一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 お母さんが迎えにこなかったから、私の施設生活は予定よりもぐんと伸びてしまった。今でもふとした時に悲しい気持ちになるけれど、一人じゃないと思うと、ある程度気分を紛らわすことができた。

 

 あの日以降、私はケイと一緒にいる時間が劇的に増えたように思える。施設にいる間はほとんど一緒だし、学校もケイが卒業するまでは登下校も一緒。

 

 学校生活も平穏だ。コソコソ話はされるけれど、以前のような事はない。ませている女の子は付き合っているかどうか聞いてきたりするけれど、内緒と言ってそれを躱す。付き合うとかは正直よくわからない。ドラマとかでは恋愛ものが流行っていて、夜はみんなで見たりするけれど、あんまり腑に落ちる答えは得られなかった。ケイにも聞いてみようかと思ったけど、今の関係が変わってしまいそうで聞けなかった。

 

 休日、私はふらっと東京に出た。何か目的があったわけじゃない。ふらふらと歩いて、何気なくお店のショーウィンドウに反射に自分の姿を見る。オシャレに興味ないから適当な格好をした野暮ったい姿。ガラス越しのマネキンが可愛らしい服装を着ているからか、余計にそう思えた。やっぱり帰ろうと思って来た道を戻っていくと、怪しいおじさんに声をかけられた。金髪にサングラス、スーツ姿だけどネクタイはしていない。逃げようかとも思ったけど、抹茶ラテを奢ってくれるって言うから、話だけでも聞いてみることにした。

 

 おじさんは自分をスカウトだと言っていた。モデルかタレントかなんて考えていたら、まさかのアイドル。私とは程遠いキラキラとした存在。だから脅しの意味も込めて身の上を話した。片親で、母親からも見捨てられ、嘘つきの私はアイドルなんて向いていないから。

 

 そんな考えに反して、スカウトさんは私の境遇には触れず、逆にアイドルに向いていると言ってくれた。ファンも嘘を否定するのではなく、綺麗な嘘を求めていると。

 

「愛してるって言っているうちに、本当になるかもな」

 

 嘘が本当に。そうなった時、私は愛を知ることができるかもしれない。知れたらきっと、誰かを愛することができるし、愛されることもできる。スカウトさんの言葉は、私にとって魅力的に聞こえた。

 

 すぐにじゃなくて良いから、もしやる気になったら電話をしてくれ、と言ってスカウトさんは去っていった。そのまま帰って、今日あった事をケイに話してみた。私の中ではほとんど答えが出ていたようなものだけど、あと一押しが欲しかったし、実際にケイもやってみたら良いと後押ししてくれた。

 

 スカウトさんにやってみると言えば、とんとん拍子で話が進んでいった。まだユニット名も決まっていないけれど、メンバーはある程度決まっていて、すでに簡単なレッスンを始めているらしい。

 

 必要な手続きが終わる。メンバーとの顔合わせ、年は近いけれど同い年ではない。みんな顔には自信が満ち溢れていてすごいなと思ったし、アイドルを目ざす仲間として仲良くできればと思っていた。

 

 デビューまでの道のりは正直険しかった。レッスンがきつかったこともあるが、メンバー間の不和が堪えて私はこのグループのためにも辞めた方が良いとさえ考えていた。応援してくれたのに、きっと幻滅されるだろうな、なんて思ってケイに話してみたら、逃げても良いと言ってくれた。八方塞がりになっていた私にとって、その言葉はすごく楽になるものだった。もう一つの助言で本音で話してみると言うのはすごくハードルが高かったけれど、まずは社長に、そしてメンバーにも思い切ってぶちまけた。案の定大事になったけれど、そのおかげで関係は完全にじゃないけど改善できたから結果オーライというやつだ。

 

 初ライブまでもう少しと言うところで、ケイが施設を出ていくことになった。私も社長のところにお世話になっているから、それに関しては何も思うことはない。むしろおめでとうと言いたいけれど、行く先が気になった。聞いた名前を調べてみたら銀行の偉い人で、あまりの接点のなさになんでだろうと思ってしまう。

