一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 帰ってきたのはすっかり日が暮れた後だった。夕飯をささっと食べ、ひと足先に風呂に入り、自室からバルコニーに出て夜風に当たる。ほんのり熱った体が冷えていく。ラタンチェアに腰掛けて、イヤホンを耳につけた。

 

『悪い、遅くなった。今大丈夫か?』

『お疲れ様。うん、私はいつでも大丈夫だよ』

 

 メッセージを送ればすぐに返ってくる。仕事などで返せない場合を除いて基本的に早いが、今日はやけに早い気がした。

 

 通話をすれば、数コールで繋がる。

 

「夜遅くに悪いな」

『ううん。私が相談したいって言ったんだし。むしろ遅くにありがとね。アクア君は撮影お疲れ様』

 

 声を聞く限りでは異変はない。杞憂か。

 

「それで、相談したいことって?」

 

 夜も遅い。あまり年頃の少女に夜更かしさせても良くはないから、早々に本題に入ることにした。

 

『うん……あのさ、アクア君も今ガチ見てるよね?』

「黒川が出てるしな。時間がある時に見るようにしてる」

 

 あまり興味が沸かない内容でも、知人が出れば見るようにしている。今ガチもティーンの恋愛を、演出はあれど見せ物にする番組。鏑木Pから話があったが、よほどのことがない限り出るつもりはなかった。同じ時期に監督から今回の話が来ていたのは、角が立たずに断る良い口実になった。

 

『どう思った?』

「正直な意見を求めていると思うから言うが、一番目立っていない。だから、良いところも悪いところもないって言うのが率直な感想だな」

 

 極論、仮に出演を見合わせたところで何も番組に影響はないだろうとは思えるくらい、今の黒川は番組内で影が薄い。

 

『うっ……そう、だよね』

「気になってたんだが、なんでこのオファーを受けたんだ?」

 

 即答はなかった。

 

 黒川が何かを言い出すまで待つことにする。昼間は暑くなってきたが、夜はまだちゃんと冷える。昔に比べて熱帯夜も増えたが、今日は快適な温度だった。待つ間に空を見れば、住宅街ということもあり灯りも限られているからか都内でも割と星は見えるものの、なんとも寂しい空だと思ってしまった。

 

『マネージャーがね、この仕事を持ってきてくれたの』

 

 ぽつりと話し始めた。今は黙って聞き続ける。

 

『舞台以外でも活躍の幅を広げたいって思ってて、前にマネージャーに話したことがあってね。それを覚えていてくれたんだと思う』

 

 マネージャーの人柄は知らないが、悪意あって紹介したとかは無さそうだ。

 

 この業界、マネージャーの交代も珍しく無い。タレントに比べて基本的に薄給で、長時間拘束されることもままある。タレント達は才能がある一方で、一癖も二癖もある人が多いから、合わない時はとことん合わないのだろう。

 

『この仕事を紹介してもらった時に向いてないなーって思ったんだけど、せっかく取ってきてくれた仕事だし断れなくて。それに他にも出たい人だっているから、私ばっかり我儘言うのもダメでしょ? だから出るからには一生懸命やろうって思ってるんだけど、全然上手く行かなくて』

「脚本とか、番組側からアドバイスとかはないのか?」

『脚本はないよ。カメラに視線は送らないようにとか、カメラが寄った時にはそれまでのやり取り要約してほしいとかはあるけど。一応、気になるところはディレクターとかにも聞くようにはしているんだけどね』

 

 恋愛リアリティーショーも、二〇年程度の歴史がある。エンタメ性とリアルさを両立するために台本等はないとは聞いていたが、それはこの番組でも同様のようだ。

 

「なるほどな。アドバイスを聞いてあの手この手を試せど効果はなしってことか」

『うん。なんとかして目立って結果を出したいんだけど……アクア君ならこんな時どうする?』

 

 中々に難しい質問。

 

「どうだろうな。この手の番組には出たことがないから大したことは言えないが、もし目立つように立ち回るなら、番組側が何を求めているかを理解しようとする、とは思う」

 

 今度は黒川が静かに聞く番だった。

 

「制作側が気にするのはやっぱり撮れ高だろ? 現状を把握して、向こうが何を求めているのかを探る。その上で、賑やかし枠でも、悪女枠でも、できると思った役にハマるように演じてみるくらいか」

 

 番組が始まる段階で、圧倒的なキャラやスター性があればそれを貫くのは容易いだろう。仮に母さんがアイとして出れば、終始注目を掻っ攫うはず。ただこれは、参考にならない。あくまで母さんだからこそできる技であって、年々似てきているルビーに同じことができるかと言われれば、ルビーにも出来ないとは思う。黒川の演技力でもアイを演じるのは無理だろう。

 

 特に、今回のリアリティーショーの面々を見れば、個人個人の思考の差はあっても女性陣の容姿は誰かが突き抜けている事はない。差が出れるとすれば、元からの注目度と番組が始まってからの立ち位置。メムのように、自身のユーチューブと一貫したキャラを演じるのは強みになるし、早々に何が欲しいかを理解して動いているだろう鷲見ゆきは、良く使われるようになっている。

 

「悪いな、大したアドバイスもできなくて」

 

 内情を知らない俺が言えるのは、当たり障りのない事のみ。黒川からすれば、言われずともわかっている事だろう。

 

