一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「助かったよ監督、この作品に声かけてくれて」

「一応な。お前が売り出してたキャラじゃねえってのはわかってたが、お前ならできると思ってな」

「ああ、このキャラなら問題ない」

 

 俺は手に持つ台本に目を落とした。相変わらず予算をふんだんにつぎ込んだ超大作というよりも、低予算映画に分類される。結局は映画やドラマも、黒字になって設けることが大事。アートではなくビジネスの場だと他人に言う割には、監督はアートと捉えている節がある。作品の質に拘っていて、ケレン味が少ないという評価もあるが、本物を撮る姿勢は好ましい。

 

「今日あまで良い演技してたしな。ネットの反応見たか?」

「……見たよ。役者としてみれば割と好評価で良かった」

 

 横でムカつく顔して笑っているが、それは見なかったことにしよう。

 

「俺も見たが、あれは良かったぞ。この作品でも期待してるぜ、早熟」

「もう早熟って言われる歳でもねえだろ」

 

 監督が立ち上がる。どこかへ行くのかと思えば、人差し指と中指を使ってタバコを吹かす仕草をする。禁煙ムード一色に染まる世間では、喫煙者の肩身は狭くなる一方。一定の年代以上の、特に男性は喫煙率が高いし、この業界にも多くの愛煙家がいる。昔はこういった現場でも好きに吸えたのだろうが、俺が小さい頃にはすでに端っこの方に追いやられており、今ではさらに距離が遠のくか、なんなら完全禁煙になっている撮影場所もある。やめれば良いのに、とは思うが、まあ言っても聞かねえか。

 

 休憩時間ももう少し。休憩が終われば俺の撮影シーンもあるから、気合いを入れないと。

 

 今回の映画は、人間の悪意と転落をテーマにしている。ジャンルとしてはスリラー映画やヒューマンドラマになるのだろうか。簡単なあらましとしては、仕事熱心な父親と、専業主婦の母親、口うるさい姉に、弟の四人家族。郊外に住むごく普通の家族が、父親のリストラを機に徐々に崩壊していく作品だ。俺はその弟の役をもらっている。

 

 今日はちょうど家の中でのシーン撮影のため、色々と撮る予定だ。ロケ地の都合などで撮影する順番も時系列通りにはならないことが大半。結末を知っているが故にこのシーンの感情はこう演じた方が良いとかはわかるが、逆にそれで不自然になってしまわないように気をつけないといけない。俺は序盤から終盤にかけて、どんどんと荒れていく様をしっかりと演じる必要があるから、シーン毎にそれを気をつけないといけない。

 

 スタッフさんから声がかかる。

 

 俺の小さく息を吐いて、演じるためのスイッチを入れる。黒のウィッグを被り、どこにでもいる普通の中学生を演じる。思春期に入りちょっと姉が鬱陶しく感じるものの、反抗期には入っていない純朴な少年。だから髪も染めないし、整髪剤も使わない。

 

 四人で囲む食卓は、彼らの日常。

 

 けれど、ある日唐突にリストラにあったことで梯子を踏み外す。

 

 家の中で起こった最初の変化は、母がパートに出るようになったこと。父の再就職は年齢もあって中々決まらず、ローンも残っている。父親の焦りを嘲笑うかのように好転せず、家庭内で口喧嘩が起こるようになった。

 

 家族が壊れていく。夜な夜な言い争う声。彼はそれが受け入れられず、居心地の良かった家がそうではなくなり、家に帰る時間が遅くなっていく。

 

 金がかかる部活を辞めて、悪い友達とつるむようになる。制服のボタンを留めないようになり、髪も金に染め始める。壊れていく家のことを全部姉に押し付けて、彼は現実逃避を繰り返す。

 

 朝まで遊んで家に帰ると、学校へ向かう姉とすれ違う。ところどころ穴の空いた壁に気にも留めず、朝帰りする彼を一瞥して言葉のナイフを突き刺してくる。

 

「良いよね。アンタはずっと子供のままで」

「は? うるせぇな、俺はもうーーー」

 

 大人だと言うよりも先に姉に言われる。

 

「わかりやすく髪なんて染めて悪ぶって、家の事全部私に押し付けて。お父さんとお母さんがどれだけ喧嘩して、今がどんな関係になってるのかわからないでしょ? もしかして、時間が経てば勝手に解決するとか思ってるじゃないの?」

 

 言いたいことを言って姉が登校していく。

 