 

 ライブが近づくにつれて追い込みをかけていく。たとえファンが少なくても初回のライブは大事だと社長が言っていたから、一つ一つの動作を完璧にし、どうすればファンの前で可愛く歌って踊れるかを研究していく。

 

 やっとアイドルになれるのだ。

 

 アイドルになって、みんなにとびきりの愛を伝える。

 

 なった後、ケイとの関係はどうなるんだろう。

 

 施設にいた時と違って帰ったらいるわけじゃない。なんとか社長を説得して定期的に会って話をしているけれど、本当にアイドルとして活動していったらきっと急がしくなって会う頻度は減っていく。一月、二月、半年と伸びていって、最後には疎遠になるのかな。

 

 例えば、携帯電話でもお互いに持ったら変わるのだろうか。会う代わりにメールや電話が主になるのかな。でもそうすると、なんだか遠くにいってしまいそうな気がしてならない。

 

 自惚れとか女の勘とかではないけれど、ケイは絶対に私に隠し事をしている。そうでもなければ、事務所に訪れた理由がわからない。その時はバイトで雇ってもらうために、なんて言っていたけど、それが嘘である事ははっきりとわかった。考えれば考えるほどモヤモヤする。もしかして、私と会うのが面倒になって社長に相談していたとか。もういっそ、直接聞いたほうが良いのかも知れない。

 

 ライブの後に事務所に呼び出して、タイミングを見て問いただしてみた。

 

「近いうちに必ず言うよ。だからそれまで待って欲しい」

 

 本当は今すぐ教えて欲しかったけれど、覚悟の決まった表情を見てしまったら頷かずにはいられなかった。

 

 近いうちにと確かに言った。近いうちにって、長くてもニ週間程度じゃないのかな。あの日からすでに三週間は経った。私の誕生日も過ぎた。メッセージカードとささやかなプレゼントが送られて来たから、少しだけ溜飲が下がる。

 

「アイ、この日の夜空けといてくれ」

 

 ライブから一月位経った後、社長から珍しく要件も無く空けておくように伝えられた。

 

 

 

 

 

 赤坂インターナショナルビルディング。地下四階、地上三五階から成る超高層複合ビル。竣工を間も無く控えたビルの最も地下深くの駐車場の一角。まだ必要のないはずの明かりが照らされ、そこには大勢の大人が賑わいを見せていた。

 

 今回の企業知っているか?

 苺プロだろ、知らないな。芸能関係?

 あの若いのだろ。子連れって何考えてんだ

 あの子が闘技者なんじゃね。ほら、もしかしたら呉一族の子かも

 いやいや、目がちげーだろ

 

 賑わう大人たちの会話は、もっぱら苺プロや私に関する話題だった。 

 

 場違いなことはすぐにわかった。詳しくはわからないけれど、なんかみんな高そうな服を着ているし、オーディションのようにも思えない。売り込みにしたって場所も変。そもそも他の三人を連れてこないのはおかしい。社長は何も言ってくれないし、大事そうに抱えていたアタッシュケースは先ほど別の人に渡して大きく息を吐いていたから、ますます何をしにきたのかわからなかった。

 

「アイ、社長、来てくれてありがとう」

 

 人混みを抜けて、ケイが私たちのところに来た。久しぶりなのに随分とあっさりした挨拶。

 

「……今更後戻りできねえぞ」

 

 こんな怖い顔の社長、初めてみた気がする。

 

「するつもりなんて初めからないですよ。任せください。今日からめでたく会員になるんですから、どんと構えていてくださいよ」

「別に望んでねえよ。ったく、とんでもないことに巻き込みやがって……まあ良い。俺もお前のこと利用するって決めたしな。せいぜい気張ってこい」

 

 二人ともなんの話しているのだろうか。疎外感を覚える。

 

「アイ。前にした約束のこと覚えてるか? ーーーちゃんと見ててくれ。これ終わったら話すからさ」

 

 少し雰囲気が変わったと思った。何がと言われると説明が難しいけれど、悪い感じはない。

 

