一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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『今日はなんとぉ、スペシャルゲストをお迎えしてます!』

 

 スマホの小さい画面越しに映るメムが、興奮冷めやまぬと言った様子で声高かに話す。

 

『B小町の元センター! アイさんでーす!』

 

 カメラが動いて母さんが焦点が当たった。

 

『どもー! あ、こんメム〜の方がよかったかな』

 

 母さんはちゃんとポーズまで取っている。ファンからすれば自分の真似をしてくれたのだから、さぞ嬉しいだろう。

 

『最推しが私の挨拶使ってるー! ぜひ私の個人チャンネルでも出演して一緒にそれをお願いします!』

『良いよー』

『よっしゃあ! 言質取ったぁ!』

 

 もはやメム一人で盛り上がっているが、オープニングトークもそのまま勢いに任せてメムが話す。有馬とルビーに関しては、もはや完全に置いてきぼりをくらっている。

 

『ふぅ〜。ちょっと心臓がまだバクってるけど、今日は色々私たちから質問して、アイさんからぶっちゃけ赤裸々な回答を貰いたいと思います。サプライズもあるから、最後まで見てねぇー』

 

 前回の配信とは部屋が違う。苺プロもさすがに専属部屋にできるほど常に空きがあるわけではないから、仕方ないのかもしれない。母さんが真ん中に来て、右手にはルビーが、左手には有馬とメムが座る。

 

 こうして母さんとルビーが隣り合って座るのは家では別に珍しくないが、画面越しに見るからかやけに珍しく見えた。今回の動画の目的をあらためて話している間に、気になってコメント欄を上から見てみれば、

 

 MEMちょのテンションが終始おかしい

 全員可愛い

 やっぱり親子なだけあって顔似てる

 遺伝子強すぎ

 

 などと書き込まれており、下がっていけばいわゆるアンチ的なコメントもゼロではないが概ね好評のようだ。

 

 というか、質問なんて今更すぎて何を聞くんだ。ルビーなんて家でいくらでも聞けるし、有馬も定期的に来る上に事務所でも会うことがある。メムだけが聞くにしても、それこそ個人チャンネルでやれば良い。

 

『じゃあ、私から質問! ママがアイドルを目指したきっかけは?』

『私はルビーみたいに、最初からアイドルになろうって思ってたわけじゃなくてね。社長にスカウトされてアイドルをやってみないかーって言われたのがきっかけかな。引退ライブの時に言ったかな……当時の私は愛ってのが何なのかわからなくて、社長に嘘でも言い続けたら、そのうちほんとになるかもって言われてやる事にしたの』

 

 ファンな間では有名な話だ。引退ライブであれだけ大々的に言っていたのだから、むしろ知らない奴はにわかと断言できる。ルビーも当然知っているから、やはりあくまで広報的な側面が強く、当たり障りのない内容なのだろう。

 

 一問一答形式なのか、有間の番になる。

 

『じゃあ次は私で。アイドルになって、一番楽しかった事と辛かった事はなんですか?』

『楽しかったことはやっぱり、ライブが成功した時かな。みんなで頑張って練習して、本番でそれがうまくできた時、ファンの皆が喜んでくれてるなーってわかった時は楽しいし嬉しい。辛かったのは……B小町ってグループがまとまるまでの期間かなあ。私たちがデビューした頃って皆よりまだ子供でね、結構バチバチしてて大変だったんだよ』

 女性の仲、というのは俺たち男性と比べると複雑だ。喧嘩しても次の日には仲直り、なんならした直後にする事も男同士だと多い。というか、現在進行形で大人同士が夜な夜な殴り合ってるしな。昨日の敵は今日の友、みたいな事をごく普通にやっている。闘争という場に身を置く事で、むき出しになった本能がぶつかり合うのが良いのだろうか。女性同士だと、どうしても皆な本心を曝け出すまでに時間がかかり、それで関係がより複雑化するように思える。聞くところによると女子の裏格闘団体もあるらしいから、そっちの人たちは違うのかもしれないが。

 

『でも子供だったからかな。ちゃんと本音で話せる時があって、それからはちゃんと仲良くまとまれてたかなって思うよ』

 

