一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 日向家の庭では、二人の男が汗を流していた。髪の色や髪型は違えど容姿は瓜二つ。黒髪の方、臥王龍鬼が攻め、金髪の日向桂がひたすらに受ける。生死をかけた戦い、ではなく、どちらも本気ではなく流しのようにも見える。

 

 龍鬼が腰を極端に落とす。格闘技では見ない奇妙な運びで接近してから地伏龍を放つも、それを容易に止められる。

 

「一回止めるぞ」

 

 桂の言葉に、龍鬼も一息ついて距離を取った。置いてあったタオルで汗を拭い、用意してもらっていた水で喉を潤す。

 

「やっぱ臥王流は技の出がわかりやすいのが弱点だよな」

「うん。それは俺も気づいてた」

 

 地伏龍はその最たる例とも言える。

 

 奇襲に重きを置いた臥王流は、平たく言えば初見殺しに特化している。だからこそ、デビュー戦となった打吹黒狼戦では見事に決まった地伏龍は、それ以降の仕合では一切決まらなかった。

 

「爺ちゃんにそれ以外使うなって言われてんだろ? 中々縛りがキツイな」

 

 臥王鵡角の目的が定かではないものの、技一つで仕合をしていくのは無理がある。

 

「でも纏鎧も裂空も、他の技も使っちゃったから今更かも」

 

 纏鎧は、二虎流の不壊の原型となる技。不壊と比べて引き締めが緩い分、関節への負担が少なく機動力もあるが、その分防御力が落ちてしまう。

 

「ならそこは気にしなくても良いか。他の技も使えんなら裂空と地伏龍の相性は良いな。途中までは同じモーションだから、相手からすればわかりにくい」

「それも初見で見切られちゃったけどね」

「相手は阿古屋だったんだろ? そりゃあ相手が悪い。普通の奴らなら引っかかって倒せてたさ」

 

 人類最速の反射神経が相手であれば、宙に浮く対空時間の間で避ける時間を作られてしまう。決して技が悪いわけではない。

 

「技がバレてるから相手に防がれる、ってのはわからなくもねえが、工夫次第でその辺りはカバーできる」

 

 言葉を濁しているが、改善できない事には格上には一切通じない、と言っているようなもの。中で蟲相手に使用してきた殺しの術の臥王流から、武としての臥王流に変えるため事は、そう簡単な事ではない。

 

「要はフェイントとかを使えって事だよね?」

「そんな所だな。黒木さんの魔槍だって誰もが知ってるけど、そんなの関係なしに強えだろ? 上手く使えれば知られてる事も武器にできる」

 

 勿論、地伏龍のように初期動作がわかりにくい、というのも魔槍にはあるが、黒木を強者たらしめるのは魔槍があるからではない。適切なタイミングで適切な技を使える事、膨大な鍛錬によって裏付けされた経験が、彼を強者としている。仮に怪腕流ではなく臥王流の使い手だったとしても、彼の強さは変わらないだろう。

 

「やっぱり、勝手が違うから難しいな」

「変えてくのはどうしても時間がかかるからな。焦らず気が向いた時にやっていけば良いさ」

 

 長年の染みついた習性を変えようとする龍鬼からすれば、違和感を覚えるのが自然。いずれ祖父と慕う臥王鵡角とも対峙し、確かめねばならないことも理解している。

 

「うん。……ちゃんと自分で考えないと」

 

 いずれは、祖父と慕う臥王鵡角と話し合わないといけない事は理解している。彼が教えてくれた事。外で光我や一夫、壱護やミヤコをはじめとした多くの人たちから学んだ事。何が正しくて、何が間違っているのか。

 

「何なら二虎流も覚えてみるか? 派生流派だからしっくり来る技も多いだろ」

「……本当にいい人たちばっかりだよ」

 

 対抗戦以降、外の人間と多く関わりを持つようになった事で、一層そう思うようになっていた。特に世話になっている斉藤夫妻は、問題児抱えて二〇年間、ひたすらに振り回されながらも本気の文句も言わずに付き合ってきたお人好し。素直に応じるだけ龍鬼の方が遥かに手間がかからないと思われている事に、桂もアイも知る由もない。

 

「ん? なんか言ったか?」

「何でもないよ。休憩は大丈夫だから始めようよ」

 

 

 

 

 都内某所の倉庫にて、今日も人知れず拳願仕合が開催されようとしていた。会場には普段以上に会員をはじめとした観客が集まっており、どれだけ注目されているかがわかる。賭けの額や対象がでかい仕合ではない。むしろ通常の仕合と比べても安い方に分類され、所謂トップ層が出張る仕合でもない。新しい派遣システム、山下商事を介した企業採用闘技者が他企業の仕合にスポット参戦する事で成立したドリームマッチ。

 

 “天拳”日向桂

 対

 “柔王”嵐山十郎太

 