 彼の中で、俺の事を知らないくせにふざけた事言いやがってという怒りと、本心を見透かされた言葉への焦り、姉には何も言い返せず、溜まった鬱憤を壁にぶつけた。鈍痛が手を通じて、それがさらに苛立ちを募らせる。今度は蹴りで踏み抜こうとして、姉の言葉が反芻して止める。大人ぶった言葉が非常に腹が立つ。

 

 しばらくして、珍しく夕方に帰ると、殊更珍しく父も上機嫌、母も笑っていて、本来の姿のはずなのにやけに気持ち悪く感じた。

 

「何これ?」

「個人事業主になって仕事を始めるんだって。自分の努力次第で売上が変わって収益に繋がるから、前以上に稼げるって盛り上がってるの」

 

 淡々という姉はきっとわかっていたのだろう。

 

 初めは確かに好調だった。知人に商品を紹介して、情けもあって契約してくれたのだろう。確かに月給は前職のそれを超えたと言っていた。

 

 だけど、それはその月だけ。

 

 一度契約すればまた次も、となるような商品ではなく、月々のロイヤリティーや商材費が嵩んでいく。なんでも月のノルマがあり、それ以上超える場合には発注をかける必要があるが、以下の場合は買取になるらしい。そんな事を言わなかった父親に、もはや怒りではなく呆れしかなかった。

 

 希望を持っていた母親はそうではなかったようで、またヒステリーになり始める。物に当たるせいで食器がよく割れる。彼もまた家に帰る時間が減り、友人宅に泊まるようになった。友達とワイワイ騒いでいる間は、まだ辛い事を無視できていた。

 

 友達の家を渡り歩いて家に帰らない生活が続いているうちに、姉が売春をしている噂を聞いた。姉が家にいるだろう時間を見計らって、家に帰る。ただいまも、おかえりの声もない。二階へ階段に穴を開ける勢いで力強く蹴上がる。扉を開け、訝しむ姉の胸ぐらを掴んで問いただす。

 

「なんだ、そんなこと?」

「汚ねえオッサンと寝て金もらって、恥ずかしくねえのかよ!」

 

 清純さを望んでいたわけではないが、とにかく気持ち悪い。姉の形をした別の何かに見えてくる。

 

「金がいるのよ……」

 

 か細い声。

 

「今この家がどんな状況かあんたわかってんの? お父さんはやけになって酒浸り、お母さんの稼ぎじゃ全然足りない! 私がやるしかないでしょ!? アンタのせいよ! アンタが逃げたせいで、全部こっちに皺寄せが来て……、毎日毎日こうなりなさい、こうなるなって言われる気持ちがわかる!? 私が全部! 全部なんとかしないといけない。こんなことでもやらないと、子供でこんなに稼げないんだよ!」

 

 彼の手を振り払った姉は、引き出しから雑に取り出した札束を掴み、見せつけるかのように投げつける。ひらひらと抗うように落ちていく様が、まるでこの家族の転落する様を示しているようだった。

 

 彼は、何も言い返せなかった。

 

 もう、この家は元に戻らない。どうしようもない所まで来てしまったのだ。

 

 贖罪の気持ちから、彼は少し早く帰るようになった。とは言っても、帰るだけで何かが好転するわけじゃない。積み重なる酒缶、汚れていく家、もう来るところまで来てきた。

 

 最後の日、この日も彼は夕方には帰る。

 

 玄関を開けると、やけに静かだった。靴はある。テレビの音も聞こえず、人がいないかのように静かだ。

 

 リビングへと自然と足が向かう。彼が生まれた時にローンを組んで経てられた家は、もう十年以上だ、少しきしむところもあって、けれどそれ以上に傷つけられた跡が目立つ。

 

 靴下越しに生暖かい何かを踏んだ。じんわりと広がっていく感触が気持ち悪く、生臭さに気付いたのは直後だった。

 

「姉……ちゃん?」

 

 震える声で、倒れてある姉に声をかける。反応ない。夥しい数の刺し傷、腹部から流れ出る血はもう助からない。姉の目には光がなかった。

 

「か……母さん……」

 

 姉の奥にも母が倒れている。血溜まりに溺れるように、白い服を赤く染めて。

 

 腰を抜かしてその場に座り込んでしまう。息が荒くなる。

 

 誰かが、彼の名前を呼ぶ。

 

「と……さん。なんで……」

 