 ただ、時間がかかるからと言って修復不能かと言われれば、それは別の問題だ。相容れない相手に性別なんて関係ない。

 

『ちなみにぃ、アイさんが卒業されてからもメンバーとは連絡をとったりは?』

『勿論。今でも予定が合えば遊びに行ったりもするよ。ついこの間もねーーー』

 

 何というか、母さんの独占インタビューみたいになっている。

 

 質問はどんどん続き、プライベートな話にまで及ぶ。ライブ配信ではないため、事前確認もできるからまずい情報が流れることはない。俺は家族として知っているような内容が殆どだが、母さんはSNSでも仕事の事は投稿したりするものの、プライベートなことは投稿していないからファンからしても知らなかった事はあるのだろう。B小町の動物をモチーフにした髪飾りの話や、メンバーで一番仲が良いのは誰か、引退した後のB小町はどう思っていたかなど。俺も知ってはいても、つい聞き入ってしまう。

 

 しばらくそう言った話が続くと、メムが質問を切り上げる。残りの時間は五分程度あると思っていると、場面が変わってスタジオに移った。

 

『サプライーズ! なんとなんと、最後にアイさんと一緒に一曲歌いたいと思いまーす!』

 

 マジか。

 

 母さんをセンターに、早々に曲がかかり始めた。

 

 新B小町のセンターはまだ決まっていない。というより、社長たちと軽く話した限りでは、固定ではなく変動性を取るような事を言っていた。不和のリスクを減らすためか、社長の目から見ても全員がセンターを張れるポテンシャルがあると判断してのことかもしれない。

 

 今の時点では、やはりどうしても母さんに目が行ってしまう。人を自然と惹きつける魅力は天性のものだ。

 

 いつか、母さんはルビーに自分を超えるアイドルになって欲しいと言っていた。

 

 超えるべき壁は高い。

 

 きっとルビーも改めてそれを実感したはず。本当に超えるかどうかは、これまでの積み重ねとこれからの頑張り次第。

 

 ちょうど動画を見終わったタイミングで、メムからチャットが届く。

 ポップアップした通知をタップして、俺は初めて黒川が炎上した事を知った。

 

 

 

 

 

 

 どうして、こんな事になっちゃったんだろう。

 

 ゆきを傷つけたのは誓って故意じゃない。ゆきだってわかってくれたし、その日中に仲直りもできた。でも、当人間で終わらなかった。オンエアされた時は私の手が頬に当たった事でゆきが頬に怪我をしてしまった映像で締められていて、その後のやり取りはカット。その方が番組映えするって判断なのだとしたら、私は何も言えない。

 

 公式SNSは私に対しての誹謗中傷が押し寄せた。

 

 メムちゃんからも、謝るのは悪手だと事前に聞いていたのに、どんどん増えていくコメントに私は耐えきれなくなって、謝罪コメントを投稿してしまった。

 

 きっと大丈夫。誠心誠意謝れば許してもらえる。

 

 でも、そんなことは決してなかった。

 

 契約で放送されていない部分の事は触れられないからと、少し回りくどい言い方をしたのが悪かったのかもしれない。ゆきとはこの件に関して解決済みだと素直に言えれば、どれだけ楽だったのだろう。

 

 違う。

 

 全部言い訳。そもそも私が変にでしゃばろうとした事がいけないんだ。

 

 だから謝っても許される事なく、謝罪のコメントが火種となって一気に燃え広がった。

 

 お父さんに教えてもらったプロファイリングも、幾つもの資料が必要。今みたいに不特定多数の人たちが相手だと何もわからない。何を思って書かれたのかがわからない。善意、悪意、興味本位。でも、全部目を通さないと。だって、これは視聴者からの貴重な感想だから。批判だって、ちゃんと読んで、なんでそうなったかを分析して、そこを改善すれば次はもっと良くできるから。

 

 それに、批判された事だってこれが初めてじゃない。

 

 大丈夫。次に活かすんだ。ちゃんと悪い所は直して、目立って、今度こそ使われるように注目を集めて、ゆきと仲良く映るシーンが使われればきっと。

 

 謝れば済むと思ってんの?