 嵐山は対抗戦を機に煉獄から拳願会へと電撃移籍、その後負けなしで勝ち星を重ね続けている。煉獄の双王は拳願会においても、寧ろ拳願会ルールだからこそさらに猛威を振るっていた。

 

 アイも、ルビーとアクアも本仕合には観戦に来ており、どこで見ようかと辺りを見渡していると、見知った顔を見つけてそこは向かう。会員たちももはや見慣れたもので、当初あったざわつきもすっかり鳴りを顰めてしまった。

 

 アイたちが向かった先にいた王馬が一足先に気づく。

 

「何だお前ら、似たような服着てんな」

「これ制服だよ。どう? 可愛くない?」

 

 ルビーはその場で見せつけるように回ってみせてウインクまでしてみせるが、相手が間違っていた。

 

「可愛いかどうかは俺にはわからねえよ。セイフクっていうとお前らもついにコウコウセイってやつになったのか」

 

 ルビーの代わりに、アクアが先日無事に高校生になったと伝える。

 

「無反応……そりゃあカルラちゃんも苦労するよ……」

 

 カルラとは連絡を取り合い、時間が合えば遊んだりする仲ではある。ルビーはことあるごとに王馬が素直にならない、と嘆くカルラの姿を知っているため、同情せざるを得なかった。

 

「なんでそこでアイツが出てくんだよ」

「王馬さん、刺されないようにね」

「? 何の心配だ? 光我わかるか?」

 

 王馬は直前まで稽古をつけていたため傍にいる光我にバトンを投げ渡す。

 

「え、俺に聞くんすか。王馬さんその辺はマジで勉強した方が良いよ」

「……興味ねえんだから仕方ねえだろ」

 

 弟子にもダメ出しをくらい、少し拗ねたように見せる。山下一夫が見れば、人間性が成長していると内心で嬉々としている所だろうが、生憎この場にはいなかった。

 

「そういや、龍鬼は? 一緒じゃなかったんスか?」

「リューキ君は社長たちと一緒だよ。さっき山下さんと話してたから、会場にはいると思うけど」

 

 周囲の盛り上がりを他所に、嵐山は目を瞑り精神統一を図っていた。来たるべき相手の足音を聞き分け、ゆっくりと目を開けては見据える。

 

「飛との仕合を見てから、貴殿とは手合わせ願いたいと思っていた」

「嬉しいね。俺も嵐山さん、アンタとは戦ってみたかったんだ」

 

 険悪な雰囲気は皆無。ただ純粋に、どちらが強いかを競うのみ。

 

 柔道着を着る嵐山に対し、桂はノーギ。本来であれば、柔道家相手にはこれ以上ない有利な格好ではあるが、相手はあの嵐山。それがまるで意味をなさない事は、対抗戦を見た者であれば既知の事。

 

「よろしくな」

「参る」

 

 レフェリーの言葉を受けて、両雄は臨戦態勢に入る。

 

 合図を受けて、速攻を仕掛けたのは桂だった。火天ノ型、烈火と操流との複合である畝焔へと繋げての強襲。

 

 触れられれば投げられる。とはいえ、倒すためには嵐山の手が届く範囲に入らざるを得ない。勝つためには、触れられる前に攻撃を当てることが必須条件。

 

 桂の右拳が嵐山の頬を捉える。嵐山の指が手首に触れ、振りによって桂の体勢を膝から崩す。

 

 崩されるのがわかっていたかのように対応。すぐさま起き上がり組みつこうとするも、誰かが無謀だと叫ぶ通り、再び嵐山の手が触れたことで振りが炸裂した。

 

 大人と子供が戦っているかように、桂は簡単に転がされる。グラウンドに持ち込まれないのは、倒れざまに距離をとように転がり、その後すぐに切り返すため。少しでもタイミングがずれてしまえば、グラウンドに持ち込まれる。体重差約五〇キロということを考えれば何としても桂が避けたい状況。

 

 三度目は強襲をしなかった。転がされた、と言葉にすれば軽いが、ダメージが全くないわけではない。本来であれば散らしてほぼノーダメージにできるそれも、力の流れの主導権を嵐山に握られた状況では不十分。

 

 分かってはいたが、こうも差があると流石に凹むな。

 たった二度、投げられてみて改めてわかったのは、力の流れを操る点においては真っ向勝負では勝ち目がないという事。

 

 魔技とも呼べる技術ではあるが、触れるまでの速度は十分に目視できるレベルかつ、触れられる体勢次第ではある程度投げ方を想定できる程度。どんな修行をしたのか気になるところではあるが、それは今考える事ではないと切り捨てた。

 

「考え事は終わったのか?」

「待っててくれんのはありがたいが、別に気にせず攻めてくれても良かったんだぜ」

「万全の貴殿を倒してこそ、更なる高みを目指せる」

「武人みてえに律儀だな」

 