 過呼吸気味になりながら、唯一立っていた父に尋ねる。酸素が不十分。恐怖から呂律なんてまともに回らず、か細く聞き取りにくい声を出す。

 

「こうするしかないんだ。こうするしか」

 

 悪い方に覚悟が振り切れてしまった人の目。あるのは殺意ではない。謝意と後悔と諦め。包丁を持つ手には、絶対に手放さないと言わんばかりに力が入っている。

 

「ごめんな……」

 

 ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる。

 

 腰が抜けて走れないながらも、なんとか逃げるために玄関へと這ってすすむ。徒歩と匍匐前進、追いつかれるのも時間の問題。玄関までまだ距離が追いつかれる。

 

「辞めっーーー」

 

 それが思い切り突き立てられる。痛みで泣き叫びもがきながらも、辞めて、助けててと懇願する。

 

 抜かれて二度目の刺突。三度目。

 

 彼の声が出なくなるまで、徹底的に刺される。

 

 彼が動かなくなり、父はリビングに戻ると椅子を動かしてその上に乗り、用意していた縄を自分の首にかけて椅子を蹴る。まるで絞死刑に処される罪人のように、父は自らを裁くように。

 

 カットがかかり、終盤のシーンの撮影も終わる。

 

 倒れていた状態から俺は起き上がると、他のキャストも起き上がる。父親役の人がスタッフに降ろしてもらっている間、姉と母役の俳優とお疲れーと声を掛け合う。

 

 控室はないから、別部屋を待機室にしていて、そこにあるパイプ椅子に腰掛ける。

 

 疲れた……

 

「大丈夫? 何か飲む?」

「ありがとう、ミヤコさん。これくらいなら大丈夫だよ」

 

 俺のトラウマを心配しての言葉。嘘は言っていない。本物ではないし、演技だと思えば気分が悪くなる程度で済む。

 

「アクアも演技上手なんだね。こう言うところでの撮影って初めて見たよ」

「役幅広げようと思ってやってみたんですけど、それなら良かった」

 

 龍鬼さんはおべっかとか使わずに素直に思ったことを言ってくれるから、視聴者の目線に一番近い。

 

「龍鬼さんも興味出てきました?」

「面白そうではあるけどね。今はこうして裏方してても楽しいから良いかな。それに刺される役とかやると反射的に手出そうになるし」

 

 真剣に悩んでいるが、これは俺が悪いな。もっと楽しそうな役を演じている時に言ってみれば良かった。

 

「さっきスマホ鳴ってたわよ。誰かからの連絡じゃない?」

 

 演技中は預けていたから、誰かから連絡が来ても気づかない。ミヤコさんからスマホを受け取ると、確かに通知が入ってる。

 

 顔認証をしてスワップすれば、誰からかがわかった。黒川あかね。今ガチに出演中の友人。数話放送されているが、鷲見ゆきにフォーカスがされつつある。MEMちょは元から賑やかし要因と言うのもあり要所要所で上手く使われているが、黒川は正直いてもいなくても良い状態に近い。

 

『どこかで時間あるかな? 相談したいことがあって……』

 

 黒川が俺に相談というのも珍しい。学業に関しちゃ、下手したら俺より頭良い上に、演技は比べるまでもない。心当たりがあるとすれば、ガチ恋の件しか考えられなかった。

 

『夜でも良いか? 今撮影中だから終わったら連絡する』

『うん。ありがとう』

 

「彼女?」

 

 龍鬼さんがとんでもないことを聞いてくる。

 

「違います。友人ですよ」

「ふーん。光我も言ってたけど、アクアモテそうなのに。彼女いないの?」

「……そういう龍鬼さんはどうなんです?」

 

 背はあるし体つきも引き締まってる。顔だって父さんや王馬さんとほぼ同じなんだからモテるとは思うが。

 

「俺は興味ないかなー。よくわかんないし」

「じゃあなんで聞いたんですか……」

「最近恋愛系?の本とか薦められて読んだんだけど、よく分からなくてさ。アクアに聞いてみようと思って」

 

 ミヤコさんを見てみれば、肩をすくめている。薦めたのは違う人か。色んな人と関わってるから、世話好きの人か世間話ついでに言われたのだろう。

 

「そう言うのは、父さんとかに聞いた方が良いと思いますよ」

「そっか。じゃあ今度聞いてみるよ」

 

 すまん父さん。任せた。

 内心で謝っておき、とりあえずまた撮影に臨んだ。

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