたの、と有馬に聞かれたので、ちょっとな、と濁しておく。
挨拶回りが終わった頃に、主役の鳴嶋メルトが到着する。光我さんと字は違うが同じ読み方。珍しい苗字でもないから、偶然の一致だろう。
「ストーカー役のーーー」
「よろー」
俺のことなど路傍の石とでも思っているのか、適当に目も合わさずに挨拶らしき言葉をかけららてスルーされる。
「……態度悪いな」
「ほら、向こうも若いから」
若いから挨拶が適当なんて、理由になっていないフォローを有馬がする。第一印象ははっきり言って良くない。だけど、これからする事を考えれば、多少の罪悪感も薄れる。
キャストが揃ったため、リハーサルが始まる。
とりあえずここでは台本通りに演じながら、自分の立ち位置や照明、周囲に対して意識を割く。使えそうなモノは使ってやろう。
リハも終われば、少しの休憩を挟んで本番となる。
「アンタ、心ここに在らずって感じだけど大丈夫なんでしょうね?」
「問題ない。台詞だって完璧に入ってただろ? 時間がないから他の確認に使ってただけだ」
「そう? なら良いけど……。とにかく頼むわよ、もう最終話しか残ってないけど、終わりよければ全て良しって言葉がある様に、最後さえちゃんと締めればまだなんとか形にはなるんだから」
言葉が一人歩きしているが、元はシェイクスピアの戯曲で問題劇の一つとも言われているはず。確か、結末もハッピーエンドではなかった様な気がするが、だいぶ昔のことなので覚えていない。
何にせよ、原作者の吉祥寺先生に会うことがあれば謝ろう。ストーカーとはいえ、先生が考えていたキャラとは違うかもしれない。
カチンコが鳴り、本番が始まる。
回り始めたカメラ、他の音を入れない様に静まり返った現場に、独特の空気が満たされる。
一番最初に五反田監督に使ってもらった時にはしなかった緊張を、する様になったのはいつからだっただろうか。あの時の不気味さは、外見と内面の齟齬が生んだ奇跡の産物。今は体も大きくなったからか、あの時ほどの差はない。
やれることはやった。
鳴嶋……光我さんがチラつくからメルトで良いか。メルトのカタコト台詞が流れてくるが、耳に入れるのは内容がわかる程度の最低限で良い。俺が演じるのはストーカーだ。殺すつもりはこの段階ではない。精一杯の虚勢を張るために、ヒロインにまとわりついている邪魔な主人公を払いのけるためにナイフを持っている。とはいえ、内心で震え上がっている状態でも無い。興奮状態が近いのか、下手に刺激すれば爆発する危うさを意識する。
視野狭窄。周囲は見えず、近くにいるはずのメルトにさえもピントは合わさない。有馬だけに視線を向ける。よそ見はしない。足元に何があろうとも避けることもしない。
堂々とは歩かない。幽鬼的な足取りで、水溜りを踏む。
狂信によって作り上げた偶像が、目の前の光景を拒絶する。
愛を知らないはずのヒロイン。自分と同じはずの、誰からも必要とされないはずの人間。なのに、主人公によって日の下へと連れ出されようとしている。ヒロインへの嫉妬もあるのだろう。認められず、そうじゃないと内側で否定をしながら、ヒロインが本心では望んでいない事だと勝手に思い込む。
何も知らない主人公へと、怒りと哀れみを向けた。
「彼女は、お前が思っている様な人間じゃない……。お前みたいなチャラついた男とは相容れない。彼女は俺と同種の人間なんだ」
極端にセリフは変えられないから、言い方に工夫をする。自信がないからこそ、うまくコミュニケーションを取れてこなかった男だからこそ、会話ではなく、言いたい事を言うだけのために早口で捲し立てる。ヒロインを一瞥して、ニヤついた笑みを浮かべる。
リハーサルではしなかった距離でメルトで近づく。マイクにも拾われない程度の小さい声で、メルトの素を引き出す。悪いなメルト、後でちゃんと謝るよ。
「イケメンって騒がれてる割に、実際は不細工なんだな。ああ、中身の無さが透けて見えるからか」
売り出し中の容姿を貶し、たいして知りもしない内面にも踏み込む。思春期の男、さして興味もない今日会ったばかりの俺に言われれば、頭に来るだろう。
「なんつったオメエ!!」
肩を押され、胸ぐらを掴まれる。
台詞を間髪入れずに入れて、メルトの意識を少し撮影に戻す。
目に、身を挺して守る主人公の姿がやっと入る。
「聞こえなかったか? そんな女、守る価値無いって言ったんだ!」
俺がそうでなかったのに、誰かに守られている。これは裏切りだ。主人公への怒り以上に、ヒロインへの嫉妬と怒りをむき出しに表現する。偶像が崩れかけていく事に耐えられず、強い言葉を使う。
「この子は、俺の大事な友達だ!!」
主人公と揉み合い、ナイフをチラつかせる。子供でも大の大人を殺せる凶器だ。それでも退かず、殺されても守ると言う主人公に本能的に勝てないと理解したからこそ、標的はヒロインへと変わる。
ナイフを振り上げ、ヒロインを襲おうとして主人公に殴られる。素人が武器を持つと、それにしか意識がいかなくなる、らしい。だからこそ拳は綺麗に当たるし、受け身の心得もないから無様に転げる。ぬかるんだ地面に倒れたことで泥がつき、よりそれが強調される。
ストーカーの中で、勝手に作り上げた偶像が完全に崩れ落ちた。
同じだと思いこんでいた相手が、そうではなかった現実が突きつけられる。
「お前なんて誰からも必要とされていない。身の程を弁えて生きろよ、夢見てんじゃねえよ」
負け犬の遠吠えのように惨めに情けなく、諦めが悪くまとわりつく様に気持ち悪く。落ちないのが分かれば、自分から落ちてこいと言わんばかりに呪詛を吐き散らかす。
「この先も碌なことはない。お前の人生は真っ暗闇だ」
俺の役目はここまで。あとは有馬に任せる。
ヒロインの最大の見せ場だ。
「それでも、光はあるから」
得意技の泣き演技。
涙を流しながらのセリフには、間違いなく今日一の感情が乗っていた。