 生きてて恥ずかしくないの?

 性格悪すぎ。

 死ね。

 

 書かれた文字が、私の脳に焼き付いて離れない。知らない人の声になって、常に頭の中で反芻する。

 

 食事中、お母さんが私の顔色を見て心配そうに訊ねてくる。心配をかけたくなくて、大丈夫だと言って無理やり食べる。せっかく作ってくれたご飯を残すわけにはいかない。

 

 呑気に飯なんて食ってて良い身分だな。ゆきはお前のつけた怪我で痛がってるってのに。

 

 そんな声が聞こえた気がして、お母さんの目を盗んでトイレに駆け込み吐き出す。

 

 声を聞きたくなくて、ヘッドホンで音楽を流して目を瞑る。寝ないと明日に響く、明日になればきっと収まってる。大丈夫、きっと。

 

 炎上は収まっていた、なんて事は当然だけどなくて、現実を嫌でも見せつけられる。

 

 心配をかけたくなくて、授業に出ないといけないと思って、制服を何とか着る。学校へ向かう道中で視線をやけに感じる。前までなら大して気にならなかったのに、その視線が私を責めているように感じた。

 

 教室までなんとかたどり着くと、扉越しから私の炎上の件を話す声が聞こえてくる。どこまでが本当の声で、どこからが勝手に頭の中で流れている声かわからない。手は震えて、扉はまるで動かなかった。その日初めて、私はズル休みをした。途中で友達に声をかけられた気もするけど、覚えていない。

 

 部屋に閉じこもる。

 

 やっちゃいけないって思うのに、ついエゴサをしてしまう。ちゃんと見なきゃいけない。批判もしっかりと受け止めないといけないと思う責任感と、何か一つでも擁護してくれるコメントを探して。

 

 目に入ってくるのは、批判的なコメントばかり。

 

 今ガチの皆からは私を心配してくれるメッセージが届く。ちゃんと読めば良いのに、もう字が滑って頭に入ってこない。

 

 アクア君からの通話やメッセージも来ているようだったけど、こちらは対応する気にならなかった。優しいから、私が見たかった言葉が書いてあるのかもしれない。電話で励ましてくれるのかもしれない。でも……もし、万が一そうじゃなかったらと思うと、どうしても勇気が出なかった。せっかくアドバイスをくれたのに、ちゃんと活かせなくてごめんなさい。

 

 今日もこれが夢であれと願って、悪夢を見る。

 

 次の日は、気分が悪いからと休んで、ご飯も食べなかった。外の雨がまた声に聞こえてきて、それが嫌で布団を頭から被る。

 

 ほんの少しだけ眠れた気がした。

 

 起きる。ぼんやりする。鏡で見れば、悪女に相応しいひどい顔。

 

 お腹すいたな……。

 

 スマホが光った。多分今ガチメンバー。ちゃんと読まずに、何となくご飯を買ってくるとだけ残す。

 

 外は大荒れ。台風が来ていると天気予報で言っていたような気がした。道には人がいない。元々多くない通りだけど、最近の物騒さや天候もあって誰もいない。

 

 傘をさしているけど、それが意味のないほどに濡れる。近くのコンビニで簡単なのを買って、帰路に着く。

 

 何となく、吸い寄せられるように歩道橋を選んだ。

 

 渡る間に一層強い風が吹けばビニール傘は捲れ返って、そのまま私も倒れてしまう。壊れた傘、落ちたビニール袋、中のお菓子の袋はあっという間に濡れて色を変えている。

 

 疲れたな。

 何やってるんだろう。……なんかもう、どうでも良いや。

 ここから落ちたら、楽になれそう。

 

 自然と視線が下に向いて、足が動いた。

 

「君は、そこからどうするつもりだ?」

 

 よじ登ろうとした時、突然声をかけられた。

 

「……誰?」

 

 いつのまにか二人いる。一人は声をかけてきた人で、仏頂面で大柄な男性。もう一人も男の人だけど、すらっとしていてすごい綺麗な人だった。

 

「失礼、僕は桐生刹那。以後、お見知り置きを」

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