 ケイは突然上着を脱ぎ始めると、そのままシャツや靴、靴下、ズボンまで脱ぎ出す。

 

「え? え? ち、ちょっと! 何してるの!?」

「すぐ終わるからちょっと持ってて」

 

 流石に下着までは脱がず、ズボンの下にはショートパンツを履いていたけれど、突然の奇行に理解が追いつかなかった。

 

 少し頭が落ち着いてくると、思わずその鍛え上げられた体を見てしまう。プールの授業とかでは他の男の子のを見たことがあるけれど、それとは比較にならない。あんなにボコボコしているんだ。

 

「みなさま、お待たせいたしました」

 

 マイクからの音声に意識がケイから離れる。

 

「本日実施致しますのは、謂わば拳願仕合チャレンジマッチ! 早速ご紹介しましょう、今宵会員資格を求める挑戦者はこの男!!」

 

 ケイがゆっくりと歩き始めると、大人たちは声援や野次を飛ばしながらも道を作っていく。

 

「苺プロダクション所属 日向桂!!!!」

 

 ケイは体を伸ばしたり、軽くその場で跳ねたりしてアップをしている。まさか誰かと戦うのだろうか。

 

「続きまして防衛側、テキサス最強のストリートファイター……」

 

 はっきりとした声なのに、どうにも言葉が頭に入ってこない。入場してきた大柄の男性は見るからに強そうで、ケイとは頭ひとつ分差があった。いくらなんでも勝てるわけがない。なんで誰も止めようとしないのだろう。これじゃあ、ただの公開処刑。

 

 両者が構える。

 

 もうすぐ始まってしまいそうだ。どうやったら止められるのだろうか。社長に助けを求めるように見ても、同じように拳を握りしめて耐えている。きっと無理だ。

 

 審判のような人なら、と声を出そうとしたけれど、間に合うことはなかった。

 

「はじめ!!!!」

 

 そこからは一瞬の出来事だった。

 

 気づいた時にはケイが急接近し、大男の顎に拳を当てていた。初めて聞いたすごい音。天から吊っていた糸が切れたように、膝から大男が崩れ落ちる。

 

 会場が一気に静まり返った。

 

「そ、そこまで! 勝者、日向桂!!!!」

 

 だけど静まりかったのは一瞬で、一気に歓声が上がった。幾ら勝ったとか大損したとか聞こえるけれど、私にとってはどうでも良かった。

 

「服、持っててくれてありがとな」

 

 戻ってきたケイは何事もなかったかのように私から服を受け取ると上着だけは羽織らなかった。腕の血管もさっきよりはっきりと見えるし、動いて血流が良くなって暑いのかもしれない。

 

「お前本当に強いじゃねえか! なんだよあれ、あんな大男一撃で倒しちまってよ!」

 

 横から社長がケイに肩を組んできた。明らかにテンションがおかしくなっている。無事で安心したことと、圧勝したことに対する興奮が混じっている感じだ。

 

「作戦が上手くはまっただけですよ。様子見すると思ったんで、最速の技で速攻しかけて脳揺らしました。それより、これで晴れて会員ですね」

 

 ケイの言葉に社長は何かを思い出しのか、今度は頭を抱え始めた。なんというか、忙しい人だ。そんなことをしている間に社長は審判だった人に呼ばれ、大きい将棋の駒みたいなものを受け取っていた。観客だった人たちも、慣れたことのようにすぐにはけていく。

 

「これがアイに黙ってやってたことだよ」

 

 実際はこれが最初の仕合だけど、と苦笑していた。

 

「言うタイミングはずっと考えててさ、社長とかにも相談して今日にしたんだ」

 

「なんで、こんなことしてるの? 社長にやれって言われたの?」

「いや、社長は関係ないよ。むしろ俺が巻き込んだんだ。なんでって言われると、なんて言うかな……」

 

 頭の後ろをかきながら、ケイは言葉を選んでいる。何かを決心したのか、真っ直ぐに私を見た。やっぱり、何か前と変わった気がする。

 

「俺さ、アイの事好きなんだよ」

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