 第二ラウンドが始まる。

 

 直線がダメなのであれば掻き乱すまで。再び先手を取らんと、桂は火走による不規則な運足でタイミングを測る。

 

 嵐山はそれに惑わされず、どっしりとした構えを変えない。現時点で、嵐山はまだ先の先は使えない。正確にいえば、実戦で実用可能なレベルにはない、が正しいか。何より桂が先の先を使える以上、気の起こりの読み合いで勝ち目がない事は理解していた。

 

 けれど、焦る必要はない。先読みもあくまで仕合の勝敗を決める上での一要因に過ぎない。

 

 桂が勝つためには、接近する他ない。接近してくるのであれば触れられる。触れさえすれば何であろうと投げられる。

 

 油断も慢心もない。全身の感覚を研ぎ澄まし、わずかな兆候も見逃さない。聴覚が異音を拾う。足が地面につき、擦れる音。過敏になった五感が接近を捉える。

 

 振り向きざまの振り。これまでの払い除けに近い形ではなく、下から掬い上げ投げ落とすために嵐山も腰を落とした。

 

 遠い。

 方向は合っている。だが、距離がまるで合っていない。

 謀られた。

 

 嘘技によるフェイントからの瞬鉄による突攻。懐に入り込み鳩尾への一撃が決まる。体躯に見合わぬ硬さと威力に、嵐山の顔が歪む。わずかに遅れる対応。続け様に叩き込まれる水燕による不規則な軌道のラッシュが着実にダメージを重ねる。

 

 嵐山の腕の動きを見切り、手首、または手甲を抑え込み、振りを完全に封殺する。

 

 ひたすらに殴られ続ける中でも、嵐山に焦りはなかった。操流と水天では己を倒せるだけの威力がでないことは把握済み。焦らず、驕らず、淡々と見極める。彼を強者とするのは卓越した技量は勿論のこと、大木のように揺らがぬ精神性がある。

 

 息継ぎの隙間、後退するその瞬間を逃さなかった。嵐山から一歩近づき、逃げ場を塞ぐように肩に触れる。

 

 振り。

 

 双方の力を操り、桂の体を前方から地面へと叩きつける。鈍い音が木霊した。

 

 金剛ノ型、不壊。

 

 全身を硬化させ、片腕を頭と地面に挟むことでダメージを軽減。それでもこれまで与えたダメージ量を一撃で覆される。首から上に関しては筋肉を締めるという技の性質上、体と比べると硬化度は雲泥の差。加えて腕を挟んだとはいえ衝撃は決して殺せず、軽い脳震盪のような状態を引き起こす。

 

 組に来る嵐山の膝をストンピング、掴みに来た手を上手く蹴りによって弾けたのは桂にとっては運が味方した瞬間だった。視界が揺れ、不安定ながらも立ち上がる時間を稼ぐことに成功した。振りに警戒するあまり、嵐山の追撃に反応が遅れる。

 

 ローキック。

 

 体重差もあるのかひどく重い蹴り。痛みで意識が戻ってくる。立て直しかけていた姿勢が再び崩れ、さらに追撃で顔面に蹴りをくらう。

 

 嵐山は目黒正樹、と一人で思い込んでいる速水正樹に実力では勝ちながらも仕合に敗北してから、己のファイトスタイルを見直した。

 

 代名詞とも言える柔道専門のスタイルを封印。

 

 打撃にも手を伸ばし、新たなスタイルを作り出している最中だった。打撃の型はボクシングでも空手でもない。フォームは粗雑の一言に尽きる。けれど、嵐山からすればそれで良かった。

 

 全ては己の柔を生かし、柔を極めるため。

 

 無論、カウンター技である鬼鏖は警戒するが故に、この仕合では打撃は最小限に止める。鬼纏の詳細はわかっていない。けれど力の流れを操る事は明白である以上、振りがそのまま対鬼纏となり得る。

 

 二度の蹴りによって桂は再び倒れそうなほど体に力が入っていない。項垂れるような無防備さを前に、嵐山は振りで決めにかかる。

 

 指先が触れる直前、鎧を纏った龍が地から天へ昇った。

 

 臥王流「地伏龍」× 二虎流金剛ノ型「鉄砕」

 

 嵐山自身が桂へと向かう力と、地伏龍と鉄砕の合わせ技がぶつかり合い、カウンターで使う瞬鉄と同等以上の威力が顔面へと直撃。

 

 奇襲として意識の外からの強力な攻撃に、嵐山にそこから立ち上がる力は残っていなかった。消えゆく意識の中で、運命の相手とも言える男の声が聞こえたような気がしたが、それは嵐山以外知る由もない。

 

 まだ上を目指せるなーーー目黒殿。

 

 倒れる瞬間、嵐山の顔には笑みが浮かんでいた。 

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