『そんな事ないよ。ありがとう』 

「もし同姓の意見が欲しいなら、撮影の時にメムにでも聞いてみろよ。少し話したことはあるが、セルフプロデュースに関しちゃ有名インフルエンサーなだけあって俺なんかよりよっぽど上手い」

『そっか。メムちゃんはルビーちゃんと一緒にアイドルやるから、アクア君とも顔合わせたことあるんだね』

「顔合わせたというか、何なら家に来て飯食べたこともあるしな。初対面の時はガン無視されたよ」

 

 別に無視された事を気にしているわけじゃない。それだけ母さんの大ファンで緊張していたってだけの話だ。

 

『ええ!? そんなイメージないのに……。それにアクア君の家でなんて……も、もしかして、そういう仲だったり?』

「今度会った時にでも聞いてみろよ。それに、俺とメムは黒川が思っているような仲じゃない。ルビーがよく友達連れてきて、あの時も有馬……もう一人のメンバーと一緒に来て食べてたんだ」

 

『……かなちゃんも。そっか、そうだよね。かなちゃんもアイドルやるんだもんね」

 

 黒川の声がワントーン下がる。気に障るようなことを言ったつもりはないが、有馬の話題が不味かったのか。

 

「どうかしたか?」

『ううん、なんでもないよ。ルビーちゃん達の初ライブ、決まったら教えてね。なんとか時間作って見に行くから』

「ありがとう。最初はJIFって言ってたから、詳細は後で送るようにする。あとはユーチューブでもチャンネル開いてるから、時間があれば見てやってくれ」

 

 ルビーは夢だったアイドルになり、本当に楽しそうにやっている。兄としてはできる限りのサポートはしてやりたい。

 

『うん。そうするね』

 

 遠くから黒川を呼ぶ女性の声したが、すぐにマイクを塞いだのか途中でそれが途切れる。

 

『ごめん、お母さんに呼ばれちゃったから切るね。今日は相談に乗ってくれてありがとう』

「ああ、頑張れよ」

 

 ありがとう。おやすみ。と黒川が言って通話が終わる。

 

 イヤホンを外してケースに入れ、部屋へと入った。

 

 喉が渇いたので部屋を出てリビングへと向かうと、ドライヤーの駆動音が聞こえる。見れば母さんの髪を父さんが乾かしていて、母さんの長い髪が強風に煽られかなり荒ぶっている。あれだけの長さだとパワーのあるドライヤーでも時間がかかるから、途中で面倒になって乾かしてーと言っている姿をよく見る。ヘアミルクをつけたりして日々ケアをしている姿を見ると、いかに手入れに時間をかけているかがわかる。

 

 相変わらず仲の良い二人を素通りし、冷蔵庫を開けて炭酸水を飲む。ビールの喉越し感が欲しくなって代わりにと飲み始めたが、存外これはこれで癖になっていた。二十歳まであと五年。まだまだ先は長い。

 

「アクアー、アイスとってー」

 

 乾かすのが終わった母さんからリクエストが入る。爆発していた髪は櫛で解かされるたびにいつも通りになっていく。

 

 冷凍庫を開ければ、冷凍庫の半分はアイスで埋まっている。なんか見ていたら俺も食べたくなってきたな。父さんにも食べるか聞けばいらないと返ってきたので、母さんが食べそうな味と自分が食べる分を取って、蓋を外してからスプーンと共に持っていく。

 

「この時間に食べると太るぞ」

「今日はいっぱい動いたから大丈夫。アクアこそ太るよー」

「育ち盛りだから大丈夫だ」

 

 四月の健康診断でも前回の測定からちゃんと身長は伸びていた。このペースでいけば、来年には一八〇は超える見込み。直前で止まらないように願うしかない。

 

 ソファに座る。一口目を食べようとするも、凍りすぎてスプーンが入りにくい。少し待っている間に付いていたテレビを見る。不知火さんが出ているドラマだ。今一番勢いに乗っているのは彼女だと思うほど、テレビで見ない日はない。朝だけ来て一限だけ受けて帰る、なんてケースも何度か見たことがあった。ハードスケジュールにも関わらず何食わぬ顔でやっているのは流石だ。

 

 ドタドタとした音が近づいてきた。

 

「あー! もう始まってる!」

 

 髪を濡らしたままのルビーが慌ててリビングへ駆け込んできた。このドラマ見るために急いで風呂に入ったが間に合わなかったのだろう。先に入っていればよかったのに、お腹いっぱいで後回しにしたのが目に浮かぶ。

 

「お兄ちゃん髪乾かしてー」

「アイス食べるのに忙しい。ってかちゃんとパジャマ着ろよ」

「お風呂上がりって暑いし、ドライヤーも時間かかって汗かくからこれで良いの。っていうかアイス私も食べたい!」

「……味は?」

 

 まあ、それくらいならやってやるか。

 

「ストロベリーでおねがーい」

 

 全く世話のやける妹だ。

 

 自分の分を一口食べてからルビーの分を取りに行く。その間に父さんに乾かすように頼む声と、仕方ねえなって折れる声の後に再びドライヤーが稼働し始めた。アイスをとって戻る頃には母さんの座っていた場所はルビーの場所になっていて、アイスを受け取れば満足げな表情をしていた。

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